学位論文要旨



No 213300
著者(漢字) 西島,謙一
著者(英字)
著者(カナ) ニシジマ,ケンイチ
標題(和) リンホカインによるCD8陽性T細胞の活性調節機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 213300
報告番号 乙13300
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13300号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上野川,修一
 東京大学 教授 野口,忠
 東京大学 教授 清水,誠
 東京大学 教授 福井,泰久
 東京大学 助教授 飴谷,章夫
内容要旨 [はじめに]

 免疫系はすべての物質を自己非自己に分けて認識している。この認識は非常に合目的的に柔軟性を持ってなされることが知られており、これにより例えば非自己である食品成分等に対する免疫応答は通常の場合抑えられている。この調節がうまく行かない場合アレルギーや自己免疫病などを発症することになる。そこで本研究においては、免疫応答を調節するための基礎的知見を得ることを目的とし、外来抗原特異的なCD8陽性T細胞に着目した。CD8陽性T細胞は通常癌抗原やウィルス等の内在性抗原に対する免疫応答を司るが、外来抗原を認識する細胞も存在しており近年その役割が注目を浴びている。しかしその性質、活性調節機構等はまだまだ未解明の点が多い。そこで、牛乳中の代表的アレルゲンであるS1-カゼインに対するCD8陽性T細胞クローンを樹立し、リンホカイン産生及び増殖調節機構の解析を行い、CD4陽性T細胞群とは異なるCD8陽性T細胞群独自の役割解明をめざした。

[S1-カゼイン特異的CD8陽性T細胞クローンの樹立]

 近年患者数の増加や乳幼児における深刻性が問題となっている食品アレルギーは、通常は有効に機能する食品由来ペプチドに対する免疫応答を抑制する仕組み(経口免疫寛容)が働かないことが原因である。CD8陽性T細胞は経口免疫寛容において免疫応答を抑制することが示唆されてきた細胞群であるが、頻度の低さが障害となりこれまで解析がなされてこなかった。そこで、経口免疫寛容を誘導したマウス及びコントロールのマウスからCD8陽性T細胞クローンを樹立した。各グループ2種ずつ得られたクローンは多くの点で共通の性質を有していた。まず、いずれもクラスI分子の一種Kb分子に拘束され、S1-カゼインの142-149領域を認識した。また、リンホカイン産生パターンを解析した結果、いずれもインターフェロン及びIL-10を産生することが示された。そこで経口免疫寛容誘導時におけるCD8陽性T細胞の役割については後に考察することとし、まず外来抗原特異的なCD8陽性T細胞の性質を明らかにするために、この2つのリンホカインに着目した。

[IL-10によるCD8陽性T細胞増殖応答の調節:IL-10による増殖の自律的制御]

 まずCD8陽性T細胞の増殖に対するIL-10の効果を検討した。その結果、CD8陽性T細胞クローンの増殖応答はIL-10によって強く抑制されることが認められた。その抑制効果は既に報告のあるCD4陽性Th1に対する抑制作用と同等の強さであった。次にCD8陽性T細胞クローンが産生するIL-10がこれらの細胞自身に与える影響をIL-10に対する中和抗体を用いて解析した。その結果、いずれの細胞もIL-10を産生することによって自らの増殖を培養後期において抑制していることが明らかとなった。このIL-10による増殖自己抑制効果はCD4陽性T細胞クローンにおいては観察されず、CD8陽性T細胞に特異的な現象であることが示唆された。培養開始24時間後に加えた抗IL-10抗体は内在性IL-10の効果を中和せず、内在性IL-10の標的となる分子の特異な性質が推測された。また、抗IL-10抗体の有無によって至適抗原濃度が変化することが認められ、この自己調節が至適抗原濃度を決定する一因であることが示唆された。

[IL-10の増殖抑制機構の解析]

 IL-10によるT細胞増殖抑制機構をCD4陽性T細胞を用いて解析した。IL-10とともに抗原提示細胞を前培養することによってその後の増殖が有意に低下することが示され、IL-10はまず抗原提示細胞に作用して間接的にT細胞増殖を抑制しうることが示された。さらに、この抗原提示細胞に対する効果は、抗原提示細胞の抑制活性を誘導することによるのではなく、抗原提示細胞が本来持つ機能を阻害することによるものであることが示唆された。抗原提示細胞がT細胞の活性化において果たす役割として抗原刺激及びその他の副刺激と呼ばれる二つの機能が知られるが、このうち副刺激を抑制することによってIL-10が作用していることが示された。IL-10はこの機構によってCD8陽性T細胞の増殖をも抑制しているものと考えられた。

