学位論文要旨



No 213272
著者(漢字) 稲垣,詠一
著者(英字)
著者(カナ) イナガキ,エイイチ
標題(和) ガスタービンの動特性とサージングに関する研究
標題(洋)
報告番号 213272
報告番号 乙13272
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13272号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 三浦,宏文
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨

 ガスタービンの制御系を設計するためには動特性を知ることが必要である.本研究では,流体の慣性を考慮した非線形動特性モデルによって,サージングを含めたガスタービンの動特性解析を行い,さらに動特性モデルを軸流圧縮機の各段に適用して,サージング起点段を特定することを目的としている.

 第1章では,ガスタービンの動特性モデルに関する従来の研究について概観し,従来の流体の慣性を考慮しないモデル化では,ガスタービンがサージングを起こす場合には対処できないことを指摘した.

 第2章では,ガスタービンが比較的少ない構成要素(圧縮機,燃焼器,タービン)で構成されていることに着目し,熱流体の基礎方程式をこれらの構成要素毎に適用し,管路ブロック,容積ブロックと動特性方程式を対応させ,ブロック線図の考え方により組み合わせてガスタービン全体の動特性方程式を導く手法を示した.管路の慣性を表わす管路定数の範囲を明確にすることができた.ついで動特性モデルの妥当性を実験によって検証した.実験は,ターボチャージャーに燃焼器を取り付け小型ガスタービンを製作し,自立回転数まで送風によって起動する方式を採用している.自立運転点から燃料をステップ状に印加して,過渡特性を計測し,シミュレーション結果と比較検討した.その結果,(1)動特性モデルは,実験によるステップ応答,特に圧縮機流量の逆応答や回転数の遅れを良く再現しており,モデル化は妥当である.(2)温度測定は時間遅れを伴うためシミュレーション結果と実験値では違いが現れるが,温度センサの動特性を考慮すると,この違いは減少することを見い出し,従来考慮されていない計測系の動特性をモデルに導入する必要があることを指摘した.

 第3章のガスタービンの動特性解析では,第2章のモデル化が妥当であることが示されたので,ガス発生機のモデルを用いて基本的な非線形応答を調べている.まず,動特性方程式のスティッフ・非線形に対処するには,線形項と残差非線形項に分離し,パディー近似を利用した数値アルゴリズムが有効であり,ガスタービンの広域応答を求める際にも対処できることを示した.動特性がスティッフの性質を持つことは従来指摘されていなかった.線形項のマトリックスの固有値を調べてスティッフ性を定量的に調べた結果,(1)ガスタービンの動特性は,強いスティッフ性を示し,時定数の比と同じ傾向で変化する.スティッフの大きさは設計点に近づくほど大きくなる.(2)ガスタービンの非線形性は,回転系,流体系に強く現れ,固有値は設計点に近づくほど大きくなる.すなわち時定数が設計点に近いほど小さくなるため高回転域では応答が速いことを示した.次に,動特性の感度解析の結果,軸慣性モーメントの影響は,ある程度の応答時間の経過後に現れ,逆に燃焼器容積の影響は加速初期に現れる.管路定数は動特性にはほとんど影響しない.このことから流体の慣性を導入することは,マッチングが自動的にとれるという意味を持っており,軸,熱系の時定数に比べて流体系の時定数を十分小さくとっておけば数値解析上は充分であることが分かった.

 第4章では,流体の慣性を導入した動特性モデルに圧縮機の負性抵抗領域を付加すれば,回転系の関与したサージングのシミュレーションが可能となることを示した.デジタルコンピュータによってサージング・シミュレーションを実行しているのが特徴であり,シミュレーションの特性を生かして敢えてサージングを起こして解析し,次の知見を得た.(1)低圧タービン入口ノズルを絞ることによって発生する振動サイクルをノズルサージ,燃料流量を急増大させたときに発生する振動サイクルを熱サージと呼ぶことにすると,圧縮機特性曲線上の軌跡は,ノズルサージではサイクルを描きながら回転数減少方向に,熱サージでは回転数増大方向に移動する.(2)サージング中の振動波形は,圧縮機流量,タービン流量,燃焼器圧力は同位相であり,タービン入口温度は逆位相になる.回転系の振動は圧縮機流量と同位相である.軸慣性を極端に大きくするとリミットサイクルを描き,回転系の関与しない従来のサージング解析と同じになる.(3)サージングサイクルでは管路定数は周期に大きく影響し、圧縮機側時定数と燃焼器容積の時定数比を一定にした場合は,タービン側管路定数に比例して周期は長くなる.管路定数を一定にして燃焼器容積を増加させると,振動周期は長くなる.

