学位論文要旨



No 213297
著者(漢字) 中村,成子
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,シゲコ
標題(和) 精錬用フラックスの塩基度に関する研究
標題(洋)
報告番号 213297
報告番号 乙13297
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13297号
研究科 工学系研究科
専攻 金属工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐野,信雄
 東京大学 教授 小川,修
 東京大学 教授 前田,正史
 東京大学 助教授 月橋,文孝
 東京大学 助教授 森田,一樹
内容要旨

 近年あらゆる分野での鋼の使用環境の過酷化、成型の複雑化などのために、鋼材に対する高純度化の要求が高まっている。一般に金属の製錬は、その金属の性状に悪影響を与える不純物元素の除去を目的とし、乾式製錬ではフラックスを用いて、不純物をフラックス中に吸収除去する方法が採られている。フラックスの塩基度は、その精錬能を示す重要な指標の一つであり、フラックス中のO2-イオンの活量で定義されるが、これを直接測定することは理論的にできない。

 本研究では、強塩基性で遷移金属を含有するフラックスの塩基度の尺度を定めることを目的として、MnOx-CaO-SiO2、NaO0.5-SiO2、NaO0.5-NaF-SiO2、NaO0.5-CaO-SiO2、CaO-SiO2、CaO-MgO-SiO2、CaO-CaF2-SiO2系フラックス中での遷移金属の酸化還元平衡、NaO0.5-SiO2、CaO-SiO2、CaO-Al2O3-SiO2、CaO-Al2O3、BaO-SiO2、BaO-Al2O3、BaO-MnOx、BaO-CuOx系フラックスへの白金の溶解度、およびCaO-CaF2-SiO2、CaO-MgO-SiO2系フラックスへのCO2の溶解度を測定した。これらの測定結果から、遷移金属の酸化還元平衡および白金の溶解度とカーボネイト、サルファイド、フォスフェイトキャパシティとの関係を求めて、その塩基度の尺度としての妥当性を検討した。

 第1章では、フラックスの塩基度は、金属の製錬過程での精錬能を示す重要な指標の一つであるが、未だ確立された塩基度の指標がないことを述べた。フラックスの構造、塩基度の定義および化学的、物理的定量化についての既往の研究を調査して、以下の問題点を提起した。

 1)フラックスの塩基度はO2-イオンの活量で定義されるが、これを直接測定することは理論的にできない。

 2)このためO2-イオンの活量の変化によって生ずるフラックスの化学的、物理的変化を定量的に測定し、これを間接的な塩基度の尺度とする試みが数多く行われているが、未だフラックス塩基度の普遍的な表示方法は確立されていない。

 3)フラックスの塩基度の尺度として、金属の酸化溶解反応を用いた例はないが、金属の酸化溶解反応は酸素分圧、およびフラックス中O2-イオンの活量に依存することは明らかであり、塩基度の尺度となり得る。

 4)溶融フラックスの物理化学的性質を、理論的にフラックス組成の関数として表示することは、現在の段階では不可能であるので、溶融フラックスの物理化学的性質を明らかにするためには化学的、物理的側面から研究することが必要である。

 これらの点を考慮して、塩基度の尺度を確立するという本研究の目的について述べた。

 第2章では、溶融マンガン鉱石相中でのマンガンの酸化還元平衡を、スラグの組成を変えて測定し、マンガンの価数に及ぼすスラグ塩基度の影響、およびその価数変化がスラグ塩基度へ及ぼす影響を調査、検討した。フェロマンガン製造時の溶融鉱石相を模擬したMnOx-CaO-SiO2-Al2O3系スラグ中でのMn3+(mass%)/Mn2+(mass%)の変化を測定し、測定組成範囲では、スラグの塩基度およびMnO含有量の増加に伴い、Mn3+(mass%)/Mn2+(mass%)は増加することから、Mn3+イオンはO2-イオンを配位して錯イオンMnOx(2x-3)・を生成し、酸性酸化物として挙動することを明らかにした。また塩基性酸化物としてのMnOの塩基度への寄与の割合を、CaO当量として0.55とした。

 実操業でのスラグはマンガン、クロム、鉄などの遷移金属を数パーセント含有するため、スラグの塩基度によって生ずる価数の変化が、同時にスラグ塩基度に影響を与えることになる。本研究結果でMnOの塩基度に寄与する程度をCaO当量で0.55としたように、MnOx(2x-3)・が塩基度に寄与する程度をSiO2当量で求めなければ、スラグの塩基度を決めることはできないことを指摘した。

