学位論文要旨



No 213302
著者(漢字) 侯,文祥
著者(英字)
著者(カナ) ホウ,ウェンシャン
標題(和) ハウス養鰻における汚濁固形物の動き及びその物性について
標題(洋)
報告番号 213302
報告番号 乙13302
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13302号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二村,義八朗
 東京大学 教授 日野,明徳
 東京大学 助教授 中田,英昭
 東京大学 助教授 福代,康夫
 東京大学 助教授 古谷,研
内容要旨

 水産養殖には、良質な水を多量に確保できることが必要である。しかしながら、面積当りの生産量や生産額を上げるために多量の地下水を使うと、地層の陥没や地下水のアルカリ化、土壌の塩化などの弊害も発生する。例えば台湾では、ウナギやエビの養殖のために地下水を過度に汲み上げたために上記の弊害が顕著になってきた。各々の場所において水資源は限られているから、他の水需要分野に劣らず水産業でも水の効率的な利用方法の開発は、緊急である。給餌方式の水産養殖では、養殖場に搬入した餌は、魚という製品で搬出される他は、残餌、糞など汚濁固形物あるいは、その溶解物や尿などとして流出水により搬出されなければ、養殖場に残留して、水質、底質環境の悪化をもたらし、時には養魚の大量斃死までも惹起する。更には、養魚排水による周辺環境の悪化ももたらす。

 本研究は、このような背景の下で環境にソフトなサイエンスを目指して、陸上養殖池を対象に用水の循環再利用による水利用の効率化を意図したものである。特に、懸濁固形物と溶存物質を区別して水処理を図ることによる処理施設の効率化を期待して、これまでデータのない池の汚濁固形物の量、粒度分布、比重分布、増加速度などを調べて、固形物処理施設設計の基礎資料を得ようとしたものである。また養鰻池の物質収支については、露地池時代の酸素収支データはあるが、養鰻施設が大幅に一新されて日本ではハウス養鰻主体になったにも関わらず、池の物質収支(特に酸素収支)のデータがない。これの取得をして解析をした。併せて台湾の露地池と集約的循環濾過装置とも比較した。

 日本の調査は1991年10月から1992年6月まで静岡縣と千葉縣の四つ養鰻業者のハウス養鰻の養成池で実施し、台湾の調査は1994年8月から1995年1月まで中部地区の鹿港の2つ露地池と北部の1つ集約式室内池を対象とした。水、固形物、溶存酸素を含む物質の分布と物質のフラックスを調査をした。物質分布調査として、水源ならびに池内20数点で流速、懸濁物量、堆積物厚み、溶存酸素等を測り、それぞれ等値(等濃度)分布線をつくた。これに基き、池ごとに緩流区と速流区に分け、3〜4測点を選んで、固形物の沈降、分解、再懸濁やプランクトンの増殖、分解および酸素の生産や消費などのフラックスを調査した。1飼育期間のうち放養初期、中期、末期に各2日間にわたって給餌前後、昼夜変化を計測した。その飼育期間中の全給餌量、増重量などのデータも併せて、収支の解析を実施した。

 懸濁固形物の粒径・比重は、懸濁粒子の沈降による分画と粒度計測(電気抵抗法または光散乱法)により計測した。計測・解析には、沈降分画器の作成ならびに数値モデル・測器制御プログラムの開発を必要とした。測定対象粒径は、測器の都合で日本の場合は3.6-278.0m、台湾では2-600mであった。検討対象比重は、1.001-3.00とした。沈降分画器では、最大沈降速度が主たる分画要因で、分画試料中の粒径分布から比重を求めた。即ち、粒子と池水との相対的な運動係数Reynolds数300以下の実態条件であった。従って、Wieselsbergerの第一と第二の経験式を基礎とし、日本のデータを解析するためは、33区画の粒子径と30区画の粒子比重に分けた。台湾のデータの解析ためは、32区画の粒子径と6区画の粒子比重に分けた。その為に、1.4mと2mの2種類の長さの分散沈降用沈降分画器を作った。更に分画器によるサンプリング時間の分画と水面から採水点までの距離を決めて各分画標本の中に残った粒径分布を求めた。

