学位論文要旨



No 213296
著者(漢字) 木村,秀途
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,ヒデト
標題(和) 銅系析出物等による析出強化型ステンレス鋼開発に関する研究
標題(洋)
報告番号 213296
報告番号 乙13296
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13296号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木原,諄二
 東京大学 教授 梅田,高照
 東京大学 教授 辻川,茂男
 東京大学 教授 柴田,浩司
 東京大学 助教授 相澤,龍彦
内容要旨 1.背景と目的

 ステンレス鋼の耐食性を維持しつつ、用途に応じた強度特性を付与することは重要であり、鋼種の適用可否を左右する要因の一つにもなる。ステンレス鋼の種々の強化方法の中で、制御が比較的容易で効果が均一な析出強化を取り上げ、新鋼材開発への応用を検討した。中でも、銅添加によるCu-rich相での析出強化を中心に、炭窒化物による析出強化にも言及し議論した。Cu-rich相での析出強化においては、母相と析出物の整合性および格子歪み、析出形態・寸法や分布状態等総合的に考慮する必要があるが、従来これらの定量的検討例は少なかった。本文では、母相の違いと強化作用の差、即ちマルテンサイト相、フェライト/オーステナイト二相、オーステナイト単相に対し、Cu析出の効果と限界について検討した。オーステナイトステンレス鋼に関しては、炭化物析出強化の有効性を含めた検討とした。開発への応用としては、析出の耐食性、製造性への影響等の議論も行った。

2.炭窒化物析出強化型耐熱ステンレス鋼の開発

 最初に、PFBC複合発電プラント非冷却・非耐圧部に代表される900℃級耐熱用途向けステンレス鋼の検討を行った。使用環境から、Cu-rich相は凝集・粗大化の温度域にあり、有効な析出強化は期待できないとの判断に基いて、炭窒化物析出強化の材料設計方法のレビューをしながら、新規需要への対応を実施した。

(結果)

 耐高温酸化性、相安定性等の観点から、22%Cr-15Ni-0.65Nb-0.15Nの適合性が高いと結論し耐高温酸化性にはCr含有量が、相安定性(耐相脆性)にはCr/Ni当量バランスが重要であった。上記鋼はオーステナイト安定性を特に高めているが、懸念される溶接時の高温割れは入熱条件の制御で回避でき、TIG溶接が可能である。さらに、Nb炭窒化物による析出強化によりクリープ破断強度は高く、900℃×10万時間強度15MPaをほぼ満足できる。溶体化処理温度を一定とし、600〜900℃の各温度で析出する炭窒化物量を計算した結果、例えば900℃でも、700℃における析出量の約30%のNb(C,N)が析出強化に関与できることを示した。

 析出分散状態と強度向上の関係の定量的検討は以下の手順で実施した。

 [1]析出粒子と母相の整合性の有無の確認。

 [2]析出粒子の体積率f、析出平均径dから、転位の平均自由行程(粒子スペーシング)を計算。:fは熱力学データベースThermo-calcを使用、例えば溶体化処理温度と析出温度での固溶量の差から計算し、dは透過型電顕観察して明視野像の画像処理で測定した。

 [3]粒子の強度への寄与△pの計算。非整合で変形のない分散粒子を仮定すると△p∝1/である。上の手順により、本項では1180℃、1210℃の溶体化条件での処理材のクリープ変形に関するしきい応力の比を、(1/(1210℃))/(1/(1180℃))=1.23と求めた。

3.17%Cr-4%Ni-3%Cu-0.3%Nb鋼における析出挙動・析出強化

 次に、近年特に水回りの高強度部材用として注目され、1991年より圧延鋼板としてJISにも規定された標記マルテンサイト鋼を題材とし、厚板としての安定製造、実用化を目的として時間/温度/析出物線図の作成を通じた析出挙動の把握と添加成分量の最適化を検討した。又、時効熱処理の強度向上に与える効果を議論した。

[結果]

