学位論文要旨



No 213305
著者(漢字) 宇野,將義
著者(英字)
著者(カナ) ウノ,マサヨシ
標題(和) サケマス類の海水養殖に関する基礎的研究
標題(洋)
報告番号 213305
報告番号 乙13305
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13305号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 二村,義八朗
 東京大学 教授 若林,久嗣
 東京大学 教授 日野,明徳
 東京大学 助教授 鈴木,譲
 東京大学 助教授 古谷,研
内容要旨

 我国でもサケマス類は古くから食用にされ、馴染み深い魚である。しかし、多くの食用魚と同様に、主に自然に繁殖した資源を漁獲・利用してきた。近代に入り、外国種の移植放流やサケを中心とする人工孵化放流などの増殖事業が行われるようになった。養殖は、1870年代にニジマスの養殖を淡水で実施したのが最初である。海水養殖の試みは、筆者も参画した1962年秋からのニジマス飼育試験が最初である。

 サケマス類は、冷水性の海産魚で、回遊性があり、淡水域で産まれた稚魚が海水域で大きく成長する。従来のニジマスを主体とした淡水養殖では、主に100g前後の小型魚を製品として生産販売してきたが、さらに大型の魚を多量に生産するためには、広い場と水交換のよい沿岸海面での海水養殖が適当であろうと考えられた。しかしながら海水養殖を実施するためには、種苗を海水へ安全に移すこと、湧水と違って季節変化する水温と養殖時期や販売製品の大きさとの調整、食品としての優位性など検討すべき課題が多い。本研究は、これらの検討を行い、海水養殖の基本技術の開発を意図したものである。そのため対象魚の塩分耐性、馴応性、馴致方法、海水養殖における疾病、海水養殖親魚からの再生産などについても検討した。

材料および方法

 供試魚は、ニジマス、スチールヘッド、アマゴ、ギンザケ、イワナ、サケの6種で、国内での養殖魚あるいは天然魚の卵から孵化させたものを用いた。卵から幼稚魚までの各段階のもの、0+年魚、1+年魚、雌雄の親魚などについて検討した。

 海水への塩分耐性などの検討には、血清Na濃度、筋肉水分および生残率を主な指標にした。これらの特性値は、塩分の異なった環境に移したときに大きく変化し、適応の過程も結果も追跡でき、計測し易いものである。また他の血液性状、鰓の塩類細胞、ATP-ase活性なども測定した。なお異なった塩分環境へ移してからは、給餌をしなかった。

 海水と疾病の関係については、自然発症の病魚、そこから分離した原因菌による菌浴、腹腔内注射ならびに試作ワクチンも用いた。また海水飼育親魚からの再生産試験は、数ヶ月ないし1ヶ年間海水養殖したスモルト系アマゴからの搾出法による採精・採卵、交配によって行った。

海水養殖の有効性

 冬季に愛知県の海水池でニジマス、アマゴを飼育したところ、0.5〜1kgの大型魚に成長した。そこで肉色改善を意図して甲殻類を添加した餌料を用い、サケを除いた上記の5種を各々2群に分けて海水と淡水で4ヶ月飼育して食味成分を調べたところ、淡水飼育のものに比べて海水飼育のものは、筋肉中の中性脂肪の組成が天然魚に近く、グリシン、タウリンなどのアミノ酸およびNaが多く、食味成分の向上が期待された。また、肉色は甲殻類添加で淡水・海水飼育とも改善された。したがって海水養殖は、有望な方法と考えられる。

海水養殖の時期

 サケマス類の養殖適温帯は8〜18℃であるから、各地の沿岸水温が適温帯となる時期を調べると、本州沿岸では冬を中心に、北海道南部では夏を中心に各5ヶ月位が海水養殖の適期と考えられる。

適応評価のための指標

 海水適応を知るための指標とした血清Na濃度、筋肉水分ならびに生残率は、サケマス類の種類、塩分差、温度によらずほぼ同様な変化をした。即ち、淡水飼育の魚を海水に移して斃死しない場合には、血清Na濃度は数時間で増加して1〜2日で最大値となり、以後減少して4〜7日で淡水飼育時の141.2±7.1mMよりやや多い157±6.3mMで安定した。筋肉水分は、血清Na濃度とは対称に数時間で減少して1〜2日で最小値となり、以後増加して4〜7日で淡水飼育時と同じ72.0±2.1%に回復する。淡水に移した場合は、大きな変化をしないで数時間以内に淡水魚の値に安定した。

