学位論文要旨



No 213253
著者(漢字) 志賀,洋
著者(英字)
著者(カナ) シガ,ヒロシ
標題(和) 新規Benzothiazepine誘導体RS-5773の薬理学的研究
標題(洋)
報告番号 213253
報告番号 乙13253
学位授与日 1997.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13253号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 長尾,拓
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨

 ベンゾチアゼピン誘導体であるジルチアゼムは、代表的なカルシウム拮抗剤として高血圧症および狭心症などの治療に広く使用されている。特に異型狭心症に対しては、その原因である冠攣縮の抑制作用に優れており、治療薬としての地位を確立している。しかし作用持続時間が短いため、夜間から早朝にかけて多く発生する異型狭心症の発作を就寝前の服用では十分に予防できないという欠点がある。また血管作用と心抑制の発現用量が接近しているため、洞徐脈、房室ブロック等の副作用も臨床でしばしば認められる。そこで、効力と作用持続でジルチアゼムを上回り、かつ必要以上の心抑制を起さない化合物が有用であろうと考え研究を開始した。ジルチアゼム骨格の2位、3位、5位および8位に修飾を試み、最終的に8位にベンジル基を導入したRS-5773を候補化合物と定めた。以下の実験ではRS-5773の作用をジルチアゼムおよびその類薬として田辺製薬で開発中のクレンチアゼムと比較検討した。

 RS-5773の循環器系に対する作用の性質をin vitroの系で検討した。血管弛緩作用の検討にはラット摘出大動脈標本を、心収縮力・心拍数(自動能)に対する作用の検討にはモルモット摘出乳頭筋標本・右心房標本を用いた。その結果、RS-5773はジルチアゼムより5倍強い血管弛緩作用を有し、作用発現が緩徐でwash outされにくい性質を持つことが判明した。また心収縮力の抑制はジルチアゼムより弱く、心拍数の減少もジルチアゼムとほぼ同程度であることがわかった。以上の結果は、RS-5773がジルチアゼムに比べ心臓よりも血管に対して選択性が高いことを示唆している。

 RS-5773の降圧作用を2種のモデル動物を用いて検討した。SHRに経口投与したときの降圧作用を、RS-5773、ジルチアゼムおよびクレンチアゼムで比較した。RS-5773は1mg/kgから用量依存的な降圧作用を緩徐に発現した。最大降圧は投与2〜5時間後にみられ、作用の消失も緩徐であった。すなわちRS-5773は降圧剤として十分な経口吸収性と好ましい作用パターンを示すことがわかった。ジルチアゼムとクレンチアゼムは作用発現が速やかで投与1時間以内に最大降圧が得られたが、作用持続時間は短かかった。降圧幅と作用持続時間で囲まれる面積値で各薬物の降圧作用を比較すると、RS-5773の効力はジルチアゼムの約10倍、クレンチアゼムの約3倍であった。

 腎周囲炎性高血圧犬(両腎をセロファンで包むことで作製)にRS-5773とジルチアゼムを経口投与して比較した。RS-5773はジルチアゼムより強い降圧作用を緩徐かつ持続的に発現した。ジルチアゼムは降圧作用を示す用量で房室伝導障害(AVブロック)を生じたが、RS-5773では認められなかった。SHRに比べると犬では心拍数が著明に増加し、降圧幅も縮小して両剤の降圧効力が接近した。これは犬では圧受容体反射機能が高いこと、SHRがCaチャネルの亢進した動物であること、などによると考えられた。以上の結果から、ラット、犬の高血圧モデルにおいてRS-5773の降圧作用がジルチアゼム、クレンチアゼムのそれを効力・作用持続で上回り、房室伝導障害を起こしにくいことが示された。

 腎周囲炎性高血圧犬にジルチアゼムを投与すると、ヒトの臨床では見られない著明な心拍数の増加が認められた。一般にはラットより犬の方がヒトの循環動態に近いと考えられているが、犬では圧受容体反射機能が高く、薬物の降圧作用は減殺されている。そこで、薬物の本来の作用を検討すべく調圧神経を切断した麻酔犬標本の作製を試みた。ヘキサメトニウムのような節遮断薬を用いて圧受容体反射を遮断する方法は、節遮断薬そのものが血圧を下降させたり、長時間標本を安定させるのが難しいなど、降圧作用の効力比較に適した標本とは言い難かった。今回作製した調圧神経切断標本は、頸頚動脈洞圧受容体・大動脈圧受容体と血管運動中枢を結ぶ神経を外科的に切断するもので、これ以外の生理機能には影響を及ぼさない。従って、薬物の犬循環動態各種パラメータに対する直接作用を比較検討するには極めて有用な標本と思われる。