 電気抵抗測定によるCu-rich相の検出を含め、400〜900℃熱処理による析出挙動(MC、M6C、Cu-rich相が析出)を把握し、析出強化作用の定量的評価を、2.の[1]〜[3]の手順により実施した。Cu-rich相の強化への寄与分は、炭化物の10倍以上と計算でき、Cu-rich相がこの鋼での主要な析出強化因子であると判断した。計算ではCu-rich相の析出はK-S方位関係に従うと仮定し、電顕観察から整合性が保持される析出寸法を超えていると考察、炭化物強化と同様に1/が強度への寄与に比例するとした。

 さらに、時効条件を所謂焼戻しパラメータTempering Parameter,T.P.=T(c+log t)で整理することにより、Cu-rich相析出の強化作用を、母相マルテンサイトの焼戻し時効中の回復の影響から分離し(図1)、T.P.が14000〜15000の条件で硬さ最高となること、及びその程度を明らかにした。

図1 T.P.で整理した17Cr-4Ni鋼の時効硬化

 また、二段熱処理の効果についても検討し、一段時効で得られない高強度を達成する条件も見いだされた(例えば450℃×1h→420℃×4h)。これについて、T.P.を一定にそろえた数種の二段時効材の透過電子顕微鏡観察結果から、高温で時効の初期段階が効率的にすすむことに起因すると考察した。

 一方、4%Cu材で透過電子顕微鏡観察・測定したCu-rich相の析出寸法を図2のように整理すると、Cu-rich相の整合臨界径:11nm程度で、析出強化作用への寄与が最大であることと良好に符合した。

図2 T.P.とCu-rich相の析出寸法
4.17%Cr-4%Ni-3%Cu-0.3%Nb鋼の熱間加工性の改善

 引続き、上記17%Cr-4Ni-3Cu-0.3Nb鋼の厚板としての安定製造、実用化を目的とし、熱間加工性等の製造上の課題を改善し、実ライン試作結果を述べた。

(結果)

 同鋼は、熱間圧延時に/相界面にクラックを生じ、耳割れを生じ易いが、Cr/Ni当量バランスの調整によって相量を6%以下とし、さらにCa添加することで加工性は十分向上し、耳割れも生じなくなることが明らかになった。また、実製造時には、スラブ徐冷時等のタイミングでCu-rich相析出により延性・靭性が低下し、ガス切断時に割れを生ずる等の注意点があり、再溶体化、もしくは分塊圧延後の水冷処理などでこれを回避できる。さらに、以上に基づき成分最適化した同鋼の製造ラインでの試作を行ない、圧延での良好な製造性、熱処理条件毎の性能再現性を確認した。

5.Cu系析出物による22%Cr-5%Ni系二相ステンレス鋼の強化

 一方、橋梁、水門向けなど、耐海水性の高い二相ステンレス鋼の強度向上、軽量化のニーズに対応するため、標記(フェライト)+(オーステナイト)系ステンレス鋼のCu系析出物による強化を主題とし、経済性への展開を含め検討した。

[結果]

 /相比、時効後の硬さ変化と機械的特性、耐食性等を調査した結果、時効後の硬さはCu量にほぼ比例して増加するが、4%以上のCu添加は熱間加工性を害すること、時効条件として480℃×1hを選べば、2%Cu材でもHV:40向上でき、かつ耐孔食性も母材同等を保持できること等を明らかにし、成分22%Cr-4%Ni-2%Cu-3%Mo-0.2%N、熱処理1050℃ST+480℃×1h時効で、硬度290、-46℃シャルピー吸収エネルギー30J、臨界孔食温度35℃などの優れた特性バランスを得、これを経済的な高強度ステンレス鋼として提案した。一方、相毎の微小硬さ測定結果、透過型電顕組織の観察結果から、合金全体の硬さは、相各々の硬さの相比に関する混合則で説明でき、こうして相での強化を分離した結果、相中に析出するCu-rich相がこの鋼の主な析出強化因子であることを明らかにし、かつ2.の[1]〜[3]の手順でCu-rich相の相中の析出分散状態と硬度向上の対応を確認した。

