本論文は、ステンレス鋼の強度を銅の析出粒子などによって強化することを検討し、熱間強度、耐食性などの実用特性と熱間加工性などの製造上の問題を解決し実用化する研究を扱っている。 全体は、六章よりなる。第一章は序論でステンレス鋼の強化方法、析出強化の機構などについての従来の知見を総括するとともに、本研究の目的を述べている。 第二章は、本論文の研究である銅粒子による析出硬化の問題に先立ち、従来応用されてきた炭窒化物粒子による析出強化の有効性についての知見を総括し、銅粒子の析出による強化の場合に予想される結果について考察し論じている。 第三章は、析出強化型マルテンサイト系ステンレス鋼の銅粒子析出による強化について取扱っている。母材として17%クロム4%ニッケルの17-4PHステンレス鋼の材質を選び、銅を無添加から4.1%まで加えた供試材を使用した。強化の面で最適な銅粒子のサイズを、銅粒子のマトリックスとの整合性の面から検討し、整合性が保たれる最大限の粒子サイズにおいて最大の強化量が得られることを明らかにし、熱処理条件の設定に有効な知見を得た。第四章は銅を3%添加したステンレス鋼の熱間加工性について検討し、熱間圧延の際の耳割れ防止にはスラブのフェライト量の制御が重要であり、加工性の向上にはCa添加が有効であることを明らかにした。実際の生産ラインでこのCa添加の鋼種を製造し、板端面の欠陥、すなわち耳割れなどが生じないことを確かめた。 第五章は、フェライト・オーステナイト二相ステンレス鋼の銅粒子析出による強化について取扱っている。母材は22%クロム、3〜5%ニッケルの二相ステンレス鋼である。銅を無添加から6.4%添加までの材料を供試材として用いた。フェライト中とオーステナイト中とではそれぞれ析出速度が全く異なり、したがって、析出硬化のタイミングが異なることを、相毎に硬さを調査することによって明らかにした。全体の硬さが各相の硬さの線形複合則による平均でほぼ表わされることを確かめている。オーステナイト相の強化はフェライト相の強化が最大になり過時効状態になっても始まらないので、この二相ステンレス鋼の銅粒子析出による強化は実用的にはフェライト相の強化によることになることを確認した。銅添加による耐食性の変化については、塩化第二鉄腐食試験およびこの試験および臨界孔食発生温度を測定して検討した。480℃における硬化処理では無添加材と同等であり、620℃における硬化処理では無添加材を含めて劣化することがわかった。 第六章は、本研究の第三章および第五章で明らかにしたマルテンサイト相のステンレス鋼および二相ステンレス鋼における銅粒子析出による強化に関する知見と文献から知られるオーステナイト相のステンレス鋼についての銅粒子析出による強化に関する知見とを総合して、最大の強化は析出粒子の整合性が失われる析出物寸法より小さい析出状態で得られ、強化量は析出物の平均間隔に反比例すること、このことから最適の熱処理条件を定めるとができることを論証している。 以上を要するに、本論文の研究は金属工業技術および金属材料学の進歩に寄与するところ大であり、よって博士(工学)の学位請求論文として合格である。 |