学位論文要旨



No 213310
著者(漢字) 鈴木,龍夫
著者(英字)
著者(カナ) スズキ,タツオ
標題(和) ベンゾチアゼピン誘導体の電位依存性Caチャネルとの相互作用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213310
報告番号 乙13310
学位授与日 1997.03.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(農学)
学位記番号 第13310号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 唐木,英明
 東京大学 教授 菅野,茂
 東京大学 教授 小野,憲一郎
 東京大学 助教授 局,博一
 東京大学 助教授 尾崎,博
内容要旨

 Ca拮抗薬は電位依存性Caチャネルの、特にL型チャネルを介した細胞内へのCa流入を妨げる事によって薬理作用を発現する薬物であり、狭心症、高血圧などの治療に広く用いられている。それらは、化学構造上の違いなどから、ニフェジピンに代表される1、4-ジヒドロピリジン系化合物、ベラパミルに代表されるフェニルアルキルアミン系化合物並びにジルチアゼムに代表される1、5-ベンゾチアゼピン系化合物に大別される。近年、これら拮抗薬のCaチャネルに対する分子薬理学的研究が進み、いずれの薬物もCaチャネルを構成する1サブユニットに結合することが明らかとなってきている。特に、ジルチアゼム以外の2グループについてはサブユニット中の結合領域なども次第に明らかになりつつある。しかしながら、ジルチアゼムを含むグループについては、同グループに属する化合物が少ない事もあり、その研究が遅れている。これら薬物のCaチャネルとの相互作用や結合特性などを明らかにすることは、チャネルの機能を明らかにする上でも、更に治療効果の高い薬物を開発する上でも重要である。本論文では、種々の新規1、5-ベンゾチアゼピン系化合物を合成し、1、5-ベンゾチアゼピンのCaチャネルへの結合部位を薬理学的に明らかにすることを目的とした。

 はじめに、単一細胞内Ca濃度の変化が測定出来る画像解析システムを用いて、各種刺激物質で刺激したときの細胞内Ca濃度を測定し、それらCa動員機構におけるCaチャネルの関与について検討した。細胞外Ca存在下に、培養血管平滑筋細胞株A7r5をエンドセリン100nMを用いて刺激したとき、細胞内Ca濃度は、一過性の上昇とそれに続く緩やかな持続性の上昇を惹起し、細胞外Ca不在下においては一過性の上昇のみを惹起した。このCa濃度変化に対するジルチアゼムの影響を調べたところ、ジルチアゼムは細胞外Ca存在下に認められる2相性のCa上昇に対し、2相目の緩やかな上昇のみを阻害した。これらのことから、エンドセリンは、エンドセリン受容体に結合し、細胞内CaストアからのCa放出を惹起すると共に、恐らくG蛋白あるいはリン酸化などを介してCaチャネルに作用し細胞外からのCa流入を引き起こすこと、また、1、5-ベンゾチアゼピンは平滑筋細胞のCaチャネルに作用してこれを選択的に抑制するが、CaストアのCa遊離チャネルには作用しないことが示された。また、細胞内Ca動員機構に対する細胞周期の影響について検討したところ、高濃度Kは静止期に比べ増殖期において高い細胞内Ca上昇を示した。また、エンドセリンは静止期においてのみ細胞内CaストアからのCa放出を示した。これらの事から、電位依存性Caチャネルを含めた平滑筋の細胞内Ca動員機構が細胞周期により変化し、細胞機能の調節をおこなっている可能性が示唆された。

 ついで、放射性標識リガンドを用いた受容体結合実験により、1、5-ベンゾチアゼピン系化合物のCaチャネルにおける結合部位について検討を行った。

 はじめに、ニトレンジピンとジルチアゼムの3H-標識リガンドを用いて、大脳皮質シナプトソーム画分のCaチャネルにおけるジヒドロピリジン系化合物とベンゾチアゼピン系化合物の結合特性について比較検討した。いずれも温度が高くなるにつれ解離定数(Kd)は大きくなり、結合親和性の低下する傾向を示した。その親和性は両者で大きく異なり、ニトレンジピンの方が100倍以上高かった。最大結合数(Bmax)は温度によらず一定であり、両者においてほぼ一致した。3H-ニトレンジピンの結合に対するジルチアゼムの影響について検討したところ、ジルチアゼムは、0℃においてはニトレンジピンの結合を阻害したものの、温度を上げるにつれニトレンジピンの結合を促進するアロステリック効果を示した。

 以上の成績から、1、5-ベンゾチアゼピン受容体は、大脳皮質シナプトソーム画分において、1、4-ジヒドロピリジン受容体の近傍に存在しその結合に影響を与えるが、結合領域は異なる事が示された。

