内容要旨 | | 本論文は,ある場所に人が居る様子,その情景に含まれるものを記述・分析・デザインする方法論についての考察である。 たとえば,街角に人がたたずむ時,本人の意図にかかわらず周囲に様々な社会的作用や情景を作り出す,これは日々体験される最も基本的な都市認識であり,都市の質に大きく作用しているものと考えられるが,現在我々はこれについて語り分析するフレームを持ちあわせていない。本研究では,このような街角に人が居る情景に代表される,人がある場所に居る様子,その時生じている関係を取り扱う概念として「居方(いかた)」という言葉を提案する。人がある場所に居る時,行為内容とは独立してある「居方」を選んでいる。 本研究の第一目標は,主に都市のパブリックスペースにおいて収集した,人がある場所に居る状況の映像データとその読み込みを通じて,この「居方」という領域-現実に体験・認識される環境において極めて重要な対象であるにもかかわらず,従来の研究・デザイン手法でカバーされてこなかったもの-を浮び上がらせることである。第二の目標は,この居方の中に含まれるものの質・価値を言語化するとともに,それらを取り扱うための基本概念を整理・検討することである。更に第三の目標は,居方に着目した時,環境デザインのあり方がどう変わってくるかについての試論をまとめることである。 これらの作業は,結果として「人の居る景観論」,「他者と観察者の入った環境行動研究」,「他者と居合わせる場所としてのパブリックスペース計画論」,及び「(実際に体験される)奥行のある見えの世界のデザイン手法」に繋がり展開していくものとして位置付けることができる。 以下,本論の概要を述べる。 第1章では,まず研究の目標を述べ,この研究の背景となっている問題意識,すなわち「都市に居場所が増えていない」こと,「従来の研究手法では記述・説明できない行動の場面の質が存在する」ことを述べ,人がある場所に居る状況を扱う為の方法論が必要とされていることを指摘した。次に,居方の実例を示し,その場面の中に「誰がどこで何をしていた」という一般的な行動の記述で説明できるもの以外に,注目する人の背景も含めた見え,社会的関係,観察者の視点等が含まれていることを示し,暫定的に居方の定義を行った。 次に,1-4においては建築計画,環境心理学,景観論を中心に,居方に関連する研究領域のレビューを行い,従来の研究概念では居方が取り扱われていないことを示した。たとえば,ホールのプロクセミクス,人間行動と環境の関わりについて詳細に検討したバーカーの行動セッティング,また個人心理でもない社会組織でもない,現象としての間身体的行動を扱ったゴフマンらの手法では,居方に含まれる具体的な見えをカバーできない。また逆に多くの景観研究は人間を風景の構成要素と捉えておらず,風景の中の人を捉える方法論は不十分である。 更に建築・都市計画・デザインの領域において,都市のパブリックスペースがどのようなコンセプトで計画されているかをレビューし,少数の例をのぞき,憩う,交流,にぎわい,舞台等の,ごく限られたアクティビティイメージで計画されていることを指摘した。 1章の最後には,本研究の研究方法および,論文の構成についてまとめた。 2章は居方の観察と記録及びそこに含まれる質・関係の分析をまとめた。 具体的作業としては,主として都市(日本,台湾,アメリカ,ヨーロッパ)のパブリック・スペース(広場,公園,街路,河辺,駅,カフェ,その他建築内外部の公共的性格の場所)おいて,目撃・体験した居方を主として写真による記録(補助的に8ミリビデオによる記録)したデータ,またこれに加えて,写真家が撮影した作品,絵画,映画のシーン等も参考データとし,特徴的なタイプを見出しKJ法的なグルーピングによってタイプに名称をつけてまとめた。これをケーススタディとして,その質について検討した。すなわち, 主として個人と環境との直接的な関係が浮び上がる 「都市をみているあなた」「公共の中の自分の世界」「たたずむ」 複数の人間どうしの関係が特に問題となって浮かび上がってくる居方として 「あなたと私」「居合わせる」「オープンな居方」 「思い思い」「それぞれ・あちらこちら」「行き交う」 物理的な都市環境,都市構造との関係が重要な要素となる居方として 「都市を背景として」「都市を見降ろす」「環境の広がりの中に」 これらのタイプについて,そこに内包される質,重要なファクター,それを成立させている社会的・物理的・空間的要因について吟味した。 3章では,2章の観察・記録の分析を踏まえて,居方の意味と可能性についてまとめ,更に研究方法についての検討を行った。 