学位論文要旨



No 213292
著者(漢字) 近藤,達敏
著者(英字)
著者(カナ) コンドウ,タツトシ
標題(和) トンネル工事のリスク評価に影響を与える地質調査の不確実性
標題(洋)
報告番号 213292
報告番号 乙13292
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13292号
研究科 工学系研究科
専攻 地球システム工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小島,圭二
 東京大学 教授 正路,徹也
 東京大学 助教授 登坂,博行
 東京大学 助教授 福井,勝則
 神戸大学 教授 桜井,春輔
 鹿児島大学 教授 岩松,暉
内容要旨

 トンネル工事において発生する出水や崩壊などの事故や設計変更の原因は、トンネルの設計や施工計画に資する目的で実施している地質調査における地質の予想が実際と大きく食い違うかあるいは岩盤分類の異なった区分に判別されていた、などの予想と実際との相違に多くの原因を求めることが出来る。

 本研究は、トンネル工事の企画から設計、意志決定の過程における工事リスクの評価に影響を与えている地質調査の不確実性がどのようにして生じるか、その原因を明らかにし、トンネルにおける地質調査の主眼はリスク要因調査と地盤物性調査にあることを示すとともに、地質調査の不確実性の改善のための新しい地質調査過程を提案することにある。

 従来、我が国における土木地質学の発達は、地球物理学的探査や地盤工学的試験や測定技術などの方面で大きく促され、それらの要素技術の進歩にはめざましいものがある一方で、純粋の地質学的調査手法における研究には見るべき物が無く、地質調査の不確実性を解決するための研究や考察が必要とされている。

 上越新幹線中山トンネル、小山内裏トンネル、北神トンネル布引工区などについてケーススタディーを行った。中山トンネルの工事中に地質の予想が実際と全く異なったことによる出水と崩壊事故が発生した。さらに、地質に関しては詳細な点まで予想通りであったものの、割れ目と被圧地下水による崩壊の可能性に関する岩盤工学的考察やトンネル工学としての判断に問題があったことによる出水事故も発生した。小山内裏トンネルおよび北神トンネル布引工区に関しては、地質の予測については全く問題が無かったが、設計段階の調査では地層の力学物性値特に強度や変形特性の詳細を把握することが問題となり、観測施工が有効であった。つまり、地質調査の問題というよりは、地盤物性と挙動の予測の問題であった。トンネルにおける地質調査に関しては、工事リスクの有無を予測する目的でのリスク要因調査と設計や施工計画における経済性と合理性を過不足無く追求することを目的とする地盤物性調査の2面から考察する必要があることを明らかにするとともに、フィージビリティ段階から施工完了に至る間での設計と施工計画の検討の流れを中山トンネル、小山内裏トンネル、北神トンネル布引工区の事例で分析した。

 トンネル工事で発生する大事故の内、地質の予想が実際と相違するのは、地質調査において、地質図(地質平面図、地質断面図)という地質の3次元表現に対して必要十分な地質情報を得ることができないことに起因する地質調査の不確実性によるものであり、その原因は、地層、岩石の境界面に関する調査(地質図としての3次元表現)における不確実性によることが多く、それらは、以下の事柄に起因することが判明した。

 --地質調査は露頭の数、質に依存する帰納的方法が中心で、地質の複雑さに反して露頭の数や地質イベントを見ることが出来ない場合が多い。

 --従って、露頭や限られたボーリング等で得られる地質データからは、唯一解ではなく複数の解が併存して得られるにも拘わらず、主観的な推定や思いこみによって実際と相違することが多い。客観的で論理的な推論過程を経ないで、直感に頼る場合がある。

 工事リスクの発生に関しては、既往の事例から見て、事前の予想が困難で被害の程度が大きく、工事費への影響のおおきいものは、滞水未固結層の場合が多い。地質調査は、限られた時間と費用の中で実施されるため、地質調査の不確実性を避けることは不可能ともいえる。そのため、地質調査結果を施工に対する安全側と危険側の両側面からの可能性を検討して工事費や対策工の比較を行う必要がある。

 合理的で経済的なトンネルの計画、施工を進めるためには、地質調査の不確実性を改善して実際とよく的中する地質調査の一つの方法として、帰納的最適化地質調査法を本論で提案した。その第1は、地質構造最小単元を明確にしてその単元の境界面を3次元的に追跡することにある。そのためには、土木構造物の種類、大きさ形状、荷重条件等に対する寸法効果などから必要な地質構造最小単元の大きさを検討する。また、地層、岩石の追跡を行うために小規模露頭、ボーリングコアなどにおける変形構造の判読結果と地質構造のフラクタル性の仮定のもとに調査の対象領域全体にわたっての断層による地層岩石のずれを推定するなど、あるいは、メランジェにおいては泥質岩中に見られる砂岩クラストの量比などが地層対比の手がかりとして有効であった。第2には、地質図の組立を進めるに当たり、毎日あるいは間欠的に得られる地質データをルートマップに記入しながら、それら全てのデータに妥当性のある地質図の解を逐一検討し、それらの全てを継続して検討しながら、唯一解への絞り込みを行う。調査の時間と費用の上で定められた所定の工期に対して、唯一解が得られず、複数の地質図がある場合には、それらの個別に対して客観的で論理的な説明を付して報告すべきである。また、唯一解に絞り込むために必要な今後の調査計画もその理由とともに併記すべきである。

 地質調査の過程は時間的にもまた、地質解の種類の上でも離散的といえる。このような新しい調査の過程の考え方を離散的反復最適化と呼び、中山トンネルにおける実例をあげて示した。

