戦後日本では、農業の比較劣位化が進行し、農産物の輸入が急増した。この結果、食料自給率に著しい低下が見られた。この要因として、日本が土地資源に乏しい国であったことが挙げられる。このような、土地資源賦存による説明は、研究者の間ではconventional wisdomとして広く行われているものであが、数量的に厳密な分析がなされたことはなかった。本論文では、土地資源と国際貿易との関係に焦点を当て、これまでにあまり行われてこなかった数量的分析によって、両者の関係の解明をめざした。 この目標のため、以下の二つの課題が設定された。 ●日本において農産物の土地集約度(土地係数)がその比較優位性を決定している、というHO定理の妥当性を、数量的に確認すること。さらに、日本が大量の農産物を輸入することでどれほどの土地サービスを間接的に輸入しているのか、その量を計測することで、日本の海外への土地依存度を測定すること。 ●上に述べたconventional wisdomの基礎である国際貿易理論そのものを検証すること。具体的には、財の純輸出に体化された生産要素が、国内および世界全体の生産要素賦存量と一定の関係を持つというHOV定理の現実妥当性を検証すること。 第一の課題の分析は、本論文の第3章で行われ、次のような事実が明らかとなった。 1.日本の直接的土地係数は耕種農業部門、特に麦類・雑穀・豆類・油糧作物で大きい。一方、総合的土地係数は耕種農業に加えて、畜産と素材型の食料品部門も大きな値をとる。 2.農産物の品目別国内自給率は、直接的土地係数と負の相関を示した。このことから、直接的土地係数が比較優位性を決定していることがわかった。 3.輸入の総合的土地体化量は、昭和60年で1,891万haであり、国内農用地使用量の3.24倍にも達している。そのほとんどは、雑穀・豆類・麦類・油糧作物の直接・間接の輸入によるものである。また、間接的土地体化量だけでも、国内農用地使用量の0.79倍に及んでいる。 4.昭和40-60年の20年間に輸入の総合的土地体化量は、731万haから1,891万haへと大幅な上昇を示した。これは主に農産物輸入の拡大によるもので、特に飼料用の雑穀輸入が大きく伸びたことが最大の要因である。さらにその原因として、昭和40-45年では政策の変化(飼料穀物の輸入自由化)、それ以降では消費パターンの変化(畜産物の消費増大)が大きく影響していた。 以上の計測結果を利用して、日本の農産物輸入政策に考察を加えた。土地利用型作物である穀物類の国内生産をほとんど放棄してきた日本の農産物輸入政策は、土地という国内希少資源を節約するという意味で、経済効率上「合理的」なものであった、というのがこの結論である。ただし、今後の農業政策を考える上では、経済効率性以外の政策目標をも勘案した多面的な考察が必要である。この点は、注意を要する重要な留保条件である。 HOV定理の検証という第二の課題への取り組みは、第4章および第5章においてなされた。 第4章では、日米の二国間貿易についてHOV定理の検証を行った。分析結果は以下の様に要約される。 1.sign testはおおむね満たされた。このことは、HOV定理は要素純輸出の方向はある程度正しく予測できることを示している。しかしながら、資本などのいくつかの要素について、HOV定理は貿易の方向の予測を誤った。 2.要素純輸出の量について言えば、HOV方程式は満たされず、実際の要素交易はHOV方程式による予測よりもはるかに小さくなる傾向がある。この事実は、トレフラーのいうmissing tradeと似たものであるが、日米という先進国同士の貿易でこの現象が確認されたことは、新しい発見である。 3.このHOV定理からの乖離は、需要側の要因よりも供給側の要因で説明される。すなわち、二国間での要素集約度の不均等が乖離の主たる原因である。この要素集約度の差は著しく偏向的であることが確認できる。これは、トレフラーが強調したヒックス中立的生産効率差以外にもmissing tradeの要因が存在することを示唆する。 4.耕地・牧草地・森林などの土地資源に関しては、日米の賦存量の差があまりにも大きいことが、土地価格均等化と土地集約度均等化を妨げ、HOV定理からの乖離の原因となっているものと考えられる。これと比較して、資本や労働については、原因を特定することは困難であった。これは、現実の国際貿易では、同時に様々な点で、理論の仮定との齟齬が生じているためである。 前章の結果を受けて、理論の仮定との齟齬のより少ない地域間交易(日本国内)についてHOV定理の検証を行ったのが、第5章である。この結果を要約すれば、以下の通りである。 1.多くのケースでsign test,rank testが満たされた。このことから、国際貿易と比べて地域間交易は、よりHOV定理に従っているといえる。 2.しかしながら、HOV方程式は厳密には満たされず、実際の要素交易はHOV方程式による予測よりも小さくなる傾向がある。ただし、HOV方程式からの乖離は、第4章の日米貿易でのそれほど大きいものではない。 3.このHOV定理からの乖離は、やはり需要側の要因よりも供給側の要因で説明される。すなわち、要素集約度の地域間での不均等が主たる原因である。 4.要素集約度の不均等性は要素価格の地域差によって生じたものと考えられる。すなわち、要素価格の均等化が不完全なため、ある生産要素が豊富な地域ではその要素の価格が低くなり、この要素を集約的に利用する傾向がある。これは、農用地・森林の2つの土地資源について検証された。 第4章と本章を通じて、土地資源では特にHOV定理が成り立たないことが示された。これは、土地資源はその性質上、国際賦存格差(あるいは、国内の地域間賦存格差)が極度に大きいためと考えられる。これが、土地資源の重要な特質である。 |