学位論文要旨



No 213270
著者(漢字) 青柳,健司
著者(英字)
著者(カナ) アオヤギ,ケンジ
標題(和) 船舶推進軸系のアライメント解析技術に関する研究
標題(洋)
報告番号 213270
報告番号 乙13270
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13270号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 田中,正人
 東京大学 助教授 加藤,孝久
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨

 船舶の推進軸系は、プロペラと主機関あるいは動力伝達装置(減速機、クラッチ等)との間にあって推進に関わる機械要素の総称であり、プロペラ軸、中間軸、軸継手、船尾管軸受、張出軸受、船尾管封水封油装置、中間軸受等により構成されている。

 推進軸系装置の信頼性をさらに高めてゆくためには、航行中における軸の挙動を精度良く把握した上で、個々の軸系要素の設計を行ってゆく必要があるものと考えられる。特に、プロペラ荷重を片持ち支持し、プロペラ外力を直接受ける船尾管軸受内において、軸の偏心状況や油膜特性を精度良く把握し、これを考慮して軸系要素のアライメントを決定してゆく必要がある。

 そのためには、まず航行中の船舶推進軸の実際のたわみを考慮した船尾管軸受油膜特性を精度良く求める解析方法が必要となる。続いて、プロペラ外力や船尾管軸受油膜特性を考慮した軸系アライメント解析技術が必要となる。

 船尾管軸受油膜特性や軸系アライメントの解析に関する研究は、これまでにもいくつか行われてきている。しかしながら、船尾管軸受特性に関する従来の研究をみると、軸をたわみのない状態、すなわち剛体軸として扱っているものや、たわみを考慮していても軸受内において偏心角一定としていたりするものがほとんどである。

 船尾管軸受のようにL/D(軸受長さ/軸受直径)の大きな軸受では、軸は軸受内でたわみを有し、軸のたわみが軸受特性に与える影響は無視し得ないものと考えられ、軸受油膜特性の解析技術及びこれを用いた軸系アライメント解析技術は未だ十分とはいえないのが現状である。

 本論文は、以上の背景のもと、

 (1)航行中の船舶の推進軸に働くプロペラ荷重、プロペラ外力、また軸の実際のたわみや船尾管軸受油膜特性を考慮した軸系アライメント解析技術の開発を行い、

 (2)開発した技術を実船設計に適用して実用化を図ること

 を目的として7章から構成され、第1章では上述の研究の背景、目的、従来の研究、及び概要を述べている。

 以下に第2章以下の要旨を述べる。

 第2章では、軸の3次元的な任意のたわみを考慮した船尾管軸受油膜特性の解析方法を新たに提案した。解析に当たっては、まず軸受内における軸のたわみを四次関数で近似して油膜厚さを求め、次にレイノルズ方程式を差分法を用いて離散化した後、SOR法(Successive Over-Relaxation Method)により数値解析を行い、軸受内に発生する油膜圧力分布等の軸受特性を求めた。次に、モデル実験を実施し、実験結果と計算結果を比較した結果、両者は良く一致し解析方法の妥当性が検証された。

 本解析方法を用いて軸のたわみを考慮した場合と考慮しない場合の船尾管軸受特性について検討した結果、軸のたわみが船尾管軸受特性に大きな影響を及ぼすことが明らかになった。

 この結果、船尾管軸受特性をより高精度に解析することが可能になった。

 第3章では、船尾管軸受特性を考慮した軸系アライメントの解析について示した。まずはじめに、船尾管軸受特性を考慮した軸系アライメントの解析方法を示した。軸系アライメント計算は、船尾管軸受特性と軸のたわみの連成計算とからなる。軸のたわみ計算においては、プロペラ外力や軸受台剛性を考慮できるようにした。次に、モデル実験を実施して、実験結果と計算結果を比較検討した結果、両者が良く一致するのを確認し、解析方法の妥当性を検証した。

 本解析によって、回転時の推進軸・中間軸のたわみ、傾き、曲げモーメント、せん断力、支点反力及び船尾管軸受内油膜厚さや油膜圧力分布等の詳細な解析が可能になった。

 この結果、船舶軸系の計算精度の向上が図られ、軸系アライメントの設計が効率的に行えるようになった。

 第4章では、船尾管軸受の流体潤滑の限界を与える条件を実験及び計算により確認した。まずはじめに、船尾管軸受の起動特性について実験を実施し、起動時の摩擦係数を把握した。次に、常用回転数から最低回転数以下まで回転数を変化させた実験を実施し、この実験結果と第3章までに示した流体潤滑理論を基本とした解析方法による計算結果とから、船尾管軸受の流体潤滑領域の限界について検討した。