まず,居方の基本的な性質として3点をまとめた。 1)居方は単にある行為をしている人々の平面的配列ではなく,「居合わせる」「たたずむ」に代表されるように,その人を観察する視点との関係で成り立つ。すなわち,その人が周囲をいかに認識しているか,またそこに居合わせた人々が彼をどのように認識するかというネットワークとして記述される。 2)居方の関係が浮かび上がりやすい構築環境とそうでないものがあること,すなわち,同じ行為をしていても,構築環境のスケール,レイアウト,デザインによって,ある居方・関係が浮かび上がる場合とそうでない場合がある。 3)更に居方は半自動的に生成されること,つまりある場所に人が居る時,その人,別の他者,また彼を見守る人が,無意識に少し歩き回るだけで,いわば半自動的に様々な居方が生成される(いってみればアクションに対する手ごたえがある)。これは都市空間の重要な機能であり,少なくとも現時点において電子ネットワーク空間などいわゆるサイバースペースとの大きな違いと言える。 次に,居方に含まれる最も重要な問題である,他者の意味について論じた。公共空間の計画において,人が人を眺めることの重要性はしばしば語られる(ジェイコブス,アレグザンダー等々)。また建築家は視線の関係のコントロールに注意を払い,社会学などをベースに「見る-見られる」といった演劇的な関係を意図する。またゲールは屋外空間における他者との低い濃度のふれあいの価値として,他の段階のふれあいが生まれる出発点の可能性,すでに成立しているふれあいを維持する可能性,社会環境についての情報源,インスピレーションの源,刺激的な体験となることを挙げており,どちらかと言えば直接的なコミュニケーションのきっかけに意味を見いだしている。 以上のような,コミュニケーションに焦点を当てた他者のとらえ方,価値に加えて,居方の観点から「他者が居ることによる観察者の環境認識の広がり」を指摘することができる。透視図に人物をかきこんだり,写真に人物を入れることで,スケール感というある環境認識を得ることができるが,人がある場所に居る時,まず遊離対象として背景に視覚的流動を発生させるなど,観察者の包囲光配列についての情報を生成し,更に「都市を見ているあなた」 「公共の中の自分の世界」 「都市を背景にして」等にみるように,他者と環境の関わりを生成・視覚化し,これは観察者にとって社会や環境への認識のための重要な情報となる。外界からの直接の情報のピックアップという視覚論を提案したギブソンは「外界は,ここからの距離,すなわち,自分だけの世界でなく,そこからの距離すなわち他者の世界からも構成されている」と述べているが,まさに他者の居方は,観察者の環境の一部を構成するのである。ギブソンはまた,環境を知覚することと自己を認識することの相補性を指摘しているが,居方においても,他者は私の代理人,分身として環境認知ための「てこ」として働いている。いわば「あなたにとっての環境は私の環境の一部であり」「あなたがそこにいるそう居ることは私にとっても意味がある」と言える。 3-2においては,居方に注目したときの環境デザインのあり方の可能性について論じた。 まず都市と人間-環境系を計画デザインする包括的な姿勢として,従来の計画論の還元された要素-機能,集団,行為,領域,心理量-を空間や形態に適切に割り当てるモデルではなく,関係論的な人間像,すなわち他者との相互認識によって環境の中に自己を位置づけていく人間に対して,適切に反応し,定位のための材料・情報を,自動的に生成するものとして環境を捉えるべきであること,また本来他者が居合わせる場所である都市においては,他者を他者として認識するパブリックスペースの視点が重要であることを論じた。 次に物理的な構築環境のデザインの方向性として,以下の項目を指摘した。 1)(背後を守った)アルコーブ型以外のセッティングの意義 2)きっかけというだけでなく,人が浮かび上がる居方をサポートする仕掛け 3)視線方向を合わせ認識している環境を共有すること 4)座れる場所と通行・観察の大義名分のあるゾーンの組み合わせ 5)不連続面の層構成の有効性 3-3においては,本研究の研究方法の特徴として,観察者(=研究者)が体験・認識するものを重視していること,その場に居合わせ,目撃する人として観察すること,奥行きと重なりのあるリアルな「見え」を問題にすることをあげ,その方法論の可能性と限界について自己評価した。 4章では,論文の全体を要約するとともに,今後の課題についてまとめた。 |