水銀による環境汚染は世界各地で依然として進行中であり、日本においても高濃度の水銀に汚染された地域が多く、環境中の水銀の除去は早急に解決されなければならない問題である。 筆者は微生物の水銀代謝能を利用した水銀汚染地域の浄化を将来的に実現化するための第一段階として、水銀耐性菌(Pseudomonas K-62)の持つ有機水銀代謝機構を解明することを本研究の目的とした。 Pseudomonas K-62は酢酸フェニル水銀で濃厚に汚染された土壌から単離された水銀耐性菌である。本菌株は無機水銀のみならず、メチル水銀を始めとする多種類の有機水銀に対して強い耐性を示し、特に酢酸フェニル水銀に対して通常の細菌の数千倍の耐性を有している。本菌株の水銀耐性は有機水銀を無機水銀に分解する有機水銀分解酵素(リアーゼ)及び無機水銀を金属水銀に還元する水銀還元酵素(レダクターゼ)の二つの酵素系の関与により獲得されていることが明らかにされている。 微生物の水銀耐性の多くはプラスミドまたはトランスポゾン上に存在する機能の異なる複数の構造遺伝子により構成された水銀耐性オペロン(mer operon)により支配されていることが明らかにされている。しかしながら、Pseudomonas K-62の水銀耐性獲得の遺伝学的研究はこれまで全く行われていなかった。 本研究では水銀耐性菌(Pseudomonas K-62)の有機水銀耐性を支配する遺伝子の同定、さらにその遺伝子の構造と機能について検討を加えた。その結果、本菌株の水銀耐性は本菌株の68-kbプラスミドにより支配されるとともに26-kbプラスミド(pMR26)上の異なる二組の有機水銀耐性遺伝子群(merオペロン)により支配されていることが明らかとなった。 I有機水銀耐性菌Pseudomonas K-62の水銀耐性遺伝子の同定 Pseudomonas K-62は6本のプラスミド(82-、68-、56-、31-、26-、8.5-kb)を保有していることをアガロース電気泳動法を用いた分析により明らかにした。次に、本菌株をエチジウムブロマイドで処理することにより、種々の水銀感受性変異株を得た。これらの変異株の水銀代謝活性及び水銀耐性を調べたところ、Mutant26及びMutant68は無機水銀及びフェニル水銀を金属水銀までに代謝する活性を有するにも拘わらず、それらに対する耐性は野生株に比べて有意に低下した。MutantTYは水銀化合物の代謝活性を完全に消失すると同時に水銀耐性も完全に消失した。これらの変異株について常法に従い遺伝子の分析を行ったところ、Mutant26は26-kbプラスミドを、Mutant68は68-kbプラスミドを、MutantTYは26-kbと68-kbの両プラスミドを欠損した変異株であることが判明した。 以上のことから、本菌の水銀耐性は26-kbプラスミド及び68-kbプラスミドの両プラスミドにより支配されていることが明らかとなった。 次に、本菌株の水銀耐性遺伝子の局在をPseudomonas属由来のTn501のmerR(merオペロンの制御遺伝子)、Serratia属由来のpDU1358のmerA(レダクターゼの構造遺伝子)及びmerB(リアーゼの構造遺伝子)をプローブとして用い、サザンブロッティング法により調べたところ、これらのプローブは先の26-kbプラスミドのみとハイブリダイズした。 以上の結果から、26-kbプラスミド上にリアーゼ及びレダクターゼを支配する遺伝子の存在が示唆され、本プラスミドをpMR26と命名した。 II水銀耐性遺伝子のクローニング及びその構造と機能の解析1.pMR26の水銀耐性遺伝子のクローニング pMR26の制限酵素切断地図を作成した後、先のプローブmerR及びmerAとハイブリダイズする領域を含む6.6-kbのSacI切断断片、また、merR及びmerBとハイブリダイズする領域を含む7.4-kbのSacI切断断片をそれぞれクローニングベクター(BluescriptIISK+)に組換えた。得られた組換えプラスミドをそれぞれpMRA17及びpMRB01と命名した。これらのプラスミドを大腸菌(XL1-Blue)に形質転換した後、水銀代謝活性及び水銀耐性を調べた。pMRA17はpDU1358のリアーゼの構造遺伝子であるmerBとハイブリダイズしないにも拘わらず、pMRA17を形質転換した大腸菌は種々の有機水銀を金属水銀に代謝する活性を示し、また、これらの有機水銀に対する耐性も宿主に比べ有意に上昇した。このことから、pMRA17上に既報のリアーゼとは性質の異なるユニークな酵素をコードする遺伝子が存在する可能性が示唆された。 