 調圧神経の切断後、血圧、心拍数および心収縮力の指標であるLVdP/dtは60分間にわたって安定しており、薬物の作用持続も評価可能であることが明らかとなった。この標本にRS-5773を静脈内投与すると、2〜5分後に最大降圧を示し、心拍数は減少した。低用量では影響が見られなかったが、大量投与すると心収縮力が抑制され心電図PQ間隔が延長した。AVブロックは生じなかった。ジルチアゼムでは低用量から急峻な血圧下降と心収縮力の抑制、心電図PQ間隔の延長が認められ、高用量でAVブロックを生じた。クレンチアゼムも、AVブロックは生じなかったもののジルチアゼムと同じ傾向の結果を示した。この結果から、RS-5773の降圧作用が犬においてもジルチアゼムより強力で持続が長く、房室伝導障害や過度の心収縮抑制を起こしにくいことが示唆された。

 労作性狭心症の治療には心筋酸素消費量(MVO2)を減少させることが重要である。そこで麻酔犬Morawitz標本を用いてRS-5773とジルチアゼムのMVO2を測定した。RS-5773はMVO2を用量依存的に減少させたが、ジルチアゼムは投与直後に増加させた後減少に転じる2相性の反応を示した。これは、ジルチアゼムの降圧作用が急激に発現するために昇圧反射が起こり、MVO2が増加したためと考えられる。一方RS-5773は降圧作用発現が緩徐で昇圧反射は起こらず、投与直後からジルチアゼムより強力かつ持続的なMVO2減少作用を発現し、心仕事量も減少させた。RS-5773は急激な降圧作用発現によるMVO2増加を起しにくい点で、労作性狭心症に対してジルチアゼムより優れていると考えられた。

 異型狭心症の原因が冠攣縮であることは既に定説であるが、冠攣縮モデルの報告は少ない。本研究では作用持続まで評価しうるラット狭心症モデルを開発した。ムスカリニック受容体アゴニストであり、ヒト臨床でも冠攣縮の誘発に用いられているメサコリンを麻酔ラットに近接冠動注すると冠攣縮が惹起されるという報告がある。しかし惹起される心筋虚血の再現性などに問題があり、薬物の定量的な評価は行なわれていなかった。本研究では近接冠動注用の特殊なカニューレを考案することにより、左冠動脈へのメサコリンの選択的注入を可能にした。これにより、従来法の1/5〜1/8量のメサコリンでより強い冠攣縮を惹起することができ、メサコリンによる血圧下降を大幅に減少させると同時に、従来法では100%発生した洞徐脈の頻度を約30%に減少させた。また、麻酔を長時間型であるチオブタバルビタールに変更することで、6時間以上安定した冠攣縮の反復誘発が可能な、薬物の経口吸収性や作用持続も評価できるラット狭心症モデルが開発できた。

 この標本にRS-5773、ジルチアゼムおよびクレンチアゼムを静脈内投与および十二指腸内投与して冠攣縮の抑制作用を比較した。心電図S波の上昇を心筋虚血の指標とし、その抑制率と持続時間で囲まれる面積値で効力を比較すると、RS-5773静脈内投与の冠攣縮抑制作用はジルチアゼム、クレンチアゼムのそれぞれ16倍、7倍であった。

 十二指腸内投与では、RS-5773は3mg/kg投与42分後に心電図S波の上昇(即ち、心筋虚血)をほぼ完全に抑制し、約6時間後もその作用は完全には消失しなかった。ジルチアゼム30mg/kgは血圧、心拍数とも有意に減少させたが、心筋虚血の改善は約2時間しか持続しなかった。RS-5773とクレンチアゼムを比較すると、1,3mg/kgでは血圧、心拍数への差は認められなかったが、心筋虚血の改善効果はRS-5773の方が強かった。クレンチアゼムは用量を増しても血圧下降と心拍数減少が強くなるのみで、心筋虚血の最大抑制効果は頭打ちになり、作用の持続時間のみ延長した。この結果は、このモデルにおける心筋虚血の改善効果が血圧や心拍数の減少、即ち心筋酸素消費量の減少により得られるのではなく、直接の冠攣縮抑制作用に基づくものであることを示唆する。同時に、RS-5773の冠攣縮抑制作用がジルチアゼム、クレンチアゼムより強力で持続的(十二指腸内投与の面積値でそれぞれ20倍、3倍)であることも示している。

