工学修士福澤 修一朗提出の論文は「重力傾斜力が作用する宇宙構造物の建設工法論および発電衛星建設への適用」と題し8章及び付録から成っている。 第1章は序論で、宇宙構造物は従来の衛星に比較して格段に大きく、その設計においては完成後のみならず建造中の過渡的状態を把握することも工学的課題になりつつあると指摘し、設計例を引用して建設工法を確立することが重要であることを論じている。特に米国エネルギー省の太陽発電衛星と日本のSPS2000という太陽発電衛星を比較し、衛星規模、衛星環境、建設速度、姿勢安定、エネルギーに対する考え方などの相違点を明かにした上で、この種の宇宙構造物は低高度で比較的小規模のものから実現されるという観点から、SPS2000をモデルにして低高度軌道上の建設工法を論ずることが本研究の目的であることを説明している。 宇宙構造物の建設に関する問題は工学的分野として未だ十分確立されていないことに鑑み、第2章では本研究で重点的に取り上げた課題等を整理している。すなわち、(1)重力傾斜トルクを重点的に考察した建設工法の提案を行う、(2)建設工法モデルを簡略化するため最初の主構造トラスの建設を対象にする、(3)主構造トラスの機能試験モデルを試作して実験的に建設手順を考案する、の3点を重点課題としている。また建設ロボットについては、トラス組立装置、移動機構、トラスを衛星骨格形状に組み上げるための組立支援機構を考察することを説明している。 第3章では主構造トラスとしてDouble-Bay Single-Laced Beamを採用し、これを「展開」トラスおよび「組立」トラスと名付けた2通りのロケットに搭載可能な機能試験モデルとして設計試作し、それぞれの特徴について述べている。 第4章では第3章で述べた主構造トラスの機能試験モデルを双腕位置決めロボットにより地上で組立てる実験を行った結果が述べられている。これによると組立作業レベルには、単腕での単純差込み、双腕での同期差込み、双腕での協調差込みの3種類があり、すべての組立作業を6自由度の力制御なし位置決めマニピュレータ2腕で組立作業が可能であることを確認している。あわせて組立作業時の危険性解析を行っている。 第5章では建設工法のシーケンス案が示されている。まず建設作業は地球指向姿勢で行うものとし、重力傾斜力が一方的に作用するフレームトラスの垂直伸展、棒状フレームトラスの軌道面内での三角形展開、ビームの南北伸展、の3つの基本作業に分解し、それぞれの衛星形状の3軸慣性モーメントを算出し、地球指向姿勢の安定性を判断する、いわゆるkr-ky図にこれを表示して作業途中で反転などがおこらないという意味で重力安定性を維持する建設シーケンスを数値計算によって求めている。 第6章は第5章で述べたシーケンス案の実施上、予想される外乱や形状変化などの姿勢への影響を数値解析した結果が述べられている。それによると、共振現象などの特殊な状況、ピッチ慣性モーメントが急激に減少する場合、ヨー慣性モーメントが他の軸に比べて小さい柔軟構造の場合などでは重力安定が保てないことが示されている。 第7章は実験結果を基に建設システムと建設手順を提案している。建設システムは双腕マニピュレータ、CCDカメラ等から成る移動可能な組立ロボットが、組立支援機構とともに第3章で述べた「組立」トラスを用いてSPS2000の主構造を建設するものである。建設手順についてはSPS2000初回モジュールの重力安定な4つの可能な建設シーケンスを求め、各シーケンスについて実験で得られた作業難易度評価を適用している。 第8章は結論で、宇宙空間で建設する必要のある大型構造物について作業工程の異なる2通りのトラス構造を設計試作し、6自由度位置決めマニピュレータ2本で組立が可能である事を実験で示す一方、重力傾斜力の作用する軌道上での建設手順を数値解析し、建設作業中に姿勢が反転しない衛星建設手順が存在し、外乱などを考慮して実用的に使える事をそれぞれ示した上、4種類の建設工法について作業難易度を評価した。 付録には数値解析のための構造モデルの定式化などが述べられている。 以上要するに、本論文では重力傾斜力の作用する地球の衛星軌道上での太陽発電衛星の建設を実現性のある工学的課題として取り上げ、基本構造としてのトラスの設計と組立を建設工法として数学的に解析し、地球指向姿勢が要求される場合の建造手順を明らかにした。これは有人プラットフォームによって行うものとされてきた大型構造物の建設を無人で行う工学的方法を示すもので、宇宙工学上貢献するところ大である。 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。 |