学位論文要旨



No 213275
著者(漢字) 筒井,幸雄
著者(英字)
著者(カナ) ツツイ,ユキオ
標題(和) 高温超電導体を用いた磁気浮上に関する研究
標題(洋)
報告番号 213275
報告番号 乙13275
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13275号
研究科 工学系研究科
専攻 精密機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 樋口,俊郎
 東京大学 教授 北澤,宏一
 東京大学 教授 須賀,唯知
 東京大学 助教授 大崎,博之
 東京大学 助教授 黒澤,実
内容要旨

 強力なピン止め力を有する高温超電導体と,永久磁石とを対向させることにより,無制御でも安定な非接触浮上が実現することは広く知られている。しかし,この機構を利用して実用レベルの磁気浮上装置を開発して行くためには,種々の状態における磁気力の変化を予め詳細に把握することが必要不可欠である。また,これまでの高温超電導磁気浮上機構では高温超電導体と永久磁石との組み合わせが用いられているが,永久磁石の機械的強度は通常の金属材料に比べて低いため,軸受のように大きな遠心力が掛かる場合には,永久磁石を別部材で補強する必要がある.また,永久磁石は一般の構造材料と比較して高価であり,これを大量に必要とする搬送装置の場合,極めて高コストとなる等の問題が存在する.

 我々は,最初に外部磁界印加時の超電導体試料表面の磁束密度測定や,永久磁石との間の距離-磁気力の関係評価などを通じて,ピン止め磁束分布や結晶粒形との関係,磁石の配置法やヨーク付加に伴う磁気力変化など,高温超電導体の基本的特性を評価した。続いて,高温超電導体-永久磁石間の力特性評価を多自由度かつ動的に行うことを目的として,能動制御形磁気浮上機構への超電導浮上要素の付加・除去に伴う制御情報の変化から力特性を導くという新たな測定法を提案し,この方法の検証を試みた。既存の磁気浮上機構の可動子に取り付けた永久磁石と固定した高温超電導体試料とを対向させて図1に示すような測定装置を構成し,可動子の接線方向変位時のステップ応答波形を測定した。ここでは,両者の接近に伴う,振動の減衰時間短縮や振動周波数の増加が見られた(図2)。これらは各々系のバネ定数の増大,粘性係数の増大を示しているが,高温超電導体と永久磁石が対向した場合にこのような作用があることは良く知られており,測定した応答波形からも同様な傾向が明らかに読み取れることから,本測定法が高温超電導体-永久磁石間の動的磁気力測定において充分な役割を果たすことが確認された。

 次に,永久磁石を用いない高温超電導磁気浮上機構の可能性についての検討を行い,高温超電導体と磁性体との組み合わせでも無制御で安定な非接触浮上が可能であることを発見した。高温超電導体のピン止め磁束を磁性体で絞ることにより両者間に復元力が発生するのではないか,という考えのもとで,磁界中冷却で磁束をピン止めした試料に鉄製円柱を対向させ,ギャップ長に対する磁気的吸引力の変化を測定した。その結果,高温超電導体とその磁束ピン止め領域よりも小さな面積を有する磁性体とを小ギャップ長で対向させ,磁性体でピン止め磁束を絞ることで,微小ギャップ範囲において復元力が発生することを確認した(図3).この現象を利用して鉄製おもりの無制御・非接触懸垂支持を行った(図4).また,2種類のリニアガイド機構を開発し,双方ともに非接触浮上と自重による走行を実現した。この高温超電導体と磁性体とを組み合わせた磁気浮上は,浮上機構を構成する場合に必要となる永久磁石数の削減,或いはこれが全く不要であるという特長を有する。この構成を取ることで,鉄などの堅牢・安価な一般の磁性金属で機構を構成することが可能となり,高回転速度化や機構の低コスト化など,実用上大きな効果を期待することができる。

図1接線方向振動測定の模式図図2ステップ応答波形図3高温超電導体-磁性体間のギャップ長方向の吸引力変化図4磁性体が浮上している様子
審査要旨

 本論文は「高温超電導体を用いた磁気浮上に関する研究」と題し、いわゆる高温超電導体のピン止め効果を利用した磁気浮上機構について,その浮上機構の有する機械的諸特性を把握するとともに,軟磁性体と高温超電導体とで構成できる新しい浮上機構の発見と,これを利用した非接触浮上案内機構の開発に関して行った研究を纏めたものである。

 論文は9章から構成されている。

 第1章「研究の位置づけ」では、本研究の動機と研究目的を記している。

 先ず,磁気浮上機構を中心に非接触支持機構の現状を論じ,高温超電導体のピン止め効果を利用した浮上機構の将来性と問題点を述べている.ピン止め効果利用の磁気浮上機構の開発の歴史は新しく,与えられた仕様を満たす浮上システムを設計を行えるだけの知識はほとんど得られていない.そこで本論文の研究では,高温超電導体と永久磁石との間に働く磁気力特性を多自由度で同時に測定する手法を提案するとともに,磁気力特性の多角的な評価を行うことを第1の目的とすることを述べている.