 遷移金属の価数の比を塩基度の指標として用いるためには、スラグ系内のO2-イオンの活量を大きく乱さない、柔らかい酸として働く金属イオンを指示薬として微量添加し、その価数の変化を測定することが必要であることを示した。

 第3章では、遷移金属を含有しない単純なフラックス系に銅を添加して、体積が大きく、低い電荷を持つ柔らかい酸であり、フラックス中でO2-イオンの活量を大きく乱さず存在することが期待される銅イオンの2価と1価の比を測定し、その塩基度の指標としての妥当性を検討した。

 NaO0.5-SiO2,、NaO0.5-NaF-SiO2、CaO-NaO0.5-SiO2、CaO-SiO2、CaO-CaF2-SiO2、CaO-MgO-SiO2系フラックスに2mass%になるように銅を添加して、その価数の比を測定し酸化物のみを含有するフラックスでは、いずれも塩基性酸化物の増加に伴いCu2+(mass%)/Cu+(mass%)の比は減少して、塩基度の尺度となり得ることがわかった。

 CaO-CaF2-SiO2、CaO-MgO-SiO2系フラックスでは、塩基度の尺度の一つであるカーボネイトキャパシティを測定して、Cu2+(mass%)/Cu+(mass%)との比較を行った。CaO-CaF2-SiO2系では、カーボネイトキャパシティ、Cu2+(mass%)/Cu+(mass%)ともに酸性領域で酸性酸化物の増加にも関わらず、O2-イオンの増加が示唆された。ふっ素イオンが存在すると、SiO2含有量の高い酸性領域では、シリケートネットワーク中の架橋酸素がふっ素イオンによって置換され、O2-イオンを放出することが知られており、本実験結果はふっ素イオンによって放出されたO2-イオンによりCu2+(mass%)/Cu+(mass%)が減少したものであり、Cu2+(mass%)/Cu+(mass%)が塩基度の尺度となり得ることを示した。

 第4章では、第3章に示したように、Cu2+(mass%)/Cu+(mass%)はO2-イオンの活量の指標となり得ることがわかったが、遷移金属を含有するフラックスおよび強塩基性フラックスには用いることができない。そこでフラックス中への金属の酸化溶解反応を利用して、フラックス中金属濃度を測定し、塩基度の尺度としての妥当性を検討した。白金イオンは銅イオンと同様に柔らかい酸として働くので、フラックス中でのO2-イオンの活量を大きく乱すことなく、フラックス中に存在することが期待される。指標金属として白金を選び、白金るつぼ中でフラックスの組成を変化させて溶解し、酸化溶解した白金濃度を測定した。また白金溶解度の酸素分圧依存性、温度依存性を測定して、フラックス中での白金の存在形態を調べた。

 CaO-SiO2、NaO0.5-SiO2、CaO-Al2O3-SiO2、BaO-SiO2、CaO-Al2O3、BaO-Al2O3、BaO-MnOx、BaO-CuOx系フラックスへの白金の溶解度を測定した結果、遷移金属を含有するフラックス系も含めて、いずれも塩基性酸化物の増加に伴い白金の溶解度は増加し、フラックスの塩基度の尺度となり得ることを明らかにした。

 白金溶解度の酸素分圧依存性およびサルファイド、フォスフェイトキャパシティとの関係から、フラックス中での白金はO2-イオンを配位して2価の白金酸イオンPtO22・として存在することを示した。

 塩基性酸化物としてCaOを含むフラックス系では、フラックスの系によらず白金の溶解度とCaOの活量との間に一定の関係が得られ、CaO系フラックスへの白金の溶解度を測定すれば、CaOの活量が推定できることを示した。

 さらに基本的な転炉スラグ組成であるCaOsatd-SiO2-FeO系フラックスへの白金の溶解度、およびフォスフェイトキャパシティとの間に一定の関係が得られ、白金の溶解度からフォスフェイトキャパシティが推定できることを示し、現場スラグへの適応の可能性を明らかにした。

 第5章では、以上の結果を総括し、遷移金属の酸化還元平衡および白金の溶解度が塩基度の尺度として妥当であることを示した。白金の溶解度で溶融塩中のO2-イオンの活量を定量的に示すことは出来ないが、空気中で白金るつぼ中にフラックスを溶解するだけで、容易にフラックス塩基度を推定できる意義は大きい。

審査要旨

 本研究は鋼の一層の高純化が必要とされている現在、その精錬のために必要な強塩基性のフラックスの精錬能の尺度である塩基度の見積もり方法を種々の角度から検討したものであり、論文は5章より成る。

