トンネル工事において発生する工事リスクの原因はトンネルの設計や施工計画に資する目的で実施している地質調査における地質の予想と実際の相違によることが多い。 本研究は、トンネルにおける地質調査の主眼はリスク要因と地盤物性の調査にあることを工事事例を基に分析し、工事リスクの評価に大きい影響を与える地質的リスク要因の不確実性つまり地質調査の不確実性を低減するための新しい手法を提案することにある。従来、我が国における土木地質学の発達は、地球物理学的探査や地盤工学的試験や測定技術などの方面で大きく促されてきたが、純粋の地質学的調査手法における研究には見るべきものがなく、地質調査における不確実性を低減するための研究や開発が必要とされている。本論文では地質調査結果の不確実性が工事の安全性と経済性に最も大きく影響するトンネル工事に対する地質調査に焦点をあてて、課題解決を図っている。 本論文の第1章では、我が国のトンネル工事における土木地質調査の歴史的発達を既往文献により概観し、問題の所在と解決へのアプローチについて述べている。第2章では、トンネル工事における地質調査の主たる目的が地質的リスク要因を明らかにすることと地盤物性の調査にあることを述べ、地質的リスク要因の抽出判断が地質調査の不確実性の質や程度に依存していることを明らかにしている。第3章では、トンネル工事における出水崩壊事故の事例と周辺の既設構造物への影響を考慮したトンネル工事の事例を記述している。第4章では、第3章で記述した事例を地質調査におけるリスク要因調査と地盤物性調査の側面から分析している。第5章では、地質調査における不確実性の原因を分析して不確実性を回避あるいは低減する手法の提案を行い、第6章の結論と今後の問題点に導いている。以下に、本論文に記載された重要な結論を審査する。 1.事例研究における分析では、トンネルのフィージビリティ段階ならびに予備設計の段階で行う地質のリスク要因調査が最も重要であり、引き続く実施設計段階から施工段階における具体的な設計数量、工費、施工法などの検討を目的とした地盤物性調査に注目すべきであることを主張し、リスク要因調査における地質調査結果の不確実性を低減することの意味と問題点を明確にしている。中山トンネルの事例は前者の、小山内裏トンネル、北神トンネル布引工区は後者の考え方に対する妥当性を検証している。 2.地質の想定が実際と相違するのは、地質の3次元表現である地質図の作成に対して必要十分な地質情報を得ることが出来ないことに起因するが、その基本は以下の事柄に要約されると、分析している。 (1)地質調査は異なった地質単元を隔てる境界面(地層面、断層面、貫入面など)の分布を3次元的に描いて地質図を作成することが主題であり、帰納的推定の手法が用いられる。いかなる調査手段を尽くしても調査地内における全ての地質事象を明らかにすることは論理的に不可能である。さらに地質調査は他の力学的、機械的あるいは化学的反応系などにみられる演繹的な論理構成とは全く異なり本質的に帰納的推定に頼らざるを得ない。 (2)限られた地質事象のデータを考慮すると、地質図としての地質の解の案の数は複数で存在し得るにも拘らず、地質家の感性、直感などに依存する非論理的推定や思考のジャンプのため、踏査の始めから単一の地質の解の案に固執して地質図が作成されることが多い。 3.以上の課題の解決方法として、地質構造最小単元と離散的反復最適化の二つの要素からなる帰納的最適化地質調査法という地質調査過程における地質情報の処理法に関する新しい手法の提案を行っている。即ち、地質境界面で囲まれ、その内部が均一であるような最小の広がりを有する地質体を地質構造最小単元と呼び、土木構造物の大きさや荷重などによる寸法効果も考慮した単元を現場で認識することによって、その相隣接する異なった地質単元との間の境界面の追跡を行う。そして、その地層層序や地質構造などの複数の解の案を等しく比較しながら、得られる地質事象のデータに矛盾しない案の抽出を行う過程が離散的反復最適化である。 4.土木における地質調査は時間と費用の制約の中において、調査結果の地質図には複数の案が存在し得ることを主張すべきであり、地質の予想の変動の幅とその不確実さの度合いならびに必要となる調査方法などを客観的に述べるべきである。このことから、工事の設計、施工の検討過程での工事リスクの評価を客観的かつ定量的に実施することが可能となり、工事への意思決定に関して、地質家の責任が明確となる。また、土木技術者も地質家の地質図作成過程での検討内容を理解できることとなる。 以上、本論文はトンネルの3事例を用いて地質調査と工事リスクの内容との関係を分析し、リスク要因調査と地盤物性調査の重要性を明らかにするとともに、地質調査における不確実性の生じる原因の分析を通じて、不確実性の低減を目的とした新しい手法として帰納的最適化地質調査法の提案を行っている。この考え方は、トンネルのコンサルタント経験から筆者が始めて独自に得たものであり、今後の土木地質学における課題と方向を示すばかりでなく、経済的で安全なトンネル技術の発展に資するところが多いと考える。 よって、本論文は博士(工学)の学位論文として合格と認められる。 |