学位論文要旨



No 213290
著者(漢字) 武田,哲明
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,テツアキ
標題(和) 高温ガス炉の1次冷却系主配管破断事故時の空気侵入挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 213290
報告番号 乙13290
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13290号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 班目,春樹
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 助教授 大橋,弘忠
 東京大学 助教授 越塚,誠一
 東京大学 助教授 岡本,孝司
内容要旨

 高温ガス炉は高い固有の安全性、高温の熱供給、燃料の高燃焼度などの優れた特徴を有する原子炉である。特に固有の安全性については、燃料に酸化ウラン等の核燃料を高密度熱分解炭素層、SiC層等で四重に被覆した被覆燃料粒子、減速材に黒鉛、冷却材には不活性気体であるヘリウムを用いることにより、優れた特徴を有する。出力密度が小さく大量の黒鉛により熱容量が大きいため、反応度の上昇や冷却能力の低下などの熱的過渡変化が生じても炉心の温度変化が緩慢であることから、強制冷却が喪失した場合にも、原子炉で発生する崩壊熱は原子炉容器の外側からの自然放熱によって除去することが可能であり、特別な非常冷却手段を講じなくても原子炉の温度が許容温度以上に上昇することはない。また、中性子寿命が長く、反応度の温度係数が負であり、大きな反応度が印加されても出力の急上昇がないことや炉心が高温になっても燃料被覆や炉心構造物の溶融がないこと等の特徴を有している。したがって、高温ガス炉は固有安全性を備えた原子炉設計を行うことが比較的容易な炉型であるといえるが、原子炉設計を行う際には想定事故事象の一つである1次冷却系主配管破断事故時の安全性を検討する必要がある。この事故は、炉心下部に位置する1次冷却系二重配管の内外管が同時に破断することにより炉心内へ空気が浸入し燃料要素等の黒鉛製炉心構造物が酸化するもので、燃料要素の酸化損耗によるFP放出の可能性や炉心構造物の酸化損耗によって炉心形状を損う可能性がある高温ガス炉に特有な事故である。そこで本研究では、この1次冷却系主配管破断事故時の空気浸入挙動について、実験と数値解析によりその挙動を解明し、高温ガス炉の安全性に関する考察を行った。

 HTTRのような高温ガス炉の炉内流路は高温プレナムや炉心等で構成される内側流路と、炉心と圧力容器との間の環状流路等で構成される外側流路が圧力容器内の上部(上鏡空間部)で接続され、全体的には逆U字型流路を形成している。そこで、主配管破断事故時の炉内流路構成が逆U字型流路となることに着目し、ヘリウムが充填された逆U字管流路の一方の鉛直部を加熱、他方を冷却した場合の管内への窒素浸入過程を実験と数値解析により調べ、基本的な現象の解明を試みた。その結果、ヘリウムを充填した逆U字管内への窒素浸入過程には、分子拡散と極めて流速の遅い混合気体の自然循環流が律則過程となる第1段階と流路全体を短時間内に一巡する窒素の自然循環流が律速過程となる第2段階が存在することがわかった。また、逆U字型流路内への窒素浸入挙動に見られる特徴的な現象を両流路の密度積分値により考察し、第1段階から第2段階へ移行する時間は第1段階の持続時間に比べて短時間であり、第2段階への移行現象が突然であることを示した。数値解析では、質量平均流速に代わりにモル平均流速を用いて解析を行い、窒素モル分率の時間変化、窒素の自然循環流が発生するまでの第1段階の持続時間を求め、定量的に実験結果と一致することを示した。一方、無次元数を用いた2成分混合気体系の数値解析を行い、密度変化が小さい場合について、成分気体モル分率の時間変化と第1段階の持続時間を求めた。

