学位論文要旨



No 213277
著者(漢字) 全,瑩煥
著者(英字)
著者(カナ) ゼン,イョンハン
標題(和) H∞最適制御における目的関数と重み関数の一般的設計法とそのモーション制御および電力系統制御への応用
標題(洋) General Performance Index and Weighting Function Design for H∞ optimization and its Application to Motion and Power System Control
報告番号 213277
報告番号 乙13277
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13277号
研究科 工学系研究科
専攻 電気工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 堀,洋一
 東京大学 教授 曽根,悟
 東京大学 教授 原島,文雄
 東京大学 教授 二宮,敬虔
 東京大学 助教授 横山,明彦
 東京大学 助教授 橋本,秀紀
内容要旨

 本論文はH最適制御理論の産業プラントの制御への応用に際して、その問題点を把握すると同時に、できるだけ一般的で便利な設計法を提案することを目的としている。H最適化法はプラントの不確かさを設計の段階で考慮することができるため、きわめて有用な制御器設計法になりうる可能性が高い。しかし、目的関数と重みの決め方によって制御性能とロバストネスが決定されるため、応用研究においてはそれらの設計法が重要な位置を占めている。

 同じプラントでも制御の目的によって異なる制御器が必要になるのは当然である。H最適制御の標準問題を解くアルゴリズムはすでに開発されているものの、制御の目的に応じて設計者がほしい制御器を自由にチューニングできるまでは至っていないのが現実である。チューニングが必要な場合でも目的関数の形は一つである方がよい。言い替えると、典型的な重み関数の形を決め、そのパラメータによって制御性能などをチューニングすることが、一般的な設計法を確立する正しいアプローチと考える。

 たとえば、第9章に述べるステッパーの場合は制御性能を上げるのが制御の主たる目的であるが、第10章のPSSの場合はプラントの不確かさと非線形性によるモデリング誤差に対するロバスト性を改善するのが目的である。これらの二つの問題はフィードバック制御の代表的な両極の問題であるが、トレードオフ関係にあるためチューニング法も反対になることに注意したい。

 以上のような観点から、本論文では、H制御器の一般的な設計法を目指し、制御器設計の仕様、目的関数、重み関数の決め方及び重み関数のチューニング法を提案し、何種類かの実験装置を用いてその有効性を確かめている。

 第1章の序論では、1970年にZames氏がH制御理論の概念を提唱してから現在までの簡単な歴史、現在の応用研究の動向およびその問題点等について述べている。

 第2章では、研究の背景として、従来使われてきたPI制御器、PID制御器と非線形摩擦の定量的な関係を求めてその結果を示している。ハイゲインアプローチは摩擦のような非線形要素の影響を押さえる良い手法として知られているが、ノイズとモデリング誤差によるロバスト性が悪化するため、そのゲインには上限があることなどを示している。この分析結果から、ステッパ等の高精度の位置制御の性能を上げるためには、制御系全体のbandwidthを保ちながら制御器のゲインを低周波数領域で上げる必要があることが分かる。重み関数はこの分析結果を満足するようにチューニングすることになる。

 第3章では、H最適化理論の標準問題に対する状態空間での解と、理論的な制約条件に対して述べている。状態空間での解が求まるためには標準仮定が四つ必要であるが、その仮定を緩める方法に対しても述べている。基本的に第3章は本研究の基本的な理論の部分である。

 第4章では、制御器に対する仕様を周波数領域で表現する手法を述べている。H最適制御理論を適用するためには、時間領域での仕様を周波数領域で表現する必要がある。本論文では外乱抑圧性能を決める仕様として、

 

 

 プラントの不確かさによるロバスト安定仕様として、

 

 制御の入力に対する仕様として、

 

 

 

 を重み関数と一緒に決める。これらの基本仕様をもとにすれば、たとえば2慣性バネ系の場合は各入力に対して軸ねじれを最小化する仕様を加えることで拡張できる。

 第5章では、第4章で決めた制御仕様を目的関数として表現する方法として標準問題を利用する。この標準問題は構造化されていない仮想的な不確かさを表現するために、不確かさを制御器の入力側でモデル化している。これにより複雑な計算を避けることができる。標準問題の一般化プラントは図1のように決める。

