学位論文要旨



No 213295
著者(漢字) 森,芳秋
著者(英字)
著者(カナ) モリ,ヨシアキ
標題(和) 乾式銅製錬工程および周辺プロセスの解析
標題(洋)
報告番号 213295
報告番号 乙13295
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13295号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,修
 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨

 現在、世界の乾式銅製錬法の主流となっているのは、Outokumpu型自溶炉とPeirce-Smith型転炉(PS転炉)の組合せであり、この銅製錬法は、国内の4製錬所をはじめ、世界の約30製錬所で採用されている。これらの製錬炉の開発はかなり古く、Outokumpu型自溶炉は約50年前、PS転炉に至っては約100年前に開発されたもので、これまで多くの理論的、設備的、あるいは操業面での検討や改善が加えられながら発展してきた。しかしながら、実際の製錬炉内の反応状況に関して調査された例はあまり多くはなく、その反応機構は十分解明されているとは言い難い。また設備や操業方法の改善は、かならずしもすべてが現場現象の本質的な理解に基づいて行われてきたわけではなく、生産現場での種々の試行錯誤の結果であることも多い。本製錬法がかなり成熟したプロセスであるとはいえ、今後炉内での反応機構についての理解がさらに進めば、生産性や経済性、省エネルギー、環境保護などの点で、さらなる発展の期待できるプロセスと考えられる。さらに、生成するスラグの処理や副産有価金属回収工程の合理化など、周辺プロセスでも改善を望まれている分野もある。

 本研究の目的は、Outokumpu型自溶炉とPS転炉を中心とする乾式銅製錬工程および周辺プロセスの解析に平衡計算を応用し、実際の炉内における製錬反応の解析に対する平衡計算の有用性を確認するとともに、実炉内の反応状況や反応機構についての理解を深め、本製錬プロセスの改善に寄与することにある。特に本研究では、試験炉あるいは商業炉で種々の調査、測定を行ない、これら実際の炉内での製錬反応現象について平衡計算結果を基に考察を加え、その反応機構の推定や平衡計算結果の操業管理への応用の可能性について検討した。

 本研究内容の要点は下記の通りである。

(1)銅製錬自溶炉への平衡計算の適用

 後藤によって開発された平衡計算法に、酸素効率および精鉱未燃率なるパラメーターを導入した。さらに生成するマットおよびスラグの物量をより正確に算出するため、平衡計算に取り入れた元素以外の元素は、一括してその他成分として処理した。本研究で提案した計算法により自溶炉内の総括製錬反応を解析したところ、次のことが明らかとなった。

 (1)計算されるマット品位が実績値に一致するように酸素効率を選ぶことにより、マット、スラグおよびガス相の主要元素組成の計算値は実績値と良い一致を示した。因みに酸素効率は92〜96%であった。

 (2)酸素分圧については測定値の方が計算値よりも常に2倍程度高く、スラグ中のFe3O4濃度は実績値の方が計算値よりも1〜4%高かった。これらのことは、自溶炉装入物に含まれるFe3O4およびFe2O3、あるいは反応シャフト上部で精鉱の一部が過酸化されて生成したFe3O4およびFe2O3が平衡値以上に過剰にスラグに吸収されることを暗示しているものと考えられる。

 (3)精鉱バーナーの性能が十分でない場合には、計算によって求まる反応温度が測定値よりもかなり高くなり、この温度差は精鉱未燃率を評価することによってある程度説明された。

(2)自溶炉シャフト内の溶融粒子の示す酸素分圧変化のシミュレーション

 二粒子モデルに基づいて、シャフト内を落下する溶融粒子が示す酸素分圧の変化を平衡計算により求め、測定値と比較した。計算では、反応する精鉱およびフラックスとガス相は常に平衡に達していると仮定し、反応用空気量は一定としたまま、反応する精鉱およびフラックス量を徐々に増やしながら平衡計算を繰り返すことにより、シャフトの上部から下部に向かってのそれぞれの地点の酸化状態を求めた。その結果、以下のことがわかった。

 (1)シャフト内で溶融粒子が示す酸素分圧の低下は、精鉱粒子の一部がシャフトの上部ですべての反応用酸素によって過酸化され、その後シャフト内を落下するにしたがって 未反応の粒子と衝突して還元されると仮定することで説明できる。

