学位論文要旨



No 213271
著者(漢字) 飯井,俊行
著者(英字)
著者(カナ) メシイ,トシユキ
標題(和) 熱応力下の応力拡大係数簡便評価方法の開発とその円筒状構造物健全性評価への適用
標題(洋)
報告番号 213271
報告番号 乙13271
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13271号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,勝彦
 東京大学 教授 朝田,泰英
 東京大学 教授 中桐,滋
 東京大学 教授 酒井,信介
 東京大学 助教授 中村,俊哉
内容要旨

 本研究においては、機器の長寿命化への要望や保守管理費用の高騰という今後我が国が直面するであろう問題に対する合理的な対応、対策がますます必要になりつつあるという背景の下、「熱応力下き裂が停留傾向を示す」という経験的事実を理論的に解明し、これをより合理的な設計・保守管理に結びつけるための基本的知見を得ることを目的とした。

 ところで、現状にてこの経験的事実が解明されていない原因を考えるとき、この現象をそれによってほぼ記述、整理できるとされているパラメータである応力拡大係数(K値:stress intensity factor)の熱応力下基本特性の全貌が得られていないことがまずネックとなっていると思われた。K値そのものはどのようなものであれ、今や有限要素法をはじめとする数値解析により求めることが可能であるが、その必要にして十分な基本特性の全貌を知るためにはこのアプローチに要する労力はあまりにも大きく、現実的ではないことがその理由であったと思われた。

 そこで具体的には、本論文ではまず破壊力学の基本部材である片側き裂板、および圧力容器のき裂を扱うにあたっての基本となる円筒環状き裂の熱応力下K値基本特性の全貌を簡便にしかも実用上十分な精度でもって見ることができるK値評価法の開発を目指した。

 続いて、開発したK値評価式を用いて熱応力下K値基本特性を検討・把握し、それを円筒環状き裂の熱応力下疲労き裂進展挙動評価に適用することにより、目的である「熱応力下き裂が停留傾向を示す」現象の説明ができ、それが熱応力下における応力拡大係数の特性に大きく依存していることを明らかにした。また併せてこの疲労き裂挙動への適用を通じ、当該き裂の発生、存在を考慮した上でのより合理的な設計・保守管理への知見を得た。

 これらを達成することにより、本研究の範囲では片側き裂板、円筒環状き裂に対してであるが、所用のK値を極めて容易に評価することが可能となり、従って疲労き裂進展評価などの健全性評価を直ちに行うことが可能となった。そしてこの結果、例えばき裂が停留傾向を示すためのガイドラインを引くといったようなことも容易にできるようになり、機器の合理的な保守管理基準の作成に貢献することが期待される。

 以下、各章にて得られた結論を述べると次のようになる。

 第1章「序論」は、本研究の背景、目的・意義、およびその構成について述べたものである。

 第2章「本研究に関連する基礎理論」では、線形破壊力学、連続体力学の基礎理論のうち、本研究を展開する上で必要となる事項をまとめた。また、本研究の出発点に関連し、さらに前半で得られたパラメータに関する研究結果の応用分野である疲労き裂進展問題に関する基礎的事項をまとめた。

 第3章「片側き裂板の熱応力下応力拡大係数評価法の開発」にて、材料力学の基本部材であること、および配管中のき裂に対するLBB評価で行われる板モデルへの置き換え(注:LBB評価では配管内面に生じた周方向未貫通き裂を平板中の半楕円表面き裂に置き換える場合がある)を念頭に置き、片側き裂板の熱応力下K値簡便評価式を導いた。

 具体的には、端部を長手方向に拘束された片側き裂板に幅方向に温度が一次元的に分布する場合における平均温度からの偏差によるK値を対象とした。このとき、重ね合わせの考え方とDuhamelのアナロジを用いることにより、自由膨張時に生じる変位を打ち消す変位を端部に加える変位境界問題の解として求まることをまず明確にした。

 この解を求める一つの方法として重み関数法が考えられるが、その際必要となる当該問題に対する重み関数をコンプライアンスの概念を導入することにより、用い易く応用性のある連続関数として導くスマートな手法を開発し、これを用いて所用のK値を簡便に求めることが出来る評価式を与えた。

