複合材料は繊維強化プラスチックス(FRP)で代表されるように力学的性能が設計できる材料として広く普及してきた。近年では、さらに性能の向上や新機能発現を目指して様々な無機系新素材を用いた新しい複合材料が盛んに研究されてきている。このような複合材料はミクロンオーダー以上のスケールで複合化されたものであるが、より微細なスケールで複合化されたナノコンポジットも新しいタイプの複合材料として研究が進められている。従来型のマクロな複合材料ではその力学的性能向上のために界面が果たす役割が大きく、ナノコンポジットではナノスケールでの複合構造がその機能発現に大きな役割を果たしている。したがって複合材料の界面近傍や内部に存在するナノスケール分散相のキャラクタリゼーションがその機能発現機構の解明や機能設計・制御に重要となる。 本論文では、いろいろな無機系の複合材料及び複合構造を研究対象として取りあげ、X線光電子分光法(XPS)を中心とした各種のキャラクタリゼーション手法を複合材料の内在する界面や分散相、複合材料内部を模したモデル界面に対して適用することにより、複合材料のもつ機能特性の発現機構やその劣化機構、調製法の評価などに関する新しい知見や解釈を得ることを試みた。 第1章は序論である。 第2章、第3章では、耐アルカリガラス繊維をセメント中に分散することによりセメントの高強度化を図ったガラス繊維強化セメント(GRC)について取りあげ、従来明らかとなっていなかったセメント-ガラス界面での反応過程について検討した。 最初に第2章で、ZrO2含有耐アルカリガラス繊維と様々なアルカリ水溶液との間の浸食過程をXPSにより分析した。NaOHによる浸食初期過程を検討した結果、反応の初期にZrの再析出によるZrリッチ最表層が形成した後、反応層(Si1-xZrx)O2(x≒0.6〜0.7)が成長した。しかしこれらの層の形成に伴うSi溶出の抑制は認められなかった。次に、アルカリ浸食初期過程に及ぼすCa2+の影響について検討したところ、ほぼ同じpH条件下では、浸漬液中のガラスの単位表面積当たりのCa2+濃度が約2×10-2mg/cm2より高い場合と低い場合で反応過程が異なることがわかった。低濃度側ではSiの溶出反応が進行するが沈着したCaがC-S-H化合物を形成してこの反応を阻害すること、高濃度側では表面反応層が形成されるとCa(OH)2などが付着するようになりこれを媒介として表面反応層が浸食されることが明らかになった。 第3章では、以上のような浸食初期の化学的過程とZrO2含有ガラス繊維の強度劣化挙動との関係について検討を行い、繊維強度の劣化はアルカリ浸食の初期段階から進行することがわかった。Ca2+がない場合のZrリッチ表面層やCa2+が低濃度で存在する場合のC-S-H表面反応層の形成によっても繊維強度が低下するが、Ca2+が高濃度で存在する場合はCaを主成分とする析出物が表面を覆い始めるとともに激しく浸食が起こり繊維は非常に脆くなることがわかった。 また、板状のZrO2含有ガラスをセメント中に埋め込み一定期間屋内静置又は温水中浸漬した後、ガラス/セメント界面を分離してXPS分析を行った結果をセメント抽出液中に浸漬した時の化学的変化と比較検討した。温度環境の違いによる反応速度の差をGRCの強度劣化速度を使って補正して比較したところ、ガラス繊維表面でのZrは3つのアルカリ環境下で連続的な変化を示したが、反応過程に重要な影響を及ぼすCa値は特に空気中静置の場合で環境の違いを反映した不連続的な変化を示した。 いずれのデータもガラス表面近傍のCa2+濃度によって浸食過程が支配され、その濃度は水分の量によって決定づけられていることを示唆していた。 一方、ナノスケールでの複合構造をもついくつかの機能性ナノコンポジット系を取りあげて、様々なキャラクタリゼーション法を適用することにより、機能発現機構について検討した。 まず第4章で、ZnOとNiOとの接合界面に数十nm厚のSiO2絶縁層を介在させたナノ構造が、NOに対して感度や選択性の優れたセンサ材料となることを実験的に明らかにした。このような特性は個々の単一膜では得られないものであり、ナノスケールでの平滑性をもった相同士がナノスケールの厚さの介在相を挟んで接合し、相互に混ざり合わないで複合化された構造をもつことがセンサ特性発現に重要であることをXPSやAFMによる分析で明らかにした。 また第5章では、NOにより光透過率が変化する特性をもったCoOナノ微粒子がシリカマトリックス中に分散した構造のナノコンポジットを開発した。共スパッタ法により得られたこのナノコンポジット膜は350℃においてNOによる可逆的な光透過率変化を可視域で示した。TEM,XPS,AFMなどによる分析の結果、ガス感応特性は光透過率が変化する性質をもつCoOナノ微粒子とガス分子が通り抜けられるナノ細孔をもつ透明シリカマトリックスから構成されるナノ複合構造に起因するものと考えられた。 さらに第6章で、連続膜とナノ粒子をスパッタ法を用いて交互に積層する新しいナノコンポジット調製法をAu/SiO2系について検討し、TEMやXPSを用いてその構造を評価した。ナノ粒子調製条件について検討した結果、粒度分布の分散が少ない金のナノ粒子を生成するスパッタ条件を見い出した。これと通常の膜調製条件を組み合わせてAu/SiO2ナノコンポジットの調製を試みた結果、ほぼ設計通りの構造のものが得られることを確認した。 最後に第7章で、Siを分散相、SiO2,Al2O3,MgOをマトリックスとするナノコンポジットを調製して、XPSによる分析とアルゴンイオンレーザー励起のフォトルミネセンス特性との関係について検討した。Si/SiO2系では、Si総量が増えると主にSiOx(0<x<2)の形でナノコンポジット中に取り込まれるが、Si/Al2O3,Si/MgO系では金属Siが優先的に生成した。フォトルミネセンスの強度は前者が後者に比べてはるかに大きく、SiOx中に多く存在する欠陥が熱緩和した状態の中に多くのフォトルミネセンス発生サイトが存在するものと推測された。 以上のように、各種の無機系複合材料を取りあげ、精密なキャラクタリゼーションによって得られる複合材料内部の組成分布や構造に関する情報から、その機能特性発現機構に関する知見や機能設計のための指針が得られた。今後もこれまで以上に内在する複合組織に対するキャラクタリゼーションの必要性は高まってくるものと考えられるが、汎用的な界面の分離あるいは露出技術がないこと、サブミクロン以下付近にキャラクタリゼーションの難しいサイズ領域があること、ナノ細孔の適当な評価方法がないこと、ナノスケールでの化学状態マッピング技術がないことなど多くの克服すべき技術的課題を残しているものと考えられる。このようなキャラクタリゼーション技術の進歩に呼応して、ナノコンポジットのような機能性複合材料の構造や機能の精密な設計・制御が可能となるものと考えられる。 |