 以上の検討の結果、血管拡張作用が強力かつ持続的であるのみならず、心抑制が少ないRS-5773は、高血圧および狭心症の治療薬として好ましい性質を持つことが明らかになった。以上

審査要旨

 異型狭心症は、夜間から早朝の安静時に突然狭心痛を発現する極めて特徴的な疾病であり、特に日本人に患者数が多く認められる。その治療薬としては、ベンゾチアゼピン系のカルシウム拮抗剤であるジルチアゼムが広く用いられているが、作用持続時間が短いなどの欠点もある。本論文はジルチアゼムの誘導体であるRS-5773の異型狭心症治療薬としての有用性を、新しく開発したモデル動物を用いて明らかにすると同時に、高血圧や労作性狭心症などの疾患に対する有効性をも検討したものである。

 本研究ではまずRS-5773の循環器系に対する作用をラット摘出大動脈、モルモット摘出乳頭筋・右心房標本で検討した。その結果、RS-5773はジルチアゼムより強力な血管弛緩作用を緩徐に発現し、その作用は洗浄されにくいこと、心収縮力の抑制はジルチアゼムより弱く、心拍数の減少はジルチアゼムと同程度であることを明らかにした。すなわち、RS-5773がジルチアゼムに比べ心臓よりも血管に対して選択性が高い薬物であることが示唆された。

 次に著者は調圧神経を切断した麻酔犬標本を作製し、RS-5773の犬循環動態各種パラメータに対する作用を検討した。著者の方法は圧受容体の反射をほぼ完全に遮断し、かつ長時間循環動態を安定に維持できるもので、降圧剤の直接作用検討には有用な標本と思われる。この標本を用い、RS-5773の降圧作用がジルチアゼムより強力で持続が長く、過度の心収縮抑制を起こしにくいことが示された。

 RS-5773の降圧作用の評価は2種のモデル動物を用いて行なわれた。SHRに経口投与したときの降圧作用を、RS-5773、ジルチアゼムおよび同じベンゾチアゼピン誘導体で現在開発中のクレンチアゼムと比較した。その結果、RS-5773の降圧効力はジルチアゼムの約10倍、クレンチアゼムの約3倍であり、RS-5773は降圧剤として十分な経口吸収性と好ましい作用パターンを示すことが明らかにされた。腎周囲炎性高血圧犬を用いたRS-5773とジルチアゼムの比較では、RS-5773がジルチアゼムより強い降圧作用を示したのみならず、房室伝導障害(AVブロック)を起こしにくい性質を持つことが明らかにされた。

 労作性狭心症に対する効果は麻酔犬Morawitz標本を用いて検討された。RS-5773は心筋酸素消費量(MVO2)を用量依存的に減少させたが、ジルチアゼムは投与直後に増加させた後減少に転じる2相性の反応を示した。RS-5773は心仕事量も減少させており、労作性狭心症治療薬としてもジルチアゼムより優れた性質を持つ可能性が示された。

 異型狭心症は冠攣縮が原因となり発生するが、冠攣縮に基づく狭心症モデル動物の報告は少ない。本研究で著者は、ムスカリニック受容体アゴニストであるメサコリンを麻酔ラットに近接冠動注する特殊なカニューレを考案した。これを用いることで長時間安定した冠攣縮の惹起を可能にし、薬物の経口吸収性や作用持続まで評価しうる新しいラット異型狭心症モデルの開発に成功した。この標本でRS-5773、ジルチアゼムおよびクレンチアゼムの異型狭心症に対する効果を比較すると、静脈内投与ではRS-5773はジルチアゼム、クレンチアゼムのそれぞれ16倍,7倍、十二指腸内投与ではそれぞれ20倍,3倍の効力を持つことが示された。

 以上、本論文において著者は新規ベンゾチアゼピン誘導体RS-5773の薬理学的性質を明らかにした。その過程で新しく開発されたラット異型狭心症モデルは今後の治療薬開発に寄与する所大と思われる。またここで示された問題設定、解決手法、および考察の論理展開いずれにおいても著者は優れており、博士(薬学)の学位を授与するに値するものと判定した。

UTokyo Repositoryリンク