学位論文要旨



No 213261
著者(漢字) ハンサ,バッタナヌキ
著者(英字) Hansa,Vathananukij
著者(カナ) ハンサ,バッタナヌキ
標題(和) リモートセンシングデータを用いたチャオプラヤ川における水質評価に関する研究
標題(洋) Water Quality Assessment on the Chao-Phra-Ya Estuary Using Remote Sensing Data
報告番号 213261
報告番号 乙13261
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13261号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 柴崎,亮介
 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 A.S.,ヘラート
 東京大学 助教授 清水,英範
内容要旨

 タイ国をはじめとした開発途上国では巨大都市の成長が環境にさまざまな深刻なインパクトをもたらしている。特に下水処理施設が不十分なことに起因する水質の汚濁は料水の汚染を通じて健康被害を引き起こす可能性があり、きわめて深刻である。本論文もタイ国の首都、バンコク市を対象地域とし、バンコク市の中心を流下するチャオプラヤ川における水質汚濁問題を対象としている。

 バンコク市は1960年代から急速に拡大し、現在人口は600万人を越える。バンコク市民の唯一の水資源であるチャオプラヤ川は非常に汚染が進んでいる。しかし、水質を改善するためには数多くの問題点が存在する。基本的には下水処理施設がきわめて不十分であり、汚水が適切に処理されない点に問題が存在するが、実効性の高い政策を立案し、また効果的に実施するために必要な情報、特に水質汚濁情報が非常に不足している点も非常に重要である。水質データの収集には(開発途上国政府にとって)大きな費用が必要であり、十分な数の水質データが収集されない大きな要因になっている。また、チャオプラヤ川は非常に重要な交通路として利用されており、水上交通の輻輳が同時・多点水質サンプリングを困難なものとしている点も見過ごせない。さらに、水質測定は測定した点の水質情報を計測するものであり、広大な河川空間を対象とした場合にはその代表性がきわめて限られる。そのため、水質分布の状況を地図のようなわかりやすい形で示すことは非常に困難であった。同様の問題点は水質汚濁の拡散に不可欠な河川の流況情報にもあてはまる。こうした制約を緩和し、政策決定に資する水質情報、あるいは河川・河口のダイナミックな流況情報を収集する方法として衛星からのリモートセンシング画像の利用が考えられる。

 リモートセンシング画像を利用した水質の推定に関する研究は少なくない。しかし、これまでチャオプラヤ川を対象として行われた研究はほとんどなく、特に時系列の衛星画像を駆使して都市域の経年的な拡大や水質汚濁の進展との関連を明らかにし、さらに将来の汚染状況や政策に関する示唆を得ようとした研究は少ない。

 本研究は以下のような目的を設定した。

 1.衛星画像を利用してチャオプラヤ川の汚染状況を面的に明らかにする。その際、十分な数の地上同時観測データと組み合わせることで、推定精度を定量的に明らかにする。また、その手法を利用してチャオプラヤ川の水質汚濁状況を図化する。

 2.時系列画像を利用することで、バンコクにおける都市域の経年的な拡大状況を明らかにし、水質データとの関連を把握する。そこで得られた知見を基にチャオプラヤ川の水質汚染状況に関する将来予測を試みる。

 3.上記の知見を整理し、バンコク地域を中心としたチャオプラヤ川の水質改善方策に関する示唆を得る。

 上記の目的に対応して本論文で得られた主要な成果を以下に整理する。

1.衛星画像を用いたチャオプラヤ川の水質汚濁マップの作成

 衛星画像データから水質情報を抽出するためには大気補正が非常に重要である。本研究ではチャオプラヤ川においてスペクトル反射率などの地上観測を衛星画像の取得時刻に同期させて行い、パスラジアンスなどの補正を行った。次に補正されたリモートセンシングデータとSS(Suspended Solid)濃度との相関分析を行い、その相関関係(相関係数:0.8から0.9)を基にバンド3値からSS濃度値の分布図を作成した。さらに時系列ランドサット画像を処理することで、SS濃度の分布から局所的に水質汚濁が深刻な箇所を抽出することができた。そうした箇所は、いくつかの大規模工場からの排水口やバンコク市内からの排水路がチャオプラヤ川に流入する箇所であり、こうした大規模施設などでの汚水処理が今後の水質改善の有効な方策となり得ることが明らかになった。

