学位論文要旨



No 213293
著者(漢字) 柳川,政洋
著者(英字)
著者(カナ) ヤナガワ,マサヒロ
標題(和) 自動車ボディパネル用アルミニウム合金の開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 213293
報告番号 乙13293
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13293号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 伊藤,邦夫
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 菅野,幹宏
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨

 近年、燃費向上、排ガス低減による環境保護および走行性能向上を目的とした自動車の軽量化のために、ボディパネルへのアルミニウム合金の適用が推進されている。そのための要求特性は、プレス成形性が高いことや塗装焼付硬化性が優れることなどである。

 本研究は、自動車ボディパネル用アルミニウム合金の開発指針を明かにすることを目的として行われたものである。

(1)Al-Mg合金の延性支配因子

 成形性向上のためには、材料の延性を向上させることが有効である。Al-Mg合金の延性に及ぼすMg濃度、結晶粒径、温度条件の影響について系統的に調べ、さらに変形転位組織を透過型電顕で観察した。その結果、高Mg濃度化あるいは温度条件の低温化により転位の交差すべりが困難となり(図1)、強度と延性が同時に向上することを明かにした。また結晶粒径が大きいほど延性が向上することを明かにした。

図1(a)Al-6%Mg及び(b)Al-9%Mg合金を室温で引張変形したときのTBM組織
(2)Al-Mg合金の塑性異方性挙動

 成形性向上のためには、成形要素ごとに材料の塑性異方性を制御する必要がある。集合組織や結晶粒径、Mg濃度を変化させたAl-Mg合金の降伏曲面、引張性質、成形特性(深絞り、張出し)を調査し、成形要素ごとの最適組織形態と成形性指標を明かにした。集合組織としてS方位が強いほど深絞り性が向上することや、集合組織が弱いほど張出し性が向上することを明かにした(図2、図3)。結晶粒径が小さいほど張出し性が向上するが、深絞り性には粒径依存性が少ないことを明かにした。またMg濃度が高いほど(工具との摩擦抵抗力が大きい場合には)破断強度が高くなり深絞り性が向上するが、一方でひずみ速度感受性が低下して張出し性が劣化することを明かにした。

図2Al-5%Mg合金の集合組織変化にともなう降伏曲面の変化図3Al-5%Mg合金、Al-3%Mg合金のL.D.R..バルジ割れ限界ひずみ,n値,r値に及ぼす集合組織の影響
(3)Al-Mg合金の降伏挙動

 プレス成形時のストレッチャストレイン(SS)マークの発生防止を目的として、降伏応力と結晶粒径、Mg濃度及び焼入温度の関係を調査し(図4)、530℃以上の高温から急速に室温まで冷却することでコットレル雰囲気が弱くなり、SSマークの発生を防止できることを明かにした。

図4Al-Mg合金における平均結晶粒径と降伏応力の関係,TQは焼入温度
(4)Al-Mg合金の低温延性に及ぼす結晶粒径とMg濃度の影響

 Al-Mg合金が低温において優れた強度-延性バランスを示すことから、低温成形が注目されている。そこで低温成形に適した合金の開発を目的として、低温延性に及ぼす結晶粒径とMg濃度の影響について調査した。低温では粒界破壊が発生しやすいことから、低Mg化と結晶粒微細化が有効であることを見いだした。

(5)Al-6.7%Mg合金の結晶粒成長挙動

 成形性を支配する重要な組織因子である結晶粒径の制御方法について検討した。粒成長初期は二乗則に従って成長するが、後期には二乗則からのずれが生じ(図5)、その原因がMgの粒界偏析に起因することを明かにした。

図5Al-6.7%Mg合金の熱処理保持時間と平均結晶粒半径の関係

 以上の研究により、高成形性Al-Mg合金の開発指針を明かにすることができた。

 ところで、Al-Mg系合金は成形性が優れ、自動車ボディパネルに適したものであるが、リサイクル性や塗装焼付硬化性の低温短時間化というニーズに応えるために、Al-Mg-Si系合金が注目されるようになった。

(6)Al-Mg-Si系合金の塗装焼付硬化性(BH性)の最適化

 BH性に及ぼすMg,Si濃度、各種添加元素、予備時効温度の影響について系統的に調べ、ベース合金として、Al-0.8%Mg2Si-0.5%Siが適していること、添加元素としてMnやCrがBH性を向上させること(図6)、そして100℃予備時効が適していることなどを明かにした。

