学位論文要旨



No 213274
著者(漢字) 秋葉,機四郎
著者(英字)
著者(カナ) アキバ,キシロウ
標題(和) 頭上弁機構における弁のおどり
標題(洋)
報告番号 213274
報告番号 乙13274
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13274号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 酒井,宏
 東京大学 教授 葉山,眞治
 東京大学 教授 吉本,堅一
 東京大学 教授 吉識,晴夫
 東京大学 教授 河野,通方
内容要旨 1はじめに

 往復ピストン式内燃機関の吸気および排気をつかさどる弁機構は、機関の性能ならびに信頼性、耐久性を支配する最重要部分であり、古くよりその形式、設計、製作について多くの考案、研究による改良が重ねられてきた。その弁の形式としては、本論文にて扱うきのこ弁が圧倒的であり、一時試みられた回転弁、すべり弁などの他の形式のものは、種々の致命的欠点の故に、現在では全く顧みられていない。

 きのこ弁を駆動する方式に多数の方式があるが、本論文では最も一般的な方式である弁部を出来るだけ大きな通路面積をとって高性能を得るために弁をシリンダヘッドに配置した頭上弁式(overhead valve)を対象とする。

 弁がプッシュロッドおよびロッカーアームを介して駆動されるこの方式においては、カムと弁の間に多くの部品が介在し、それらの質量ならびに剛性が、特に高速回転において問題になり易い。

 高速での問題は、弁および弁機構各部が計画通りに、カムに追従するように、また異常なあるいは有害な振動、衝撃もしくはそれらに伴う騒音が発生せぬように計画するというものであるが、これは動力学問題の領域である。動力学問題であるが、これはさらに1.カム形状(プロフィル)の設計法 2.カムとフォロワ間の摩耗解析 3.弁機構 各部の動的挙動 4.弁ばねのサージング解析に分かれる。第3の問題は主として弁のカムへの追従性、応答性を如何に的確に予測もしくは評価するかであり、その追従性が損なわれると弁機構を構成する部品間の分離である弁のおどりが発生する。

 弁のおどりに伴う弁座への激しい衝突によって、弁破損という致命的な事故につながることになる。また、破損に至らなくても、弁および弁座の著しい摩耗あるいは猛烈な騒音が発生する。この意味で、この問題は弁機構の動力学的課題として最重要課題とされる。しかし、特におどりの発生する状態にまで深く追求した研究は少ない。

 本論文は、内燃機関の弁機構形式として最も一般的な頭上弁機構を対象として、動力学の問題、特に弁のおどりを如何に正確に評価、記述するかとの研究成果に関するものである。

2.おどり現象とその観察

 弁機構を構成する部品間の分離である弁のおどり現象の解明のため、1)おどり発生時の弁機構の振動特性2)おどり発生時の部品間の分離・跳躍現象の実体を重点に観察した。

 頭上弁機構だけをモータで駆動するリグ試験装置により、弁機構の振動を代表的に捉ええられるプッシュロッド荷重信号とその信号を高速フーリエ変換器を用いて分析するシステムを構築し、回転速度をパラメータにして、おどりが発生あるいは未発生の違いを明確にした。おどりが未発生のいわゆる通常状態ではプッシュロッド荷重は一定の固有振動数を持つ、カムの変位による振動状況を見せる。おどりが発生すると、プッシュロッド荷重は零近辺の変動を示すとともにフーリエ解析の結果では一個の鋭いピークを示す形状からピークが崩れる状況になる。

 頭上弁機構では分離・接触できる個所は4個所ある。おどりの発生状況での各部品の分離・接触状況を把握できるように、弁機構を他の試験装置から電気的に絶縁した。弁変位、プッシュロッド荷重の測定と同時に電気回路を2組から構成したシステムにより運転中の部品間の分離・接触を観察した。

 その結果、1)おどりはカムとフォロワ間で分離する現象である2)おどり状態では弁からフォロワまでの部品が連結して運動する 3)おどりは通常時の固有振動数より高高い振動数が現れる 4)おどっている時プッシュロッド荷重は小さい値で振動する

 さらに電気接点法の実験で得られたカム加速度ピーク位置で一見、電気的には分離し、カムとフォロワの分離と見られる結果はEHL理論を利用した考察より、カム加速度のピーク点では厚い油膜が形成されるためである。

