学位論文要旨



No 213254
著者(漢字) 泉,高司
著者(英字)
著者(カナ) イズミ,タカシ
標題(和) 抗糖尿病薬troglitazoneにおける経口投与時の体内動態の予測および立体選択的体内動態に関する研究
標題(洋)
報告番号 213254
報告番号 乙13254
学位授与日 1997.03.12
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13254号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 助教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 【序論】

 医薬品の薬効や毒性は、薬物の標的臓器移行量と密接に関連することが知られている。従って、ヒトにおける体内動態の予測が可能であれば、臨床における有効性や安全性を考えるうえで有益な情報を得られると期待できる。しかし、実際の臨床では多くの薬物が経口ルートにより投薬されているのに対し、経口投与時の体内動態の予測法は報告されていない。また、医薬品の有効性および安全性を左右する重要な因子の一つに立体選択性がある。体内動態の吸収、分布、代謝、排泄の各過程に立体選択性が存在し、薬物の体内動態を支配していることが、多くの薬物について報告されている。こうした体内動態における立体選択性の律速となる要因を明らかにすることは重要であると考えられる。

【目的】

 本研究では、インスリン抵抗性改善作用を有し、インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)に対し血糖低下作用などを示す新規の経口抗糖尿病薬であるtroglitazoneを用いて、経口投与時のヒトでの体内動態の予測法を、動物データーを基にアニマルスケールアップの手法で検討した。また、NIDDM病態モデル動物であるKKマウスにおけるtroglitazoneの体内動態における立体選択性の要因について定量的な解析を試みた。併せて、抱合代謝におけるin vitro代謝実験から、in vivo肝代謝クリアランスのスケーリングについても検討した。

【結果】(I)ヒトに経口投与時の体内動態の予測

 まず、ヒトにtroglitazoneを経口投与時のAUCp.o.およびバイオアベイラビリティー(F)の予測を,動物(マウス、ラット、サル、イヌ)における経口クリアランス(CLp.o.、MethodI)、非結合型薬物の経口クリアランス(CLp.o.fp、MethodII)、肝代謝固有クリアランス(CLuint、MethodIII)を用いて行った。各Methodとも、各クリアランスのallometric式から、ヒトのクリアランスを予測し、さらにAUCp.o.を推定し、動物データから予測したヒトのAUCLv.値に対する比からF値を推定した。Method IVとして、ヒトのCLuint値から肝アベイラビリティー(FH)を計算し、F=Fa・FHの関係式からF値の予測を行った[Fa:消化管からの吸収率]。

 各クリアランスのallometric関係式のべき数は、0.63〜0.84の値を示し、いずれも高い相関性(r>0.97)を示した。この結果から、抱合代謝型薬物のクリアランスにおいても、allometryが成立することが明らかになった。ヒトのAUCp.o.の実測値に対して、3つのMethodの予測値の間に大きな差は見られなかった。同様に、ヒトのF値は0.23-0.46の範囲で、4つのMethod間で顕著な差は見られなかった。この原因として、血漿中非結合型分率(fp)値およびFa値に大きな種差がないためと推定されたが、他の薬物への適用を考えた場合、Method IIIおよびMethod IVが最も適していると考えられた。

 次に、ヒトに経口投与時の血漿中濃度推移の予測を次の手順で試みた。(1)動物に静脈内投与時の血漿中濃度推移を2-コンパートメントモデルで解析し、CLi.v.、中枢コンパートメントの分布容積(VC)、相の分布容積()、定常状態分布容積(VSS)の体重に対する関係式のべき数および係数を求めた。(2)動物での静脈内および経口投与時の血漿中濃度推移のデータからdeconvolution法で、吸収速度定数(ka)を求め、体重とのallometric式から、ヒトのka値を予測した。F値は前述のMethodIからMethodIVから求めた値を用いた。(3)求めたべき数、係数およびka、Fおよび体重で経口投与時の血漿中濃度推移式を記述し、ヒトの体重に対する血漿中濃度推移の予測を行った。実測の血漿中濃度推移は予測範囲内であり、予測した血漿中濃度のAUCは、実測値に近い値を示した。本方法論は、動物データから、ヒトにおける経口投与時の血漿中濃度推移の範囲を知るために十分有用であると考えられた。