 以上により、トンネル工事における地質調査の主眼点をリスク要因調査および地盤物性調査の2面から認識する事の重要性を実際例で示した。また、トンネル工事の意志決定に当たって必要となる工事費や工期、施工の難易などの検討に用いる判断材料が地質調査の不確実性に大きく依存することから、地質調査の不確実性に基づく地質予想の変動幅を明確にする必要があることを示した。このことから、地質調査の不確実性の改善を目的とした新しい地質調査過程として、筆者の提案する帰納的最適化地質調査法を具体的な事例を用いて示した。

審査要旨

 トンネル工事において発生する工事リスクの原因はトンネルの設計や施工計画に資する目的で実施している地質調査における地質の予想と実際の相違によることが多い。

 本研究は、トンネルにおける地質調査の主眼はリスク要因と地盤物性の調査にあることを工事事例を基に分析し、工事リスクの評価に大きい影響を与える地質的リスク要因の不確実性つまり地質調査の不確実性を低減するための新しい手法を提案することにある。従来、我が国における土木地質学の発達は、地球物理学的探査や地盤工学的試験や測定技術などの方面で大きく促されてきたが、純粋の地質学的調査手法における研究には見るべきものがなく、地質調査における不確実性を低減するための研究や開発が必要とされている。本論文では地質調査結果の不確実性が工事の安全性と経済性に最も大きく影響するトンネル工事に対する地質調査に焦点をあてて、課題解決を図っている。

 本論文の第1章では、我が国のトンネル工事における土木地質調査の歴史的発達を既往文献により概観し、問題の所在と解決へのアプローチについて述べている。第2章では、トンネル工事における地質調査の主たる目的が地質的リスク要因を明らかにすることと地盤物性の調査にあることを述べ、地質的リスク要因の抽出判断が地質調査の不確実性の質や程度に依存していることを明らかにしている。第3章では、トンネル工事における出水崩壊事故の事例と周辺の既設構造物への影響を考慮したトンネル工事の事例を記述している。第4章では、第3章で記述した事例を地質調査におけるリスク要因調査と地盤物性調査の側面から分析している。第5章では、地質調査における不確実性の原因を分析して不確実性を回避あるいは低減する手法の提案を行い、第6章の結論と今後の問題点に導いている。以下に、本論文に記載された重要な結論を審査する。

 1.事例研究における分析では、トンネルのフィージビリティ段階ならびに予備設計の段階で行う地質のリスク要因調査が最も重要であり、引き続く実施設計段階から施工段階における具体的な設計数量、工費、施工法などの検討を目的とした地盤物性調査に注目すべきであることを主張し、リスク要因調査における地質調査結果の不確実性を低減することの意味と問題点を明確にしている。中山トンネルの事例は前者の、小山内裏トンネル、北神トンネル布引工区は後者の考え方に対する妥当性を検証している。

 2.地質の想定が実際と相違するのは、地質の3次元表現である地質図の作成に対して必要十分な地質情報を得ることが出来ないことに起因するが、その基本は以下の事柄に要約されると、分析している。

 (1)地質調査は異なった地質単元を隔てる境界面(地層面、断層面、貫入面など)の分布を3次元的に描いて地質図を作成することが主題であり、帰納的推定の手法が用いられる。いかなる調査手段を尽くしても調査地内における全ての地質事象を明らかにすることは論理的に不可能である。さらに地質調査は他の力学的、機械的あるいは化学的反応系などにみられる演繹的な論理構成とは全く異なり本質的に帰納的推定に頼らざるを得ない。

 (2)限られた地質事象のデータを考慮すると、地質図としての地質の解の案の数は複数で存在し得るにも拘らず、地質家の感性、直感などに依存する非論理的推定や思考のジャンプのため、踏査の始めから単一の地質の解の案に固執して地質図が作成されることが多い。

 3.以上の課題の解決方法として、地質構造最小単元と離散的反復最適化の二つの要素からなる帰納的最適化地質調査法という地質調査過程における地質情報の処理法に関する新しい手法の提案を行っている。即ち、地質境界面で囲まれ、その内部が均一であるような最小の広がりを有する地質体を地質構造最小単元と呼び、土木構造物の大きさや荷重などによる寸法効果も考慮した単元を現場で認識することによって、その相隣接する異なった地質単元との間の境界面の追跡を行う。そして、その地層層序や地質構造などの複数の解の案を等しく比較しながら、得られる地質事象のデータに矛盾しない案の抽出を行う過程が離散的反復最適化である。

 4.土木における地質調査は時間と費用の制約の中において、調査結果の地質図には複数の案が存在し得ることを主張すべきであり、地質の予想の変動の幅とその不確実さの度合いならびに必要となる調査方法などを客観的に述べるべきである。このことから、工事の設計、施工の検討過程での工事リスクの評価を客観的かつ定量的に実施することが可能となり、工事への意思決定に関して、地質家の責任が明確となる。また、土木技術者も地質家の地質図作成過程での検討内容を理解できることとなる。

 以上、本論文はトンネルの3事例を用いて地質調査と工事リスクの内容との関係を分析し、リスク要因調査と地盤物性調査の重要性を明らかにするとともに、地質調査における不確実性の生じる原因の分析を通じて、不確実性の低減を目的とした新しい手法として帰納的最適化地質調査法の提案を行っている。この考え方は、トンネルのコンサルタント経験から筆者が始めて独自に得たものであり、今後の土木地質学における課題と方向を示すばかりでなく、経済的で安全なトンネル技術の発展に資するところが多いと考える。

 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。

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