学位論文要旨



No 213263
著者(漢字) 永井,紀彦
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,トシヒコ
標題(和) ナウファス(全国港湾海洋波浪情報網)による我国沿岸の波浪特性の解明
標題(洋)
報告番号 213263
報告番号 乙13263
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13263号
研究科 工学系研究科
専攻 社会基盤工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邉,晃
 東京大学 教授 虫明,功臣
 東京大学 教授 磯部,雅彦
 東京大学 助教授 都司,嘉宣
 東京大学 助教授 Dibajnia,Mohammad
内容要旨

 本論文は,全国港湾海洋波浪情報網(ナウファス:NOWPHAS:Nationwide Ocean Wave information network for Ports and HArbourS)によって長年蓄積された波浪観測データによって明らかにされた我が国沿岸の波浪特性について述べるとともに,今後の課題およびナウファスの発展の方向を示すものである。

 ナウファスは,港湾事業の計画・設計・施工の各段階で必要不可欠となる沿岸波浪情報を取得する目的で,運輸省港湾局,各港湾建設局,北海道開発局,沖縄総合事務局および港湾技術研究所が,長年にわたって構築・運営してきている,我が国沿岸の波浪観測ネットワークである。ナウファスは,港湾事業ばかりではなく,広く沿岸域の開発・利用・防災・研究に貢献しており,今後その役割はますます大きなものとなりつつある。

 本論文では,ナウファスの発展の歴史的経緯と現況を紹介し,現在までに明らかにされた波浪観測の成果を,長期間の有義波高・周期統計としてとりまとめるのとともに,特に,アレー式の高精度方向スペクトル観測が行われているいわき沖(水深154m)と新潟沖(水深35m)の観測データに注目して,方向スペクトルの出現特性の検討を行った。さらに,今後のナウファスの発展の方向として,海中超音波信号のドップラー効果を応用した海象計の開発を紹介するとともに,連続的な観測を実施する必要性とその具体的なシステムについて,最近観測された津波や長周期波の観測例を示しながら検討を行った。以下に,各章毎の要旨を述べる。

 第1章では,研究の目的と本論文の取り扱うテーマを紹介した。

 第2章では,ナウファスの現況と発展の経緯を紹介した。1970年当時の初期の段階では,ナウファスの観測地点数は6地点だけであり,かつ水圧式波高計による水深10m程度の地点における観測が大部分であった。その後,以下に示すようなブレークスルーを経て,今日の42観測地点を有する観測網へと発展した。

 (1) 超音波式波高計(USW)の改良と普及

 (2) 超音波式流速計型波向計(CWD)を主体とした波向観測の普及

 (3) 水圧式波高計による欠測の補完

 (4) 波高計アレーによる方向スペクトル観測と方向スペクトル推定手法の開発

 (5) 波浪観測データ収集システムの改良

 第3章では,ナウファスの長期波浪観測統計から得られる知見を紹介したが,第3章は2節から構成されている。

 第3章第1節では,ナウファスの長期波浪観測統計を,有義波高・有義波周期に注目したとりまとめを行った。ナウファスの全観測点中,比較的長い期間にわたって同一条件で波浪観測が実施されてきた,日本海側10地点と太平洋側10地点を解析の対象とした。

 有義波高の値を対数軸上で整理することによって,その出現特性は比較的正規分布に近いものとなることが確認された。有義波高の出現分布に対して主成分分析を行うことによって,その出現特性は日本海側と太平洋側に大きく分類できることが示された。また,有義波高の経年変動特性を調べた結果,日本海側で平均波高が高い年は太平洋側で低く,太平洋側で高い年は日本海側で低い傾向があることが確認された。1980年代に見られた太平洋側における平均波高の増加傾向は1990年代には継続していなかった。有義波高の季節変動特性を調べた結果,日本海側では,冬波高が高く夏低い顕著な季節変動が確認された。

 波浪の特異日の抽出を,日平均波高の年間変動特性,基準波高の超過未超過率,高波出現記録の日別解析,といった3指標から検討を行い,顕著な特異日の例を示した。

 また,有義波高と有義波周期の結合出現分布の検討を,波形勾配に注目して行い,日本海側と太平洋側では代表波形勾配とその分散に顕著な相違が確認されたが,これはうねり性の波浪の出現状況の相違によるものと考えられる。さらに,高・低波浪状態の継続時間および低波浪状態から高波浪状態への立ち上がり時間特性について,統計的解析を行ったが,多くのケースに関して欠測が多く,十分満足できる結論を得るには至らなかった。