 さらに一様変位・線形変位境界問題のK値を導いた重み関数により求め、その過去の文献の値と比較、また熱応力問題に適用したときの有限要素解析による値との比較を通じて、求めたK値評価式が広い範囲に渡って実用上十分な精度を持って解を与えるものになっていることを確認した。

 この過程で、所用のK値はアスペクト比H/W(H:板の長さ、W:板幅)の影響を強く受け、これは、軸力や曲げを受ける場合の片側き裂板とは異なり、熱応力下K値の基本特性であることを明らかにした。

 第4章「円筒環状き裂の熱応力下応力拡大係数簡便評価式の導出」では、圧力容器のき裂を扱うにあたっての基本となる円筒環状き裂の熱応力下K値簡便評価式を導いた。

 具体的には端部を回転拘束された円筒に半径方向に温度が一次元的に分布する場合における平均温度からの偏差によるK値を対象とした。このとき、重ね合わせの考え方とDuhamelのアナロジを用いることにより、円筒端部・き裂面上に軸対称曲げを生じさせる表面力を加える問題の解として求まることをまず明確にした。

 続いて、基本となる薄肉円筒の軸対称曲げ問題を弾性支持梁問題として取り扱い、さらにコンプライアンスの概念を導入することにより、円筒構造パラメータの影響が評価可能である円筒環状き裂の軸対称曲げ下K値簡便評価式を導いた。これを用いて円筒環状き裂の熱応力下K値を簡便に与えることが出来る評価式を与えた。この簡便評価式の精度確認は、有限要素解析により求めたK値と比較することにより行った。

 得られたK値評価式を過渡的な温度変化を受ける問題に適用すると、肉厚方向の温度分布から定まる熱変形相当モーメントM1のみ求めれば所用のK値が得られ、温度場解析のみによって刻々のK値変化を求めることが可能になった。

 また、このK値評価式は円筒長さの影響、環状き裂の円筒長さ方向における位置の影響を評価することが出来る。この評価式によると、所用のK値はき裂が円筒の軸方向中央位置に存在するときに最大値をとることがわかった。そこで、第5章のK値基本特性の検討は、き裂が円筒の長さ方向の中央位置にある場合について検討することにした。

 第5章「熱応力下応力拡大係数の基本特性」にて、先に導いた片側き裂梁、円筒環状き裂の熱応力下K値簡便評価式を用い、その基本特性について検討した。

 まずEuler梁の仮定の下、第3章にて導いた片側き裂梁の熱応力下K値評価式中の変位を具体的に求め、これを用いて片側き裂梁のアスペクト比、き裂長さの影響等、片側き裂梁の熱応力下K値の基本特性について検討した。その結果、片側き裂梁の熱応力下K値は、M1=一定のもとでき裂が長くなるにつれ基本的に極大値を示し、この特性がアスペクト比H/Wに強く影響されることを示した。この特性はH/W>1.5程度で無限長梁の特性を示す、引張・純曲げ下の片側き裂梁の特性と大きく異なる。また、M1=一定のもとでK値が極大値を示すこの特性は構造の性質に起因していることを示した。

 次に第4章にて導いた、円筒環状き裂の熱応力下K値評価式を用いて円筒長さが熱応力下K値に与える影響について検討し、最後に無限円筒の熱応力下K値がき裂長さの変化に対して示す特性を、実用的な円筒半径/肉厚比に対して検討した。その結果、このK値がき裂が長くなるにつれ極大値を示す特性は構造に起因しており、M1=一定のもとでK値が極大値を示す理由はき裂が長くなるにつれ円筒固有のモーメント再配分が生じ、その結果き裂先端の応力が低下するためであることを示した。

 また、片側き裂梁・円筒環状き裂の熱応力下K値に共通する特性は、K値が構造の影響を表す項と熱応力分布より定まる項の積として求まることより所用のK値が構造に起因して極大値を示すことであるが、K値が極大値を示す理由であるき裂が長くなるにつれモーメント再配分が生じるメカニズムは両者で異なり、端部拘束によるモーメント再配分は両者に共通するが、円筒環状き裂の場合にはこのほか円筒の軸対称曲げに対する変形抵抗も寄与することを示した。

