学位論文要旨



No 213267
著者(漢字) 平松,徹也
著者(英字)
著者(カナ) ヒラマツ,テツヤ
標題(和) 実験用実大アトリウム内の温熱環境解析
標題(洋)
報告番号 213267
報告番号 乙13267
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13267号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 加藤,信介
 東京大学 教授 村上,周三
 東京大学 教授 橘,秀樹
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 現在、多くの研究者が種々の境界条件のもとで、数値解析、実測を実施し、アトリウム空間内の温熱環境の構造的な理解を進めており、今後アトリウム設計は格段に効率化するものと期待されている。しかし、境界条件が明確であるアトリウム空間の温熱環境について系統だった測定を実施した例は皆無に近い。多くの実測研究は実物件を対象としたもので、気象条件、構成部材の物性、建物の隙間分布等の境界条件を詳細に記述、計測したものはあまりない。その結果、実測データをもとにした環境の解析、及び数値解析結果の検証は十分になされていないのが現状である。

 本研究は、実験用実大アトリウムを用いた長期実測結果の分析より、アトリウム内の温熱・空気環境の構造を明らかとし、今後のアトリウム空間内の環境計画の基礎資料として整備したものである。

 論文は序章と総括を含め、全8章より構成している。

 第1章では、本研究の背景、目的、及び既往の研究について説明し、実大規模のアトリウムを用いた系統だった実測研究が必要であることを示した。また、複数の気象条件の変動と室内温熱環境の変動の因果関係を検討するために、統計分析を用いた検討が必要であることを説明した。

 第2章では実測に用いた実験用アトリウムの仕様、並びにその性能に関して論じた。実験用アトリウムは東西南面、及び屋根面の4面がガラスで覆われた、間口7.0m×奥行き4.3m×高さ4.5mの南向きのアトリウムである。室内には5カ所の給排気ダクトが設置されており、これらの組み合わせにより、種々の冷房実験、自然換気実験が可能であることを示した。

 第3章では、測定条件・測定方法について説明した。実験は非空調時、冷房時、自然換気時の3種の状態で実施した。実験では、実際の設計上で重要とされている代表的な項目についてパラメトリックに検討し、実測研究としての一般性を確保した。非空調時においては、構成部材の光学特性、遮光断熱屋根の有無、蓄熱体の影響を検討している。冷房時、自然換気時においては、いくつかの構成部材に対し、給排気口の位置を変え、その影響を検討している。構成部材の光学特性、熱的特性、室の隙間分布などは既知であり、日射、外気温、風向風速など外気象条件、空調条件など境界条件も併せて測定し、種々の境界条件が室内温熱環境に与える影響を定量的に検討を行った。

 第4章では、構成部材の光学特性がアトリウムの日射取得性状に与える影響について論じた。ガラス光学特性の入射角依存性を考慮し、室内の完全相互拡散反射を仮定した日射取得計算により、水平面全天日射量、天空日射量の測定値から、各面の日射取得量を計算した。その結果、

 (1)構成部材によって日射取得量は大きく異なり、その値は全入射日射量の約30〜80%である。

 (2)低日射透過率(16%)の熱線反射ガラスを用いた場合、室内への透過日射は全入射日射量の16%と僅かであるが、ガラスに全入射日射量の約70%が吸収され、アトリウム全体の日射取得量は非常に大きくなる。また、このガラスを用いた場合、室内への透過日射量が小さいため、壁・床の光学特性は室全体の日射取得量に大きな影響を与えない。

 (3)遮光断熱屋根を設置した場合、室内への透過日射、吸収日射量ともに約半減する。

 ことが確認された。

 第5章では、非空調時における温熱環境について論じた。まず室内温度分布の測定結果、日射と各部位温度の関係などから、(1)非空調時の室内上下温度差は構成部材を問わず小さいこと、(2)室内の鉄骨は日中から夜間にかけて、空気に対して加熱面として働くこと、(3)遮光断熱屋根は室温低下に大きな効果があること、(4)室温は日射の室内相互反射の影響を強く受け、壁床の日射反射率が大きい場合は、今回用いたような高日射吸収率の熱線反射ガラスは室温低下にほとんど効果が無いこと(但し、グローブ温度の低下には効果がある)などを確認した。

 次に全入射日射量、及び平均室温の時系列データの重み関数による分析の結果、室内空気加熱に寄与する日射エネルギーは全入射日射量に対して4〜20%であり、吸収日射量の大部分はガラスを通じて屋外に排出されることを明らかにした

 さらに熱収支分析結果、簡易モデルによる温度分布計算結果を統計的に解析することにより、種々因子の影響度、対流熱伝達係数など熱的定数の影響を検討した。その結果、以下を明らかにした。

