学位論文要旨



No 213317
著者(漢字) 小澤,明仁
著者(英字)
著者(カナ) オザワ,アキヒト
標題(和) ウシおよびブタの成長ホルモン作用発現におけるインシュリン様成長因子-Iの意義
標題(洋)
報告番号 213317
報告番号 乙13317
学位授与日 1997.04.07
学位種別 論文博士
学位種類 博士(獣医学)
学位記番号 第13317号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高橋,迪雄
 東京大学 教授 澤崎,徹
 東京大学 助教授 塩田,邦郎
 東京大学 助教授 高橋,伸一郎
 東京大学 助教授 西原,眞杉
内容要旨

 畜産は家畜を利用した物質生産の産業であるから、家畜を効率よく成長させることは重要な課題である。肉の生産は骨や筋肉の成長に依存しており、家畜を早く成長成熟させ、乳などを生産する個体にすることが全体としての生産効率を高め、さらに次世代の家畜を生産するという意味からも重要である。家畜の成長や栄養素の利用に関与するホルモンとして、視床下部より分泌される成長ホルモン放出因子(GRF)、GRFによって下垂体から分泌が促進される成長ホルモン(GH)、GHにより肝臓等で合成や分泌されるインシュリン様成長因子-I(IGF-I)があり、この一連のホルモン情報伝達系はSomatot ropic Axisと呼ばれている。なかでもIGF-IはGHの成長促進作用を仲介するだけでなく、絶食や低栄養状態で血漿IGF-I濃度が低下し再給餌で回復することから、家畜の栄養状態と成長を結び付けうる生理活性物質である。現在までに培養細胞や齧歯類を使った実験でIGF-Iに関するデータが数多く存在するが、体の大きさが1000倍も異なるウシやブタなどの家畜にどの程度適用可能なのか解明すべき点であった。さらに、GHは反芻動物の乳量を増加するため、泌乳中のウシにおけるGHやIGF-Iの分泌やこれらのホルモンと乳量の関係がどうなっているか研究する必要があった。

 本研究ではウシおよびブタの血中IGF-Iの測定法について検討した上で、GHが血漿IGF-I濃度にどのような影響を及ぼすのか、他のホルモンおよび代謝産物の血漿濃度にどのような影響するのか、そしてGH以外の血中IGF-I濃度を変化させる要因について検討した。泌乳牛においては、泌乳の時期と血中GHおよびIGF-Iの関係、さらに、GH投与後の血漿IGF-I濃度と乳量の関係について調べた。

 12カ月齢の育成牛を使って血漿GHおよびIGF-I濃度の日内変化を観察した。その結果、血漿IGF-I濃度は血漿GH濃度に比べ日内変化が小さいことが示された。また、IGF-Iレベルは、GHの脈波的分泌の大きさと頻度によって決められると考えられた。ウシの出生から約720日間の血漿IGF-I濃度は、出生直後比較的高いが、直ちに減少して、出生約30日頃に最低値となった。その後、360日まで上昇し、そのまま720日まで高値を維持した。しかし、血漿IGF-I濃度は血漿GH濃度と相関した変化を示さず、約30日齢以降720日齢迄は、日齢が進むにつれてGHのIGF-I分泌促進効果が高まる可能性が示唆された。また、育成牛にウシGH(500g/kgBW)を投与した場合、血漿IGF-I濃度は投与4時間目以後、48時間以上にわたり高値に維持された。また、血漿グルコースおよび遊離脂肪酸(NEFA)濃度も上昇した。

 泌乳牛の分娩前および泌乳期間中の血漿GHおよびIGF-I濃度を測定した。血漿GH濃度は分娩前1ヵ月から1週間前まで低い値で変化も少なかったが、分娩3日前より増加し、分娩当日から分娩後7日までは高い値を示した後、次第に減少し、分娩60日以降はほぼ一定の値となった。血漿IGF-I濃度は分娩まで比較的高い値を示したが、分娩当日急激に減少し、18個体中5個体は測定限界以下(7ng/ml以下)となった。この低値は分娩当日から3日目迄観察されたが、一過性で、分娩第5日目にはほぼ分娩直前の値にもどった。その後14日から濃度は減少し、分娩21日後には分娩直後に次ぐ低値を示し、その後再び徐々に増加を始め、乾乳直前の240日(8ヵ月)に最大となった。血漿IGF-I濃度は泌乳開始期および泌乳最盛期にかけて減少傾向にあり、血漿IGF-I濃度が泌乳開始および泌乳最盛期に乳量の増加と関係する可能性は小さいと考えられた。一方、泌乳牛に徐放性GH(640mg/head)を投与すると、血漿GH濃度は10日間持続的に高く、血漿IGF-I、グルコース、NEFA濃度は投与後17日まで高い状態が継続した。GH投与後28日間の処置群の乳生産量は、対照群に比べて平均1日あたり4.5kg(21.2%)増大した。そして、GH投与後の平均血漿IGF-I濃度と平均1日乳量の間に極めて高い相関(r=0.93,n=13;p<0.01)が観察された。無処置の泌乳牛では血漿IGF-I濃度が泌乳最盛期に乳量の増加に伴う栄養状態の低下によって減少するが、特定の栄養条件下に限れば、IGF-I濃度と乳量には高い相関があると考えられた。

