学位論文要旨



No 213287
著者(漢字) 川口,圭史
著者(英字)
著者(カナ) カワグチ,ヨシフミ
標題(和) ガス管内走行ロボットに関する研究
標題(洋)
報告番号 213287
報告番号 乙13287
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13287号
研究科 工学系研究科
専攻 計数工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 有本,卓
 東京大学 教授 舘,すすむ
 東京大学 教授 木村,英紀
 東京大学 教授 藤村,貞夫
 東京大学 教授 三浦,宏文
内容要旨

 現代社会の生活は電気・ガス等のエネルギーなしでは成り立たないと言っても過言ではない.この重要なエネルギー源の一つであるガスの中で,いわゆる都市ガスと呼ばれるものは製造又は貯蔵設備から195,404kmにも及ぶガス管を介して全国2319万という莫大な数の需要家の利用端末に届き,主として熱エネルギーとして利用される.このガス管の維持管理は社会生活の堅持から都市ガス業者にとって絶対の使命であり様々な検査が実施されている.しかしガス管はその長延長のみならず地下埋設が検査能率を損耗しているため,この効率化を目指し様々な研究開発が進暢している.本研究はこのガス管検査の一道である管内検査でも,特に管内移動技術(以降管内走行ロボットと呼ぶ)に関して移動機構の提案及びこれに基づくシステム化,計測制御系構築,知能化技術について考察している.

 本論文では管内検査の効率化実現のために管内走行ロボットに対して次のような目標仕様を与える.

 ガスの供給を停止しない活管状態で,150〜600mm直径のあらゆる形状のガス管内(ポリエチレン管は除く)を所要時間8時間以内で500m程度検査走行する

 これに対して現在の管内走行ロボットは「あらゆる形状のガス管内」,具体的には曲管部走行性能・段差走行性能・バルブ通過性能,及び「500m程度」という仕様を満たさない.しかしこれは本目標が実現不能というのでなく,現在のロボットが本目標に対して応用不能であることを言及したに過ぎない.そこで本論文では上述開発目標を大前提として現在のロボットがあまり重きを置いていない"ポリエチレン管を除くガス管内"という制約を積極的に利用する.ポリエチレン管を除くガス管は鋳鉄管・鋼管であり,この制約は磁石利用の有効性の暗示に他ならない.

 本論文では磁石を車輪軸として用い磁性体の内輪及び側面のみ非磁性体の外輪(剛体)を設けた図1に示すような二重磁石車輪機構の提案している(この機構は曲管部曲がり込みや段差走行の優位性を示す).またこれに基づき図2に示すような管内走行ロボット(以降では二重磁石車輪型管内走行ロボットと呼ぶ)の開発を行っている.このロボットでは図3に示すような前後輪間のねじれ回転機構により付着性能が改善されており,あらゆる形状のガス管内の走行が可能である.同じく図3にあるようにロボットの前部には一台のカメラで前方及び下方を同時に観察可能な視覚装置が搭載されており、管内全般のみならず溶接線等の検査も可能である.

図1 二重磁石車輪機構図2 二重磁石車輪型管内走行ロボット図3 二重磁石車輪型管内走行ロボット概略図

 さらに本ロボットではエンコーダーや傾斜計の他に磁石車輪付着状態を判断する付着力検知センサーを搭載している.このセンサーは図4に示すようにホール素子を利用しており車輪の剥離に伴う漏れ磁束密度の増加を検出原理としている.これにより車輪の剥離を直ちに検出,停止できるため転倒がなくなり走行信頼性が極めて向上した.

図4 付着力測定原理

 また本ロボットは磁石によって管内の任意の位置を走行できるが通常の平面移動ロポットと同様の制御則が適用可能であり傾斜角と操舵角のフィードバックにより直進走行の安定化を実現できる.さらに本論文では操舵角誤差に着目し,カルマンフィルターによる補償法の有効性も実験を通して明徴している.そして図5左に示すような円周方向走行という管内走行ロボット固有の移動方法において図5右に示すような操舵角相殺に基づく方法を提案し,有効性を実験を通して明徴している.

