内容要旨 | | 本論文は,全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス:NOWPHAS:Nationwide Ocean Wave information network for Ports and HArbourS)によって長年蓄積された波浪観測データによって明らかにされた我が国沿岸の波浪特性について述べるとともに,今後の課題およびナウファスの発展の方向を示すものである。 ナウファスは,港湾事業の計画・設計・施工の各段階で必要不可欠となる沿岸波浪情報を取得する目的で,運輸省港湾局,各港湾建設局,北海道開発局,沖縄総合事務局および港湾技術研究所が,長年にわたって構築・運営してきている,我が国沿岸の波浪観測ネットワークである。ナウファスは,港湾事業ばかりではなく,広く沿岸域の開発・利用・防災・研究に貢献しており,今後その役割はますます大きなものとなりつつある。 本論文では,ナウファスの発展の歴史的経緯と現況を紹介し,現在までに明らかにされた波浪観測の成果を,長期間の有義波高・周期統計としてとりまとめるのとともに,特に,アレー式の高精度方向スペクトル観測が行われているいわき沖(水深154m)と新潟沖(水深35m)の観測データに注目して,方向スペクトルの出現特性の検討を行った。さらに,今後のナウファスの発展の方向として,海中超音波信号のドップラー効果を応用した海象計の開発を紹介するとともに,連続的な観測を実施する必要性とその具体的なシステムについて,最近観測された津波や長周期波の観測例を示しながら検討を行った。以下に,各章毎の要旨を述べる。 第1章では,研究の目的と本論文の取り扱うテーマを紹介した。 第2章では,ナウファスの現況と発展の経緯を紹介した。1970年当時の初期の段階では,ナウファスの観測地点数は6地点だけであり,かつ水圧式波高計による水深10m程度の地点における観測が大部分であった。その後,以下に示すようなブレークスルーを経て,今日の42観測地点を有する観測網へと発展した。 (1) 超音波式波高計(USW)の改良と普及 (2) 超音波式流速計型波向計(CWD)を主体とした波向観測の普及 (3) 水圧式波高計による欠測の補完 (4) 波高計アレーによる方向スペクトル観測と方向スペクトル推定手法の開発 (5) 波浪観測データ収集システムの改良 第3章では,ナウファスの長期波浪観測統計から得られる知見を紹介したが,第3章は2節から構成されている。 第3章第1節では,ナウファスの長期波浪観測統計を,有義波高・有義波周期に注目したとりまとめを行った。ナウファスの全観測点中,比較的長い期間にわたって同一条件で波浪観測が実施されてきた,日本海側10地点と太平洋側10地点を解析の対象とした。 有義波高の値を対数軸上で整理することによって,その出現特性は比較的正規分布に近いものとなることが確認された。有義波高の出現分布に対して主成分分析を行うことによって,その出現特性は日本海側と太平洋側に大きく分類できることが示された。また,有義波高の経年変動特性を調べた結果,日本海側で平均波高が高い年は太平洋側で低く,太平洋側で高い年は日本海側で低い傾向があることが確認された。1980年代に見られた太平洋側における平均波高の増加傾向は1990年代には継続していなかった。有義波高の季節変動特性を調べた結果,日本海側では,冬波高が高く夏低い顕著な季節変動が確認された。 波浪の特異日の抽出を,日平均波高の年間変動特性,基準波高の超過未超過率,高波出現記録の日別解析,といった3指標から検討を行い,顕著な特異日の例を示した。 また,有義波高と有義波周期の結合出現分布の検討を,波形勾配に注目して行い,日本海側と太平洋側では代表波形勾配とその分散に顕著な相違が確認されたが,これはうねり性の波浪の出現状況の相違によるものと考えられる。さらに,高・低波浪状態の継続時間および低波浪状態から高波浪状態への立ち上がり時間特性について,統計的解析を行ったが,多くのケースに関して欠測が多く,十分満足できる結論を得るには至らなかった。 第3章第2節では,波浪の方向スペクトル統計解析結果を紹介した。