(II)体内動態における立体選択性の定量的解析

 troglitazoneは、chroman環の2位とthiazolidine環の5位の2カ所に不斉炭素を持つ4種の立体異性体の等量混合物である。薬効評価動物でNIDDMモデル動物のKKマウスでのクリアランスに関する立体選択性について定量的な解析を試みた。また、抱合型代謝クリアランスに関するin vitro-in vivoスケーリングを試みた。

エピ化および代謝クリアランスにおける立体選択性

 KKマウス血漿中の37℃でのインキュベーション実験から、thiazolidine環の5位に対し、緩衝液中に比べ約5.1-7.7倍のエピ化促進効果が観察され、約1.3倍の立体選択性が観察された。同様なエピ化促進現象は、20%肝、腎ホモジネート中でも観察されたが、その立体選択性は血漿中よりも低かった。また、見かけのエピ化初速度と血漿希釈率の関係から、血漿中における各立体異性体のタンパクとの結合に起因する事が示唆された。静脈内投与後の血漿中濃度推移に対し、エピ化反応(血漿中エピ化速度定数を使用)を組み込んだモデル解析の結果、エピ化クリアランスは肝クリアランスの4-18%と低く、主として肝での代謝クリアランスが寄与し、立体異性体間で最大2.5倍の差が推定された。

蛍光滴定法による立体異性体のタンパク結合率における立体選択性

 troglitazoneの代謝クリアランスの構成因子であるfpは、高速先端分析法(HPFA法)による測定からchroman環の配位に関して大きな差は見られなかった。しかし、各立体異性体のfpに関しては、安定性の問題のため情報は得られなかった。そこで蛍光プローブ(dansylsarcosine)を用い、4種の立体異性体との競合阻害反応で生じる蛍光強度の低下現象を利用し結合阻害定数(Ki)を算出した。KKマウス血漿の各立体異性体間のKi値はほぼ同じであることから、肝クリアランスにおける立体選択性は、肝代謝固有クリアランスに関する差に起因していることが示唆された。

立体選択的抱合反応のin vitroからin vivoへの予測

 troglitazoneの主代謝反応である硫酸抱合反応とグルクロン酸抱合反応を、KKマウスの肝cytosolおよびmicrosome中での各立体異性体に対するin vitro代謝実験から検討した。各立体異性体の反応溶液中での非結合型分率を基に、非結合型薬物濃度に対する代謝パラメーターを算出し、肝重量当たりのCLuintの比較をおこなった。グルクロン酸抱合反応が硫酸抱合反応に比べ、各立体異性体間で、約3-100倍高く、troglitazoneの立体選択的代謝クリアランスは主としてグルクロン酸抱合反応に支配されていることが明らかになった。また、グルクロン酸抱合のCLuintには立体異性体間で8倍の差が見られた。これらのin vitroデータを基に、dispersionモデルを用い予測した各立体異性体の代謝クリアランスは、in vivoモデル解析により算出した肝クリアランスとほぼ同等であり、in vitroでの代謝実験の結果がin vivoでの代謝クリランスを反映してしていることが示唆された。また、抱合代謝反応におけるin vitroデータからin vivoデータの予測性について、対照的な抱合反応を示すddYマウス、ラットを用いて検討から、in vitroデータをもとに算出した各抱合反応の肝代謝クリアランスはin vivoでの各抱合反応の代謝クリアランスをほぼ反映する結果を示した。

【結論】

 抗糖尿病薬troglitazoneを用いた本研究により以下の点が明らかになった。

 (1)troglitazoneのような抱合型代謝薬物のクリアランスについて、酸化型薬物のように体重に対するallometryが成立することを初めて確認した。

 (2)動物データを基に、アニマルスケールアップの手法を用いて、ヒトへ経口投与時のAUCp.o.およびF値および血漿中濃度推移の予測が可能であることを初めて示した。これらの方法論は、臨床において経口投与された薬物の有効性および安全性を推定する上において有用であることが期待される。

 (3)KKマウスにおけるtroglitazoneの立体選択性の原因を、各過程に分離評価することで、定量的な解析が可能であることを示した。

 (4)硫酸抱合およびグルクロン酸抱合反応が競合するような場合においても、in vitro代謝実験から、in vivo肝代謝クリアランスの予測が可能であることを初めて示した。