 給餌前後や昼夜の別、季節別を考慮して、池の給餌場所の近くの池水を分画器で垂直的に表層から底層までの水柱を採取した。その後、池水の水温と同じような恒温室で全体を混合してから分画器を鉛直に保持して沈降分画した。混合後、17回(2m分画器のみ27回)の沈降時間分画によりサンプリングした。取ったサンプルは5%のホルマリン固定をし、ELZONE80-XY粒度計で95mと480mのオリフィスチューブで9.50mと44.20mと221.50m三種類の標準粒子を使って校正した後、粒度分布を求めた。最後の分画試料の粒度分市を基準に、隣接する分画試料の同一粒径区画の濃度差(頻度差)を求めて水柱に存在している全粒子の比重・粒径2重分類による粒子頻度分布を得た。

 生産当り用水量は、飼育池の外への循環設備がある池では、日本で5.34〜0.69m3/kgウナギ、台湾で0.45〜0.34m3/kgウナギであった。循環をしない池では、日本で0.49m3/kgウナギ台湾の16.9〜6.2m3/kgウナギであった。業者の管理仕方や高価な循環装置の有無などによっても用水量の相違が出る。しかし高価な循環装置を持つ台湾のS池(試験設備)でも0.45〜0.34m3/kgウナギ程度で、日本の業者Tの池が簡単な沈澱濾過池だけでも0.69m3/kgウナギの少量の用水量で済んでいる。従って高価な循環装置をセットするよりも業者の管理仕方の方が用水量に大きく影響すると考えられる。

 水車の馬力と設置方法は、流速分布や粒子の収支に対して著しい影響がある。また調査した池の懸濁物量の多くが、一旦沈降した物の再懸濁によることが分かった。池を速流区と緩流区に分け、それぞれサンプリング試験する必要があることも分かった。今回の調査対象池では、何れも循環流速が速すぎるようで、沈澱槽では飼育池の懸濁固形物の5〜23%しか除去できなかった。従って沈澱槽の改良が急務であることが分かった。

 粒子量の季節的な変化について見ると、透明な屋根・外壁を持つ日本の業者Gの池だけで植物プランクトンが多量に見られた。日射の多い夏になると、1飼育期間中に激しく変化し、10倍以上にも増えた。しかし他の池に比べて粒径は小さく、昼夜別(給餌前後)の変化も小さかった。これと逆に、不透明材料で覆って暗くしている業者Tの池は、残餌と糞が主な粒子成分なので成長段階別の変化が大きかった。即ち,懸濁粒子の体積濃度の中央粒径は、ウナギの成長段階にしたがって大きくなった。

 調査した日本の養鰻池では、懸濁粒子は体積濃度では中央径で50m前後が多く、最頻径で180〜50mであった。濃度自体は、当業者の設計・管理の方針で大きく変わり、SSで2500〜4ppmであった。このSSの値は、粒度分布から求めた全粒子重量濃度とは1桁ほど大きかった。この差異については検討の必要がある。

 透明な被覆材質で構成されるハウス養鰻池のプランクトンの種類は、露地池と同じで、ScenedesmusやMicrocystisなどの植物プランクトンが多かった。サイズも露地池と同じであった。しかしながら多くのハウスは、ウナギの摂餌を促進するために遮光被覆しており、植物プランクトンは殆どなかった。

 ハウス養鰻池の溶存酸素収支は、露地池時代と大きく違っていた。透明な被覆材質のハウス養鰻池で藻類が存在してもアオコから生産量は相対的に低かった。主な供給源は水車の曝気であった。また室内には風の影響も少ないので溶入速度が風のある時よりも小さくなったし、ハウス内は外気よりも常時空気中の酸素濃度が稍々低かった。未だウナギを明所で飼うか暗所で飼うかの管理方針の違いがあり、設計も変わる。しかしながら、水車による曝気に大きく依存していること、高水温保持のために集約化されたことは、全てのハウス養鰻に共通している。

 本研究では、ハウス養鰻の際の汚濁フラックスに固形物が占める割合が多いこと、現在の沈澱槽設計管理に問題点が多いこと、固形物の粒径・比重2重分類による頻度分布を知った。これら資料から、沈澱槽の改良が急務であることを示し、沈澱槽設計・管理の基礎的資料を提示した。

審査要旨

 水産養殖には良質な水を多量に確保することが必要である。しかし面積当りの生産量を上げるために多量の地下水を使うと、地層の陥没等種々な障害が出る。限られた水資源を考えると、水産業でも水の効率的利用方法の開発は緊急である。給餌養魚では、餌は魚として搬出される他は、残餌・糞等の汚濁固形物や尿等の溶解物として養殖場に残留する。残留物は水質・底質環境の悪化をもたらし、時には養魚の大量斃死までも惹起する。更には養魚排水による周辺環境の悪化ももたらす。