[IL-10によるインターフェロン産生の自律的抑制調節]

 既に述べたように内在性IL-10による増殖抑制は培養開始3-4日後にはじめて認められた。一般にT細胞の持つ機能の多くは産生されるリンホカインの活性によるものが多く、またリンホカインは刺激後数時間から産生される。そこで内在性IL-10がリンホカイン産生をも抑制しているかどうかをインターフェロンの産生量を測定することによって検討した。まず外から添加したIL-10がCD8陽性T細胞クローンのインターフェロン産生を抑制するかどうかを検討した。その結果、IL-10によってインターフェロン産生が有意に低下することが示された。次に培養開始時に抗IL-10抗体を加えたところ、インターフェロン産生が増加することが認められた。この効果は有意な増殖応答が認められる以前の培養開始12時間後から認められた。刺激特異性を調べた実験より、この際のIL-10の抑制機構に抗原提示細胞が関与していることが示唆された。また、過剰のIL-2、IL-4によりインターフェロン産生量が増加することが認められたが、抗IL-10抗体による増強効果はIL-2、IL-4の存在下においても認められた。

[IL-4によるインターフェロンの産生調節]

 CD8陽性T細胞のインターフェロン産生はIL-4の添加によって増加することが示唆されたが、これまでCD4陽性T細胞に関する研究から、IL-4はむしろインターフェロンの産生を抑制すると考えられてきた。そこでこの点がCD8陽性T細胞の特徴であると考えさらに検討した。まずIL-4レセプターの発現を調べたところ、CD8陽性T細胞クローンはいずれも無刺激時においてもIL-4レセプターを発現していることが明らかとなった。次にIL-4のインターフェロン産生に対する効果を検討した。その結果、IL-4はT細胞に直接作用することにより、CD8陽性T細胞クローンのインターフェロン産生を促進することが示された。一方CD4陽性T細胞クローンのインターフェロン産生はIL-4の影響を受けなかった。さらに、IL-4は未分化の細胞をインターフェロン産生性の細胞に成熟させること、新たに分化したこれらの細胞のインターフェロン産生をも増加させることが示された。これらの結果からIL-4がCD8陽性T細胞のインターフェロン産生を強めうることが示された。インターフェロンはIL-4を産生するTh2の機能を抑制する強い活性があることから、CD8陽性T細胞の産生するインターフェロンはTh2のフィードバック調節に関わることが推測された。

[経口免疫寛容誘導下におけるCD8陽性T細胞の性質]

 免疫応答が低下した状態の一例として、経口免疫状態に着目した。経口免疫寛容誘導下におけるCD8陽性T細胞の役割を検討するために、樹立されたクローンの性質を二群間で詳細に比較した。まず、T細胞レセプターを検討したところ、これらは異なったT細胞レセプターを有していることが明らかとなった。この違いを反映して、それぞれのクローンは変異型リガンドに対する応答性が異なっており、ある種の変異型リガンドは経口免疫寛容誘導マウス由来のクローンのみを強く活性化することが観察された。このことから、経口免疫寛容の誘導により、特異的なT細胞レパートリーが選択的に活性化されている可能性が示唆された。また、TGF-の産生量を測定したところ、経口免疫寛容誘導マウス由来のクローンの特徴として高いTGF-産生が認められた。TGF-は強い免疫抑制活性を持つことから、経口免疫寛容誘導下のCD8陽性T細胞は通常の状態のCD8陽性T細胞に比べ強い免疫抑制活性を有する可能性が示唆された。

[おわりに]

 本研究によって外来抗原特異的なCD8陽性T細胞独自の活性調節機構が明らかとなった。リンホカインは多機能性であるため産生される状況・調節機構が重要であり、逆にこれらのことから産生細胞の役割を推測することができる。多くのCD8陽性T細胞クローンは少量のIL-10を産生することによって自らの増殖とインターフェロン産生を調節していることが示唆された。こうして調節されるインターフェロンの活性がCD8陽性T細胞の重要な役割を担うものと考えられる。筆者はCD8陽性T細胞がインターフェロンを産生することによりTh2による免疫応答のフィードバック調節を行う役割を持ち、インターフェロン産生を自己調節するためにIL-10を少量産生するというモデルを提唱したい。インターフェロンはCD8陽性T細胞より多量に産生され、またTh2に対する抑制活性を持つ。さらに本研究で示したように、CD8陽性T細胞のインターフェロン産生はTh2の生産物であるIL-4により増強され、また他のTh2産物であるIL-10の抑制作用をCD4陽性Th1に比べ受けづらいからである。また、これとは別に少数のIL-10高産生性のCD8陽性T細胞及び経口免疫寛容誘導下でのTGF-産生性CD8陽性T細胞も、外来抗原に対する免疫応答を抑制する活性を持つものと考える。これらCD8陽性T細胞をも視野に入れた外来抗原に対する免疫応答調節機構の解明により将来のアレルギー等の疾患治療への応用を期待したい。