審査要旨

 臨床において、多くの薬物が経口投与されているのに対し、経口投与時の体内動態の予測法は報告されていない。また、医薬品の有効性および安全性を左右する重要な因子である体内動態における立体選択性の律速因子を明らかにすることは重要であると考えられる。本研究では、インスリン非依存性糖尿病(NIDDM)に対し血糖低下作用などを示す新規経口抗糖尿病薬であるtroglitazoneを用いて、経口投与時のヒトでの体内動態の予測法を、動物データを基にアニマルスケールアップの手法から検討を加えた。また、NIDDM病態モデル動物であるKKマウスにおけるtroglitazoneの体内動態における立体選択性の要因について定量的な解析と、抱合代謝におけるin vitro代謝実験から、in vivo肝代謝クリアランスのスケーリングについて検討を加えた。

1.ヒトに経口投与時の体内動態の予測

 まず、ヒトにtroglitazoneを経口投与時のAUCおよびバイオアベイラビリティー(F)の予測を、動物における経口クリアランス、非結合型薬物の経口クリアランス、肝代謝固有クリアランスを用いて行った。各クリアランスのallometric関係式のべき数は、0.63〜0.84の値を示し、いずれも高い相関性を示した。この結果は抱合代謝型薬物のクリアランスにおいても、allometryが成立することを初めて示すものである。また、ヒトに経口投与時のAUCの3つの方法による予測値は実測値と近い値を示し、大きな差は見られなかった。同様に、ヒトのF値も0.23〜0.46の範囲で各方法間で顕著な差は見られなかった。この原因として、血漿中非結合型分率および消化管からの吸収率に大きな種差がないためと推定されたが、他の薬物への適用を考慮した場合、肝代謝固有クリアランスを用いた方法が最も適していると考えられた。

 次に動物データを基に、ヒトに経口投与時の血漿中濃度推移の予測は、実測値に対し最大血漿中濃度値は高く予測したが、AUC値は実測値に近い値を示した。従って本方法論は、ヒトにおける経口投与時の血漿中濃度推移の範囲を知るために十分有用であると考えられた。以上の結果は、動物データを基にアニマルスケールアップの手法を用いて、ヒトへ経口投与時のAUC、F値および血漿中濃度推移の予測が可能であることを初めて示すものである。これらの方法論は、臨床において経口投与された薬物の有効性および安全性を推定する上において有用であると期待される。

2.体内動態における立体選択性の定量的解析

 KKマウス血漿中のインキュベーション実験から、thiazolidine環の5位に対し、緩衝液中に比べエピ化促進現象が観察され、立体選択性も観察された。これらの促進化現象は見かけのエピ化初速度と血漿希釈率の関係から、血漿タンパクとの結合に関与することが示唆された。また、静脈内投与時の血漿中濃度推移に対し、エピ化反応を組み込んだモデル解析の結果、エピ続き化クリアランスは肝代謝クリアランスに比べ低く、主として肝代謝クリアランスが寄与し、立体異性体間で最大2.5倍の差が推定された。troglitazoneの代謝クリアランスの構成因子である非結合型分率は、高速先端分析法による測定や蛍光プローブ(dansylsarcosine)との競合反応から測定した阻害定数から、各立体異性体間でほぼ同じであると推定された。この結果から、肝クリアランスにおける立体選択性は、肝代謝固有クリアランスに関する差に起因していることが推定された。troglitazoneの主代謝反応である硫酸抱合反応とグルクロン酸抱合反応を、KKマウスの肝cytosolおよびmicrosome中での各立体異性体に対するin vitro代謝実験から検討した。その結果、立体選択的代謝クリアランスは主としてグルクロン酸抱合に支配されていることが明らかになった。また、in vitroデータを基にdispersionモデルを用い予測した各立体異性体の代謝クリアランスは、in vivoモデル解析から算出した肝クリアランスとほぼ同等であった。また、対照的な抱合反応を示すddYマウスとラットを用いた検討結果も、in vitroデータを基に算出した各抱合反応の肝代謝クリアランスはin vivo代謝クリアランスをほぼ反映した。以上の検討から、立体選択性の原因を各過程に分離評価することで、定量的な解析が可能であることを示すと共に、硫酸抱合およびグルクロン酸抱合が競合する場合でも、in vitro代謝実験から、in vivo肝代謝クリアランスの予測が可能であることを初めて示した。

 以上の結果から、本研究は博士(薬学)の学位を授与するに値するものと認めた。

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