高温超伝導体の高速高周波計測器応用としてA/D変換器に着目し、液体窒素温度で動作するQOSコンパレータの設計/試作手法について研究を行い、その性能予測を行った。論文の構成は全5章とAPPENDIXから成る。 第1章の序論ではA/D変換器のサンプリング速度と分解能の点から半導体A/D変換器との性能比較を行い超伝導A/D変換器の現状の把握について述べた。続いて超伝導A/D変換器の構成と代表的な2つのコンパレータの動作原理について述べ、弱結合特性を示す高温超伝導接合が準一接合型(QOS)に適用できる事を述べた。 第2章の高温超伝導薄膜およびジョセフソン接合の作製と評価では、MBE法による高品質なY系超伝導薄膜の作製法とステップエッジ接合の評価について述べた。平衡酸素分圧曲線上で自作した酸素ラジカル源の酸化力を評価した結果、10-6torrの酸素圧でCuを高温状態でも十分酸化する能力があり、オゾンと同程度かそれ以上の酸化力を持つことがわかった。酸素ラジカル源はオゾン源に比べ危険性無く取り扱いでき、MBE成長に適した酸化源であることをいち早く示した。薄膜の代表的なTc,Jcはそれぞれ86K、2×106A/cm2であった。また結晶成長過程をRHEEDおよびRHEED振動によって観測した結果GaAs系に代表されるような2次元成長過程が確認された。X線回折とTEMによってエピ成長した薄膜の結晶性を評価した結果、基板と薄膜の界面部のみだれはなく成長初期からエピ成長されていて、良質な結晶性を有していることが確認された。 ジョセフソン接合は段差を設けた基板上に超伝導薄膜を堆積すると段差部分に薄膜の結晶粒界ができ、この部分が弱結合になる性質を利用した。我々はArのドライエッチングによるプロセスとMBE法による高品質な超伝導薄膜の形成を行うことで特性の向上を目指した。実験の結果77Kで良好なRSJ特性を示し、その臨界電流Icはステップエッジ角度と[膜厚/段さ]比に依存した。Arイオンビームを45度で作製したステップエッジの場合IcRn積は150-200V、60度の場合で60-100V程度であった。11GHzのマイクロ波の照射に対しては約2mVまでシャピロステップが観測された。これは接合が約1THzの周波数応答を有することを示唆するものである。ステップエッジ粒界接合の特性は、その粒界部の結晶性を直接反映するものと解釈されるので、イオンミリングとMBE成長を組み合わせたプロセスの効果と考えられた。 ステップエッジ接合の物理的性質を詳細に調べた。Icの温度変化から作製した接合は単純なWeak-Linkではなく若干のSNS的もしくはSNINS的性質を含む接合であると考えられ、粒界部分が絶縁体的もしくは金属的バリヤの性質を有しているものと解釈された。c軸配向した高温超伝導粒界接合では外部磁場に対し電流方向にジョセフソンの磁場侵入長は接合幅程度まで広がって侵入するものと考えられた。QOSに付加したピックアップコイルの磁界増幅率を設計する上で高温超伝導SQUIDの磁束捕獲濃縮効果を実験的に求めた。実験の結果(W/d)2=100以内(W:ワッシャー径、d:インダクタンス径)でほぼNb系の文献値通りであることが確認できたが、100以上では10Nからずれることが明らかになった。 第3章では高温超伝導接合(ステップエッジ型)を用いたQOSコンパレータの設計/試作結果について述べた。設計では、静的閾値特性、動的閾値特性、A/D変換についてシミュレーションを行い、高温超伝導QOSコンパレータを安定に動作させるための条件とその性能を求めた。静的閾値特性ではLが最大でも1以下でないと解が一価関数から二価関数になってしまいQOSを設計する第一条件として、L<1を満足しなければならないことを明らかにした。動的閾値特性において入力帯域は周波数が上がるにつれて、入力磁束が半整数倍のところでヒステリシスが現われ、Lと接合容量が小さいほど広帯域な特性が得られた。接合容量がLogスケールで小さくなるにつれ、入力帯域もおよそLogスケールで減少した。L=0.32が0.18へ約1/2減少すると、帯域は約2倍向上することがわかった。アナログ/デジタル変換のシミュレーションでは、QOSが高温超伝導接合のような弱結合型によってもA/D変換は行われるが、出力パルス列の立ち上がりと立ち下がり部分でレベルが一定でないことを明らかにした。Fig.1,2にQOSのシミュレーションモデルとそのA/D変換の結果を示す。