 第5章では,動特性と制御系との関連を明らかにする.発電用ガスタービンの負荷遮断時の応答は,制御系と密接に関連している.動特性方程式を線形化し,制御系の設計問題への適用を容易にして基本応答を調べた.負荷遮断時に制御系あるいは計測系に遅れがあると大きな過回転の原因になることを圧縮機特性曲線上の応答解析によって説明し,圧力比に逆応答が現れることを示した.ついで,拡大系の最適PI制御系を設計し,検討を行った.最適制御系は,全状態量のフィードバックを必要とするが,タービン入口温度をフィードバックに用いることは,特に負荷遮断の場合には不適当であることを指摘した.そこで,熱応力に関係する温度変動率を定義し,回転数だけをフィードバックするPI制御を考え,シミュレーションを繰り返すことによって,温度変動率,回転数変動率,比例ゲイン,積分ゲインの関係を見出した.この結果から,温度変動率と回転数変動率を加味した評価指数を考えると,最小値が存在することを確かめ,このときの比例,積分制御によって出力フィードバック系を構成できることを示した.

 第6章では,まず多段軸流圧縮機は段毎に分割したサブシステムの結合系であり,2章で示した管路要素と容積要素の直列結合であるとしてモデル化した.これにより圧縮機がサージングを起こすときに,まずどの段が不安定になるかをリアプノフの安定性解析により明らかにすることを目的とした.その結果,従来は難しかったサージング起点段の特定が可能となった.この結果は,サージングを避ける場合にどの段に制御を加えるべきかを示す指針となる.また,このときにリアプノフ関数の減衰の程度を示す量として導いた安定度は,サージマージンを定量的に示すものである.従来は,サージマージンは,あらかじめサージング限界線を求めた後に定常作動線とサージング線との間の関係として定義されているが,本論文で導いた安定度は,あらかじめサージング線を求めておく必要がなく,動作点が決まれば決定できる.サージング限界線は,ガスタービンの使用環境によって変化することも有り得ることを考えると,定常作動点だけの情報からサージマージンを推定できることは重要である.解析の結果次の知見を得た.

 (1)低回転域では後方段から前方段に向かうに連れて安定度は徐々に低くなり,初段の安定度が最も低い.軸流速度も同じ傾向を示しており,圧縮機各段の作動点で見ると,前方段は流量特性の正の勾配部分で作動している.(2)高回転域では逆に後段の安定度が低くなり,最終段の安定度が最も低い.軸流速度の段数に対する分布も右下がりである.圧縮機各段の作動点は,最終段が特性のピーク値付近で作動している.(3)中回転域では全段でほぼ一定の安定度を示す.このときの圧縮機各段の作動点は全段がほぼ特性のピーク値付近に集中する.総合特性で見ると,このときに圧縮機の作動範囲が最も広い.上記(1),(2)の場合はサージング限界線が流量特性の負の領域に入り込んでいる.

 第7章には,本研究の総括を行った.

 付録A-1では,ガスタービンの部分負荷特性の計算や,半完全ガスを考慮した動特性の計算に利用できる比熱の非線形近似式を提案している.比熱は温度と空気過剰率の関数であり,仮想空気分子を考えることによって統計熱力学から物理的に意味のある近似式を導出している.

 以上の本論文の成果は,ガスタービンの動特性解析とサージング現象の解析を新たな視点から発展させたものであり,シミュレーション技術や動特性に基礎を置く制御系の設計問題にも充分寄与するものである.

審査要旨

 本論文は「ガスタービンの動特性とサージングに関する研究」と題し,全7章より成っている.

 第1章は「序論」で,ガスタービンの動特性とサージングに関する本研究の背景及び目的を述べ,従来の研究を概観して問題点を指摘し,本研究の位置付けを行っている.

 第2章は「ガスタービンの動特性モデル」で,ガスタービンの動特性方程式を定式化している.圧縮機,タービン,入口及び出口ダクトは管路要素として流量変動を表す式となる.圧縮機とタービンの式にはその静特性が含まれる.燃焼器は容積要素として燃焼器出口の圧力と温度を求める式となる.回転軸系の運動方程式より軸回転数を求める式が導かれ,この式にタービン出力と圧縮機駆動動力及び軸出力等が含まれる.さらに燃料流量制御系の式を付加する.これらの要素を結合して各種形式のガスタービン全体系の動特性方程式を定式化する.圧縮機の静特性は圧力比と効率を修正流量と修正回転数の関数として数式で表現する工夫をしている.タービンの静特性も同様に数式で表現している.次に,ターボ過給機に燃焼器を取り付けて自作した小型ガスタービンを用いて,燃料を急増したときの過渡応答を求め,シミュレーションの結果と比較して,本動特性モデルの妥当性を確認している.

