現在、多くの研究者が種々の境界条件のもとで、数値解析、実測を実施し、アトリウム空間内の温熱環境の構造的な理解を進めており、今後アトリウム設計は格段に効率化するものと期待されている。しかし、境界条件が明確であるアトリウム空間の温熱環境について系統だった測定を実施した例は皆無に近い。多くの実測研究は実物件を対象としたもので、気象条件、構成部材の物性、建物の隙間分布等の境界条件を詳細に記述、計測したものはあまりない。その結果、実測データをもとにした環境の解析、及び数値解析結果の検証は十分になされていないのが現状である。 本研究は、実験用実大アトリウムを用いた長期実測結果の分析より、アトリウム内の温熱・空気環境の構造を明らかとし、今後のアトリウム空間内の環境計画の基礎資料として整備したものである。 論文は序章と総括を含め、全8章より構成している。 第1章では、本研究の背景、目的、及び既往の研究について説明し、実大規模のアトリウムを用いた系統だった実測研究が必要であることを示した。また、複数の気象条件の変動と室内温熱環境の変動の因果関係を検討するために、統計分析を用いた検討が必要であることを説明した。 第2章では実測に用いた実験用アトリウムの仕様、並びにその性能に関して論じた。実験用アトリウムは東西南面、及び屋根面の4面がガラスで覆われた、間口7.0m×奥行き4.3m×高さ4.5mの南向きのアトリウムである。室内には5カ所の給排気ダクトが設置されており、これらの組み合わせにより、種々の冷房実験、自然換気実験が可能であることを示した。 第3章では、測定条件・測定方法について説明した。実験は非空調時、冷房時、自然換気時の3種の状態で実施した。実験では、実際の設計上で重要とされている代表的な項目についてパラメトリックに検討し、実測研究としての一般性を確保した。非空調時においては、構成部材の光学特性、遮光断熱屋根の有無、蓄熱体の影響を検討している。冷房時、自然換気時においては、いくつかの構成部材に対し、給排気口の位置を変え、その影響を検討している。構成部材の光学特性、熱的特性、室の隙間分布などは既知であり、日射、外気温、風向風速など外気象条件、空調条件など境界条件も併せて測定し、種々の境界条件が室内温熱環境に与える影響を定量的に検討を行った。 第4章では、構成部材の光学特性がアトリウムの日射取得性状に与える影響について論じた。ガラス光学特性の入射角依存性を考慮し、室内の完全相互拡散反射を仮定した日射取得計算により、水平面全天日射量、天空日射量の測定値から、各面の日射取得量を計算した。その結果、 (1)構成部材によって日射取得量は大きく異なり、その値は全入射日射量の約30〜80%である。 (2)低日射透過率(16%)の熱線反射ガラスを用いた場合、室内への透過日射は全入射日射量の16%と僅かであるが、ガラスに全入射日射量の約70%が吸収され、アトリウム全体の日射取得量は非常に大きくなる。また、このガラスを用いた場合、室内への透過日射量が小さいため、壁・床の光学特性は室全体の日射取得量に大きな影響を与えない。 (3)遮光断熱屋根を設置した場合、室内への透過日射、吸収日射量ともに約半減する。 ことが確認された。 第5章では、非空調時における温熱環境について論じた。まず室内温度分布の測定結果、日射と各部位温度の関係などから、(1)非空調時の室内上下温度差は構成部材を問わず小さいこと、(2)室内の鉄骨は日中から夜間にかけて、空気に対して加熱面として働くこと、(3)遮光断熱屋根は室温低下に大きな効果があること、(4)室温は日射の室内相互反射の影響を強く受け、壁床の日射反射率が大きい場合は、今回用いたような高日射吸収率の熱線反射ガラスは室温低下にほとんど効果が無いこと(但し、グローブ温度の低下には効果がある)などを確認した。 次に全入射日射量、及び平均室温の時系列データの重み関数による分析の結果、室内空気加熱に寄与する日射エネルギーは全入射日射量に対して4〜20%であり、吸収日射量の大部分はガラスを通じて屋外に排出されることを明らかにした さらに熱収支分析結果、簡易モデルによる温度分布計算結果を統計的に解析することにより、種々因子の影響度、対流熱伝達係数など熱的定数の影響を検討した。その結果、以下を明らかにした。 (1)熱伝達係数として、一般的に広く用いられている文献値を用いた結果、日射測定値、温度分布測定値はほぼ熱収支を満足する。また、鉄骨からの対流伝熱、壁体の熱容量、日射取得への鉄骨の影響(遮蔽効果、吸収効果)を考慮することで熱収支分析の精度は向上する。特に鉄骨からの対流伝熱の寄与は大きい。 (2)鉄骨表面積は床面積の約2.5倍(72m2)であり、鉄骨からの発熱は室内空気加熱の主要素である。室内温熱環境の精度良い予測には、室内鉄骨のように局所的に加熱された物体からの伝熱量を正確に見積もることが必要である。但し、遮光屋根を設けた実験ケース、日射透過率の低いガラスを用いた実験ケースでは、鉄骨への入射光が低減されるために、鉄骨からの対流伝熱が小さくなる。 (3)室内側対流熱伝達係数、屋外総合熱伝達係数は断熱壁の熱収支分析、温度計算結果に影響する。室内側対流熱伝達係数は室内空気に関する熱収支に大きく影響するが、本研究の検討範囲(平均2〜7W/m2・K)では、温度計算結果への影響は小さい。この範囲では、平均7W/m2・Kを用いたとき、熱収支、温度計算ともに良好な結果が得られる。屋外総合熱伝達係数はガラス面の熱収支に大きく影響する一方で、断熱壁、室内空気の熱収支に対する影響は小さい。また、全ての部位の温度計算結果に対して強く影響する。本研究で用いた文献値、平均風速2.3m/sに対応する17.4W/m2・Kは妥当なものと考えられる。また、室内鉄骨は主に日射遮蔽の効果により、室の日射取得に大きく影響する。この効果を考慮することにより、熱収支分析、温度計算の結果は更に良好なものとなる 第6章、7章ではそれぞれ冷房時、自然換気時の温熱環境について説明した。室内温度分布の測定結果より、 (1)冷房時は、給気口位置が低いほど、上下温度差は大きくなる。 (2)自然換気時は遮光断熱屋根を設けた実験ケースで約5度の室温低下(快晴時)が認められるが、遮光断熱屋根を設けたケースでは換気量が小さく室温低下も小さい。 ことなどを明らかにした。 さらに、非空調データと同様に、熱収支分析、簡易モデルによる温度分布計算結果を統計的に解析することにより、冷房時、並びに自然換気時においても、日射により加熱された室内鉄骨は室内空気加熱の主要素であることを確認した。 以上、本研究の概要をまとめた。本研究では、実物件に関わる代表的な影響因子をパラメトリックに変化させた多くの測定結果を得ることができた。これらは熱収支をほぼ満足することが確認されており、CFDなどの数値解析手法の検証データとしても有効と思われる。 |