学位論文要旨



No 213291
著者(漢字) 小飼,敏明
著者(英字)
著者(カナ) コガイ,トシアキ
標題(和) 照射試験による水炉燃料のFPガス挙動に関する研究
標題(洋)
報告番号 213291
報告番号 乙13291
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13291号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山脇,道夫
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 関村,直人
 東京大学 助教授 山口,憲司
 東京大学 助教授 寺井,隆幸
内容要旨

 二酸化ウランペレットとジルコニウム合金被覆管からなる軽水炉燃料は、30年に及ぶ実炉における利用を通じて高い信頼性を獲得してきた。これには、工業製品として優れた品質管理が行なわれたことに加え、炉内で発生した燃料損傷に対して適切な対策が取られたことが寄与している。今や、国産燃料の損傷率は10-5以下まで改善され、この信頼性の向上に伴い、経済性の向上を目指した燃料の高燃焼度化が次の開発ターゲットとなった。

 より長期間に渡って使用された場合の燃料の挙動の中で、FPガスの挙動は燃料の熱的かつ機械的ふるまいに影響する最も重要な検討項目の一つである。ペレットから放出されるキセノンやクリプトンなどの希ガス、いわゆる、FPガスは、熱伝導度が小さいために燃料温度の上昇とそれに伴う蓄積エネルギーの増加という不利をもたらす。また、ガス放出による燃料棒内圧の過度の増加は被覆管をクリープ変形させ、これが、ギャップの拡大による燃料温度の上昇とFPガス放出の加速をもたらす可能性がある。一方、ガス放出の過程で燃料ペレット内に希ガス原子が気泡として析出してペレットを膨らませる、いわゆる、気泡スエリングが生じる。これによってペレットと被覆管の機械的相互作用(PCMI)が助長され、被覆管に顕著な変形の生じることがある。比較的低燃焼度においてはペレットと被覆管の間のギャップが保持されているため特に問題はないが、高燃焼度になりFPの蓄積量が増え、かつ、ペレットと被覆管のギャップが狭まってきた時には気泡スエリングによるPCMIは顕著となる。さらに、気泡の析出は気孔率の増加としてペレットの熱伝導度を低下させる。本研究の目的は燃料挙動に対してこのように重要な影響を及ぼすFPガスの挙動を照射試験データおよび照射後試験データを通じて究明することにある。以下に研究の成果をまとめる。

 【1】燃料温度の低減を目指した改良BWR燃料の照射特性評価試験から、ヘリウム加圧、ペレット中空化およびギャップ幅狭小化が燃料温度の低減に有効なことが実証された。但し、ギャップ幅狭小化についてはPCMIを助長する可能性も示された。

 【2】FPガス放出挙動は燃料ペレット内部のFPガス原子の拡散に律速されると考えられるが、特定の条件下ではガス放出挙動が全く拡散則に従わないことが見い出された。この現象は、初期ギャップ幅の小さい燃料、ペレット端面がフラットな燃料、および高出力に出力保持された燃料に見られた。

図1 ランプ試験出力履歴とFPガス放出率の変化図2 ランプ試験前後の被覆管外径プロファイル

 図1は、燃焼度30GWd/tUまでベース照射された後、ランプ試験に供された2本の燃料棒のFPガス放出挙動を示している。図に見られるようにFPガスの放出は出力の下降とともに生じ、ガス放出が予想される高出力(高温度)において殆どガス放出が見られない。一方、図2はランプ試験前後のそれぞれの燃料棒の被覆管外径プロファイルを示している。今、図1中の点線はガス放出が拡散則に従うと考えた場合の曲線であり、拡散則からのズレの大きい燃料ほど被覆管の変形量が大きい。図3は拡散則からのズレの大きさを表わす’放出抑制指標(RSI)’を横軸に、被覆管の変形量を縦軸に種々の燃料棒の結果をプロットしたものである。ガス放出が抑制されるほど、被覆管には大きい変形が残ることが明らかである。

図3 被覆管変形量と放出抑制指標RSIの相関

 【3】上の結果を踏まえ、高燃焼度におけるFPガス原子の挙動をペレット内部に析出するFP気泡のふるまいを中心にモデル化した。モデルでは結晶粒を、粒内、粒界面および粒界気泡の3つの部分に分け、生成したガス原子の量的バランスを考えた。粒界気泡は成長とともにその数を減らすと考え、連結後の数密度の変化を気泡径の関数として表わした。この取り扱いは、気泡スエリングの飽和傾向の表現を可能にする。また、粒界面に働く実効的な引張応力を考慮することにより出力下降時のガス放出を表現した。モデルは燃料温度が既知の照射試験データにより検証された。図4は燃焼の進行に伴うガス放出開始温度の低下とガス放出率の増加が本モデルにより合理的に模擬されることを示している。