 次に、逆U字型流路の高温側が並列流路で構成される場合の流路内への窒素浸入過程を調べた。高温側流路が温度の異なる並列流路で構成される場合には、並列流路内の高温と低温流路の間で混合気体の自然循環流が局所的に発生するため、成分気体は並列流路内で十分混合され、並列流路間に自然循環流が発生しない場合に比べて、第1段階の持続時間が短くなることを示した。高温ガス炉の流路構成を簡単に模擬した装置内への窒素浸入過程においても、分子拡散と極めて流速の遅い自然循環流が律則過程である第1段階と装置全体にわたる空気の自然循環流が律速過程である第2段階が存在することを示した。また、温度の異なる並列流路間の自然循環流に加えて局所的に3次元的な自然対流が発生する場合にも、その箇所では成分気体濃度が均一化されるため、第1段階の持続時間が短くなることを示した。さらに、出入口管部のように1次元的な流路とみなせる流路の長さは、分子拡散や流速の遅い自然循環流による空気浸入過程に及ぼす影響が大きく、1次元的な流路長が短いほど第1段階の持続時間が短縮されることを示した。数値解析においては、実験装置内の成分気体の輸送量を1次元解析によって定量的に求めるため、3次元的な自然対流による気体の輸送効果を実効拡散係数により考慮した解析コードを開発し、混合気体密度や第1段階の持続時間について定量的に一致することを示した。

 2成分気体系の研究結果を基に化学反応を伴う多成分気体系に拡張し、逆U字型流路の一方の鉛直部に黒鉛を内蔵して加熱した場合の管内への空気浸入過程においても、第1段階と第2段階が存在することを示した。数値解析では、混合気体密度及び黒鉛酸化に伴い発生・消滅する成分気体濃度の時間変化と第1段階の持続時間について実験と解析結果を比較し、本解析の妥当性を示した。炉心流路と高温プレナムをそれぞれ7本の黒鉛管と黒鉛製の円筒容器で模擬した実験装置内への空気と窒素の浸入過程を調べ、空気浸入実験では高温プレナムや模擬炉心部の温度が500℃以上になると二酸化炭素の発生量が増加し、特に一酸化炭素に比べて二酸化炭素の発生量が多い500℃〜700℃の間では黒鉛酸化を伴わない窒素浸入実験に比べて、第1段階の持続時間が短くなることを示した。

 高温ガス炉への適用を目的として、実機の流路構成を模擬するために黒鉛製構造物を内蔵し、黒鉛温度を1100℃まで昇温することができる試験装置内への空気浸入挙動を調べた。模擬配管破断後も試験装置の炉心流路管温度を一定値に保持した場合の実験結果から、これまでの逆U字管流路の場合と同様に、配管破断後の初期段階における空気浸入流量を決定する律則過程は、分子拡散と高温の内側流路から低温の外側流路に向かって流れる極めて流速の遅い混合気体の自然循環流であり、この第1段階中に試験体内へ浸入する空気量は非常に少ないことを明らかにした。本実験において黒鉛流路管の温度を1046℃に保持した場合の第1段階の持続時間が120時間であったことから、この持続時間は試験装置の寸法、温度分布等によって異なるけれども、全体として逆U字型の流路形状を持つ実機の場合にも第1段階が長時間にわたって持続し、たとえ事故が発生しても第2段階に移行するまでの間に、事故後の安全対策を施すための時間的余裕があることを示した。また、本実験では試験装置内において一酸化炭素の爆鳴気は形成されなかった。さらに、これまでの数値解析を基に開発した解析コードによって、本試験における混合気体密度の時間変化及び第1段階の持続時間等について定量的に求めることができ、実機の主配管破断事故時の空気浸入挙動に関する現象の予測が可能となった。

 実機における配管破断事故後の炉心温度は時間の経過とともに低下するため、炉心部の温度が時間的に一定である実験だけから、空気浸入挙動を予測するのは十分であるとはいえない。そこで、配管破断後、模擬炉心部を一定速度で降温した場合の空気浸入特性を調べた。その結果、本試験装置では降温速度が2℃/h以下の場合は、第1段階から空気の自然循環流が発生して第2段階に移行した後、黒鉛酸化反応により黒鉛流路管の温度が上昇し続けた。一方、降温速度が2℃/h〜4℃/hの場合は第1段階の持続時間に大きな違いは見られなかったが、第2段階へ移行後、黒鉛流路管の温度は上昇せず、逆に自然循環流によって模擬炉心部は冷却された。さらに降温速度が大きい場合には、試験体各部の温度が室温に低下するまで第1段階が持続し、第2段階に至らず空気の自然循環流は発生しなかった。これより、配管破断後の降温速度や第1段階の持続時間は、試験体の流路形状や温度分布等の条件によって異なるため、直接実機に適用することはできないが、黒鉛酸化を抑制しながら自然循環流により炉心を冷却できる場合及び事故を第2段階まで進展させることなく第1段階で収束させ、空気浸入量を少なくすることができる炉心の冷却速度が存在することがわかった。