 第3章第2節では,波浪の方向スペクトル統計解析結果を紹介した。すなわち,いわき沖海域における1986年10月から1993年12月に至る7年間強の期間の方向スペクトルの出現特性を述べるとともに,新潟沖海域で特徴的な佐渡島の遮蔽効果について方向スペクトルの解析から明らかにされた結果を述べた。

 いわき沖で観測された方向スペクトルを周波数および波向に関して積分して得られる波向別および周期別のエネルギー分布の年別・月別平均値を求めて,経年変動や季節変動を明らかにした。また,多方向から波浪が来襲する場合の波向定義の検討として,平均波向とスペクトルのピーク波向との相関を調べた結果,特に双峰型スペクトルの場合には,両者の相関が非常に低いことが確認された。さらに,方向スペクトルの観測値をベクトル時系列と見なして主成分分析を行った結果,寄与率約30%の第1主成分は波の平均エネルギーを説明する主成分であると考えられ,寄与率約19%の第2主成分は方向スペクトルの第1ピークの絶対値とその波向を説明する主成分であると考えられた。

 さらに,いわき沖で観測された高波ピーク時の方向スペクトルを,現在,港湾設計で最も一般的に標準スペクトル形状として採用されている光易型方向関数と比較した。波高ピーク時における双峰型方向スペクトルの出現頻度は,あまり高くなく,特にピーク時有義波高7m以上の7ケース中には双峰型方向スペクトルは見られなかった。また,最小自乗法によって求めた適合Smaxとしては10程度のケースが最も多かったので,光易型方向関数の採用は,波高ピーク時においては妥当な場合が多いことが示された。

 新潟沖波浪観測システムで測得された方向スペクトルを用い,佐渡島等の地形条件が波浪におよぼす影響について,対応する気象要因等を考慮しながら検討を行った結果,(1)佐渡島の遮蔽を受けて,エネルギーの方向分布がW〜NW方向で小さくなる傾向が,冬季における有義波の波向別出現状況や,気象擾乱時における方向スペクトルの経時変化によく現れていること,(2)方向スペクトルの形状は,8.5kmも離れた新潟東港防波堤からの反射波も捉えていること,が示された。

 第4章では,ナウファスのより一層の発展に向けての取り組みを紹介したが,第4章もまた2節から構成されている。

 第4章第1節では,将来のナウファスの主力波浪計測機器として期待されている,海中超音波信号のドップラー効果を応用した海象計について,その開発目的,機器の概要,運輸省第二港湾建設局釜石港における実海域現地実験結果を紹介した。

 海象計は,沖波の波向や方向スペクトルを精度よく測定できる波浪計・長周期波計として,ナウファスのより一層の発展に寄与することが期待されている新しい観測機器である。海底と水面との間の任意水深地点における流向流速の測定が可能となるので,深海波に関しても,波向や方向スペクトルの測定が可能となる。現地実験は,岩手県釜石港の沖合で行われた。波向や方向スペクトルの推定結果の妥当性や,流速情報から水位情報への換算方法の妥当性が確認された。

 第4章第2節では,長周期波の特性解明について,波高計・波向計が捉えた沖合津波波形記録の解析結果を示し,仙台新港で問題となっている港内係留船舶の動揺を湾外長周期波との関連を示すとともに,連続観測システム構築への取り組みを紹介した。

 平成5年北海道南西沖地震津波は,押し波から始まっていること,主となる津波周期は16分程度であったことなどが確認された。また,平成6年北海道東方沖地震津波は,初期波形が比較的単純かつ広範囲であったため,線形長波理論による3kmの粗い計算格子でのシミュレーション結果によっても,観測津波波形を比較的良好に再現することができた。

 常時における長周期波の問題として,仙台新港における係留船舶動揺事例をもとに,沖合波形記録を解析した結果,長周期波による係留不可能事象は,港湾に来襲する港外波浪の波群特性と密接に係わり,特に平均波群周期が係留不可能事象を説明する指標として有効であることが示された。

 このように長周期波観測の重要性が広く認識された結果,ナウファスの連続観測化をめざすこととなり,新システムの概略検討を行った。

 第5章では,各章の要旨をとりまとめ,第6章では,あとがきと謝辞を述べた。

審査要旨

 本論文は、著者が中心となって整備を進めているナウファス(全国港湾海洋波浪情報網)について紹介・論述するとともに、それにより長期間蓄積されてきた波浪観測データの解析に基づき我が国沿岸の波浪特性の解明を目指したものであり、6章より構成されている。