図4 照射済みUO2燃料の加熱試験時のFPガス放出挙動の模擬

 【4】FPガス挙動のより精密な評価に必要な高燃焼度における燃料温度を、照射済み燃料棒の再加工技術を用いて測定した。結果は、燃焼が進むにつれ同出力でも燃料温度は増加すること、この増加の程度は低燃焼度側で大きく燃焼とともに飽和傾向を有することを示した。燃焼に伴う燃料温度上昇の原因のうち、固溶性FPの蓄積と気孔率増加の効果が重要なことが示された。前者については模擬FPを固溶させたペレットの熱拡散率データに基づく燃焼度依存のペレット熱伝導度モデルが新しく提唱されている。ギャップコンダクタンスを独立に評価したうえで、このモデルの高燃焼度への適用性を評価した結果、上で測定された燃料温度データを概ね再現できることが示された。上記ペレット熱伝導度モデルを開発中の機構論的燃料挙動解析コードTRUSTに組み込み低燃焼度から高燃焼度までの燃料温度を解析した結果、FPガス放出の影響のない燃焼ごく初期の状態から、ガス放出が顕著となる高燃焼度までの燃料温度が適切に表現できた。

 【5】UO2および(U,Gd)O2燃料ペレットの粒成長速度式を求めるために、等温加熱試験を実施した。出発粉末の製法が機械混合法や共沈法というように異なっても、また、ガドリニア濃度が異なっても(U,Gd)O2ペレットの粒成長データのばらつきは小さく、その粒成長速度はUO2ペレットに比べ約1桁小さいことが分かった。等温加熱試験による速度式に基づいて計算した炉内の粒成長量は、照射後試験の実測値を過大評価した。これは照射試験においては粒界に析出した気泡が粒成長を抑制したためと考えられた。

審査要旨

 国産軽水炉燃料の供用中損傷率は10-5以下まで改善されてきたため、当面の軽水炉燃料技術開発の目標は、信頼性の向上から、経済性の向上を目指した燃料の高燃焼度化へと移ってきた。高燃焼度化燃料の挙動の中で、キノセンやクリプトンなどのFPガスの挙動は、燃料の熱的及び機械的特性に大きく影響する最重要因子の1つと考えられる。FPガス挙動として重要な項目は、FP気泡生成とFPガス放出によるペレットの熱伝導率低下、ギャップ幅狭小化、ペレット-クラッド機械的相互作用(PCMI)等である。本論文は、燃料挙動に対してこのように重要な影響を及ぼすFPガスの挙動を照射試験データおよび照射後試験データに基づいて解明したものであり、さらにその結果を用いて燃料挙動解析コードの改良に成果を挙げたものである。

 第1章は序論であり、軽水炉燃料の高燃焼度化へ向けた開発の現状を述べたあと、照射中の軽水炉燃料に発生する諸現象についてまとめている。

 第2章では、燃料温度の低減を目指した改良BWR燃料の照射特性試験により、ヘリウム加圧、ペレット中空化およびギャップ幅狭小化が燃料温度低減に有効なことが実証されたとしている。

 第3章では、PCMI拘束の有無によるFPガス放出挙動の違いを明らかにした。すなわち、PCMI拘束が弱い場合FPガスは拡散則に従って放出されるが、PCMI拘束が強い場合は、拡散則からずれることを示している。その結果、ペレット端面形状の相違に基づくガス放出挙動の違いを、ペレット静水圧から統一的に説明することができた。

 第4章では、被覆管直径プロファイルデータに基づき、気泡スエリングを起こしたペレットと被覆管の相互作用を解析した。結晶粒界に達しながらペレット外部に放出されないでいるガス量を表わす「ガス放出抑制指標」と被覆管変形量との間に正の相関が見出されたことに基づき、ペレット-被覆管相互作用への気泡スエリングの寄与を明らかにした。各種影響因子についての検討、金相観察等によってもこの関係はさらに根拠づけられたとしている。第5章では、ペレット内部に析出するFPガス気泡のふるまいを中心にガス放出挙動のモデル化を試みており、粒界気泡の動的挙動を考慮に入れたことにより出力降下時に放出されるガス放出を巧みに表現することに成功している。

 第6章では、照射ずみ燃料棒に熱電対を装着した燃料棒を用いて、照射中の燃料温度を測定することにより、燃焼の進行とともに、同一出力でも燃料温度は上昇していくことを明らかにした。その原因としては、固溶性FPの蓄積と気孔率増加が重要であることが示され、新たに燃焼度依存性を持つペレット熱伝導モデルを提唱した。このモデルを機構論的燃料挙動解析コードに組込んで燃料温度を解析した結果、広い燃焼度範囲にわたって燃料温度の変化を精度よく表現できることを示した。

 第7章では、UO2および(U,Gd)O2燃料ペレットの粒成長速度式を等温加熱試験により評価した結果、製法の違いによらず、(U,Gd)O2の粒成長速度はUO2に比べ約1桁小さいことを明らかにした。また炉内条件下では粒界に析出する気泡のために粒成長が阻害されることも明らかにしている。

 第8章は結論であり、本研究の成果をまとめている。

 以上のように、本論文はFPガス放出率への被覆管拘束力の影響を明らかにするとともに、気泡スエリングによる高燃焼度燃料の被覆管変形の可能性を示し、さらに燃焼度依存のペレット熱伝導モデルの適用性を立証するなどの成果を挙げた。これらの成果により、軽水炉用高燃焼度燃料の開発に著しい貢献を行ったもので、工学の進歩に寄与するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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