 また、SS濃度と他の水質項目(鉛など)の相関関係も比較的高く(相関係数:0.7から0.9)、リモートセンシングデータから得られるSS濃度値分布からその他の水質項目についても概略推定できる可能性が示された。

2.都市の拡大と水質汚濁との時系列分析とそれに基づいた将来予測の可能性の検討

 1987年から1995年にかけてのバンコク市街地の拡大傾向をランドサット画像からの抽出した。またこの期間、水質汚濁についても一層深刻化していること(SS濃度で年間約14ppmの増加)も明らかとなった。市街地の拡大と水質汚濁の深刻化の傾向がこのまま続くと仮定すると、チャオプラヤ川の水質は2012年には上水道の原水となる最低基準も満足しなくなることが明らかになった。

3.チャオプラヤ川のバンコク地域における水質改善方策の検討

 水質改善には都市の成長管理から下水道の整備、個別処理の推進など多面的な方策が必要であるが、本研究で得られた知見から以下のような方策が有効であると考えられる。

1)衛星画像データを利用した水質モニタリングシステムの構築

 水質汚濁の悪化する乾期の衛星画像を利用して、水質の大まかな分布を迅速に把握できる水質モニタリングシステムを構築する。その際GISを利用して測定点ごとに得られる水質測定データと重ね合わせることにより衛星画像からの推計値のキャリブレーションを行う。同時に衛星画像より市街化の進展状況も把握し、汚濁付加の発生量分布の変化として利用する。

2)大規模工場などでの汚水処理の推進と運河での汚水処理システムの実施

 水質汚染マップからは特定の施設の排水口や市街地からの排水路(運河)周辺で特に深刻な汚濁が観測されている。したがってこうした大規模施設での汚水処理の高度化を推進することと、運河に集められた汚水の運河内での処理システムを実現することが有効であると考えられる。

審査要旨

 アジアを中心とした開発途上国では巨大都市の成長が環境にさまざまな深刻なインパクトをもたらしている。特に下水処理施設が不十分なことに起因する水質の汚濁は飲料水の汚染を通じて健康被害を引き起こすなど、きわめて深刻な問題となっている。基本的な対策は下水処理施設などの整備であるが、実効性の高い政策を立案し、効果的に実施するために必要な情報、特に水質汚濁情報が不足している点も非常に重要である。水質データの収集は(開発途上国政府にとって)大きな費用を必要とし、十分な数の水質データが収集されない大きな要因になっている。また、広大な河川空間を対象とした場合、限られた数のサンプルではその代表性がきわめて限られる。そのため、水質分布の状況を地図のようなわかりやすい形で示すことは非常に困難であった。同様の問題点は水質汚濁の拡散分析に不可欠な河川の流況情報にもあてはまる。こうした制約を緩和し、政策決定に資する水質情報を迅速に収集する方法として衛星からのリモートセンシング画像の利用が考えられる。リモートセンシング画像を利用した水質の推定に関する研究は少なくない。しかし、これまで開発途上国の巨大都市域における大河川を対象として行われた研究はほとんどなく、特に時系列の衛星画像を駆使して都市域の経年的な拡大や水質汚濁の進展との関連を明らかにし、さらに将来の汚染状況や政策に関する示唆を得ようとした研究は少ない。また、こうした研究は今後アジアを中心とした開発途上国で巨大都市が急速に成長することを考えると、巨大都市圏周辺における水質汚濁のモニタリング手法の開発には大きな意義があると考えられる。