 この結果、以下のことが明らかになった。

 1)船尾管軸受の潤滑状態が流体潤滑から混合、境界潤滑状態へ移行するときの指標となる限界ゾンマーフエルト数は軸受諸元によって異なるため、軸受設計上の統一的な指標として用いることはできない。

 2)限界ゾンマーフェルト数は、最小油膜厚さが軸と軸受の表面あらさの和程度になる時のゾンマーフエルト数と定義できる。

 3)従って、最低回転数を検討する際には、船尾管軸受特性を考慮した軸系アライメントの解析を行い、船尾管軸受内の最小油膜厚さが軸と軸受の表面あらさの和程度になる回転数を求める方法により、その軸系の最低回転数の選定を行うことができる。

 第5章では、船尾管軸受に静圧軸受を適用した場合の軸系アライメントについて検討した。まず、負荷を下側から支える一方向給油静圧軸受特性について、また軸変位の変動幅の低減を目的とした多方向給油静圧軸受を念頭に二方向給油静圧軸受を検討した。それぞれの静圧軸受に対してモデル実験を実施して、実験結果と計算結果を比較検討した結果、両者が良く一致するのを確認し、解析方法の妥当性を検証した。さらに、モデル実験及び数値解析によりそれぞれの静圧軸受特性について検討を行った。

 その結果、以下のことが明らかとなった。

 1)静圧軸受を船尾管軸受に適用すれば、動圧軸受以上に最小油膜厚さを確保できる。

 2)軸の変動方向に給油溝を配置した二方向給油静圧軸受は、給油圧力、給油流量を適切に設定することで、従来用いられている動圧軸受に比べて、軸の変動幅を30〜40%程度低減できる。このため、任意方向に外力が働く軸系に対しては、多方向給油静圧軸受が有効であると考えられる。

 第6章では、前章までに検討を行った軸系アライメント解析技術を適用して計画・設計を行った実船について海上公試時に実船計測を行い、船尾管軸受油膜、プロペラ外力の定性的傾向など実船の状況を確認・把握し、軸系アライメントについて検討した。

 その結果、船尾管軸受内における推進軸の偏心軌跡は全体的に実測の方が計算結果よりも上方にあり、特に低回転時には実測値と計算値の差がやや大きく油膜厚さに差がみられた。

 低回転時における油膜厚さが実測値と計算値で異なる原因としては、

 ・船舶航行中における軸系の実際のアライメント状況が異なる。

 ・計測誤差

 ・計算上の制約条件(例えば、船尾側船尾管軸受以外の軸受はすべて単純支持点としている)

 等が考えられるが、原因の特定についてはさらに実船計測のN数を増やして今後の検討課題とする。

 以上のように実船計測により得られた実測値と計算値の評価について不明な点があるものの、軸系アライメント設計のための解析技術としてその有効性は確認できたと考えられる。

 第7章では、結論を述べている。本研究は船舶推進軸系のアライメント解析技術について研究を行った。軸系要素の中でとりわけ過酷な運転を強いられる船尾管軸受について、軸の三次元的な任意のたわみを考慮した軸受油膜特性の詳細な解析を可能とし、かつこの船尾管軸受特性を考慮した軸系アライメント解析技術を確立した。この結果、軸系各要素やそのアライメントの効率的な計画・設計を可能とした。

 また、船尾管軸受の損傷回避のため流体潤滑領域の限界について明らかにした。さらに、片当たりがきわめてきびしい軸系やプロペラ変動外力が大きいことが予想される船舶に対しては静圧軸受の適用技術を開発した。

 また、プロペラ外力が従来の船舶に比べて大きいと予想された実船を初め、多くの船舶に対し本解析技術を適用して計画・設計を行い実用化した。

 以上の研究成果により、船舶推進軸系の高信頼化にわずかでも寄与することができたものと考える。

審査要旨

 本論文は「船舶推進軸系のアライメント解析技術に関する研究」と題し,全7章より成っている.

 第1章は「序論」で,船舶推進軸系のアライメント解析技術に関する本研究の背景及び目的を述べ,従来の研究を概観して問題点を指摘し,本研究の位置付けを行っている.