図1:一般化プラントの標準問題

 第6章では、重み関数の典型的な形を示している。定常状態誤差、外乱の抑圧性能、ロバスト性等を考慮して典型的な重み関数の形態を決めることができる。定常状態誤差のバウンドと重み関数の間の関係も定量的に示している。重み関数の間にもプラントの極とゼロによって制限条件があることなど、重み関数の物理的な意味を把握し、チューニングの指標としている。

 第7章では、提案の制御器設計法を簡単な例をもって説明している。サーボ制御の場合は典型的な重み関数である程度の性能をもつ制御器を設計することができるが、モデリングの精度、センサーの精度及び制御の目的によってこれらの重み関数はチューニングする必要がある。チューニングのときは性能とロバストネスとのトレードオフがベースになる。実験結果からは、摩擦のような非線形要素の影響がよく押さえられることが分かる。第8章では、提案している設計法を実験室の実験機に適用した結果を述べている。ecp1の3慣性系の軸ねじれ振動の実験装置は、慣性比を10:1以上まで変えることができる。特に慣性比が大きい場合は制御しにくいと報告されてきたが、提案法によれば、この場合でも比較的に良好な性能をみせる制御器が設計できた。このような問題は製鉄所と製紙工場の圧延機のパイロットプラントとして、研究結果がそのまま実プラントに応用される特徴がある。

 1Educational Control Products社の登録商標

 第9章では、提案した目的関数と重み関数を使ってステッパーの精密位置制御器を設計した結果について述べている。典型的な重み関数では制御性能が良くないので、性能を上げるため重み関数のチューニングを行った。結果的には制御のbandwidthを保ちながら低周波数での制御器のゲインを上げることが重要であること等を明らかにしている。

 第10章では、提案した目的関数と重み関数を電力系統のPSS(Power System Stabilizer)に応用し、ハードウェアシミュレータを用いて実験した結果を載せている。電力系統は非線形性が高く発電機と励磁機のダイナミクスが複雑であることなどから、PSSの設計は非常に難しい。PSSからみるプラントはモデリング誤差が大きいので、サーボ制御器の設計とは制御の目的が違う点にも注意が必要である。

 本研究の目的はH最適制御理論を用いた制御器設計において、プラントの種類によらず目的関数の形を決めることにより、できるだけシステマチックな設計法を確立することであった。提案した設計法をいろいろな対象プラントに応用してその有効性を検証し、良好な結果が得られた。図2と図3設計したPSSをハードウェアシミュレータを用いて実験した結果である。

図2:PSSがない場合図3:PSSがある場合

 これから課題としては、MIMOシステムに対して目的関数を拡張する研究が残っている。また、本論文ではHの標準問題を解くアルゴリズムを用いているので、目的関数に対する制約条件が大きい。目的関数をより一般的に決めるためには、LMI等の新しい最適化アルゴリズムの適用が望まれる.

審査要旨

 本論文は「General Performance Index and Weighting Function Design for H∞ Optimization and its Application to Motion and Power System Control(H∞最適制御における目的関数と重み関数の一般的設計法とそのモーション制御および電力系統制御への応用)」と題し,英文で記述された論文で,H∞最適制御理論を産業プラント制御へ応用する際の問題点を明確にし,一般的かつ実用的な制御器の設計法を提案したものである.

 H∞最適制御理論は,プラントの不確かさを制御系の設計段階から考慮することができるため,将来にわたって有用な設計法になりうる可能性が高い.しかし,でき上がった制御系の性能は,目的関数と重みの決め方によって完全に決定されるため,応用研究においてはその設計が重要な問題となっている.H∞最適制御問題を解くアルゴリズムはすでに開発されているが,制御目的に応じて設計者が望む制御器を自由にチューニングできるまでには至っていない.チューニングを効果的に行うためには,典型的な重み関数の形を決め,重みパラメータと制御性能の対応をとる必要がある.

 このような観点から,本論文では,制御系の仕様に応じた目的関数や重み関数の決め方,およびそれらのチューニング法に重点をおいたH∞制御器の一般的な設計法を提案し,その有効性を何種類かの具体例や実験装置を用いて実証したものである.