 本論文「リモートセンシングデータを用いたチャオプラヤ川における水質評価に関する研究」は6章からなっている。

 第1章「序章」は序論であり、バンコク周辺のチャオプラヤ川流域における水質汚濁問題を整理し、研究の必要性と目的を述べている。また、関連する研究について整理している。

 第2章「研究の手順」は研究の方法論及び手順を述べている。すなわち、衛星画像データの幾何補正、大気補正などの処理、水質データとの相関分析の方法、水質状況の将来予測のための手法などである。

 第3章「研究対象地域」は実際に利用される現地観測データに関する記述であり、対象地域(チャオプラヤ川のバンコク市周辺区域)におけるスペクトル情報や水質情報の地上検証データについて、サンプリングの方法や計測方法などを整理している。

 第4章「衛星データの処理方法」は衛星画像データと上記データの前処理方法について記載している。

 第5章「衛星データと水質データの分析・評価」はデータの分析結果を述べている。すなわち、補正された衛星画像データと水質データとの相関分析を行い、チャオプラヤ川の汚染状況を面的に明らかにしている。さらに、時系列画像を利用することで、バンコクにおける都市域の経年的な拡大状況を明らかにし、水質データとの関連を分析している。そこで得られた知見から将来のチャオプラヤ川の水質汚染状況に関する試算を行っている。

 第6章「結論と今後の課題」は、上記の成果をまとめるとともに、水質汚濁の進行状況や分布状況データから得られるチャオプラヤ川の水質改善方策に関する示唆を整理している。

 論文の成果は、衛星画像からの水質汚濁の面的なモニタリング手法の開発途上国における有効性を実証した点にある。すなわち、ランドサットTM画像からSS(Suspended Solid Particle:浮遊微粒子)濃度値の分布推定マップを作成し、さらに時系列に分布図を比較することで、恒常的に水質汚濁が深刻な箇所を抽出することができた。そうした箇所は、いくつかの大規模工場・事業場からの排水口付近やバンコク市内からの排水路がチャオプラヤ川に流入する箇所であり、こうした大規模施設などでの汚水処理の改善が今後の水質改善の有効な方策となり得ることが明らかになった。

 また、SS濃度と他の水質項目(鉛など)の相関関係も比較的高い(相関係数:0.7から0.9)ことが示され、リモートセンシングデータから得られるSS濃度値分布からその他の水質項目についても概略推定できる可能性が示された。

 さらに以上のような知見をもとに、バンコク市周辺のチャオプラヤ川流域における水質汚濁対策として以下のような方策を提言している。

1)衛星画像データを利用した水質モニタリングシステムの構築

 水質汚濁の悪化する乾期の衛星画像を利用して、水質の大まかな分布を迅速に把握できる水質モニタリングシステムを構築する。その際GISを利用して測定点ごとに得られる水質測定データと重ね合わせることにより衛星画像からの推計値のキャリブレーションを行う。同時に衛星画像より市街化の進展状況も把握し、汚濁負荷の発生量分布の変化として利用する。

2)大規模工場などでの汚水処理の推進と運河での汚水処理システムの実施

 水質汚染マップからは特定の施設の排水口や市街地からの排水路(運河)周辺で特に深刻な汚濁が観測されている。したがってこうした大規模施設での汚水処理の高度化を推進することと、運河に集められた汚水の運河内での処理システムを実現することが有効であると考えられる。

 開発途上国における巨大都市地域周辺のように汚濁が非常に進んでいるにもかかわらず、かつ必要な情報を収集し、対策を立案・実施するためのリソースが限られている場合には、衛星画像から効率的に得られる面的、かつ時系列的な水質汚濁分布データが対策立案に際してきわめて有効な情報となり得ることが実証された。

 このように本論文は都市環境工学の進展に対して大きな寄与をしていると考えられ、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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