 第2章は「船尾管軸受特性の解析」で,本研究における軸受特性の計算法の基礎をなすものである.従来,船尾管軸受の油膜特性の計算では,軸はたわまない剛体軸として取り扱われているが,船尾管軸受のようにL/D(軸受長さ/内径)の大きい軸受では,軸は軸受内でたわみを有し,油膜特性を精度よく計算するには軸のたわみを考慮した解析が必要であることを指摘して,その計算法を提案している.まず,軸受内における軸のたわみを水平及び垂直方向にそれぞれ四次関数で近似して油膜厚さを与え,この油膜厚さに対してレイノルズ方程式を差分法によって離散化し,逐次過緩和(SOR)法を用いて数値計算して,油膜圧力分布,油膜反力等の軸受特性を計算している.次に, D=200mm, L=500mm,直径すきま0.4mmのモデル実験装置を用い,軸回転数及びプロペラ荷重を変えて計測した油膜圧力の円周方向及び軸方向分布は計算結果と良く一致し,本計算手法の妥当性を確認している.さらに,実船を想定して,軸の傾きとたわみを考慮して計算した最大油膜圧力の軸方向分布を,従来の計算結果と比較して,同一荷重でも軸の傾きとたわみを考慮すると,最大油膜圧力は最小油膜厚さの発生する船尾側に移動し,その値も大きくなることを示している.

 第3章は「船尾管軸受特性を考慮した軸系アライメント」で,船尾管軸受の油膜特性と軸のたわみとを連成させた軸系アライメント計算手法について述べている.軸,軸受及び軸系の諸元,プロペラ外力等を入力として与え,前章の船尾管軸受特性の計算プログラムを用いて船尾管軸受内で仮定した水平及び垂直方向の軸たわみに対する軸受油膜反力分布を計算する.次に,この油膜反力を受けたときの水平及び垂直方向の軸たわみを伝達マトリックス法によって計算する.前に仮定した船尾管内の軸たわみと,いま計算した軸たわみとが船尾管軸受内で一致するまで繰り返し計算を行うものである.この計算結果を,前章で述べた実験装置を用いて,回転数一定でプロペラ荷重を変えた場合の円周及び軸方向の油膜圧力分布の計測結果と比較すると,両者は良く一致し,本解析手法の妥当性が確認されている.さらに実船を想定して,船尾管軸受特性と連成した軸系アライメントの計算を行い.軸が回転すると静止時には発生しない水平方向の油膜反力が生じて軸は軸受内で三次元的にたわむこと,回転数が高くなるに連れて片当たりが緩和されること,プロペラ外力が加わると船尾管軸受の上部にも圧力のピークが生じることなど,軸回転中の軸系の挙動及びアライメントに関する重要な知見を示している.

 第4章は「船尾管軸受の低速特性」で,使用最低回転数の選定法について検討している.まず,モデル実験装置を用いて低速特性の実験を行い,その結果を無次元化して表し,限界ゾンマフェルト数以下で摩擦係数が急速に増大し,流体潤滑領域から混合,境界潤滑領域へと移行することを示している.この限界ゾンマフェルト数は各軸受諸元によって異なるので,最低回転数を決める指標にはならないが,限界ゾンマフェルト数近傍で軸受の潤滑状態を計算して,ゾンマフェルト数と最小油膜厚さの関係で表すと,軸受の大小によらず,最小油膜厚さが軸及び軸受の表面あらさの和程度になると限界ゾンマフェルト数に至ることを示し,この最小油膜厚さをもって,最低回転数を決めるのがよいと結論している.

 第5章は「船尾管軸受に静圧軸受を適用した軸系アライメント」で,船尾管軸受に静圧軸受を適用した場合の軸系アライメントについて検討している.まず,一方向給油静圧軸受特性についてモデル実験と軸受特性の計算より,定流量型の静圧軸受の軸静止時の特性として,油膜厚さは主に静圧給油流量に依存し,負荷容量は給油設定圧力に依存すること,軸回転時の特性として,最小油膜厚さは静止時の油膜厚さより僅かに大きくなるが,回転数の影響をほとんど受けないことを示している.静圧軸受内の圧力分布の測定値は計算結果と良く一致し,静圧軸受特性解析手法の妥当性を示している.次に,二方向給油静圧軸受について,変動荷重を加えた実験を行い,プロペラ変動外力による軸変動を低減できることを示している.

 第6章は「軸系アライメント解析技術の実船への適用」で,ここで提案した著者の解析技術を実船に適用して,実船での計測結果と比較してほぼ妥当な結果を得ており,本解析手法の実用性を確認している.

 第7章は「結論」で,本論文で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように,本論文は著者の提案した軸系のたわみを考慮した船尾管軸受特性と軸のたわみとの連成計算を基にした軸系アライメント解析技術を確立し,その実用性を確認したもので,機械工学とくに軸受油膜特性の解析並びに軸系アライメント解析技術の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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