 第3章は「動特性解析」で,2軸型ガスタービンのガス発生器の動特性の基本的性質を調べている.関連する状態変数は圧縮機流量,タービン入口圧力及び温度,タービン流量,軸回転数であり,これに制御変数として燃料流量とタービン入口ノズル角を加えている.各変数は設計点の値で無次元化して時間に関する1階のベクトル微分方程式として表される.この系には時定数の大きい回転系と時定数の極めて小さい流体系が含まれ,スティッフな微分方程式系となっているので,応答計算を安定に行うための工夫が必要である.そこで被積分式を線形項と残差非線形項に分け,時間刻みごとのサンプリング応答として積分する.このとき残差非線形項を外乱と見なしてサンプリング前後の平均値で置き換え,応答関数の積分をパデーの1次近似式を用いて計算している.各種のシミュレーション計算の結果,回転系と流体系は高回転域になるほど時定数が小さくなること,燃料流量のステップ応答では流量に逆応答が現れ,温度と圧力にはオーバーシュートが現れることなどが示されている.さらに軸慣性モーメントの影響,燃焼器容積の影響,流体系の管路定数の影響,ノズル開度の影響等について調べ,ガスタービンの動特性に関する重要な知見を得ている.

 第4章は「サージング・シミュレーション」で,圧縮機の特性に負性抵抗部を表すS字特性を持たせてサージング現象のシミュレーションを行っている.燃料流量を急増すると,流量の逆応答によりサージングが起こるが,回転数の上昇に連れてサージングから抜け出ること,また軸系の慣性モーメントが大きいとリミットサイクルとなることなどが計算されている.サージングの1サイクルにおいて,圧縮機流量,タービン流量,燃焼器圧力はほぼ同位相で変化し,タービン入口温度は逆位相となる.以上のように,動特性モデルと圧縮機のS字特性によって,実機では実験困難なサージング現象のシミュレーションが可能であることを示している.

 第5章は「負荷遮断シミュレーション」で,発電機負荷で要求される負荷遮断のシミュレーションについて述べている.状態変数としてタービン入口圧力と温度及び回転数をとり,線形系で扱っている.負荷減少に対応する応答,回転数のフィードバックの効果など基本的な応答パターンを求めて,燃料制御系の遅れは極力小さくすべきであると指摘している.そのため回転数の偏差に対する重みQと制御信号に対する重みRを与えて,最適なPI制御系のフィードバックゲインを求めてみると,Qを大きく,Rを小さく選ぶと回転数のオーバーシュトは小さくなるが,温度変化が大きくなって熱応力の関係から好ましくない.そこで実用的な最適設計法として回転数のみをフィードバックしてPI制御系を構成し,回転数変動率と温度変動率の和を指標として,これが最小になるようにR/Qを変えてシミュレーションを繰り返して,比例ゲインと積分ゲインを定めると熱応力を加味した最適な制御系が構成されることを示している.

 第6章は「多段軸流圧縮機の安定性解析」で,動特性の基礎式を圧縮機の各段ごとに適用して多段軸流圧縮機の安定性を解析している.状態変数として各段の流量,圧力及び温度をとり,各段の持つエネルギーを代表するリアプノフ関数を定義し,リアプノフの安定性解析を適用してリアプノフ関数の減衰の程度を表す安定度を導入すると,サージ線は安定度が零となる点として表現される.この安定度はサージマージンを定量的に表すとともにサージング起点段の特定に使用することができる.8段の圧縮機を例にとって各段の安定度を求めると,低回転域では低圧段ほどが安定度が低く,中回転域では各段がほぼ同じ安定度を持ち,高回転域では高圧段ほど安定度が低くなり,多段軸流圧縮機におけるサージング現象が安定度によって説明されることを示している.

 第7章は「結論」で,本論文で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように,本論文はガスタービンの動特性とサージングに関するシミュレーション法を開発し,実験及び各種のシミュレーションによってその妥当性及び有用性を検証したもので,機械工学とくに多段軸流圧縮機の安定性及びガスタービン工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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