 海水に移して死亡する場合には、血清Na濃度は200mMを越え増加し続け、筋肉水分も70%以下に減少し続けた。瀕死魚は、ニジマスで血清Na濃度203.0±16.9mM,筋肉水分65.5±0.9%、アマゴスモルトで血清Na濃度229.8±31.0mM,筋肉水分65.7±1.4%であった。生残率は、それら指標よりも数時間から数日遅れて変化した。

塩分耐性

 サケマス類の塩分耐性が魚を移す海水の塩分より高ければ海水養殖は順調に行える。しかし魚種によっては耐性が低いものもあるので、1週間後の生残率で100%を割る塩分を耐性値とすると、受精卵ではニジマス2‰S、イワナで4‰Sであった。体重20〜30gの7月の稚魚では、イワナ30±1.2‰S,ギンザケ29±1.8‰S,ニジマス23±2.0‰S,アマゴ19±1.8‰S,スチールヘッド17±2.4‰Sであった。また耐性の高くなったスモルト化したギンザケの体重65gと112gでは、それぞれ28‰S,32‰Sで大型魚の方が高かった。しかしながらアマゴスモルトの場合、12月(0+年魚)で最高の26‰Sとなり、以後低下した。ニジマスでも1+年魚(3月)で最高の31‰Sとなり、3+年魚の雄では23.5‰S、雌では29.9‰Sで、性成熟と共に低下した。

 耐性値は、魚種やパー・スモルトの相、大きさなどによっても違ったが、海水移行後の生残率は、一般に成長と共に高くなった。稚魚では、イワナ、サケ、ギンザケが高く、ニジマス、スチールヘッド、アマゴが低かった。

海水馴致方法

 スモルト化して耐性が最も高くなったギンザケでも耐性値は28〜32‰Sと沿岸海水の塩分よりやや低いか、同濃度であるため、海水へ直接移すことは、魚種、大きさ、スモルト化の程度などによって、ある程度の斃死が予想されるので、「海水馴致」を行って馴応性を高めることが安全と思われる。

 馴致には、耐性値以下の塩分と前記3指標が海水に反応する塩分以上の範囲、すなわち30〜80%海水が適当であろう。その内でも、海水への馴応性をより高めるためには耐性値に近くて安全な50〜70%海水で馴致することが効果的と考えられる。そこで前記3指標が安定することを基準にすると、50%海水での馴致では、ニジマス7〜10日,アマゴスモルト7日,ギンザケスモルト2日であった。しかしニジマスを1週間で海水塩分まで連続的に上昇させたときの生残率は、68%海水の1段階馴致法よりも良かった。

 また、馴致による海水への移行には塩分差と共に、水温差を生ずることから、その影響を調べるために15℃の50%海水で4日間馴致したものを5〜20℃の海水へ移したところ、低温の方が前記3指標から見て順応が遅かった。特に5℃では3日以内に全部の供試魚が斃死した。

疾病

 外部寄生体による疾病は、環境水の塩分変化に寄生体が直接曝されるので、一般に治癒が期待できる。しかし体内寄生体の場合は、宿主の方が弱るので被害を助長することもあった。

海水飼育親魚による再生産

 一部のサケでは、河口域の海水棲息魚でも成熟卵が見られるが、一般には、サケマス類は河川、湖沼などの淡水に入って急速に生殖巣の発達をする。アマゴ1+,2+年魚を数ヶ月から1ヶ年間淡水および海水で飼育したところ、海水中でも淡水飼育魚と同様に成熟した(GSI:♂30%,♀25%)。その海水飼育親魚からの直接採卵したもので、受精率98.1%,奇形率0.9%、7日間淡水畜養後に採卵したものは、受精率99.6%,奇形率0.5%であった。これは、淡水飼育親魚からの採卵成績(受精率96.9%,奇形率0.1%)と同じで、海水飼育親魚による再生産も可能と思われる。

 本研究により、サケマス類の海水養殖は、食味に優れた大型魚の生産に適していること並びに海域により養殖適期が異なることが示された。海水養殖には、淡水で飼育された種苗を中間塩分で飼育して馴致することにより、分留まりを大幅に改善できることが示された。塩分耐性は、魚種、大きさ、パー・スモルトの相などによる違いはあるものの、海水移行の際の血清Na濃度・筋肉水分の変化の過程は、試験した各魚種に共通した。すなわち血清Na濃度は、淡水飼育の値141mMから1〜2日で最高値(≒200mM)に達し、海水適応後は157mMであった。また筋肉水分は、高塩分への移行に際して一旦67%位に低下するものの、適応後は淡水飼育の値72%に戻った。生残率と併せて、これらの指標を用いて馴致方法を検討し、推奨例を示した。更に、海水飼育に際の問題点として、疾病・性成熟・授精などの検討もして、疾病の種類によって得失はあるが、再生産には問題がないことも示した。