 第1章ではフラックスの塩基度は理論的には酸化物イオンの活量で定義されるべきであるが、その測定が原理的に不可能であるために、従来より数多くの尺度が提案されていることを述べ、塩基性酸化物の活量、二酸化炭素の溶解度、遷移金属イオンの酸化還元平衡、光学的塩基度等の既往の研究について詳細に紹介している。さらに後に述べられる金属の酸化溶解反応の利用が新しい塩基度表示として適切であることを強調している。最後に塩基度の尺度を確立しようとする本研究の目的を述べている。

 第2章はMn3+とMn2+の酸化還元平衡を溶融マンガン鉱石の模擬相であるCaO-SiO2-Al2O3-MnOx系を対象に調査したもので、測定組成範囲では(mass%CaO)/(mass%SiO2)比、(mass%MnO)の増加に伴い、Mn3+/Mn2+比が増加することから、Mn3+はO2-を配位した錯イオンMnOx(2x-3)-を生成し、Mn2O3が酸性酸化物として挙動すると述べている。一方MnOは塩基性酸化物として挙動し、その塩基度への寄与の尺度であるCaO当量は0.55と結論している。又Mn3+/Mn2+比の酸素分圧依存性を調べ、理論の妥当性を確認している。

 第3章では第2章でのマンガンの酸化還元平衡の結果から、スラグ中の酸化物イオンの活量を乱さないための指示金属イオンとして、微量の添加で効果があり、酸素を配位しにくい金属として銅を用いるのが妥当であるとの判断から、種々のCaO系、及びNa2O系フラックスに2%添加した銅イオンの空気中における酸化還元平衡について調査している。その一般的結果として、理論通りCu2+/Cu+比はフラックスがより塩基性になるほど低下することを確かめるとともに、CaF2を添加した場合の特異な現象についても、ふっ素イオンがシリケートのネットワーク(架橋酸素)を切断する機構によって説明している。同時にCaO-33mol%CaF2-SiO2、CaO-MgO-43mol%SiO2のフラックスのCO2の溶解度を測定し、その結果から算出されるカーボネイトキャパシティとCu2+/Cu+比の相関について理論と比較検討している。

 第4章は第3章で述べたCu2+/Cu+比が遷移金属元素の酸化物を含むフラックスについては測定が難しいために、金属の酸化溶解反応の利用を提言したものである。具体的には先に述べた要件を満足する金属として白金を選び、白金溶解度をフラックス組成、酸素分圧、温度の関数として調査したものである。白金の溶解度の測定例はないCaO-SiO2、Na2O-SiO2、CaO-Al2O3-SiO2、BaO-SiO2、CaO-Al2O3、BaO-Al2O3、BaO-MnOx、BaO-CuOxと多くのフラックスを測定対象として、いずれの場合も、白金の溶解度は塩基性酸化物の含有量とともに増加し、1600℃のBaO-CuOxの場合は最大10%を越している。又、他の精錬能の尺度であるフォスフェイトキャパシティ、サルファイドキャパシティとの相関及び酸素分圧依存性から、白金は塩基性フラックスにPtO22-として溶解すると結論している。白金イオンの存在はジチゾンの淡緑色から赤紫色への変色反応により定性的に確認している。又白金が非常に酸化しがたいことを反映して、溶解度の温度依存性は小さく、溶解熱は20〜40kJ/molの範囲にある。CaO系フラックスについては個々の系が異なる場合でも白金溶解度とCaOの活量との間に相関関係が得られている。各種のシリケートの白金溶解度の比較から、酸化物の塩基性はCaO、Na2O、BaOの順に大きくなること、アルミネートはシリケートよりはるかに塩基性フラックスであるとしている。又BaOとMn2O3ないしCu2Oの二元系フラックスは非常に塩基性が強く、金属の精錬フラックスとして有望であることを示唆している。製鋼スラグの模擬系であるCaO-SiO2-FeO系については同時に測定したフォスフェイトキャパシティと白金の溶解度の相関関係を見出し、実際のスラグへの応用の可能性を明らかにしている。

 第5章では以上の結果から遷移金属の酸化還元平衡及び白金の溶解度が塩基度ないし精錬能の尺度として利用できると結論している。特に後者は空気中の測定なので、簡便な塩基度推定法として一層の測定例を積み重ねる必要があることを提言している。

 以上を総括して本論文はフラックス塩基度の尺度を確立することへの寄与が大きく、博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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