超高速バイポーラ集積回路(LSI:Large Scale Integrated circuit)は、高速計算機システムや光伝送システムに使用されており、性能を左右する重要なデバイスである。これらのシステムの高速化には、バイポーラLSIの高速化と、高集積化によるシステム構成LSI数の減少(LSI間信号伝搬遅延時間の低減)が必要である。LSIの速度は、バイポーラトランジスタの動作速度(基本遅延時間)と、配線などの寄生容量駆動速度(負荷遅延時間)の両者に大きく依存する。従ってLSIの高速化と高集積化のためには、トランジスタの高速化と、トランジスタの微細化によるチップ面積の縮小、およびそれに伴う配線負荷容量の低減が重要な技術課題である。バイポーラトランジスタは、MOSFET(Metal Oxide Semiconductor Field Effect Transistor)の加工技術の発展により、デバイス寸法の微細化が行なわれる。しかし超高速LSIに課せられた技術課題に対しては、これらの微細加工技術だけでは不十分であり、バイポーラ特有の高速化と微細化技術が必要である。 本論文は、高速計算機システムや光伝送システムを構成するLSIの高速化と高集積化を目的とし、論理/メモリLSI用バイポーラトランジスタの高速化および微細化技術を研究した。各章の成果は以下に示す通りである。 まず第2章では、バイポーラトランジスタの遮断周波数(fT)向上技術を検討した。超高速バイポーラの主流技術である2層多結晶シリコン自己整合トランジスタには、真性ベースと多結晶シリコンベース電極のつなぎ抵抗を下げるために、グラフトベース(高濃度ベース領域)が、真性ベース領域の周辺に拡散されている。実験とシミュレーションにより、fTを詳細に解析した結果、このグラフトベース内部の長い電子電荷蓄積時間がfTの周辺成分を低下するため、エミッタを微細化した時にfTを劣化することがわかった。従って、バイポーラトランジスタの高速化には、浅接合化並びに微細化と同時に、グラフトベース領域の浅接合化により、グラフトベース内部の電子走行をなくし、fTの周辺成分を向上することが不可欠であることを明らかにした。 第3章では、バイポーラトランジスタを高速化するためのデバイスプロセス技術を考察し、超高速バイポーラトランジスタを実現した。まず、自己整合トランジスタの1つであるSICOSトランジスタ(側壁ベース電極構造トランジスタ)に、U溝素子分離技術を取り入れたU-SICOS技術により、寄生接合容量を低減した。また低エネルギーイオン打ち込みと短時間アニール技術を用いて、浅いエミッタおよびベース拡散層を形成し、fTを20GHzに向上した。さらに、ベース電極に大粒径で高移動度の多結晶シリコン膜を応用し、外部ベース電極のシート抵抗を1/2に低減した。これらの技術により、ECL回路動作を27p秒に高速化した。 次に、シリコン酸化膜で完全絶縁膜分離された自己整合トランジスタにより、寄生容量をさらに低減した。このトランジスタに、新しい接合形成技術であるベース気相拡散技術と、均一燐ドープ大粒径多結晶シリコンエミッタ電極技術(IDP)を用いて、極めて浅いエミッタおよびベース拡散層を形成し、fTを63GHzに向上した。また、グラフトベース拡散の制御を適切に行ない、微細エミッタにおけるfT劣化を抑制した。さらにU-SICOSトランジスタと同様に、ベース電極に大粒径で高移動度の多結晶シリコン膜を用い、外部ベース抵抗を低減した。これらの技術により、ECL回路動作を15p秒に高速化した。 これらの2層多結晶シリコン自己整合トランジスタでは、fTの向上、外部ベース抵抗の低抵抗化、寄生接合容量の低減が、ECL回路動作を効果的に高速化したことを、回路シミュレーションの解析結果により示し、本実験で検討したデバイスプロセス技術が、いずれも高速化に有効な技術であることを明らかにした。 メモリLSIにおいては、高速化/高集積化に併せて、耐線強度向上によるソフトエラー耐性の強化が必要である。第4章では、メモリセルの高速化、微細化、耐線強度向上の両立を目的とした、逆方向動作SICOSメモリセル(逆方向SICOSメモリセル)の性能向上を検討した。デバイス特性を向上するために、実験と2次元デバイスシミュレーションにより特性の評価と解析を行った結果、逆方向SICOSのfTの向上と、エミッタ寄生容量(CTE)の低減には、逆方向用不純物プロファイルと、トランジスタ断面構造を1次元構造に近づけることが、有効であることを明らかにした。またこれらの結果を基に、逆方向SICOSのデバイス特性を向上し、高速なメモリ動作に必要な高いfTおよび電流増幅率(hFE)と、小さいCTEを得た。 