 おどり時の固有振動数の考察を深めるべく、動的試験結果に対応して静的に通常およびおどり時を再現させた。その結果1)通常時の固有振動数は一定である2)おどり時の固有振動数は通常時より高い振動数に推移するが、振動数は一定でなくゆれることが観察された。

3.おどりを記述するモデル

 上述の知見を踏まえて、最も基本的なところから弁機構のモデルを再考する。

 先ず、おどり状態での弁機構の固有振動数のゆれの原因として考えられえられる質量・ばね・減衰のゆれを個々の部品および部品間について調査し、その原因をばね定数のゆれと絞り込み、部品間での接触で接触面が弾性変形することと判断した。ヘルツ理論によりばね定数変化を導入し、振動数の変化を説明できた。結局、おどり状態では弁機構を構成する部品にかかる外力が小さな状態、いいかえれば各部品がばらばらに分かれる寸前の状態であるのでばね定数が柔らかい上に変化し、こういった振動数変化が起る。

 次に、従来の研究での弁周りの質量を中心とした1質量モデルという制約から離れ、複雑さをいとわず、専らおどり現象をより現象に忠実に記述できる手法、モデルについて考察する。しかし、離散系として扱うとは言え、むやみにモデルの質量数を増したのでは演算時間の増大を招き、取扱に不都合を生じ得ることは免れない。そこで、まず1質量モデルからの変更が最小限で済むように考案した2質量モデルを抽出する。

 この2質量モデルの通常状態はカムによる強制変位による振動とし、1質量モデルそのものである。おどり状態は1質量モデルでの弁回りの質量の他にフォロワ回り質量に自由度を与えた2質量での自由振動となるモデルである。通常状態とおどり状態への判定はルンゲ・クッタ法の積分のきざみ幅ごとにフォロワ荷重を算出し、その荷重が引張り荷重とはならないことを前提としている。2質量モデルでの計算値と実測値を比較したが、おどり発生回転速度は実験値と一致したが、おどり発生時期およびプッシュロッド荷重の算に不十分な面が残った。

 2質量モデルでのシミュレーションより精度を上げるために、本質的に2質量モデルではあるが、前節までの研究成果を採り入れて修飾した新しい2質量モデルおよび計算精度向上のため質量数を増した3,4質量モデルでの構築と実験値との対比を行う。また、4質量モデルは頭上弁機構の部品構成の特性を考慮して2種類を扱う。

 この結果、弁機構の振動の通常状態は良く表現される。おどりを起こす回転速度では、おどりの発生を予測できたが、おどりを起こした後、着カムするがそれらの微妙な振動までは表現できなかった。

 次に、ロッカー軸のたわみを考慮した5質量モデルを構築し、その評価を行ったが、ロッカー軸のたわみが影響するモードはおどり時の振動数の8倍に当たるので、それ以上このモデルを研究しないことにした。

 以上のモデリングでは、おどりの記述が未だ不十分との観点から、質量数をさらに増加させるとともに、前節で述べた部品間の接触状況の変化をばね定数の変化にとして取り入れたモデルをも含んだ5および6質量モデルを論ずる。

 5,6質量モデルでばね定数が一定のモデルとばね定数可変のモデルをそれぞれ構築し予測計算を行い、5,6質量モデルの中で、上記の部品の接触部の弾性変形を考慮する6質量モデル(V-6モデル)が通常状態は勿論、おどり状態の微妙な振動の振幅、および時期まで表現できる満足な結果が得られた。

4.結論1.弁のおどりの発生と予測法

 弁のおどりは、弁の間欠的な駆動に伴って起こる過渡振動が回転速度の上昇により成長にすることによって、カムとフォロワ(タペット)が分離することによって発生する。この時、弁からフォロワまでの部品はバラバラではなく一体で運動する。

 このおどりの発生するカム回転速度を予測し、おどりにより機構に生じる振動を算出するには、弁部分の質量を考慮するだけのいわゆる1質量モデルでは不十分で、少なくともフォロワ部を独立した質量として扱うモデルが必要である。