審査要旨

 CD8陽性T細胞は免疫応答を抑制することが示峻されており、アレルギーなどの治療への応用が期待されている。そのためこれらCD8陽性T細胞の基本的な性質及び活性調節機構について明らかにすることが重要である。本研究は、牛乳中の代表的なアレルギー原因物質であるS1-カゼインに特異的なCD8陽性T細胞について上記した点を明らかとすることを目的として行なわれた。本文は7章よりなる。

 研究の背景を述べた第1章に続き、第2章ではS1-カゼインを経口摂取したマウス及び摂取していないマウスのリンパ節よリカゼイン特異的なCD8陽性T細胞クローンを樹立し、その基本的な性質を解析している。いずれもクラスI分子の一種Kb分子に拘束されS1-カゼインの142-149領域を認識し、インターフェロン及びIL-10を産生した。この2つのリンホカインがCD8陽性T細胞の大きな特徴であると考えられた。

 以上の知見をふまえて、第3章第1節ではCD8陽性T細胞が産生するIL-10がこれらの細胞自身に与える影響を増殖応答を指標として検討した。培養開始時に抗IL-10抗体を加えたところCD8陽性T細胞の増殖応答が、特に後期において強められた。このことから、IL-10を産生することによって自らの増殖を抑制するという新たなT細胞調節機構の存在が明らかとなった。また、これにより抗原の至適濃度が決定されることが示峻された。さらに第3章第2節において、IL-10によるT細胞増殖抑制機構を解析した。IL-10とともに抗原提示細胞を前培養することによってその後の増殖が有意に低下した。さらに、IL-10が抗原提示細胞の持つ副刺激伝達能を阻害することが示された。これらの結果から、IL-10は抗原提示細胞の副刺激を抑制することによって間接的にT細胞増殖を抑制することが示された。

 続く第4章では、CD8陽性T細胞が産生するIL-10が自らのリンホカイン産生をも抑制しているかを検討した。培養開始時に加えた抗IL-10抗体により、インターフェロン産生が増加し、第3章で示された増殖応答と同様にリンホカイン産生もIL-10によって負の自己調節がなされていることが示された。

 第5章では、CD8陽性T細胞のインターフェロンの産生調節について、他の細胞が産生しアレルギーの発症において大きな役割を持つIL-4の効果を検討した。IL-4はCD8陽性T細胞クローンに直接作用し、そのインターフェロン産生を促進した。さらに、IL-4は未分化のCD8陽性T細胞をインターフェロン産生性の細胞に成熟させた。これらの結果からIL-4がCD8陽性T細胞のインターフェロン産生を強めることが示された。以上の結果に基づき本研究においてはインターフェロンはIL-4産生T細胞の機能を抑制する強い活性があることから、CD8陽性T細胞の産生するインターフェロンがIL-4産生T細胞のフィードバック調節に関わるというモデルを提唱している。

 第6章においては、免疫応答が低下した状態の一例として、経口免疫寛容状態に着目し、抗原の経口投与によるCD8陽性T細胞の性質の変化を明らかとした。経口免疫寛容マウス由来のクローンは、コントロールマウス由来のクローンとは異なったT細胞レセプターを発現し、ある種の変異型リガンドにより選択的に強く活性化された。さらに、TGF-を産生することが示された。これらの結果から、経口免疫寛容の誘導により、特異的なT細胞が選択的に活性化されている可能性が示峻された。TGF-は強い免疫抑制活性を持つことから、経口免疫寛容誘導下のCD8陽性T細胞は通常の状態のCD8陽性T細胞に比べ強い免疫抑制活性を持つものと考えられた。

 第7章では以上の結果をまとめ、体内におけるCD8陽性T細胞の役割とその調節機構について新たなモデルを提唱している。多くのCD8陽性T細胞はインターフェロンを産生することによりTh2による免疫応答のフィードバック調節を行う役割を持ち、このインターフェロン産生を自己調節するためにIL-10を少量産生するというモデルである。また、さらに異なった性質を持つ細胞が異なった目的に利用できる可能性について論じている。

 以上要するに本論文は、これまで解析の困難であった外来抗原特異的なCD8陽性T細胞の特質を明らかにし、その有用な機能と利用法を論じたもので、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51041