 高温超電導体のピン止め効果を利用する従来の磁気浮上機構では,永久磁石が構成要素として不可欠である.磁気軸受では回転子に永久磁石が組み込まれ,磁気浮上搬送装置では,軌道側に永久磁石が設置される.しかし,永久磁石の機械的強度は鋼の1/10程度であり,また,高価であることが実用化の大きな障害となっている.そこで,永久磁石を用いない新しい方式の探索を行い,考案の実現を目指すことを第2の目的とすると記している.

 第2章「超電導に関する基礎知識」では,超電導体に関する一般的事項と基本的な性質および高温超電導体の特徴などについてを纏めている.

 第3章「ピン止め磁束の分布測定」では,高温超電導体にピン止めされた磁束の分布を実測することにより,印加磁界の強さや超電導体試料表面形状と磁束密度との関係を明らかにしている.

 第4章「6軸力覚センサを用いた静的磁気力測定」では,高温超電導体と永久磁石の相対位置の変化に伴う準静的な磁気力の変化を6軸力覚センサで測定し,永久磁石の磁極の配置,永久磁石のバックヨーク等の影響を明らかにしている.

 第5章「磁気浮上機構を用いた動的磁気力特性の測定」では,多自由度の動的な磁気力の特性を能動的に制御されて6自由度制御の磁気浮上機構を利用することによって,計測,評価する手法を提案し,その有効性を試作試験装置によって確認している.実際の磁気浮上システムを設計するには,支持要素の多自由度の支持剛性とダンピング特性を知る必要があるが,従来の研究では,1自由度の特性を調べたものがほとんどであった.本論文で提案し開発した6自由度動的磁気力測定装置は高温超電導体を利用した磁気浮上要素の特性を評価・把握することに有効であるだけでなく,広く非接触浮上要素の力学特性の計測に役立つ標準的な測定装置に発展することが期待できる.

 第6章〜第8章では本論文のもう一つの課題であり,最も大きな研究成果である「高温超電導体と軟磁性体を用いた磁気浮上」に関する一連の研究を纏めている.第6章「復元力発生の理論と検証実験」では,高温超電導体にピン止めされた磁束を用いるが対向する永久磁石を必要としない磁気浮上法を提案し,実験によりその有効性を検証している.磁場中冷却によって高温超電導体にピン止めされた磁束と比較してかなり小さい断面を有する軟磁性体を高温超電導体に近づけると,距離が大きい領域では,接近とともに吸引力が増加するが,ある近接した距離からは,逆に,接近とともに吸引力が減少する領域が存在することを発見している.そして,この領域では,浮上力が位置を保つ復元力となることができ,制御を必要としない浮上が可能となることを基礎実験によって実証している.

 第7章「浮上機構への応用」では,実際の応用として有望である非接触搬送装置や磁気浮上高速鉄道への利用を想定したリニアガイドモデルを試作した.2方式を開発している.ガイド(軌道)として永久磁石を並べるのではなく,コの字形の断面の3%シリコン鉄のレールを用いている.第1の形式は,ギャップの磁束の方向が重力方向と平行である.この方式で高温超電導体を組み込んだ移動体の非接触吸引浮上に成功している.しかし,この方式では,吸引力が移動体重量と釣り合わなければならないので,移動体の重量の変化を大きくとれない欠点があった.そこで,第2の方式として,ギャップの磁束の方向を重力方向と垂直にし,移動体の横方向の拘束に高温超電導体と軟磁性体による支持機構を利用する方法を提案し,試作装置によって,その効果を確認している.

 第8章「磁界解析を用いた検討」では,有限要素法を用いた磁界解析により,第6章で得た実験結果をより定量的に解明した.磁束をピン止めした高温超電導体は,磁束密度を一定とする材料として取り扱い,一方,永久磁石は起磁力一定の材料として取り扱うことによって,軟磁性体との間の吸引力の特性の相違を明確に示せることを明らかにしている.

 第9章「結論」では,本研究を総括し,引き続き解明すべき課題と,高温超電導体を利用した磁気浮上技術の将来展望を述べている.

 このように、本論文でなされた研究では、高温超電導体の磁束のピン止め効果を利用した磁気浮上技術に関する基本的な事項を工学的視点で解明するとともに,将来の応用に役立つ新技術の開発を行っている.特に,軟磁性体と高温超電導体との間で,接近に伴って吸引力が減少する領域が存在することの発見は,高温超電導体の将来の実用化に大きく貢献するだけでなく,磁束をピン止めした高温超電導体に固有の性質を明確に示すものであり,基礎科学の進展にも寄与したと言える.

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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