 (2)計算では、未反応の粒子がシャフトの上部で急激に減少するほど酸素分圧も速やかに低下し、最終酸化状態での値に近づく。酸素分圧の測定値がシャフト内で急速な低下を示す精鉱バーナーは実際の操業で低いダスト発生率を示しており、このような関係も二粒子モデルにより説明できる。

(3)銅製錬転炉反応解析への平衡計算の応用

 銅製錬用PS転炉の造期の反応過程を多数のステップに分け、それぞれのステップに平衡計算を適用して溶体の組成と酸素分圧の変化を求め、その計算結果を試験用転炉あるいは商業炉での測定値と比較した。

 (1)送風中のMG(マット品位)の変化については、見かけの酸素効率を考慮すると計算値は測定値とよく一致した。特に、測定値では造期初期に送風を行なってもMGが上昇しない時間帯が存在することが認められたが、平衡計算結果も同様の傾向を示した。本研究により、この現象はマット中の酸素の溶解量の増加に起因することが分かった。

 (2)酸素分圧については、送風開始前のマットと終了後のレードルに排出されたスラグでの測定値と計算値ではほぼ一致した。しかし、送風中に送風を中断して炉口から測定した値は計算値よりかなり高く、終了後に排出されたスラグの値よりも高い場合もあった。

 (3)転炉内をマットの一部が酸化されてマグネタイト固相が析出生成するゾーンと、このマグネタイトが残りのマットにより還元されるゾーンに分けて考え、それぞれのゾーンに平衡計算を適用して酸素分圧の変化を調べた。その結果、2つのゾーンの比率を適当に仮定することで、スラグとマットの酸素分圧に違いが生じる現象をある程度説明できた。

(4)銅転炉スラグの還元クリーニング法の開発

 スラグ処理量4t/バッチのPS転炉型の小型試験炉を用いて、銅転炉スラグを還元処理するプロセスの開発試験を行なった。羽口からの微粉炭吹き込みによってスラグは効率よく還元でき、銅濃度0.5wt%以下の棄却可能なスラグが得られた。この時のスラグ中のマグネタイト濃度は2wt%以下、またスラグの示す酸素分圧は1473Kでの標準化値で10-9.8atmであった。スラグの酸素分圧の測定値を基に算出された微粉炭の反応率は、V/C(吹き込み空気/微粉炭比)と強い相関があり、V/Cが小さくなるほど微粉炭の反応率は低下した。この微粉炭の反応率を考慮した簡易平衡計算の結果は実験値によく一致した。

 回収されたメタルにはPb,Zn,Sb,As,Bi,Sn,Niなどがかなりの濃度で含まれるので、回収されたメタルを既存の工程に繰り返すためにはこれらの元素の分離回収工程が必要となる。

(5)分銀工程への酸素センサーの適用

 分銀工程における溶体の酸素分圧と組成の関係を、簡略化した平衡計算によって推定するとともに、基礎実験および商業炉において調査した。その結果、以下のことが明らかとなった。

 (1)酸素分圧は精製の進行とともに上昇して行き、特に終点付近での酸素分圧変化が著しかった。

 (2)精製過程のメタル中の貴金属品位や各元素の酸化率は、酸素分圧の測定値とよく対応していた。

 (3)上記の対応関係の大まかな傾向は、理想溶液を仮定した平衡計算によっても推定できた。

 (4)酸素センサーによって測定したメタルの酸素分圧は、終点判定などの分銀工程制御に 利用できる。

審査要旨

 本論文は、現在我が国のみならず世界の乾式銅製錬の主流となっているOutokumpu型自溶炉とPeirce-Smith型転炉(PS転炉)の組み合わせ、およびその周辺プロセスに対して平衡計算による反応の解析を行ったもので、7章より成る。

 第1章は序論で、従来から自溶炉の反応については多くの平衡実験や平衡計算が行われて来たにも拘わらず、実操業に則して考察した例は少なく、特にPS転炉については炉内の反応状況に関する報告さえ殆ど無かったこと、そして本論文の目的が、実操業データの説明が可能な平衡計算の手法を提案することによって製錬プロセスの改善を目指し、さらに同様な手法を周辺工程であるスラグクリーニングや分銀に応用することにあることを述べている。