 その後、検討の結果得られた円筒環状き裂熱応力下K値基本特性を用い、対象とする構造においてこれより大きな値となり得ないという意味でのK値の上限値KLimitを導いた。これにより、過渡温度変化履歴やき裂長さを知ることなく直ちに安全側の健全性評価を行うことを可能とした。

 第6章「熱応力下疲労き裂進展評価等への適用の試み」では、第4章にて導いた円筒環状き裂のK値評価式を疲労き裂進展評価等へ適用することを試みた。まず、円筒の過渡温度場解析を数例につき行うことにより、第5章にて導いた過渡K値の上限値KLimitによる評価の安全裕度を見た。その後、Paris則、および定常熱応力が零であると仮定し、数例につき熱応力下疲労き裂進展解析を行った。この際、詳細の疲労き裂進展解析以外に、いくつかの簡便評価も試みた。

 また、熱応力以外に軸力を同時に受ける円筒環状き裂のK値基本特性についても試算を行い、この場合にき裂が長くなるにつれK値が極大値を示すための軸力の大きさに関する目安を得た。

 以上により、当該き裂の発生、存在を考慮した上でのより合理的な設計、保守管理への知見を得た。

 第7章「結論」で、本論文のまとめを行った。以上

審査要旨

 本論文は「熱応力下の応力拡大係数簡便評価方法の開発とその円筒状構造物健全性評価への適用」と題し、全7章で構成されている。

 昨今、機器の長寿命化、また保守管理費用の高騰という今後我が国が直面するであろう問題への合理的な対応、対策がますます強く求められるようになっている。本論文は、「熱応力下においてき裂は停留傾向を示すことが多い」という現状では十分に解明されていない経験的事実を、片側き裂板および環状き裂を有する円筒が端部で拘束され、一次元温度分布下にある場合を対象に理論的に解明し、これをより合理的な設計・保守管理に結びつけるための基本的知見を得ることを目的とするものである。具体的には、まずこの停留現象をそれによってほぼ記述、整理できるとされているパラメータである応力拡大係数Kに注目し、上記問題における熱応力下K値を簡便にしかも実用上十分な精度でもって求めることができるK値評価法を開発してそれに基づく簡易評価式を導いている。そしてそれによってこの熱応力下K値基本特性の全貌を検討・把握し、「熱応力下き裂が停留傾向を示す」現象の本質を明らかにすると共に、簡易評価式により容易に得られるK値の疲労き裂挙動評価等への適用を通じ、当該き裂の発生、存在を考慮した上でのより合理的な設計・保守管理への有益な知見を得たものである。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景、目的・意義、および本論文の構成について述べている。

 第2章「本研究に関連する基礎理論」では、線形破壊力学、連続体力学、疲労破壊学の基礎理論のうち、本研究を展開する上で必要となる事項をまとめている。

 第3章「片側き裂板の熱応力下応力拡大係数評価法の開発」では、破壊力学の基本部材であること、また配管中のき裂に対するLBB評価でしばしば板モデルへの置き換えが行われることを念頭に置き、片側き裂板の熱応力下K値簡便評価式を導いている。すなわち、端部を長手方向に拘束された片側き裂板に幅方向に温度が一次元的に分布する場合における平均温度からの偏差によるK値を対象とし、まず重ね合わせの考え方とDuhamelのアナロジを用いることにより、自由膨張時に生じる変位を打ち消す変位を端部に加える変位境界問題の解としてこれが求まることを明確にしている。そしてこの解を求める方法として重み関数法に拠ることにし、その際必要となる当該問題に対する重み関数をコンプライアンスの概念を導入することにより、用い易く応用性のある連続関数として導くスマートな手法を開発し、これを用いて所用のK値を簡便に求めることが出来る評価式を与えている。さらにこの評価式によるK値を他の文献による値、また有限要素解析による値とも比較し、求めたK値評価式が広い範囲に渡って実用上十分な精度を持って解を与えるものになっていることも確認している。

