学位論文要旨



No 213289
著者(漢字) 岸本,牧
著者(英字)
著者(カナ) キシモト,マキ
標題(和) 組み合わせ最適化手法を用いた磁界逆問題解法とその応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213289
報告番号 乙13289
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13289号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 宮,健三
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 小川,雄一
 東京大学 助教授 高橋,浩之
 東京大学 助教授 上坂,充
内容要旨

 逆問題は、例えば資源探査や非破壊検査そして天文学など工学・理学を問わずあらゆる分野に登場する。しかしながら「逆問題」の定義、すなわち「逆問題とはいったい何か」については研究分野ごとにかなり異なる。今「ある対象を支配する何らかの方程式を、ある与えられた初期条件や境界条件下で解く問題」を一般問題もしくは順問題とするならば、逆問題とは「外的に収集されたデータから、それを生じさせている対象・原因に関する情報を得る」問題であると定義することができる。とすれば、工学・医学・経済学など我々の生活に密接に関係するあらゆる学問は逆問題と何らかの関わりを持っている。本研究では、工学分野の逆問題のひとつである磁界逆問題を取り上げる。磁界計測の重要な目的のひとつに、その源である電流分布の逆推定問題がある。この磁界逆問題と一般的にいわれている問題は、特に近年SQUIDシステムなど磁界計測技術の急速な発達とともに、それらの工学的応用たとえば生体磁気計測や磁気探傷法などで注目されているものである。ところがこの磁界逆問題は、それが抱える本質的制約から解を一意に求めることの出来ないill-posedな問題であることが知られており、磁界逆問題研究の分野では信頼性の高い近似解をいかにして求めるかが研究のポイントとなっている。

 我々は磁界分布計測データからの電流分布再構成問題を磁界源電流分布領域への電流最適配置化問題へと帰着させ、この最適化問題を解く手段として遺伝的アルゴリズム及びニューラルネットワークに着目し、それを単独もしくはそれらを組み合わせた新しい磁界逆問題解析手法を提案した。

 まず遺伝的アルゴリズムを用いた磁界逆問題解析手法では、無限長導体を考え、その周りに磁界センサーを配置しそれによって得られた磁界分布データから導体内部の電流分布を再構成する問題を考えた。まず導体断面をM行N列の小さなメッシュに分割してこの導体中を流れる電流をこれら微小領域を流れるこまかな電流の和として表現すると、測定磁界はこれら微小領域を流れる電流によって生じる磁界の積分として表現できる。するとこの磁界逆問題は、導体断面の各微小領域にある大きさの電流を配置して、それが作る磁界が測定データと一致するように最適化するという電流最適配置化問題へと帰着することが出来る。この最適化問題に遺伝的アルゴリズムを応用するためには、電流分布状態を数字や記号の羅列として表現すること、そしてさらにその遺伝子を数値的に評価する評価関数を設計しなければならない。そこで任意の大きさの単位電流を考え、各微小領域を流れる電流をその単位電流の整数倍として表現すると、導体を流れる電流の分布状態は各微小領域を流れる電流の強度を要素とするM行N列の整数行列として表現することが出来る。この整数行列を遺伝的アルゴリズムの遺伝子とし、さらに遺伝子の評価関数としてその遺伝子が表す電流分布が各磁界測定点に作る磁界と実験的に得られた磁界測定データの二乗誤差平均関数を導入した。そして計算機シミュレーションにより検証を行い、磁界誤差評価上数%の誤差精度で磁界分布データのみから元の電流分布を再構成することが出来、その有効性を確認した。

 遺伝的アルゴリズムの問題点は局所的検索能力に欠けるという点である。一方最適化問題解法の一つにホップフィールド型ニューラルネットワークがある。ところがホップフィールド型ニューラルネットワークは、ネットワークの初期状態を適切に設定しないとネットワークが局所解にトラップしてしまい、最適解が得られないというネットワーク初期状態問題を持つ。そこでホップフィールド型ニューラルネットワークと遺伝的アルゴリズムを結合することにより、遺伝的アルゴリズムの局所的検索能力の改善とホップフィールド型ニューラルネットワークの持つ初期状態問題を同時に解決する。すなわち電流分布状態を表す状態行列を遺伝的アルゴリズムの遺伝子およびニューラルネットワークの初期状態とする。そして任意の電流分布を仮定しそれをニューラルネットワークの初期状態として与えてネットワークを作動させる。当然ネットワークは最終的にあるネットワーク状態に収束するが、この収束状態の表す電流分布が磁界測定点に作る磁界と実験測定値との誤差評価を行い、それをこのネットワーク状態(すなわち遺伝子)の評価値とする。この評価値をもとにネットワーク初期状態集団である遺伝子集団に対して遺伝的アルゴリズムの遺伝子操作を加え、新たな遺伝子集団を形成する。以上を繰り返すことによってニューラルネットワークの収束状態が表す電流が各測定点に作る磁界と実験測定データとの誤差が最小になるようなネットワーク初期状態を検索し、そしてその時のネットワーク収束状態が表す電流分布が求める磁界源電流分布となる。本手法の有効性を確認するために計算機を用いたシミュレーション計算を行い、磁界分布誤差評価上では遺伝的アルゴリズムのみに比べて一桁近い高精度のコンマ数%の精度で再構成が出来ることを確認した。