 (1)熱伝達係数として、一般的に広く用いられている文献値を用いた結果、日射測定値、温度分布測定値はほぼ熱収支を満足する。また、鉄骨からの対流伝熱、壁体の熱容量、日射取得への鉄骨の影響(遮蔽効果、吸収効果)を考慮することで熱収支分析の精度は向上する。特に鉄骨からの対流伝熱の寄与は大きい。

 (2)鉄骨表面積は床面積の約2.5倍(72m2)であり、鉄骨からの発熱は室内空気加熱の主要素である。室内温熱環境の精度良い予測には、室内鉄骨のように局所的に加熱された物体からの伝熱量を正確に見積もることが必要である。但し、遮光屋根を設けた実験ケース、日射透過率の低いガラスを用いた実験ケースでは、鉄骨への入射光が低減されるために、鉄骨からの対流伝熱が小さくなる。

 (3)室内側対流熱伝達係数、屋外総合熱伝達係数は断熱壁の熱収支分析、温度計算結果に影響する。室内側対流熱伝達係数は室内空気に関する熱収支に大きく影響するが、本研究の検討範囲(平均2〜7W/m2・K)では、温度計算結果への影響は小さい。この範囲では、平均7W/m2・Kを用いたとき、熱収支、温度計算ともに良好な結果が得られる。屋外総合熱伝達係数はガラス面の熱収支に大きく影響する一方で、断熱壁、室内空気の熱収支に対する影響は小さい。また、全ての部位の温度計算結果に対して強く影響する。本研究で用いた文献値、平均風速2.3m/sに対応する17.4W/m2・Kは妥当なものと考えられる。また、室内鉄骨は主に日射遮蔽の効果により、室の日射取得に大きく影響する。この効果を考慮することにより、熱収支分析、温度計算の結果は更に良好なものとなる

 第6章、7章ではそれぞれ冷房時、自然換気時の温熱環境について説明した。室内温度分布の測定結果より、

 (1)冷房時は、給気口位置が低いほど、上下温度差は大きくなる。

 (2)自然換気時は遮光断熱屋根を設けた実験ケースで約5度の室温低下(快晴時)が認められるが、遮光断熱屋根を設けたケースでは換気量が小さく室温低下も小さい。

 ことなどを明らかにした。

 さらに、非空調データと同様に、熱収支分析、簡易モデルによる温度分布計算結果を統計的に解析することにより、冷房時、並びに自然換気時においても、日射により加熱された室内鉄骨は室内空気加熱の主要素であることを確認した。

 以上、本研究の概要をまとめた。本研究では、実物件に関わる代表的な影響因子をパラメトリックに変化させた多くの測定結果を得ることができた。これらは熱収支をほぼ満足することが確認されており、CFDなどの数値解析手法の検証データとしても有効と思われる。

審査要旨

 本論文は、実験用実大アトリウムの温熱環境を長期に実測し、アトリウム環境の設計上重要である代表的な因子について系統的、かつ定量的に検討し、今後のアトリウム空間内の環境計画の基礎資料として整備したものである。

 ガラス壁、ガラス天井を多用するアトリウムの温熱環境に関する実測研究の多くは実物件を対象としたもので、明確な境界条件のもとで、温熱環境に関する種々の影響因子について系統だって検討した例は皆無に近い。本論文は、実験用実大アトリウムの温熱環境の長期実測で得られた結果が数値解析手法の検証用データとしての有効であることを示すとともに、アトリウム内の温熱・空気環境の構造を明らかにし、今後のアトリウム空間内の環境計画の基礎資料として整備したものである。

 論文の構成は第1章の序論を含め、全8章よりなる。

 第2章では、まず実測において、一般性を持つアトリウムの形態を考察し、次に実測に用いた実験用アトリウムの仕様、並びにその性能に関して示している。実験用アトリウムは東西南面、及び屋根面の4面がガラスで覆われており、構成部材の変更が比較的容易であり、室内に設けられた5カ所の給排気ダクトにより、種々の冷房実験、自然換気実験が可能であることを示している。

 第3章では、測定条件・測定方法について説明している。実験は非空調時、冷房時、自然換気時の3種の状態で実施され、実際のアトリウムの環境設計上で重要とされている代表的な項目、すなわち構成部材の熱的、光学特性、及び冷房、自然換気の条件について系統的、かつ定量的に検討したことを示している。