 固有安全特性に関する実験では、模擬配管破断後直ちに空気の自然循環流が発生した場合、あるいは第1段階を経て第2段階に移行して自然循環流が発生した場合にも、低温側流路に相当する圧力容器の下部または側部から微量のヘリウムを連続的に注入するか、一定量のヘリウムを供給することによって、高温側から低温側に向かう流れと逆向きに浮力を発生させ、温度差による密度差に伴い発生する自然循環流を制御できることを示した。したがって、ヘリウムの供給方法を確立することによって、たとえ事故直後に空気の自然循環流が発生しても、これを停止させて空気浸入による黒鉛構造物の酸化を抑制することができることがわかった。

 本研究から、HTTRに代表される高温ガス炉においては、1次冷却系主配管破断事故時に、原子炉圧力容器内外では全体的に安定成層が形成され、直ちに多量の空気が浸入する可能性は極めて低いことが明らかとなり、事故時の空気浸入挙動を十分考慮し、その挙動特性を安全性向上のための技術開発に役立てることにより、本研究結果は将来の高温ガス炉開発における安全性の一層の向上に寄与するものと考えられる。

審査要旨

 高温ガス炉の想定事故の1つに1次冷却系主配管破断事故がある。1次冷却系主配管は二重管となっており、冷却材は内外管すきまの環状流路を通って原子炉圧力容器に入り内管内部を通って流出するが、この想定事故では内外管が同時に破断することを考える。破断直後は冷却材である高圧ヘリウムガスが容器から流出していくが、容器内外が均圧化した後は外部から空気が侵入し、燃料要素等の黒鉛製炉心構造物を酸化させ、FP放出を招いたりや炉心形状維持に問題を生じたりすることが考えられる。本論文はこの空気侵入について実験と数値解析によってその挙動を解明したものであり、さらにその結果を用いて高温ガス炉の安全性を考察したものである。

 第1章は序論であり、日本原子力研究所が建設を進めている高温ガス炉の構成や1次冷却系主配管破断事故について説明するとともに本論文で扱う現象に関連するこれまでの研究の現状についてまとめている。

 第2章では空気を窒素に、容器内流路形状を逆U字管に置き換え、最も基本的と考えられる体系での挙動について述べている。ヘリウムが充填された逆U字管の一方を加熱、他方を冷却したときの下部管外からの窒素侵入過程について実験と数値解析を実施した結果、窒素侵入過程は分子拡散と極めて遅い自然循環が律速する第1段階と、窒素が流路を自然循環で短時間に一巡する第2段階に分けられること、第1段階の継続時間が重要であることを明かとしている。他に、高温側が並列流路である場合に並列流路間で発生する局所的自然循環の影響も調べている。また、無次元数を用いた解析により2成分混合気体密度の近似法を検討し、温度と濃度変化が小さい場合の第2段階への移行時間を計算している。さらに、原子炉の流路構成を簡単に模擬した実験装置内への空気侵入実験を行い、局所的に発生する自然循環流や3次元的自然対流が空気侵入挙動に及ぼす影響を調べるとともに、3次元的自然対流の影響を含む空気侵入過程を1次元流路網解析で求める方法を確立している。

 第3章では、黒鉛酸化反応による気体の発生・消滅が空気侵入過程に及ぼす影響と、多成分気体系における各成分気体の挙動に関する実験結果の検討結果をまとめている。黒鉛酸化反応と一酸化炭素の燃焼反応を考慮した多成分気体系の分子拡散と自然循環流に関する数値解析を行い、発生・消滅する気体の挙動を含む長時間にわたる非定常現象を明らかにしている。

 第4章では、黒鉛製構造物を内蔵した実機により近い流路構成を持ち、黒鉛温度を1100℃まで昇温することができる試験装置(配管破断模擬試験装置)を用いた空気侵入の実験結果を説明している。同時に、前章までで開発された数値解析手法を基に実機を対象とした主配管破断事故時の空気侵入挙動数値解析コードを開発し、考察を行っている。さらに、固有安全性向上を目的とした空気侵入防止技術も提案している。

 第5章は結論で、本研究の成果をまとめている。

 以上のように、本論文は建設が進められている高温ガス炉の安全審査上必要な想定事故時の挙動について現象を定式化するとともに、必要な影響因子について調べ実機への適用を可能としたもので、工学の進展に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51039