 第1章「はじめに」では、本研究の背景として、港湾や海岸事業に関わる計画・調査・設計・施工にあたっては沿岸海域の波浪条件を適確に把握することが必須であることを述べ、それをうけて、これまで整備を進めてきた波浪情報網ナウファスの現況等を概述すること、それによって得られた長期波浪観測データの解析により我が国沿岸の波浪特性を明らかにすること、更にナウファスの今後の発展の方向を示すことが本論文の主目的であると述べている。

 第2章は「ナウファスの現況」と題し、ナウファス(NOWPHAS:Nationwide Ocean Wave information network for Ports and HArbourS)の現況として、我が国沿岸の42地点に波浪観測地点が配置され、観測データは運輸省港湾技術研究所で集中処理解析が行われていることを説明した後、これまでのナウファスの発展の過程、特に観測地点数の増加、観測機器・観測システムの開発と実用化、データ収集とその集中処理解析システムの改良等の経緯について具体的に記述している。本章の内容は、波浪観測技術や実測データに関心を有する研究者・実務者に貴重な情報を与えるものと評価される。

 第3章は「ナウファスの長期統計から得られる知見」と題する。本章では先ず、波浪情報として最も基本的な有義波高・有義波周期について、長期間(15-25年)にわたり同一条件での観測が継続されている日本海側・太平洋側各10地点の波浪データを用い、長期統計解析を行っている。その結果、観測期間を通しての有義波高の出現特性は概ね対数正規分布に近いが日本海側では尖鋭度が低く太平洋側では歪み度が高くなるという特徴を見い出すとともに、主成分分析の結果から波高出現特性は日本海側北部・南部と太平洋側北部・南部の4つに大別されることを明らかにしている。一方、有義波高の経年変動特性についても解析し、平均波高が日本海側で高い年は太平洋側では低くなる等の興味深い結果を得ているが、それを気象・海象特性との関連で論じるまでには至っていない。更に有義波高の季節変動を調べ、日本海側では冬季に波高が高く、太平洋側では4月頃と10月頃に高くなるという、従来よりいわれている変動特性をより定量的かつ詳細に確認することに成功している。また、日平均波高の年間変動、基準波高の超過未超過確率、高波の日別出現率の3指標を用いて、波浪の特異日を抽出するといった斬新な試みも行っている。更に、有義波高と有義波周期の結合分布に関しても、特に波形勾配を対象とした解析を行い、日本海側と太平洋側での顕著な相違を再確認するとともに、その原因について気象・地形条件等に関わるうねり性の波の出現確率の関連で考察を加えている。なお、いわゆる波の連についても検討し、各海域での高低波浪継続時間や低波浪から高波浪への立ち上がり時間特性について論じているが、多くのケースでかなりの欠測があったために確固たる結論を得るには至っていない。

 本章では次いで、波浪の方向スペクトル統計について論じている。先ずいわき沖での観測データから、波向別・周期別エネルギー分布の経年変動や季節変動を明らかにするとともに、双峰型スペクトルの場合には平均波向とスペクトルピーク波向の相関が非常に低くなるという問題点を指摘している。ただし、少なくとも同地点での高波浪時には、双峰型スペクトルになることは稀で、従来の光易型方向スペクトルを用いても大過ないことも示された。他方、新潟沖波浪観測システムで得られた方向スペクトルを解析することにより、佐渡島の遮蔽効果や新潟東港防波堤からの反射波の影響をある程度まで定量的に明らかにすることに成功した。

 第4章「ナウファスのより一層の発展に向けての取り組み」では、先ず前半において、海中超音波信号のドップラー効果を応用した海象計について論じている。この海象計は、海面の水位変動に加え海底と水面との間の任意高さにおける流向流速を同時計測し、波向や方向スペクトルの長期継続測定を可能にするものであり、釜石港沖合での現地実験結果によりその精度・妥当性を検討・確認することができた。これは、将来のナウファスの主力波浪計測機器となることが期待できる。

 次いで後半では、波高計・波向計で取得された津波波形データの解析結果に基づき、それら計測器が津波を含むいわゆる長周期波の観測にも有効であることを示した。そして、港内荷役等との関連から長周期波の観測の重要さをあらためて論じるとともに、それらをも踏まえて、ナウファスの改良に対する具体的な提言を行っている。

 第5章「まとめ」では、本研究で得られた主な結論をまとめている。なお、第6章「おわりに」は主に謝辞に相当するものである。

 以上を要するに、本論文は、世界でも先駆的な広域波浪情報網に関して、その工学的意義、経緯、現況を論じ、それより得られた膨大な波浪データを解析することにより我が国沿岸の波浪特性をこれ迄以上に精度良く定量的に明らかにし、更にこの波浪情報網の今後の発展の方向をも具体的に示したものであり、海岸工学上貢献するところが大きい。よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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