6.総括

 BCC母相の17Cr-4Ni系マルテンサイト鋼、BCC+FCC母相の二相ステンレス鋼、FCC母相のオーステナイト系耐熱鋼(文献検討)におけるCu-rich相の析出/強化挙動をまとめ、その限界と程度について総括したものが表1である(表中、(700℃×1000h)は700℃、1000hクリープ破断強度)。

表1 ステンレス鋼中でのCu-rich相の析出挙動

 以上、本研究は、Cu添加型のステンレス鋼における析出強化を軸に、耐食性、熱間加工性、温度的な使用限界等も含めて開発検討し、関連する炭窒化物析出型耐熱ステンレス鋼の検討も付け加えた。検討結果は、今後の材料開発や用途開発への応用も含め、ステンレス構造材の高強度化に基づく軽量化・省資源、用途拡大とメンテナンス低減等に資すると考えられる。

審査要旨

 本論文は、ステンレス鋼の強度を銅の析出粒子などによって強化することを検討し、熱間強度、耐食性などの実用特性と熱間加工性などの製造上の問題を解決し実用化する研究を扱っている。

 全体は、六章よりなる。第一章は序論でステンレス鋼の強化方法、析出強化の機構などについての従来の知見を総括するとともに、本研究の目的を述べている。

 第二章は、本論文の研究である銅粒子による析出硬化の問題に先立ち、従来応用されてきた炭窒化物粒子による析出強化の有効性についての知見を総括し、銅粒子の析出による強化の場合に予想される結果について考察し論じている。

 第三章は、析出強化型マルテンサイト系ステンレス鋼の銅粒子析出による強化について取扱っている。母材として17%クロム4%ニッケルの17-4PHステンレス鋼の材質を選び、銅を無添加から4.1%まで加えた供試材を使用した。強化の面で最適な銅粒子のサイズを、銅粒子のマトリックスとの整合性の面から検討し、整合性が保たれる最大限の粒子サイズにおいて最大の強化量が得られることを明らかにし、熱処理条件の設定に有効な知見を得た。第四章は銅を3%添加したステンレス鋼の熱間加工性について検討し、熱間圧延の際の耳割れ防止にはスラブのフェライト量の制御が重要であり、加工性の向上にはCa添加が有効であることを明らかにした。実際の生産ラインでこのCa添加の鋼種を製造し、板端面の欠陥、すなわち耳割れなどが生じないことを確かめた。

 第五章は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼の銅粒子析出による強化について取扱っている。母材は22%クロム、3〜5%ニッケルの二相ステンレス鋼である。銅を無添加から6.4%添加までの材料を供試材として用いた。フェライト中とオーステナイト中とではそれぞれ析出速度が全く異なり、したがって、析出硬化のタイミングが異なることを、相毎に硬さを調査することによって明らかにした。全体の硬さが各相の硬さの線形複合則による平均でほぼ表わされることを確かめている。オーステナイト相の強化はフェライト相の強化が最大になり過時効状態になっても始まらないので、この二相ステンレス鋼の銅粒子析出による強化は実用的にはフェライト相の強化によることになることを確認した。銅添加による耐食性の変化については、塩化第二鉄腐食試験およびこの試験および臨界孔食発生温度を測定して検討した。480℃における硬化処理では無添加材と同等であり、620℃における硬化処理では無添加材を含めて劣化することがわかった。

 第六章は、本研究の第三章および第五章で明らかにしたマルテンサイト相のステンレス鋼および二相ステンレス鋼における銅粒子析出による強化に関する知見と文献から知られるオーステナイト相のステンレス鋼についての銅粒子析出による強化に関する知見とを総合して、最大の強化は析出粒子の整合性が失われる析出物寸法より小さい析出状態で得られ、強化量は析出物の平均間隔に反比例すること、このことから最適の熱処理条件を定めるとができることを論証している。

 以上を要するに、本論文の研究は金属工業技術および金属材料学の進歩に寄与するところ大であり、よって博士(工学)の学位請求論文として合格である。

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