 次に、種々の新規1、5-ベンゾチアゼピン系化合物のベンゾチアゼピン受容体に対する結合親和性について検討した。

 クレンチアゼムはジルチアゼムのベンゾチアゼピン環の8位にクロル基を導入した化合物である。クレンチアゼムは、3H標識ジルチアゼムの結合を競合的に阻害した事から、ジルチアゼムと同一の結合部位に結合することを示した。大脳皮質膜画分において、その親和性はジルチアゼムの約3倍強かった(結合阻害のIC50値:クレンチアゼム;28nM、ジルチアゼム;74nM)。

 ついで、3H-ニトレンジピンを用いて、ジルチアゼムとクレンチアゼムの立体異性体および代謝物によるアロステリック効果を調べた。ジルチアゼムおよび立体異性体の4化合物の中では、d-cis体であるジルチアゼムのみが、また、クレンチアゼムとそのl-cis体においても、d-cis体であるクレンチアゼムのみが効果を示した。また、両薬物の脱アセチル体(塩基性代謝物)もそれぞれ両薬物の半分程度の結合促進作用を示した事などから、アロステリック効果がd-cis体に特異的であり、かつ1、5-ベンゾチアゼピン受容体を介することが示唆された。

 アジドブチリル-ジルチアゼム及びアジドベンゾイル-ジルチアゼムは、ベンゾチアゼピン系化合物のCaチャネルにおける結合部位を探索するために合成されたアジド基を有する化合物である。それらの結合親和性並びに薬理作用はジルチアゼムと同等であったにも拘わらず、3H-ニトレンジピンの結合を促進する効果を示さなかった。

 以上、複数の1、5-ベンゾチアゼピン類がジルチアゼムと同一の受容体に結合すると共に、1、4-ジヒドロピリジン受容体に対してジルチアゼムと同様の効果を示した事から、ジルチアゼムを含む1、5-ベンゾチアゼピン類は1、4-ジヒドロピリジン系化合物と結合部位を異にする1つのグループを形成することが示された。また、多くの1、5-ベンゾチアゼピン系化合物が1、4-ジヒドロピリジン受容体に対して影響を与えた。この作用は、d-cis体の構造に基ずくものの、必ずしも1、5-ベンゾチアゼピン受容体に対する結合親和性と相関せず、1、5-ベンゾチアゼピンによる1、4-ジヒドロピリジン受容体の結合親和性を変えるような立体構造変化が、必ずしも1、5-ベンゾチアゼピンによるCa拮抗作用発現に必要な結合領域を介するものでないことが示唆された。

 近年、いくつかのジヒドロピリジン系Ca拮抗薬並びにフェニルアルキルアミン系Ca拮抗薬においてカルモジュリンに対する親和性が見い出された事から、Ca拮抗薬受容体におけるカルモジュリン類似領域の関与が論議されている。そこで、ベンゾチアゼピン系化合物についてもその関与の可能性を探るべく、種々の化合物を合成し抗カルモジュリン作用を有する化合物の探索をおこなった。その結果、1、5-ベンゾチアゼピン環の3位にベンゾイル基を導入した幾つかの化合物にその作用を見い出したので、そのうちの2化合物(TA-1、TA-6)を用いて1、5-ベンゾチアゼピン受容体に対する作用を調べた。TA-1ならびにTA-6はジルチアゼムの結合を競合的に阻害したが(IC50値;191、112nM)、それらの作用はそれぞれの抗カルモジュリン作用(IC50値;28、4M)に比べ10倍以上強かった。対照薬として用いたクロルプロマジンにおいても、競合的な阻害作用が見られた(IC50値;64M)。一方、3H-ニトレンジピンの結合に対して、TA-6はジルチアゼムよりも大きなアロステリック効果を示したが、クロルプロマジンにおいてはその作用は認められなかった。

 以上の結果から、1、5-ベンゾチアゼピン受容体においてカルモジュリンと類似の結合領域の存在が示唆された。しかし、抗カルモジュリン作用を付加した化合物においても、結合親和性並びにアロステリック効果に対する効果が認められなかったことから、この領域は1、5-ベンゾチアゼピン化合物の結合親和性を決定するような主要領域ではないことが示された。

 以上まとめると、電位依存性Caチャネルは膜電位の変化によりその立体構造を変え、選択的に細胞内へのCa流入を促す。本研究において、その機能は細胞、組織の置かれた環境によっても変化し易く、細胞周期によっても変化する可能性が示された。また、多くのベンゾチアゼピン系化合物を用いた検討から、ベンゾチアゼピン系化合物の結合部位が細胞膜上のCaチャネルに存在し、他のCa拮抗薬とは異なる固有の結合部位であることが示された。本検討の中でジルチアゼムのCa拮抗作用の修飾するような化合物の開発を試みたが、受容体に対する結合親和性を増すような構造修飾のみがCa拮抗作用を増加させる為には有効であった。