審査要旨

 我国でもサケマス類は古くから食用にされ、馴染み深い魚であが、その増養殖の歴史は浅く、約百年前からである。特に海水養殖は、著者らによる1960年代初頭の試験研究が始まりである。その後12種類のサケマス類について飼育試験が行われ、事業的な量産が図られたのは、現在のところニジマス、ギンザケ、サクラマス、マスノスケの4種類である。それには、種苗を海水へ安全に移すこと、湧水と違って季節変化する水温と養殖時期や販売製品の大きさとの調整、食品としての優位性など検討すべき課題が多い。その内、対象魚の塩分耐性、馴応性、馴致方法、海水養殖における疾病、海水養殖親魚からの再生産などを本研究では検討した。

 海水への塩分耐性などの検討には、血清Na濃度、筋肉水分および生残率を主な指標にした。これらの特性値は、塩分の異なった環境に移したときに大きく変化し、適応の過程も結果も追跡でき、計測し易いものである。また他の血液性状、鰓の塩類細胞、ATP-ase活性なども測定した。

 冬季に海水池でニジマス、アマゴを飼育したところ、0.5〜1kgの大型魚に成長した。そこで肉色改善を意図して甲殻類を添加した餌料を用い、4ヶ月飼育して食味成分を調べたところ、淡水飼育のものに比べて海水飼育のものは、筋肉中の中性脂肪の組成が天然魚に近く、グリシン、タウリンなどのアミノ酸およびNaが多く、食味成分の向上が期待された。肉色も甲殻類添加で淡水・海水飼育とも改善され、海水養殖は、有望な方法と考えられた。

 サケマス類の養殖適温帯である8〜18℃を指標に、各地の沿岸水温が適温帯となる時期を調べ、本州沿岸では冬を中心に、北海道南部では夏を中心に各5ヶ月位が海水養殖の適期と考えられた。

 海水適応を知るための指標とした血清Na濃度、筋肉水分ならびに生残率は、サケマス類の種類、塩分差、温度によらずほぼ同様な変化をした。即ち、淡水飼育の魚を海水に移して斃死しない場合には、血清Na濃度は数時間で増加して1〜2日で最大値となり、以後減少して4〜7日で淡水飼育時の141.2±7.1mMよりやや多い157±6.3mMで安定した。筋肉水分は、血清Na濃度とは対称に数時間で減少して1〜2日で最小値となり、以後増加して4〜7日で淡水飼育時と同じ72.0±2.1%に回復した。淡水に移した場合は、大きな変化をしないで数時間以内に淡水魚の値に安定した。

 サケマス類の塩分耐性が魚を移す海水の塩分より高ければ海水養殖は順調に行える。しかし魚種によっては耐性が低いものもあるので、1週間後の生残率で100%を割る塩分を耐性値とすると、体重20〜30gの7月の稚魚では、イワナ、ギンザケ、ニジマス、アマゴ、スチールヘッドの順に低下した。

 耐性値は、魚種やパー・スモルトの相、大きさなどによっても違ったが、海水移行後の生残率は、一般に成長と共に高くなった。稚魚では、イワナ、サケ、ギンザケが高く、ニジマス、スチールヘッド、アマゴが低かった。

 馴致には、耐性値以下の塩分と前記3指標が海水に反応する塩分以上の範囲、すなわち30〜80%海水が適当であるが、海水への馴応性をより高めるためには耐性値に近くて安全な50〜70%海水で馴致することが効果的と考えられた。また適温帯での馴致が必要で、そこでの馴致日数は、ニジマス7〜10日、アマゴスモルト7日、ギンザケスモルト2日が適当と考えられた。

 一般にサケマス類は河川、湖沼などの淡水に入って急速に生殖巣の発達をする。海水で数ヶ月以上飼育したアマゴは、淡水飼育魚と同様に成熟し、直接採卵したものの受精率98.1%、7日間淡水蓄養後に採卵したものは、受精率99.6%で、淡水飼育親魚からの採卵成績と同じであり、海水飼育親魚による再生産も可能であった。

 本論文は、サケマス類の海水養殖が食味に優れた大型魚の生産に適していること並びに海域により養殖適期が異なることが示した。また、そのためには種苗の中間塩分での馴致が分留まりを大幅に改善できるので、血清Na濃度・筋肉水分・生残率を指標として良好な馴致方法を示した。更に海水飼育の際の間題点として、疾病・性成熟・授精などの検討もして、疾病の種類によって得失はあるが、再生産には問題がないことも示した。これらの知見は、学術上も応用上極めて貢献するところが大きい。よって審査委員一同は、本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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