臨床において、多くの薬物が経口投与されているのに対し、経口投与時の体内動態の予測法は報告されていない。また、医薬品の有効性および安全性を左右する重要な因子である体内動態における立体選択性の律速因子を明らかにすることは重要であると考えられる。本研究では、インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)に対し血糖低下作用などを示す新規経口抗糖尿病薬であるtroglitazoneを用いて、経口投与時のヒトでの体内動態の予測法を、動物データを基にアニマルスケールアップの手法から検討を加えた。また、NIDDM病態モデル動物であるKKマウスにおけるtroglitazoneの体内動態における立体選択性の要因について定量的な解析と、抱合代謝におけるin vitro代謝実験から、in vivo肝代謝クリアランスのスケーリングについて検討を加えた。 1.ヒトに経口投与時の体内動態の予測 まず、ヒトにtroglitazoneを経口投与時のAUCおよびバイオアベイラビリティー(F)の予測を、動物における経口クリアランス、非結合型薬物の経口クリアランス、肝代謝固有クリアランスを用いて行った。各クリアランスのallometric関係式のべき数は、0.63〜0.84の値を示し、いずれも高い相関性を示した。この結果は抱合代謝型薬物のクリアランスにおいても、allometryが成立することを初めて示すものである。また、ヒトに経口投与時のAUCの3つの方法による予測値は実測値と近い値を示し、大きな差は見られなかった。同様に、ヒトのF値も0.23〜0.46の範囲で各方法間で顕著な差は見られなかった。この原因として、血漿中非結合型分率および消化管からの吸収率に大きな種差がないためと推定されたが、他の薬物への適用を考慮した場合、肝代謝固有クリアランスを用いた方法が最も適していると考えられた。 次に動物データを基に、ヒトに経口投与時の血漿中濃度推移の予測は、実測値に対し最大血漿中濃度値は高く予測したが、AUC値は実測値に近い値を示した。従って本方法論は、ヒトにおける経口投与時の血漿中濃度推移の範囲を知るために十分有用であると考えられた。以上の結果は、動物データを基にアニマルスケールアップの手法を用いて、ヒトへ経口投与時のAUC、F値および血漿中濃度推移の予測が可能であることを初めて示すものである。これらの方法論は、臨床において経口投与された薬物の有効性および安全性を推定する上において有用であると期待される。 2.体内動態における立体選択性の定量的解析 KKマウス血漿中のインキュベーション実験から、thiazolidine環の5位に対し、緩衝液中に比べエピ化促進現象が観察され、立体選択性も観察された。これらの促進化現象は見かけのエピ化初速度と血漿希釈率の関係から、血漿タンパクとの結合に関与することが示唆された。また、静脈内投与時の血漿中濃度推移に対し、エピ化反応を組み込んだモデル解析の結果、エピ続き化クリアランスは肝代謝クリアランスに比べ低く、主として肝代謝クリアランスが寄与し、立体異性体間で最大2.5倍の差が推定された。troglitazoneの代謝クリアランスの構成因子である非結合型分率は、高速先端分析法による測定や蛍光プローブ(dansylsarcosine)との競合反応から測定した阻害定数から、各立体異性体間でほぼ同じであると推定された。この結果から、肝クリアランスにおける立体選択性は、肝代謝固有クリアランスに関する差に起因していることが推定された。troglitazoneの主代謝反応である硫酸抱合反応とグルクロン酸抱合反応を、KKマウスの肝cytosolおよびmicrosome中での各立体異性体に対するin vitro代謝実験から検討した。その結果、立体選択的代謝クリアランスは主としてグルクロン酸抱合に支配されていることが明らかになった。また、in vitroデータを基にdispersionモデルを用い予測した各立体異性体の代謝クリアランスは、in vivoモデル解析から算出した肝クリアランスとほぼ同等であった。また、対照的な抱合反応を示すddYマウスとラットを用いた検討結果も、in vitroデータを基に算出した各抱合反応の肝代謝クリアランスはin vivo代謝クリアランスをほぼ反映した。以上の検討から、立体選択性の原因を各過程に分離評価することで、定量的な解析が可能であることを示すと共に、硫酸抱合およびグルクロン酸抱合が競合する場合でも、in vitro代謝実験から、in vivo肝代謝クリアランスの予測が可能であることを初めて示した。 以上の結果から、本研究は博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。 |