図5 円周方向走行

 以上のように二重磁石車輪はポリエチレン管を除くガス管内走行に特定した場合には最適な移動機構であり二重磁石車輪型管内走行ロボットは本体の開発及び計測制御系の研究の結果,移動機構原理を最大限に活用できたため実用化に近づいたと言える.

 本論文ではさらに管内走行ロボットの知能化に関しても考察している.まずガス管検査経路探索に関する基礎検討として管内走行ロボットの経路決定問題がChinese Postman問題と見なせることを示し,ガス管網固有の特徴を利用することにより処理の高速化が可能になることを証明している.次にリング状光に基づく自己組織化データベースを用いたガス管内環境認識に関して考察している.この方法では自己組織化データベースにより高い認識率を維持した上でマッチング用教示データ量が効率化されている.さらにロボットの知能化を支える枠組みとしてフレーム型地図表現を提案している.最後に移動ロボットに関する理論であるが,管内ロボットに利用可能な時間軸変換に基づく軌道生成法に関する検討を述べている.

審査要旨

 現代社会に必需のエネルギーとなった都市ガスは,製造所あるいは貯蔵設備から長距離のガス管を介して,需要家の利用端末に届けられている.そのガス管の総延長は莫大になっているが,中でも1960〜1975年代の高度成長時代に集中的に埋設された管は21世紀の初めには老朽化を迎えるので,漏洩防止の検査技術の向上は必須である.本論文は,ガス管内をガスの供給を停止しない活管状態で走行し,検査を行う管内走行ロボットの開発研究をまとめたものである.具体的には二重磁石車輪機構に基づく移動ロボットを設計,製作し,各種センサーを搭載し,計測・制御法を工夫して曲管部走行や段差走行,バルブ通過,円周方向走行,等を安定的に実現させ,管内走行検査ロボットの実用化への道を開くことに成功している.本論文は「ガス管内走行ロボット」と題し,6章から構成されている.

 第1章はガス管内検査の必要性と現在の検査技術の現状をまとめている.第2章は現時点までの管内走行ロボットの研究の歴史と現状を述べ,対費用効果から導かれる開発目標の仕様を明示し,本研究が企図された動機と技術背景を詳述している.

 第3章では,磁石を車輪軸として用い磁性体の内輪および外輪を設けた二重磁石車輪機構を提案し,この機構が曲管部曲がり込みや段差走行に優れていることを力学的観点から主張している.また,この機構に基づく管内走行ロボットの開発に際して,車輪と管壁の間の優れた付着性能を実現するねじれ回転機構を提案している.第4章では管内走行ロボットの計測制御系の構築について述べ,ホールセンサーに基づく付着力検知センサーにより,車輪の剥離を直ちに検出して停止し,転倒を防ぐことが可能になったことを述べている.また,傾斜角と操舵角のフィードバック制御により直進走行制御が可能になったが,操作角誤差のカルマンフィルターによる補償法が有効であることを実験によって確認し,これより安定な走行が実現したことを述べている.さらに,円周方向走行という管内走行ロボット固有の移動方法について操舵角相殺に基づく方法を提案し,その有効性を実験によって示している.第5章では管内走行ロボットの高知能化に関する提案をまとめている.まず,経路決定問題がガス管網固有の特徴を利用することにより高速計算処理できることを示すとともに,リング状光に基づくガス管内環境認識の自己組織化データベースに基づく手法を提案し,直進部や曲管部,バルブ部等々の認識が可能になったことを述べている.また,管内走行ロボットの特徴を利用したフレーム型地図表現を提案するとともに,時間軸変換に基づく移動ロボットの軌道生成法を検討している.第6章では,二重磁石車輪型管内走行ロボットの開発過程と様々な実験結果をまとめ,目標仕様を実現する管内検査ロボットが実用化に近づいていると結論している.

 これを要約するに,本論文は,あらゆる形状のガス管について管内走行を可能にするロボットの開発を行い,曲管走行や段差走行,バルブ通過,円周方向走行等の種々の課題を解決し,管内走行検査ロボットの実用化に至る道を開いたものであり,ロボット工学の進展に大きく貢献している.

 よって,本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる.

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