出力レベルを安定させるには、サンプリング接合に2pFの外部容量を付加し、ある程度履歴をもたせることが有効であった。この時入力帯域はシャントする外部容量によって制限されL=0.32の時入力帯域は3GHzと見積もられた。 Fig.1 シュミレーションモデルFig.2 シュミレーションによるA/D変換の結果 実際の試作ではMBE法による高品質な薄膜形成とステッパ露光を併用し、2mのインダクタンスホールとステップエッジのアライメントを行った。ここで我々は超伝導用基板でもステッパ露光が行えることを示し、高精度なプロセスへの対応とその優位性を示した。試作したQOS部のSEM写真をFig.3に示す。設計は入力信号を効率良くQOSループ内に伝えるためピックアップコイル付きQOS型コンバータとして設計/試作を行ない、Fig.4に示すようにT=77Kにおいてはじめてその基本動作の確認に成功した。また以下の評価結果を得た。Lの設計値は0.45-0.9に対し実験値は0.6でほぼ設計通りであった。A/D変換されたデイジタル出力は外部キャパシタンスがない場合のシミュレーションの結果と良い一致を示した。デジタル変換された出力レベル値は約150Vで接合のIcRn積程度になった。SQUIDの有効磁束捕獲面積を考慮してピックアップコイルの磁界増幅率の設計を行い、設計値と実験値はよい一致を示しほぼ設計通りにピックアップコイルが動作していることが確認された。QOSの入力帯域を評価した結果、アンプの帯域1MHzまでは応答していることが確認された。ダイナミックな磁束入力レベルは20(3ビット分に相当)相当であった。 Fig.3 ステッパ露光により作製したコンパレータ部の写真Fig.4 77KにおけるA/D変換の実験結果クロック周波数:10kHz,信号周波数:1kHz 以上はT=77Kにおける基本動作の確認ばかりでなく、平面構造によるQOSの性能をはじめて明らかにしたものである。 第4章は性能予測および将来展望と題し、出力信号レベル、磁束入力レベル、入力帯域の3点について改善策ならびに考察を行った。出力信号レベルの改善においてはステップエッジ接合によるドライバー(パルス増幅)回路の新しい提案を行ない、設計/試作を行った。基本的なドライバー回路の構成はDC-SQUIDをベースに接合を直列接続した形とした。その結果ステップエッジ接合のような弱結合型も考案した回路により、直列接続した接合数分のパルス増幅が可能であり、動作状態は入力パルスの形状と接続点に依存することを明らかにした。信頼性のあるトンネル接合プロセスが高温超伝導によって達成されるまで動作温度77Kで出力を〜mVオーダーに変換する有効な手段の一つである。 磁束入力レベルを6ビット相当(160)に改善するために、QOSの素子構造の改善案を検討した。その結果QOSインダクタンスの他に接合単体が外部磁場により臨界電流の影響を受けやすい構造になっていると考えられ、接合構造が平面型によって構成されている点とインダクタンス径が2mと極めて小さい点が原因と推測された。解決策として接合構造を平面型から積層型にすれば、QOSへの漏れ磁界が単一接合に与える影響は極めて小さくなり、磁束入力レベル改善の将来展望として薄膜の積層化の重要性を指摘した。 入力帯域においては、QOSインダクタンスホールの穴あけパターン寸法誤差が入力帯域及ぼす影響を見積り、さらなる高速化のためにインダンクタンスの微細化にともなう入力帯域、入力感度、最小入力電圧の変化を定量的に算出した。微細化に関してはインダクタンスサイズとともに帯域は向上するが、入力感度および最小入力レベル(分解能)が減少していき、両者はトレードオフの関係にあることが定量的に明らかになった。よって磁束伝達率(入力感度)を充分に考慮した設計を行わなければならず、その限界(入力帯域の限界)は入力感度の設計値に依存する点を明らかにした。 第5章は、"結論"であり、コンパレータの試作を行う上で必要な設計法、高温超伝導薄膜形成技術、ジョセフソン接合技術、試作したコンパレータの性能を要約し、Nb系A/Dならびに半導体A/Dとの優位差について述べた。 APPENDIXとして、入力コイルのマルチターン化を行うための基礎的な積層化技術、ダイナミックな磁束入力レベルの改善策である積層化技術を応用したSNS接合の基礎特性について詳細に述べた。 以上を要するに、本論文は、液体窒素温度で動作可能な高温超伝導A/D変換器の設計/試作手法を研究し、その性能、限界を明らかにしたものである。 |