 第4章「円筒環状き裂の熱応力下応力拡大係数簡便評価式の導出」では、圧力容器のき裂を扱うにあたっての基本となる円筒環状き裂の熱応力下K値簡便評価式を導いている。具体的には端部を回転拘束された円筒に半径方向に温度が一次元的に分布する場合における平均温度からの偏差によるK値を対象とし、重ね合わせの考え方とDuhamelのアナロジを用いることにより、円筒端部・き裂面上に軸対称曲げを生じさせる表面力を加える問題の解として求まることをまず明確にしている。続いて、基本となる薄肉円筒の軸対称曲げ問題を弾性支持梁問題として取り扱い、さらにコンプライアンスの概念を導入することにより、円筒構造パラメータの影響を連続的に評価できる円筒環状き裂の軸対称曲げ下K値簡便評価式を導いている。そしてこれを用いて円筒環状き裂の熱応力下K値を簡便に与えることが出来る評価式を与え、有限要素解との比較を通じてこれが実用上十分な精度をもって所用の値を与えるものとなっていることを確認している。

 第5章「熱応力下応力拡大係数の基本特性」は、先に導いた片側き裂梁、円筒環状き裂の熱応力下K値簡便評価式を用いてその基本特性について検討したものであり、まず重要な性質として、熱応力下K値はいずれも構造に依存する項と温度分布から定まる熱変形相当モーメントと呼ぶ量に負号を付したものの積の形で与えられることを指摘している。続いて前者が示す特性について検討し、それはき裂が長くなるにつれ基本的に極大値を示しその後減少する性質を有すること、これはき裂が長くなるにつれき裂先端におけるモーメント再配分が進み、その結果き裂先端の応力が低下するためであることを明らかにしている。またこの性質は熱変形モーメントが一定の場合にはK値が示す性質に他ならず、それは特に、片側き裂梁の場合アスペクト比がほぼ10以下、円筒環状き裂の場合円筒半径肉厚比がほぼ20以下において顕著であることを示している。そしてこれらの検討結果を踏まえ、き裂長さを知ることなく、かつ過渡温度場解析を行うことなく、対象とする構造においてこれより大きな値とはなり得ないと言う意味でのK値の上限値を与える近似式を導いている。

 第6章「熱応力下疲労き裂進展評価等への適用の試み」は、第4章にて導いた円筒環状き裂K値評価式の疲労き裂進展評価等への適用を試み、き裂の発生、存在を考慮した上でのより合理的な設計、保守管理への知見を得たものである。まず円筒の過渡温度場解析を数例につき行うことにより、第5章にて導いた過渡K値の上限値による評価の安全裕度を調べている。その後、Paris則、および定常熱応力が零であると仮定し、数例につき熱応力下疲労き裂進展解析を行っている。この際、詳細の疲労き裂進展解析以外に、いくつかの簡便評価も試みている。さらに疲労き裂停留評価も行い、「実用上の疲労き裂停留」なる考え方を提案し、その条件を定量化し、その条件を満足する構造、運転条件を例示している。また、熱応力以外に軸力を同時に受ける円筒環状き裂のK値基本特性についても試算を行い、この場合にき裂が長くなるにつれK値が極大値を示すための軸力の大きさに関する目安を得ている。

 第7章は「結論」であり、本論文の成果がまとめられている。

 以上要するに本論文は、実用上重要な熱応力による片側き裂および円筒環状き裂の、用い易く、応用性の広い応力拡大係数の簡便評価式を独自の手法により導き、それによって熱応力下応力拡大係数の特性を明らかにして、「熱応力下き裂が停留傾向を示す」現象を明快に説明すると共に、導いた簡便評価式を活用した疲労き裂進展挙動評価を行い、この現象を積極的に活かすための基本的な知見を得たものであり、き裂の発生、存在を考慮した上での機器のより合理的な設計、保守管理手法の今後の発展に寄与するところが大きいものと考えられる。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51037