 第2章は、銅製錬自溶炉への平衡計算の適用法である。従来の平衡計算では、炉に装入された物質が全て反応に関与して平衡状態に到達することを前提としていたが、そのやり方では実操業におけるマット品位(マット中のwt%Cu)や炉内温度を説明できない。そこで、送風ガスに含まれる酸素のうち実際に炉内反応で消費される割合を示す酸素効率、および装入された精鉱のうち反応に関与せずに炉を素通りしてダストとなる割合を示す精鉱未反応率、という2つのパラメーターを選定した。そしてこの2つのパラメーターの値を適当に設定することによりマット、スラグ、およびガス相における主要元素の濃度が実測値とほぼ一致することを示した。

 第3章では、自溶炉シャフト内を落下する精鉱粒子の燃焼挙動を解析している。即ち、落下粒子が示す酸素分圧の実測値から二粒子モデルと呼ばれるものが定性的に提案されていたが、ここではそのモデルに基づく平衡計算によって、落下粒子が示す酸素分圧の低下は、精鉱粒子の一部がシャフト上部で酸素効率に寄与する殆どの酸素と反応して過酸化状態で溶融し、その後シャフト内を落下するにつれて未反応の精鉱粒子と衝突して還元される機構を仮定することで定量的に説明できることを示した。

 第4章は、溶体の十分な撹拌が想定されていたPS転炉に対する平衡計算の適用である。マットとスラグの2相が共存する造期において、内部が平衡状態にあると仮定した従来の平衡計算は、操業中のマット品位については実測値と比較的良く一致したが、酸素分圧については思わしくなかった。さらに、マットとスラグそれぞれの酸素分圧が異なるという実測値が得られたので、転炉内を固体のマグネタイトが生成するゾーンと、このマグネタイトがマットによって還元されるゾーンに分けて、それぞれのゾーンに平衡計算を適用した結果、2つのゾーンに存在する初期マット量の比率を適当に仮定することで各々の酸素分圧をある程度説明できることが分かった。

 第5章では、PS転炉スラグに3〜5wt%含まれる銅分を還元・回収する方法の開発について述べている。この銅分は通常浮遊選鉱で回収するか、またはスラグごと自溶炉に繰り返されるが、いずれも溶錬工程におけるマグネタイトの蓄積を招く傾向があり、最近の高品位マット操業ではますますその傾向が強まっている。その上、スラグ中の不純物も一部あるいは全量が銅分と共に繰り返されるため、その除去効率が低下する。そこで、PS転炉型の小型試験炉で、羽口からの微粉炭吹込みによりスラグ中の銅酸化物を金属銅に還元するプロセスの開発を試みた。その結果、炉内の温度および酸素分圧はV/C(吹込み空気量/微粉炭量)と強い相関のあることが分かったので、平衡計算によって必要最小限の微粉炭量とそれに対応する最適なV/Cを選択するためのチャートを作成した。そして、この方法の実操業への適用は、放熱による熱損失の割合が減少することを考慮すれば、同様の手法で行えることを示唆した。

 第6章は、乾式銅製錬の周辺工程の1つである分銀工程(貴鉛の酸化による粗銀の回収工程)への酸素センサーの適用である。この工程における溶体への酸素吹込み量と不純物の酸化除去割合との関係は、従来専ら熟練者の勘と経験に頼っていたものを、平衡計算と基礎実験、及び実炉試験によって改善した。そして、酸素センサーによって測定した溶体の酸素分圧を、各種不純物元素がほぼ完全に酸化除去されたことを判定する基準として利用できることを示した。

 第7章は総括である。

 以上要するに、本論文は、乾式銅製錬の主流を成す自溶炉とPS転炉の組み合わせによる操業に対し、実際の反応状況をシミュレートできる平衡計算の方法を提案してプロセスの改善を目指すと同時に、その周辺工程に対しても新しい操業法や操業制御法の開発を行ったものである。特に、第3章における二粒子モデルについての検討は自溶炉精鉱バーナーの改善を行う上での基礎となり、その結果は論文提出者の所属する企業において、自溶炉の大幅な製錬能力の増強につながったもので、金属製錬学に対する貢献が大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51040