学位論文要旨



No 213273
著者(漢字) 石井,博
著者(英字)
著者(カナ) イシイ,ヒロシ
標題(和) 軸流圧縮機のサージングと旋回失速に関する研究
標題(洋)
報告番号 213273
報告番号 乙13273
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13273号
研究科 工学系研究科
専攻 機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 荒川,忠一
 東京大学 助教授 金子,成彦
内容要旨

 ガスタービンの構成要素の一つである多段軸流圧縮機では、サージングや旋回失速などの不安定現象の予測が重要な課題となっている。これらの現象は性能低下を引き起こすだけでなく、翼や軸などに過大な振動を励起し、場合によっては翼などの破損を引き起こす可能性がある。圧縮機を設計する場合、定格運転点においては、サージングや旋回失速の発生限界を予測し、発生マージンを十分に確保する必要がある。また、起動途中の低速運転域においては、旋回失速発生時の変動流速や変動圧力の定量評価に基づいて翼振動を予測し、強度上問題ないことを保証することが不可欠である。

 これまでの実測から、高圧力比の多段軸流圧縮機では必ずしもサージングまたは旋回失速が単独で発生する場合ばかりとは限らず、併発など複雑な様相を呈することが明らかになっている。軸流圧縮機のサージングと旋回失速の発生限界や発生時の挙動を予測するためには、それらの両方を同時に評価できる非線形理論に基づく解析手法が必要である。従来の圧縮機のサージングと旋回失速に関する研究の多くはそれぞれを単独に扱っているため、相互作用や多段軸流圧縮機で発生する可能性がある併発現象を評価することができない。また、多段軸流圧縮機のサージングと旋回失速の予測に適用できる実用的な解析手法は見受けられない。

 本研究では、軸流圧縮機のサージングと旋回失速の両方を予測・評価できる非線形理論に基づく実用的な解析手法を確立することを目的としている。

 まず、3段及び17段圧縮機での実測結果から、多段軸流圧縮機のサージングと旋回失速の特徴として、サージングと旋回失速の併発、サージングによる旋回失速の誘発、旋回失速のセル数や大きさが急激な変化などがありえることを示すとともに、予測解析手法に対する課題を明らかにした。

 次に、サージングと旋回失速の両方を評価できる基本解析手法を提案した。本手法はMoore-Greitzerの手法を拡張したもので、旋回失速時の流れを模擬した周方向の不均一流速分布を、これまでフーリエ級数の1次のみで近似していたものをフーリエ級数の高次の項まで考慮することによって、実際の分布に近づけるように高精度化を図ったものである。本解析手法を用いてパラメータ計算を行った結果、本手法はサージングと旋回失速の併発現象を扱うことができ、図1に示すようにサージングと旋回失速の発生境界は圧縮性の効果を表わすBパラメータに依存するとともに、段数に比例する平均流速零での圧力上昇coがある程度大きい場合に、サージングと旋回失速が併発する領域が存在すること、及び、インレットディストーションや圧縮機の定常性能の低下は発生限界に影響し発生マージンを減少させることなどを明らかにした。さらに、本解析手法よる計算結果を3段圧縮機の実測結果と比較した。その結果、周方向の流速分布をフーリェ級数の1次のみで近似した場合には、実測と必ずしも一致しないことがあるが、フーリエ級数の1次から6次まで考慮すれば、実機での現象を良好に記述することができることがわかり、本手法の有効性を検証した。

図1 圧縮機パラメータと不安定現象パターンの関係

 さらに、基本解析手法を拡張し、多段翼列から構成される軸流圧縮機のサージングと旋回失速を予測できる解析手法を開発した。圧縮性の効果を圧縮機全体に分布させるとともに、翼列の特性として各翼列の全圧損失特性と流出角特性を用いた。さらに、抽気の影響やIGV(入口案内翼)角度の影響を定量評価できる機能を付加し、実機適用のための高精度化を図った。本解析手法を用いて複数の翼列からなる単段圧縮機に対して計算を行った結果、本解析手法はサージング、旋回失速、及び両者の併発挙動をシミュレートできるとともに、3段圧縮機での実測結果との比較から、図2に示すような平均軸流速度-圧力比特性線図上において発生限界Sに関する実測と計算との誤差が2〜6%程度で良好に一致することなどがわかり、本解析手法の基本的な妥当性が検証できた。本解析手法を用いて、各種パラメータがサージングや旋回失速の発生点や発生時の特性に及ぼす影響を計算した結果、スロットル・ダクトの長さによって非定常不安定挙動のモード(サージングと旋回失速)が変化するとともに、変動流速の大きさが異なる2種類の旋回失速(ラージ旋回失速とスモール旋回失速)が存在すること、全圧損失特性及び流出角特性は旋回失速の発生点に大きな影響を及ぼし、圧縮機の性能劣化は発生マージンを低下させること、IGVの出口流出角を減少し流量を増加すると、設計流量の増加によって旋回失速の発生マージンを拡大できるとともに、IGVの出口流出角は旋回失速の大きさには影響しないこと、インレットディストーションは旋回失速の発生マージンを低下させること、発生マージンを最大にする抽気量が存在することなどを明らかにした。

図2 3段圧縮機における実測結果と計算結果の比較

 最後に、工業界への適用事例として、本解析手法に基づき開発した解析ソフト"HISUROT"を17段軸流圧縮機のサージング及び旋回失速の予測へ適用し、図3に示すように、平均軸流速度-圧力比特性線図上での定常特性並びに発生限界Sが実測と計算とで良好に一致することを示した。

図3 17段圧縮機における実測結果と計算結果の比較

 以上のことから、本解析手法はガスタービン軸流圧縮機をはじめとする多段軸流圧縮機のサージングや旋回失速を予測する上で実用的で十分に機能し得ることを示した。

審査要旨

 本論文は「軸流圧縮機のサージングと旋回失速に関する研究」と題し,全6章より成っている.