2.pMR26の水銀耐性遺伝子の構造解析 ダイデオキシ法を用いて、pMRAI7上のBglIIサイトからSacIサイトまでの5504-bp、及びその下流のpMRB01上のSacIサイトからEco52Iサイトまでの2296-bpの塩基配列をそれぞれ決定した。pMRA17上に6つのORF(open reading frame)、pMRB01上に3つのORFを見出した。これらのORFについてホモロージーを検索した結果、pMRA17には水銀耐性オペロンの制御遺伝子merR(435-bp)、水銀輸送遺伝子merT(351-bp)、merP(276-bp)及びレダクターゼの構造遺伝子merA(1710-bp)、新規の遺伝子ORF(519-bp)及びリアーゼの構造遺伝子merB1(636-bp)が見出された。一方、pMRB01には制御遺伝子merR(435-bp)、lyaseの構造遺伝子merB2(639-bp)及びオペロン終末プロモーターmerD(366-bp)が見出された。 以上の結果より、pMR26上に、merR-merT-merP-merA-ORF-merB1-merR-merB2-merDから構成された有機水銀化合物の分解を司る二組のオペロンが存在することが初めて明らかとなった。 3.pMR26の水銀耐性遺伝子の産物同定 有機水銀の代謝に関わる各遺伝子の発現をマキシセル法により調べた。その結果、水銀化合物存在条件下において、pMRA17には60-、23.5-、20-、13-及び9.2-kDの遺伝子産物が検出された。これらの産物は塩基配列から推定されるアミノ酸の分子量から、それぞれMerA、MerB1、ORF、MerT及びMerPの産物であると同定した。同様にpMRB01には23.5-kDの産物が検出され、これはMerB2の産物であると同定した。アリール水銀及びアルキル水銀を共に分解するMerB1はpDU1358のMerBとの間に低い相同性(48.8%)を示すのに対して、MeBr2はpDU1358のMerBとの間に高い相同性(99.5%)を示した。 4pMR26の新規遺伝子ORFの機能解析 水銀化合物の存在下発現することが確かめられたORFの機能を調べるために、pMRA17より、このORFのみを欠失させた変異プラスミドpMU29を作成した。pMU29はフェニル水銀を金属水銀に代謝する活性を保有しているにも拘わらず、フェニル水銀に対する耐性はpMRA17に比べて有意に低下した。この結果から、このORFは本菌株のフェニル水銀耐性に寄与していることが明らかとなり、この新規遺伝子をmerEと命名した。 5.pMR26のmerT-merPの機能解析 無機水銀はmerT-merPにコードされる蛋白質により、菌体の外から内へ輸送された後、merAにコードされるレダクターゼにより金属化されることは既に明らかである。しかし、有機水銀の菌体内への輸送におけるmerT-merPの関与についてはこれまで不明であった。そこで、merT-merPによる有機水銀輸送を調べるために、pMRA17よりmerB1、merE及びmerAの一部を欠失したプラスミドpMRD141(merR-merT-merP-△merA)を作成した。このpMRD141を用いて、各種水銀化合物の取り込みを調べた結果、merT-merPは無機水銀の輸送のみならずフェニル水銀の取り込みに関与すること、また、メチル水銀の輸送に関与しないことが初めて明らかとなった。 結論 Pseudomonas K-62の水銀耐性は68-kb及び26-kb plasmid(pMR26)に支配されていることを初めて明らかにした。このpMR26上に存在する水銀耐性遺伝子の構造と機能を解析した結果、以下の新しい知見を得た。 pMR26には有機水銀の解毒を司る異なる二組のmerオペロン(merR、merT、merP、merA、merE及びmerB1とmerR、merB2及びmerD)が存在した。それぞれのオペロンに存在するmerB1及びmerB2は共に水銀化合物の存在条件下発現し、このうち既知のmerBと相同性が低く、メチル水銀及びフェニル水銀の分解を支配するmerB1の遺伝子の構造を初めて明らかにした。 また、pMR26にフェニル水銀の耐性獲得に新規遺伝子merEが寄与していることを初めて明らかにした。 さらに、pMR26のmerT-merPは無機水銀の輸送のみならず、フェニル水銀の取り込みに関与し、メチル水銀の輸送に関与しないことを初めて明らかにした。 |