すなわち,いわき沖海域における1986年10月から1993年12月に至る7年間強の期間の方向スペクトルの出現特性を述べるとともに,新潟沖海域で特徴的な佐渡島の遮蔽効果について方向スペクトルの解析から明らかにされた結果を述べた。 いわき沖で観測された方向スペクトルを周波数および波向に関して積分して得られる波向別および周期別のエネルギー分布の年別・月別平均値を求めて,経年変動や季節変動を明らかにした。また,多方向から波浪が来襲する場合の波向定義の検討として,平均波向とスペクトルのピーク波向との相関を調べた結果,特に双峰型スペクトルの場合には,両者の相関が非常に低いことが確認された。さらに,方向スペクトルの観測値をベクトル時系列と見なして主成分分析を行った結果,寄与率約30%の第1主成分は波の平均エネルギーを説明する主成分であると考えられ,寄与率約19%の第2主成分は方向スペクトルの第1ピークの絶対値とその波向を説明する主成分であると考えられた。 さらに,いわき沖で観測された高波ピーク時の方向スペクトルを,現在,港湾設計で最も一般的に標準スペクトル形状として採用されている光易型方向関数と比較した。波高ピーク時における双峰型方向スペクトルの出現頻度は,あまり高くなく,特にピーク時有義波高7m以上の7ケース中には双峰型方向スペクトルは見られなかった。また,最小自乗法によって求めた適合Smaxとしては10程度のケースが最も多かったので,光易型方向関数の採用は,波高ピーク時においては妥当な場合が多いことが示された。 新潟沖波浪観測システムで測得された方向スペクトルを用い,佐渡島等の地形条件が波浪におよぼす影響について,対応する気象要因等を考慮しながら検討を行った結果,(1)佐渡島の遮蔽を受けて,エネルギーの方向分布がW〜NW方向で小さくなる傾向が,冬季における有義波の波向別出現状況や,気象擾乱時における方向スペクトルの経時変化によく現れていること,(2)方向スペクトルの形状は,8.5kmも離れた新潟東港防波堤からの反射波も捉えていること,が示された。 第4章では,ナウファスのより一層の発展に向けての取り組みを紹介したが,第4章もまた2節から構成されている。 第4章第1節では,将来のナウファスの主力波浪計測機器として期待されている,海中超音波信号のドップラー効果を応用した海象計について,その開発目的,機器の概要,運輸省第二港湾建設局釜石港における実海域現地実験結果を紹介した。 海象計は,沖波の波向や方向スペクトルを精度よく測定できる波浪計・長周期波計として,ナウファスのより一層の発展に寄与することが期待されている新しい観測機器である。海底と水面との間の任意水深地点における流向流速の測定が可能となるので,深海波に関しても,波向や方向スペクトルの測定が可能となる。現地実験は,岩手県釜石港の沖合で行われた。波向や方向スペクトルの推定結果の妥当性や,流速情報から水位情報への換算方法の妥当性が確認された。 第4章第2節では,長周期波の特性解明について,波高計・波向計が捉えた沖合津波波形記録の解析結果を示し,仙台新港で問題となっている港内係留船舶の動揺を湾外長周期波との関連を示すとともに,連続観測システム構築への取り組みを紹介した。 平成5年北海道南西沖地震津波は,押し波から始まっていること,主となる津波周期は16分程度であったことなどが確認された。また,平成6年北海道東方沖地震津波は,初期波形が比較的単純かつ広範囲であったため,線形長波理論による3kmの粗い計算格子でのシミュレーション結果によっても,観測津波波形を比較的良好に再現することができた。 常時における長周期波の問題として,仙台新港における係留船舶動揺事例をもとに,沖合波形記録を解析した結果,長周期波による係留不可能事象は,港湾に来襲する港外波浪の波群特性と密接に係わり,特に平均波群周期が係留不可能事象を説明する指標として有効であることが示された。 このように長周期波観測の重要性が広く認識された結果,ナウファスの連続観測化をめざすこととなり,新システムの概略検討を行った。 第5章では,各章の要旨をとりまとめ,第6章では,あとがきと謝辞を述べた。 |