静電気に起因する発火・爆発事故件数は、日本やアメリカの事故統計によれば、火薬類や火工品組成物の発火・爆発事故件数の8〜15%を占めている。これらは第二次世界大戦以前からの統計資料であり、最近の25年間に限ればさらに多い割合になるであろう。また、事故報告書を見て注目されることは、発火・爆発事故の原因が明確に特定できないときは、静電気放電が事故原因の一つとしてあげられていることが多いことである。これは静電気放電現象と静電気放電発火感度(火薬類や火工品工業では、一般に静電気感度と呼ばれているので、以下この用語を用いる)に関する非常に長い研究の歴史があるにもかかわらず、まだ解明されていない多くの未知の分野が取り残されているためであり、また、現在でも確立された静電気感度試験装置や試験方法がなく、信頼できる感度データがないことによる。静電気に起因する発火・爆発事故防止の点から、静電気放電と反応性物質の静電気発火現象の解明は重要であり、それ故に、反応性物質の静電気感度に関する基礎的研究が必要である。 本論文では、静電気感度試験で生じる多種多様な放電現象、特に、放電開始現象と放電特性及び各種放電に対する反応性物質の応答特性の両面において基礎的研究を行い、反応性物質の静電気感度に関して得られた知見をまとめた。 第2章においては、帯電体が徐々に接近して放電が発生する場合と、静電荷が徐々に蓄積されて電圧が高くなって放電が発生する場合を、静電気感度試験機を用いて空気間隙の場合と粉末試料の場合について、それぞれ電極間隙長変化法及び充電法と名付けた方法によってシミュレートし、放電開始現象について検討した。その結果、両方法による放電開始現象には、放電開始限界値とそのばらつきにおいて明確な違いがあることがわかった。また、金属粉中での導通又は放電の発生は、金属粉が接触抵抗によって連鎖接続されることに基づいており、接触抵抗による電極間電気抵抗が低い場合にはそのまま導通状態となり、通電による接点加熱によって接点が破壊されたときは、加熱によって生じたイオン導通による電極間電気抵抗の回路抵抗に対する相対的大きさによって、導通及び放電の発生しやすさに差を生じ、また、電圧が高い場合には金属粉表面が一方の電極となり、金属粉表面において放電を発生することを示した。これらは金属粉の微小エネルギーによる発火や静電気粉塵発火機構と関係して重要である。 一般に、静電気放電による反応性物質の発火危険性を考える場合に、コロナ放電、火花放電及び沿面放電がその対象となる放電と考えられている。人体のように静電荷を蓄える静電容量があり、電流の流れを制限する直列抵抗があれば、火花放電はアーク放電又はグロー放電に転移する。静電気感度試験機で生じた放電のうち、反応性物質を発火させる能力のある主要な放電は、火花放電、アーク放電及びグロー放電であり、多くの反応性物質は、アーク放電とグロー放電に鋭感に応答することを示し、それらの放電特性を検討した。 放電によって電極間隙に解放されるエネルギーや電力などの各種の放電特性を明らかにし、放電特性を最も明確に区別するのは放電抵抗であること及び反応性物質中で起こる放電は気体中放電とほぼ同じ放電であることなどを明らかにした。また、静電気感度試験機において、直列抵抗は充電電圧との関係で、放電のタイプとピーク電力を決定し、直列抵抗と容量の積、見掛けの時定数は放電の持続時間、電極間隙長は放電柱の直径、温度及び圧力と関係し、これらは反応性物質の静電気感度と密接に関係することを示した。その他、人体をシミュレートし、また、静電気対策用に使用されている導電性材料の放電開始現象と放電特性について検討し、導電性材料は放電回路を形成しやすくし、放電回路に適当な直列抵抗を導入し、放電エネルギーのほとんどがその表面における放電で解放されるために、危険な状況を作り出すことを明らかにした。 第3章においては、鋭感な静電気感度をもつ反応性物質の静電気感度を接近電極法によって検討した。トリシネート、ジルコニウム及び水素化ジルコニウムは火花放電に対して鋭感な感度を示すとともに、アーク又はグロー放電に対しても鋭感な感度を示した。一方、ボロンと酸化剤混合系はグロー又はアーク放電に対してのみ鋭感な感度を示した。また、トリシネートは非常に低いエネルギーで発火する金属-金属接触に基づく特殊な発火機構を示し、ジルコニウムの静電気感度に影響する因子の検討から、試料の状態及び試料条件などと静電気感度との関係を明らかにした。 