 第4章では、温熱環境分析のための基礎データとなる、日射取得量の計算方法、及び測定値との比較結果について述べている。ガラス光学特性の入射角依存性、室内の相互拡散反射、室内鉄骨の日射遮蔽、日射吸収効果を考慮し、水平面全天日射量、天空日射量の測定値から、各面の日射取得量を計算している。その結果、ガラス面透過日射量に関しては、計算値と測定値は±10%以内で一致するが、北壁面への入射日射量では計算値は測定値を約30%過大評価しており、日射計算における鉄骨の影響のモデル化に問題を残すことを指摘している。また、計算結果より、(1)構成部材の光学特性により、室全体の吸収日射量は大きく異なり、その値は全入射日射量の約30〜80%であること、(2)低日射透過率の熱線反射ガラスを用いた場合、室内への透過日射量が小さいため、壁・床の光学特性が室全体の日射取得量に与える影響は小さいこと、(3)遮光断熱屋根を設置した場合、室内への透過日射、室全体の吸収日射量ともに約半減することを明らかにしている。

 第5章では、室内空気及び各壁面に関する熱収支分析により、測定精度の検証を行っている。ここでは、一般的な熱伝達係数を用いた結果、室温、壁表面測定値、並びに日射測定値は、室内空気、及び各壁面に関する熱収支をほぼ満足しており、測定結果は種々解析のための精度を充分有することを示している。また本研究で取得された測定結果は、アトリウムの環境設計上、重要な代表的因子を系統的に包含しており、CFD(Computational Fluid Dynamics)、マクロモデルなど温熱環境解析手法の検証用データとして極めて有効であることを示している。

 第6章では、測定データの分析により、アトリウム温熱環境の構造を解析している。第6章前半部では、構成部材が温熱環境に与える影響について検討し、(1)日射により加熱された室内鉄骨からの発熱は室内空気加熱の主要素であること、(2)但し遮光屋根を設けた実験ケース、日射透過率の低いガラスを用いた実験ケースでは、鉄骨への入射光が低減されるために、鉄骨からの対流伝熱が小さくなることを明らかにしている。また、室内温熱環境の精度良い予測には、室内鉄骨のように局所的に加熱された物体からの伝熱量を正確に見積もることの必要性を指摘している。次に、構成部材による温熱環境の差異について、測定結果、及び一般建築用ガラスを対象としたケーススタディにより検討している。その結果、(1)室温は日射の室内相互反射の影響を強く受けるため、壁床の日射反射率が大きい場合は、高日射吸収率の熱線反射ガラスはガラス面温度が高温となり、室温低下にほとんど効果が無いこと、(2)その一方で熱線反射ガラスは室内透過光を低減できるため、グローブ温度の低下には効果があることを示している。さらに、各壁面の熱授受特性は、構成部材により大きく異なり、その結果が室内温度分布に反映されることを指摘している。

 第6章後半部では、冷房条件、自然換気条件が温熱環境に与える影響について検討している。(1)冷房時は、給気口位置が低いほど、上下温度差は大きくなること、(2)自然換気時は、遮光断熱屋根を設けたケースで室内外温度差が小さくなるため、換気量が小さくなり、室温低下も小さくなることを示している。これらの現象に関し、更に熱収支分析により各壁面の熱授受特性と温度分布性状の関係について検討し、その特性を明らかにしている。

 第7章では対流熱伝達係数が熱収支分析、温度計算に与える影響について検討している。まず、(1)室内側対流熱伝達係数は室内空気に関する熱収支に大きく影響するが、本研究の検討範囲では、室内空気の温度計算結果への影響は小さいこと、(2)この検討範囲で得られた最適値は熱収支、温度計算ともに良好な結果が得られることを示している。次に、屋外側総合熱伝達係数に関しては(1)ガラス面の熱収支に大きく影響する一方で、断熱壁、室内空気の熱収支には、ほとんど影響しないこと、(2)全ての部位の温度計算結果に対して強く影響すること、(3)本研究で用いた文献値は概ね妥当であることを示している。

 第8章、総括では、全体のまとめを行い、本研究の成果と今後の課題を総括している。

 以上を要約するに、本論文は実験用実大アトリウムの温熱環境を長期に実測し、アトリウムの環境設計上、重要である代表的な因子について系統的、かつ定量的に検討したものである。本研究で取得された100日以上の測定結果は、室内の温熱環境の構造を種々分析するための充分な精度を有しており、アトリウム環境設計上、重要な代表的因子を系統的に包含している。本研究で得られた測定結果はCFD、マクロモデルなど温熱環境解析手法の検証用データとして極めて重要かつ有効である。また、測定データの分析の結果得られた各種知見、例えば室内鉄骨、ガラスの影響などは、今後のアトリウム設計に資するところが極めて大きく、建築環境工学に寄与するところ大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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