 第1章(Introduction)では,H∞制御理論の歴史,現在の応用研究の動向,さきに述べた問題点などについてまとめている.

 第2章(Background of the Research)では,研究の背景の一例として,PIあるいはPID制御器と非線形摩擦の定量的な関係を議論し,重み関数はこのような分析結果を満足するようにチューニングすべきであることを述べている.

 第3章(State Space Solution to the H∞ Standard Problem)では,H∞最適化理論の標準問題に対する状態空間での解と,理論的な制約条件についてまとめている.状態空間での解が求まるためにはある仮定が必要であるが,これを緩める方法などについても述べている.

 第4章(Design Specifications for H∞ Optimization Method)では,H∞最適制御理論を適用するための具体手法を提案している.すなわち,外乱抑圧性能の仕様として,

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 プラントの不確かさによるロバスト安定性の仕樣として,

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 制御入力に対する仕樣として,

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 という基本仕様が非常に多くの制御器設計に共通のものとなることを示している.

 問題別の特殊仕様として,たとえば2慣性共振系の振動抑制制御の場合には,軸ねじれを評価する仕様を制御入力に加えることで対処できることなどを述べている.

 第5章(A General Performance Index for H∞ Optimization)では,第4章の仕様を目的関数に表現して標準問題とし,その一般化プラントを求めている.構造化されていない仮想的な不確かさを制御器の入力側でモデル化するという工夫を行い,通常は複雑になるの計算を避けている.

 第6章(Weighting Functions for Design Specification)では,定常状態誤差,外乱抑圧性能,ロバスト性を考慮して決められる,基本的な重み関数の形をいくつか示している.重み関数にもプラントの極とゼロ点による制限条件があることなどを示し,重み関数の物理的な意味を把握しながらチューニングを行う指標について述べている.

 第7章(Design Procedure and Tuning of Weighting Functions)では,提案手法を用いた簡単な設計例を示している.サーボ制御の場合は基本的な重み関数だけでもある程度の性能をもつ制御器を設計することができるが,よりよい性能を実現するには,モデリング精度,センサー精度なども考慮しながら制御目的に応じたチューニングが必要である.MGセットによる基礎実験によって,摩擦など非線形要素の影響がよく抑圧できることを示している.

 第8章(Laboratory Level Experiment)では,提案の設計法を3慣性軸ねじれ振動実験装置に適用した結果を述べている.3慣性軸ねじれ振動実験装置は,慣性比を広い範囲で変えることができる.慣性比が小さい場合は制御が難しいといわれてきたが,提案法によれば,良好な性能を実現できることを示している.

 第9章(Application to the Micro-Positioning Stepper)では,提案法を使ってステッパの精密位置制御器を設計した結果について述べている.基本的な重み関数だけでは制御性能に不足があるので,性能向上のため重み関数の細かいチューニングを行っている.制御系のバンド幅を保ちながら低周波ゲインを上げることが重要であることなどを述べている.

 第10章(Application to Power System Stabilizer(PSS))では,電力系統のPSSに応用し,ハードウェアシミュレータを用いた良好な実験結果を示している.電力系統は非線形性が強く,プラントのモデリング誤差が大きいので,サーボ制御器とは制御の目的が異なっていること,しかし提案法はこれに難なく対処できることを述べている.

 第11章(Conclusions)は結論であり,さまざまなプラントに対するH∞制御器のシステマチックな設計法を確立し,実験によってその有効性を検証して良好な結果を得たことを述べている.さらに,これからの課題として,多入力多出力系への拡張などをあげている.また,本論文ではH∞標準問題を解くアルゴリズムを用いているので,目的関数への制約が大きい.目的関数をより一般的に決めるためには,LMIなどの新しい最適化アルゴリズムの適用が望まれる,としている.

 以上をまとめると,本論文は,H∞最適制御理論を用いた制御器設計において,制御系の仕様に応じた目的関数や重み関数の決め方,およびそれらのチューニング法に重点をおいた一般的な設計法を提案し,数種類の制御対象に適用,実験装置を用いてその有効性を確かめたものであって,制御工学,メカトロニクス,電力工学などの分野において貢献するところが少なくない。よって,本論文は,博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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