第4章においては、比較的鋭感なものから非常に鈍感な反応性物質について、より定量的なデータを得ることができる固定電極法によって、多くの反応性物質について、静電気感度試験を行い、感度データについて検討した。一般に鋭感な物質はアーク放電に鋭感であり、鈍感な物質はグロー放電に対して鋭感であった。また、静電気感度に影響する因子、電極間隙長、直列抵抗、コンデンサ容量及び又は見掛けの時定数と静電気感度との関係において、いくつかの規則性が見いだされた。 第5章においては、新たに定めた静電気粉塵発火感度試験とそれによる試験結果についてまとめた。爆薬、金属粉及び金属粉と酸化剤混合系などは、放電電極間隙が完全に試料中に埋まっているときは発火が生じにくく、一方、放電電極間隙は空間がほとんどで、その間隙のごく一部または近傍に、粉末試料が非常に薄い層となって存在したときに発火しやすくなる。 このような場合には通常の粉塵状態は存在せず、主放電が生じる前の静電力によって又は放電に伴う電磁力や放電衝撃によって、ごくわずかに観察される程度に、局部的に試料が粉塵となって浮遊し、浮遊粉塵粒子と空気中の酸素との接触がよくなって、最小発火エネルギーが低下し、また、反応が持続可能となって、より容易に発火が生じると考えられた。このような静電気感度試験を静電気粉塵発火感度試験と名付け、代表的反応性物質の静電気発火感度とその感度特性を明らかにした。 以上の第3章〜第5章においては、単独で燃焼、爆燃又は爆轟するものから、可燃剤と酸化剤が混合されて燃焼、爆燃又は爆轟するものまで多種多様にわたる反応性物質について、接近電極法、固定電極法及び静電気粉塵発火感度試験法によって感度を評価し、適正な静電気感度データを得るためには、それら3種類の試験方法のうち、反応性物質の種類や性質によって、最も適当な試験装置と試験方法を選択すべきであることを示した。 静電気感度に影響する因子間には、3種類の試験方法に共通な、いくつかの規則性が見いだされた。同一及び又は同種の可燃剤と各種の酸化剤の混合系では、最小発火エネルギーが低いほど、そのときの電極間隙長は短くなり、見掛けの時定数も短くなる。また、静電容量に関しては、同一混合系においては容量が異なっても見掛けの時定数は一致し、そして、容量が小さくなるほど最小発火エネルギーは低くなり、そのときの電極間隙長は長くなる。 同一の物質について3種類の試験方法で感度データが得られる場合には、それらの感度間には相互関係があり、また、接近電極法又は静電気粉塵発火感度試験法で最も鋭感な感度データが、一方、固定電極法では鈍感なデータが得られ、最も鋭感なときの電極間隙長は鋭感なほど短くなるが、見掛けの時定数は一定である。 以上のような静電気放電の放電特性及びそれに応答する反応性物質の感度特性から、反応性物質の静電気放電による発火は、熱的なものであり、摩擦や衝撃でのホットスポットによる発火機構と類似した機構であることがいえる。 第6章においては、本研究の過程で、1984年と1994年に、静電気感度試験の標準化のために提案し、制定された工業火薬協会規格及び火薬学会規格とそれに基づく感度試験結果についてまとめた。 以上を、総合的にまとめると次のようになる。 静電気放電現象と静電気感度の関しては、多くの未知の分野が残されており、静電気に起因する発火・爆発事故防止の点から、解明が望まれている。そこで、本研究は、静電気感度試験で生じる多種多様な放電現象、特に、放電開始現象と放電特性及び各種放電に対する反応性物質の応答特性の両面において基礎的研究を行い、反応性物質の静電気感度を解明することを目的とした。研究の結果、次のような知見が得られた。 静電気感度試験装置で生じる主要な放電は、火花放電、アーク放電及びグロー放電であり、それらの放電の特性を明らかにし、反応性物質の静電気放電に対する応答特性の研究から、静電気感度試験機の主要な変数と反応性物質の静電気感度との関係を明らかにした。また、反応性物質の静電気感度を評価する3種類の方法、接近電極法、固定電極法及び静電気粉塵発火試験法によって、代表的な物質の静電気感度を評価し、それらの方法間の感度の相互関係を明らかにし、反応性物質の静電気発火危険性を評価するためには、反応性物質の種類と性質に応じて、最も適当な方法を選ぶべきであることを示した。 |