 第1章は「序論」で,軸流圧縮機に生じるサージングと旋回失速に関する本研究の背景及び目的を述べ,従来の研究を概観して問題点を指摘し,本研究の位置付けを行っている.

 第2章は「サージングと旋回失速に関する実測のまとめ」である.3段の軸流圧縮機でサージングを発生させると,サージング特有の周期的な圧力変動が計測されが,その1周期の中に鋭い圧力パルスが多数発生する領域がある.この圧力パルスが旋回失速によるものであることを確認して,旋回失速がサージングと併発することを示している.17段の軸流圧縮機では,まず,低速域での旋回失速について調べている.回転数を上げていくと,50〜60%回転数付近で旋回失速が発生し,75%回転数付近で急に消滅する.これより回転数を下げると,昇速時の消滅点より少し低い回転数で再び旋回失速が発生する.昇速時の失速セル数は4であったのが,降速時には3になり,圧力変動はセル数の少ない方が大きくなっている.次に,失速ライン付近の不安定挙動を調べ,運転条件によってサージングと旋回失速が併発したり,サージングから旋回失速に移行したりすることなど,サージングと旋回失速が干渉し合うことを示し,サージングと旋回失速を同時に取り扱える解析手法が必要であることを指摘している.

 第3章は「基本解析手法」で,軸流圧縮機に生じるサージングと旋回失速を同時に解析する手法を提案している.軸流圧縮機を入口ダクト,入口案内翼,圧縮機翼列,出口ダクト,プレナム,吐出弁を含む吐出ダクトの各要素に分割する.入口ダクトから出口ダクトまでの各要素に運動方程式を構成して,各要素における圧力上昇を求め,これを加え合わせて圧縮機側の圧力上昇の式を得る.これを周方向に平均した式から圧縮機側の流速変動が,平均しない式から旋回失速による流速変動が計算される.圧縮機の定常特性は平均流速の3次関数で与えている.吐出ダクトでは圧力降下の式より,吐出側の流速変動の式を得る.プレナムは体積要素として圧縮機全体の圧縮性の効果をプレナムに集中し,全体圧力上昇の式を得る.このときプレナムの容積と圧縮機流路の全容積の比を含むBパラメータを導入している.Bパラメータが大きいことは圧縮性が大きいことに対応する.旋回失速を表す周方向分布流速は,従来のフーリエ級数の1次成分のみでなく,高次の成分まで考慮して,その係数をガラーキン法によって離散化し,関係する変数を時刻歴応答として数値計算する.本手法はMoore-Greitzerの手法を拡張して,フーリエ級数の高次の項まで考慮できるようにしたものである.フーリエ級数の6次の項までとって計算した結果,Bパラメータが大きいとサージングのみが生じ,Bパラメータが小さくなると旋回失速が発生する.圧力比が高くなるとサージングの1サイクルの中に旋回失速が併発し,3段圧縮機で計測されたのと同様な現象が計算されている.3段圧縮機の実験結果と比較したところ,セル数1,伝播速度は0.4となり,実測値のセル数1及び伝播速度0.43とよく一致し,本解析手法の妥当性が検証されている.

 第4章は「多段翼列に対する解析手法」で,第3章の手法を多段軸流圧縮機の各翼列ごとに適用できるように拡張したものである.圧縮機システムはダクト,翼列,スロットルの3つの要素に置き換える.ダクト要素では,連続の式,運動方程式,エネルギーの式及び状態方程式を用いて,密度,軸方向と周方向の流速成分,温度及び圧力を求める式を導く.流体の圧縮性と慣性は流路に沿って分布したモデルとなっている.翼列はアクチェータディスクで置き換え,定常特性として全圧損失係数と流出角を流入角の関数として与えている.スロットル要素は吐出弁の圧力降下の関係を含む一次元流れの式である.流速はサージングを表す成分と旋回失速を表す成分に分け,密度,温度及び圧力も周方向平均値と周方向に分布する変数で表す.周方向分布成分はフーリエ級数の高次(6次)の成分までとり,その係数をガラーキン法によって離散化して,時間微分式に定式化する.関係する変数を各節点での時刻歴応答として数値計算する.単段圧縮機に適用して計算したところ,サージングや旋回失速が単独で発生する場合や,両者が併発する場合も計算できることが確認され,実験結果と比較したところ良い一致が得られている.また,3段圧縮機における不安定挙動開始点を実測結果と比較したところ,ほぼ一致し本解析法の妥当性が検証されている.さらに,関係するパラメータを変化させてシミュレーションを行い,作動範囲の広い軸流圧縮機の設計に役立つ知見を得ており,本解析手法の有効性を検証している.

 第5章は「工業界への適用」で,実際に製作された17段の軸流圧縮機のサージング及び旋回失速の予測に適用し,80%及び100%回転数における不安定挙動発生限界点を実測結果と比較したところ両者は良く一致し,本解析法の妥当性と有用性が検証されている.

 第6章は「結論」で,本論文で得られた結果をまとめて述べている.

 以上のように,本論文は軸流圧縮機に生じるサージングと旋回失速を同時に解析する手法を開発し,試験圧縮機及び実機に適用してその妥当性及び有効性を検証したもので,機械工学とくに軸流圧縮機及びガスタービン工学の発展に寄与するところが大きい.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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