 本研究は、養殖池用水の循環再利用による効率的水利用を意図し、懸濁固形物と溶存物質を区別して水処理を図ることによる処理施設の効率化を期待して、これまでデータのない池の汚濁固形物の量、粒度分布、比重分布、増加速度等を調べて、固形物処理施設設計の基礎資料を得ることを主たる目的としたものである。

調査池の概要

 全ての飼育池・沈澱槽等は屋(ハウス)内にあり、複数の1馬力の曝気用水車がある。池の照度は摂餌促進の為もあって様々であるが、明るい池は透明度が低く、暗い池の透明度は高かった。飼育池の水深は約1m弱で共通し、面積は118〜801m2であった。水車1馬力当りの飼育池面積は59〜200m2であった。加温で水温は23〜32℃であった。沈澱槽面積は飼育池の0〜5.3%、稀にある濾過槽は6.6%で、沈澱槽等は飼育池よりも稍々深かった。沈澱槽の日換水率は5.5〜204回で、飼育池は20〜1200%であった。また飼育池に対する原水による日換水率は5〜8%が多く、漏水と見合う場合もあった。

 水車による表面流速は最大で20〜35cm/sで、その下層では10cm/s位遅かった。各池とも緩流域の堆積物厚さが大きく、数〜15cmが各池の最大値で、少ないところでは0〜2cmであった。

 懸濁物(SS)濃度は下層が稍々多いが、活性汚泥方式が1100〜2400ppm、アオコ利用がこれに次ぎ、多くは4〜16ppmであった。堆積物厚さと下層のSS濃度は池毎に正の相関があり、水平的には2〜3倍違った。各池の水平的差の方が垂直的差よりは大きかった。

 ハウス内空気の酸素飽和度は、一般に外気よりも2%程度低かった。飼育水の酸素飽和度は一般に70%以上であり、上下の濃度差は殆どなかった。

 飼育魚は体重25〜250g程度で、密度は1.8〜13.6kg/m3であるが、区々であった。多くは練餌を用いていた。

 単位生産量当りの用水量は、沈澱槽がある場合は0.7〜5.3m3/kg鰻、沈澱槽がない場合は0.49m3/kg鰻、台湾で6.2〜16.9m3/kg鰻であった。これは池の構造や飼育管理技術に大きく依存していた。

懸濁物の物性

 体積濃度での中央値は、球相当直径で23m、沈降速度で12〜46cm/分、密度で1.33g/mlであった。また体積濃度で70%の閾値は、球相当直径で11m、沈降分速7〜23cm、密度1.15g/mlであった。

国形物収支

 飼育池の単位面積・時間当りの流入SSフラックスは、原水3mg、循環水1.1g、再懸濁148g、飼育水中増加0.1g、残餌等2.4gであった。減少分は、排水64mg、循環水1.3g、池水中減少56mg、堆積150gであった。池内のSSは、殆どが堆積物の再懸濁したものと考えられる。

 循環流入水と流出水のSSの比から求めた沈澱槽等のSS除去率は6〜30%で、改良の必要が大きい。飼育池系に入る汚濁物の内、SS成分の窒素は55%であった。これからもSS除去が水処理としては有力な方法と考えられる。

酸素収支

 上記と同様に、流入フラックスの内、原水16mg、循環水850mg、空気の溶入1200mg、飼育水内増加112mgであった。減少分は、排水126mg、循環水1043mg、池水中減少199mg、底質の消費10mg、ウナギの呼吸799mgであった。アオコの池を除外すると、池水中減少量は、SS濃度と正の相関があった。沈澱槽等の酸素消費は193mgとなり、ウナギの寄与は全飼育系消費の約2/3であった。

 以上のことから、養鰻池における汚濁物にフラックスとして懸濁物が過半を占め、その沈降速度が比較的速いことから、加速度場における沈降などの分離が飼育水の浄化に有効なことが示された。

 このように本論文は、保温のために節水を図るハウス養鰻の実態調査から、汚濁物として処理すべき懸濁物が多いことを示し、その処理のための基礎的データを取得・提示した。これは今後の水産養殖に新しい展開を可能にするもので、学術上も応用上も極めて貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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