2.弁のおどりの状況と記述法

 カムとフォロワが分離しておどりの状態に入ると、弁機構の振動はそれ以前よりも高い振動数を示すが、これは弁機構の各部品がカムの拘束を失い、別の振動系に遷移するからである。また、その時現れる振動数が一定でなく揺れ動くのは、弁機構各部品間の接触状態によるばね定数の変化によるものである。

 このフォロワがカムの拘束から放れて後、再びカムに復帰するまでのおどりの状況を正確記述するには、弁のほかに、ロッカーアーム、プッシュロッドフォロワをそれぞれ独立した質量として扱い、さらに上記のばね定数の変化を的確に取り入れた多質量モデルが必要である。

審査要旨

 本論文は、「頭上弁機構における弁のおどり」と題し、内燃機関の標準型弁機構における弁のおどりに関して、理論的実験的研究を行った成果に関するものである。

 第1章は「序論」であり、本研究の背景ならびに過去の関連研究を概観し、本研究において頭上弁機構における弁のおどりを扱う意義を明らかにしている。

 第2章は「おどり現象とその観察」であり、頭上弁機構を構成する部品列間の分離である弁のおどり現象の解明のため、

 1)おどり発生時の弁機構の振動特性

 2)おどり発生時の部品間の分離・接触現象の実態を主として実験的に解析している。

 実験は弁機構のみを駆動するリグ試験装置によって行った。まず弁機構の振動を代表的に捉えるプッシュロッド荷重信号を高速フーリエ変換器によって分析することにより、おどりの未発生、発生、すなわちおどりの発生する機関(カム)回転速度を特定した。おどりが未発生のいわゆる正常状態では、プッシュロッド荷重信号は固有振動数ほぼ一定の振動を示すが、おどりが発生するとその信号は固有振動数が高まるとともに零に近い小さな値で変動する。

 次に弁のおどりの発生時に、頭上弁機構の部品列のどの部品間が分離・接触するかを検知出来るように、ロッカアームとロッカ軸を電気的に絶縁、またプッシュロッドをセラミックを介して上下に二分割、更にフォロワガイドをもセラミック製として、それぞれ電気的に絶縁して、4組の電気回路出力を取り出した。その結果、

 1)おどりはカムとフォロワ間の分離する現象である

 2)おどり状態では弁からフォロワまでの部品が連結して運動する

 3)おどり時に現われる正常時よりも高い固有振動数は一定でないことを確認した。

 第3章は「おどりを記述するモデル」として、第2章で得られた新しい知見を踏まえて、最も基本的なところから弁機構のモデルを再構築している。

 まずおどり状態における弁機構の固有振動数が変動する原因を追求した結果、それが各部品間の接触面の弾性変形によるものと判定された。すなわちヘルツの接触理論により、接触部のばね定数変化が導かれ、接触荷重の変動に伴う振動数の変動が合理的に説明できた。

 次いで従来の研究において一般的であった弁まわりの質量を中心とするいわゆる1質点モデルの制約から離れ、おどり現象をより忠実に記述できる手法、モデルを追求した。その第一が1質点モデルの修飾を最少限に止めるように考案した2質点モデルである。この2質点モデルにおいては、弁がおどらない正常時にはカムによる強制変位が入力となり、1質点モデルと変わらないが、おどるとフォロワ回りの質量が加わり自由振動となるものである。このモデルによるおどり発生回転速度の予測値は実測値と一致するが、おどりの発生時期とプッシュロッド荷重の算出精度は不十分である。

 そこで精度向上のため、質点数を増して実系との対応をより一層明瞭にした、3、4、5、6、質点モデルを設定して、特に弁がカムの拘束を離れておどってからカムに復帰するまでの挙動の算出状況を詳細に調査した結果、6質点モデルにおいて上述の部品間の接触部のばね定数変化を取り入れたものが満足すべき結果を与えることが示され、この新6質点モデルの適用により、あらゆる運転条件下において弁系各部の挙動が精確に記述できるようになった。

 第4章は「結論」である。

 以上のように、本論文は従来未解明の部分が多かった弁のおどりの現象を明らかにするとともに、そのおどりをも含めた弁機構の力学的挙動の正確な予測法を初めて提示したもので、内燃機関工学ならびに内燃機関工業の発展に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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