図6Al-0.8%Mg2Si-0.5%Si合金のBH性に及ぼす各種添加元素の影響
(7)Al-Mg-Si系合金の張出し成形性

 Al-Mg-Si系合金の引張性質とエリクセン値の関係を調査し、伸びとエリクセン値に相関性が認められず、耐力との相関性が強く、耐力が低いほどエリクセン値が高くなるという結果(図7)が得られた。破面観察から、耐力が高いほど粒界破壊が起こりやすくなることがわかった。

 またMn、Cr添加による結晶粒微細化が粒界破壊を抑制し、エリクセン値を向上させることが判明した。この結果から、本合金系の成形性を向上させるには、成形性パラメータを向上(集合組織の制御など)させる以前の課題として、粒界破壊の抑制が重要であることがわかった。

図7Al-Mg-Si系合金における伸びとエリクセン値及び耐力とエリクセン値の関係
(8)結論

 本論文では、成形性に優れたAl-Mg系合金及びAl-Mg-Si系合金の開発指針(最適な集合組織、結晶粒径、合金成分など)を明かにした。またそれをもとに、Mg濃度、結晶粒径、集合組織などを制御した高成形性を有するAl-Mg系合金の開発に成功した。

審査要旨

 本論文は、自動車ボディパネルに使用するアルミニウム合金の開発を行う上で、重要な指針となるアルミニウム合金板材の製造時の材質挙動および自動車ボディパネル成形において優れた成形性を示す板材の金属組織および塑性異方性に関して必要な知見を得、総合的に体系化することをその目的としている。全体は九章よりなる。

 第1章では、本論文の研究の動機となった自動車ボディパネルへのアルミニウム合金板の適用の時代的背景について総括し、研究の目的が、アルミニウム合金板の延性の向上、冷間圧延再結晶集合組織制御による塑性異方性と硬化異方性の制御、結晶粒度の制御およびストレッチャーストレインの発生防止にあると述べている。

 第2章は、延性に富むといわれているアルミニウム合金としてアルミニウム・マグネシウム合金(以下「アルミマグネ合金」と称する。)をとりあげ、引張り強度および伸び(以下「引張り特性」と言う)の温度依存性、室温引張り特性のマグネシウム添加量依存性、同じく結晶粒度依存性を調査し、マグネシウム添加による引張り特性の向上が有効であり、マグネシウム添加による加工硬化の促進を、転位組織の観察とマグネシウム添加による転位の交差辷り抑制の機構とによって考察し説明している。また、マグネシウム添加によるストレッチャーストレインの発生を結晶粒径を大きくすることによって抑制できることを明らかにし、成形後の肌あれが問題にならない粒径の最大値を評価している。

 第3章はアルミマグネ合金板の塑性異方性と硬化異方性の集合組織依存性と種々の成形パターン(たとえば、引張り圧縮、単軸引張りおよび二軸引張り)に対するそれぞれの適合性について取り扱っている。そこから、全ての成形パターン対して共通の優れた成形性を示す集合組織は存在しないことを明らかにした。低炭素鋼板の場合は延性が集合組織に依存しないので、全てのパターンに対する成形性が殆ど集合組織によって決定されるのに対して、本合金板の場合には加工硬化特性も集合組織によるためであることを明らかにした。

 第4章は、アルミマグネ合金の降伏点挙動と溶体化温度と冷却条件との関係を調査し製造条件の最適化をはかるための基礎資料を調査している。第5章は延性を有効に利用することを目的に行われる低温成形における延性に及ぼす結晶粒径の影響を調査し、粒径が比較的大きいと二軸引張りの条件で粒界割れが生じることを認め、低温成形に適合する粒度範囲を明かにした。第6章は第5章と関連して本合金系の焼鈍時の粒成長挙動を合金濃度との関係で詳細に調査して、材質設計の基礎資料を確立した。

 第7章と第8章では、リサイクル性や塗装焼き付け時硬化性の面で注目されているマグネシウム・珪素添加合金についての研究を述べ、第7章では塗装焼き付け時硬化性に及ぼす第4元素添加の影響を調査し、第8章では、成形性向上の目的には結晶粒微細化の粒界破壊の抑制への効果を確認している。

 第9章は結言である。

 以上を要するに、本論文の研究は金属工学の進歩に寄与し工業の発展に多大の貢献をしている。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格である。

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