 以上の知見は、今後Caチャネルあるいはカルモジュリンの機能を解明し、ジルチアゼムに優る新しい治療薬を開発する上で有用であると考えられる。

 以上

審査要旨

 近年、Caチャネルの機能は、分子生物学的手法を用いて急速に解明され、1サブユニットがチャネル本来の機能を果たすことが明らかにされている。このサブユニットは4つの相同ドメイン(Motif I〜IV)からなり、これらがCaが通過するボア、電位センサー、活性化ゲート、不活化ゲート、イオン選別フィルターなどのいくつかの基本的機能単位を構成する。一方、Ca拮抗薬は、細胞膜に作用し電位依存性L型Caチャネルを介した細胞内へのCa流入を妨げることによって薬理作用を発現する薬物である。現在、Ca拮抗薬は、化学構造上の違いなどから、ニフェジピンに代表される1、4-ジヒドロピリジン系化合物、ベラパミルに代表されるフェニルアルキルアミン系化合物並びにジルチアゼムに代表される1、5-ベンゾチアゼピン系化合物に大別されている。1、4-ジヒドロピリジン系化合物については、Motif IVの細胞外ドメインに、フェニルアルキルアミン系化合物についてはMotif IVの細胞内ドメインに結合することが明らかになっている。しかしながら、1、5-ベンゾチアゼピン系化合物については、同グループに属する化合物が少ない事もありその解明が遅れている。本論文は、種々の新規1、5-ベンゾチアゼピン系化合物を合成し、Caチャネルにおける同受容体との結合性などを検討することにより、その結合部位について解析することを目的としている。

 はじめに、蛍光色素を用いた画像解析装置を用いて、培養平滑筋細胞に対するジルチアゼムの作用を調べた。その結果、高濃度Kによる細胞内Ca上昇の程度は細胞の培養条件と共に変動したことから、Caチャネルの機能が細胞周期により変化し、増殖期において亢進されることが示された。また、ジルチアゼムは平滑筋細胞膜のCaチャネルを選択的に抑制し、細胞内CaストアのCa遊離チャネルには作用しないことを明らかにした。

 ついで、新規に合成された幾つかの1、5-ベンゾチアゼピン系化合物のCaチャネルに対する結合特性を調べることにより、1、5-ベンゾチアゼピンの受容体について検討した。8-クロル体、アジド体などの新規1、5-ベンゾチアゼピン系化合物はいずれもジルチアゼムと同一の受容体に結合し、その結合親和性はそのCa拮抗作用と相関した事から、1、5-ベンゾチアゼピン系化合物が、Ca拮抗薬として1、4-ジヒドロピリジン系化合物と異なるサプクラスを形成することが示された。

 一方、1、5-ベンゾチアゼピン環8位にクロル基を導入した8-クロル-ベンゾチアゼピンは、ジルチアゼムに比べ高い結合親和性を示した。また、ジルチアゼムの1、5-ベンゾチアゼピン環3位アセチル基をベンゾイル基に置換した化合物(TA-1、TA-6)の結合親和性はジルチアゼムに比べ低下したが、アジド基を付加した化合物の親和性はジルチアゼムと同程度であった。このことから、ベンゾチアゼピン環の疎水性並びに3位置換基が1、5-ベンゾチアゼピン系化合物の受容体に対する結合親和性に大きな影響を与えることが示された。さらに、1、5-ベンゾチアゼピン受容体が1、4-ジヒドロピリジン受容体の近傍に存在し、受容体に対する結合が1、4-ジヒドロピリジン受容体の結合親和性を変化させるような立体構造の変化を引き起こすことも示唆された。

 1、4-ジヒドロピリジン系化合物やフェニルアルキルアミン系化合物は、Caチャネル阻害作用に加え、カルモジュリン阻害作用を有することが知られている。ジルチアゼム自身はカルモジュリン阻害作用を示さなかったが、TA-1、TA-6は抗カルモジュリン作用を示した。しかし、これらの化合物のCaチャネルに対する結合親和性はジルチアゼムよりも弱く、Ca拮抗作用もジルチアゼムを上回ることはなかった。一方、ニトレンジピン結合促進作用においては、TA-6はジルチアゼムを上回る最大結合促進効果を示した。これらの事から、1、5-ベンゾチアゼピン受容体において、カルモジュリン類似の結合領域の存在が示唆されるが、この領域は1、5-ベンゾチアゼピン受容体においてCa拮抗作用に関わるような主要な結合領域ではないことが示唆された。

 以上を要約すると、本論文では1、5-ベンゾチアゼピン系の新規化合物を合成し、Caチャネルに対するそれらの結合特性について検討することにより、1、5-ベンゾチアゼピン系化合物がCaチャネル上に他のCa拮抗薬と異なる固有の受容体を有し、本受容体に直接結合することによりCaの通過を妨げることが示された。この知見は、今後Caチャネルの機能を解明し、また新しい治療薬を開発する上で有用であると考えられる。よって、審査員一同は本論文が博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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