さらに、この逆方向SICOSメモリセルの微細化と、メモリLSIの集積度向上を目的として、U-SICOSを逆方向動作させたトランジスタと、セル内部電位クランプ用のSBD(Schottky Barrier Diode)を融合した、新構造の微細メモリセル(融合型メモリセル)を試作し、良好なトランジスタおよびSBD特性を確認した。また、基本読み出し/書き込み動作と、十分な耐線強度を確認した。この結果、逆方向SICOSメモリセルを用いた耐線強化メモリLSIの高集積化(メモリ容量の増加)が、融合型メモリセルにより可能であることを示した。 超高速VLSI(Very Large Scale Integration)においては、計算機システムの性能向上のために、高速化に合わせて高集積化の要求が高い。第5章では、論理LSIやメモリLSIのトレンド以上の高集積化を目的として、バイポーラトランジスタの微細化技術を検討し、タングステンシリサイドベース電極、微細幅コレクタ電極、酸化膜埋め込みU溝素子分離技術を用い、総面積が約10m2の微細トランジスタを実現した。さらに、気相拡散技術による浅接合ベースの形成と、ペデスタルコレクタイオン打ち込み技術によるコレクタ電荷蓄積領域の縮小を行ない、リークのない良好な電流・電圧特性と、高いfTを得た。これらの結果から、ペデスタルコレクタイオン打ち込みが低濃度コレクタepi領域の電子電荷蓄積時間を低減し、fTの向上に効果があること、タングステンシリサイドベース電極の低いシート抵抗(7/□)が、ベース電極面積の縮小を可能にし、トランジスタの面積を縮小するのに効果があることがわかった。また、シミュレーションによる解析の結果、交流デバイス特性の向上により、ECL回路動作が約25p秒に高速化することを示した。以上の結果、これらのデバイスプロセス技術が、超高速VLSIのトレンド以上の高集積化を目的としたトランジスタの微細化を、可能にする技術であることを示した。 バイポーラトランジスタの面積縮小と高速化には、エミッタの微細化が不可欠である。第6章では、エミッタ微細化技術の1つであるIDPエミッタを用いたトランジスタの試作と、特性評価並びに解析を行ない、従来技術であるAs+イオン打ち込み多結晶シリコンエミッタ技術と詳細に比較した。その結果、従来技術においてはエミッタの微細化とプロセスの低温化に伴い、エミッタ周辺の多結晶シリコン膜の厚膜化によるエミッタ拡散層周辺空乏化や、デバイス特性の劣化などの副作用が顕著になり、エミッタの微細化によるデバイス特性の向上を困難にするが、IDPエミッタ技術はこれらの副作用を抑制し、良好な電流・電圧特性と、高いgmおよびfTが得られることがわかった。さらに、アモルファス状態で堆積し大粒径化したIDPエミッタの有する高い移動度と、多結晶/単結晶シリコン界面ヘテロ特性により、微細エミッタにおけるエミッタ抵抗の増加が抑制され、hFEが向上することがわかった。これらの結果からIDP技術が、エミッタの微細化に適した技術であることを明らかにした。また、IDPエミッタの有するヘテロ特性の発生機構に関して解析を行ない、SPE(固相成長)を起こしたエミッタや、多結晶シリコン状態で堆積したIDPエミッタにおいて、ヘテロ特性が失われることを見いだし、これらの結果からヘテロ特性の原因が、アモルファスシリコンが多結晶シリコンに変わる時の体積収縮に基づく多結晶/単結晶シリコン界面の残留応力で説明できることを示した。 これらの超高速バイポーラデバイス技術は、高速計算機システムや光伝送システム用超高速LSIに応用され、各世代でシステムの性能向上に大きく貢献した。今後の高速計算機システムにおいては、超並列分散処理システム技術の発展を背景として、高集積性と低消費電力性が重要であるMPU(Micro Processor Unit)と、単一プロセッサの性能向上のために、超高速性が重要であるMPUが必要とされてきている。これらの要求を満たすデバイスとして、前者はCMOS(Complementary MOS)デバイスが適しているが、後者は高速性と負荷駆動能力に優れたバイポーラ/BiCMOS(Bipolar-CMOS)デバイスが適している。また、最近のマルチメディアやインターネットに代表されるような、音声や動画像も含めた大量なデータ伝送が必要とされるシステムや、携帯電話などの移動体通信システムにおいては、超高速性や高周波特性が必要であり、この分野においてもバイポーラ/BiCMOSデバイスが適している。このようにして将来のバイポーラデバイスは、計算機システムのみならず、高速性が追求される超高速通信システム分野への展開が期待される。 |