 これら新しく提案した磁界逆問題解析手法の実際の工学問題への応用としてトカマク型核融合実験装置の磁界計測からのプラズマ電流分布再構成問題を取り上げた。トカマク型核融合実験装置のプラズマ電流はトーラス状の円環電流となるため、円環電流の円の中心を主軸とする円筒座標を採ると、円環電流の幾何学的対称性により電流に沿った方向の磁界成分がキャンセルされる。従ってこの磁界計測からのプラズマ電流分布再構成問題は、トーラスの主軸を通るプラズマ断面についての二次元問題として扱うことが出来る。まず図1に示すようにプラズマ断面を微小領域に分割する。トカマクプラズマ電流はこれらの微小分割領域を流れる電流の和として表され、これによって生じる磁界をプラズマ外にある磁気プローブとフラックスループからなるプラズマ磁界計測系で測定する。いま、磁気プローブとフラックスループによって測定された磁界がで、さらに全プラズマ電流値がItの時、求めるプラズマ電流分布は次式で表される誤差評価関数fを最小にするものとなる。

 

 ただし、Iijは微小領域を流れるプラズマ電流である。

図1 トカマクプラズマの断面

 結局このプラズマ電流分布再構成問題は上式で表される誤差評価関数を最小にするように真空容器の断面上の各微小領域にある大きさの電流を最適配置するという電流最適配置化問題と見なすことが出来る。この最適化問題を上述の磁界逆問題解析手法を用いて解くのである。

 実際の放電実験データを用いて再構成計算を行った例と、それをもとに磁気面を計算した結果を図2の(a)と(b)にそれぞれ示す。トカマクプラズマでは磁気面と等電流面は一致するため、磁気面形状がわかればプラズマ電流プロファイルが決められる。さらに図3に従来プラズマ電流プロファイル計算に一般的に用いられている平衡フィッティング手法によって得られたプラズマ電流プロファイル計算結果を示す。これらの比較により、新しく提案した磁界逆問題解法によるプラズマ電流プロファイル計算の有効性が示された。

図2 プラズマ電流分布再構成結果と磁気面形状図3 平衡フィッティングによって求められたプラズマ電流プロファイル
審査要旨

 近年、コンピュータによる高速計算機能の進展に伴って、原理的にシンプルな論理の繰り返しを基礎にした、情報処理上の新しいアルゴリズムが多く開発されてきた。例えば第一原理による物質構造や、その機能についてのシミュレーション計算や、多くの推定論型アルゴリズムなどであり、理工学研究分野の新しい道具となっている。特に、計測分野では従来より、コンピュータトモグラフィとかアンフォールディングと言われる間接測定手法があり、常に逆演算を行って真値を求める工夫がなされてきた。本論文は、このような間接測定手法でしか求められない計測上の逆演算問題について、近年開発された新しい逆演算手法として、遺伝的アルゴリズムやニューラルネットワークを用いた解法を試みたものであり、その手法の具体的応用として、トカマク型核融合炉内プラズマ中の二次元電流分布を、表面磁界計測により推定する問題を対象として表わしたものである。本論文は、6章より構成されている。

 第1章は、緒言であり、本研究の背景と論文の構成を説明している。

 第2章は、磁界逆問題自身について、詳細に説明しており、従来の研究をレビューするとともに、その問題自身の分類、数学的意味について紹介しているほか、本問題はビオ・サバールの法則のみをベースにするだけでは、磁界逆問題の解が一意には求められない理由を説明し、それを基に従来の近似解法について解説している。

 第3章は、遺伝的アルゴリズムを磁界逆問題に応用する方法を示している。具体例として、典型的な電流分布プロファイルを仮定して磁界分布を計算し、この磁界分布から電流分布プロファイル自身を推定した例を紹介している。その結果、この遺伝的アルゴリズムに依る方法は、有効な磁界逆問題解法であるが、その結果には測定点の数や測定値に含まれるノイズ成分による影響が大きいとまとめている。

 第4章は、ニューラルネットワークによる逆演算を導入した効果についてまとめている。まず、ニューラルネットワークの紹介とホップフィールド型ニューラルネットワークの採用の優位性を示している。また、この手法は、逐次計算を進めるにあたり、初期値が不適切であると局所解に収束することが欠点であることを補足している。そこで、前章の遺伝的アルゴリズムで求めた値をニューラルネットワークの初期値をして、計算を進める「組み合わせ最適化手法」を提案するに到っている。そして、この新しい方法について、数値的例題により、その妥当性を検証している。その結果、大域的最適値探索能力を有する遺伝的アルゴリズムと、局所的最適解探索に優れているニューラルネットワークの組み合わせは、複雑な磁界逆問題に充分適用可能とまとめている。

 第5章は、前章でまとめられた、「組み合わせ最適化手法」を用いて、実際のトカマク型核融合実験装置JT-60Uのプラズマ電流分布測定を行った結果についてまとめたものである。まず実験装置とプラズマ平衡、磁気プローブの配置について説明し、測定データの取扱いを含め、これらの測定データより、トーラス円筒内二次元プラズマ電流プロファイルの再構成アルゴリズムを詳細に記述している。ここで求められたプラズマ電流分布については、従来のプラズマ平衡フィッティングの実験式と比較し、また、磁界測定データの再現度が1%以下であることなどの検討を行い、本手法により求めた結果の妥当性が確認されたとまとめている。

 第6章は、結論であり、磁界逆問題について新しい「組み合わせ最適型」の解法アルゴリズムを提案し、JT-60Uにおけるプラズマ電流プロファイル測定に応用して、その妥当性を実証したこと、また、本手法は、2次元分布問題であれば加速器やコイルの磁気装置設計のほか、放射線画像分野においても応用できるとまとめている。

 以上を要約すると、磁界逆問題に対し、遺伝的アルゴリズムとニューラルネットワークの組み合わせによる新しい計算アルゴリズムを提案し、JT-60Uに実際に応用しており、プラズマ診断法として確立している。本手法とその成果は、核融合工学のみならず、計測法の開発拡大を通じてシステム量子工学に寄与するところが少なくないと判断される。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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