 さて、GHの増乳効果は乳腺に直接作用しないのだろうか。ウシと同様にGHが増乳効果を示すヤギの乳腺を用いてノーザンプロット法でGH受容体mRNAおよびGH作用のインディケーターたるIGF-IのmRNAが存在するか検討した。その結果、ヤギの乳腺中にGH受容体mRNAおよびIGF-IのmRNAの存在が示された。すなわち、ヤギ乳腺組織においてGH受容体が存在し、IGF-Iが局所において合成されている可能性を示す。しかし、乳腺におけるGH投与後のGH受容体mRNAの発現は肝臓と異なって強いダウンレギュレーションを受け、IGF-IのmRNA量の変化も認められなかった。したがって、乳腺ではGHによってGH受容体が減少することで、GHが他の多くの組織に及ぼすようなグルコースの利用抑制効果を現れず、GHによる血漿IGF-Iやグルコース濃度上昇により増乳効果をサポートするような乳腺へのGHの固有の作用が併存していることが明らかになった。

 ブタを用いて栄養状態を変化させGHの作用について検討した。血漿IGF-Iおよびグルコース濃度は高レベル給餌区(維持量の4倍:ほぼ自由採食に相当する量)、維持量給餌区でウシGH(100g/kg)投与後増加したが、絶食区で増加しなかった。逆に、血漿NEFA濃度は絶食、維持量給餌区で増加し、高レベル給餌区で増加しなかった。食餌からエネルギーの供給がある場合には、GH投与は血漿IGF-Iおよびグルコース濃度の上昇をもたらし、グルコースが中心となりエネルギーが供給され、動物は成長する。絶食の際には外部よりエネルギーの供給は絶たれ、肝臓のグリコーゲンも枯渇するので、GH投与後血漿グルコースは上昇せず、GHは脂肪組織に作用して蓄積されている脂肪を分解し、NEFA濃度を上昇させ、脂質が中心となりエネルギーが供給されると考えられた。しかし、絶食期間を変化させGHの作用を検討すると、絶食条件の継続で基礎IGF-I濃度が継続して低下し、これがGHによる血漿IGF-I濃度の上昇をマスクしていることが示され、絶食条件下でもGHに対する反応が残存することが判った。

 一方、環境温度を20℃から4℃へ低下させると、ブタの血漿IGF-I濃度は減少した。低温環境下での維持エネルギー量の増加が動物の栄養状態を低下させ、血漿IGF-I濃度を低下させたと考えられる。しかし、低温環境下や絶食時の血漿NEFAの上昇にはカテコラミンの関与が考えられ、カテコラミンの2作動薬であるクロニジンがヒツジの血漿IGF-I濃度を低下させることが報告されていたため、2アゴニストがブタのIGF-I産生に影響について検討した。ブタにクロニジン(0.5nmol/kgBW/min)を連続8時間注入し、ウシGH(100g/kgBW)を皮下注射した。その結果、GH投与による血漿IGF-I濃度の上昇がクロニジンによって抑制されることを観察した。すなわち、2アゴニストによって血漿IGF-I濃度が低下する可能性が示された。寒冷環境など交感神経亢進状態は体成長に適さないと考えられ、たとえGHが分泌されても、カテコラミンの2受容体を介して血漿IGF-I濃度上昇が抑制されている状態は合目的と考えられた。

 ついで、これらの血漿IGF-I濃度の変化はGHが肝臓に作用した結果なのか検討した。ブタにウシGH(100g/kgBW)を投与して一定時間後に屠殺して、肝臓と体内で最大の体積を占める骨格筋のIGF-IのmRNA量をノーザンプロットで観察した。肝臓IGF-IのmRNA量はGH投与4ないし6時間後に約6倍に増加し、その後血漿IGF-I濃度が増加した。一方、骨格筋におけるIGF-I mRNA量は肝臓に比べ極めて少なく、GHによる増加も観察されなかった。このため、ブタにおいても肝臓でのIGF-Iの産生が血漿IGF-I濃度の変化において極めて重要であると考えられた。

 本研究の多くの結果は、血漿IGF-I濃度がGHと家畜の栄養状態に敏感に影響されることを示している。栄養状態による血漿IGF-I濃度の変化を考慮すれば、高い血漿IGF-I濃度を示す個体は、栄養摂取が十分で、それが体成長に向けられていると評価できると考えられる。また、GHによる増乳効果にIGF-Iが関与する可能性が示され、GHによって乳腺組織中GH受容体がダウンレギュレーションを受けることで増乳効果をサポートしている可能性が示唆された。一方、栄養状態とは別に2アゴニストによって血漿IGF-Iレベルが低値となることが明らかになった。このような栄養状態以外に、血漿GHやIGF-I濃度を変化させ、成長に影響を与える因子の存在は家畜の成長を利用する畜産において特に重要である。

審査要旨

 家畜の成長や栄養素の利用に関与するホルモンのうち、下垂体から分泌される成長ホルモン(GH)、そして、GHにより肝臓での合成と分泌が調節され、循環血中に存在するインシュリン様成長因子-I(IGF-I)は最も重要なものと考えられている。本研究は数種の家畜を用いて、血中GH濃度とIGF-I濃度の関係を自然条件、GH負荷条件下で精査すると共に、栄養状態、温度環境などの因子によってGH濃度とIGF-I濃度の関係が変化することを明らかにし、さらに、GHは反芻動物において増乳効果を示すことが知られていることから、泌乳促進効果に血漿IGF-Iが関係するかどうか、さらに乳腺自体でIGF-Iが産生されるのかを検討している。成績は2章、10節にわたって記述されているが、それらは以下の3点にまとめられる。

1.成長とIGF-I

 育成乳用牛(雌)のGH分泌パターンは数ng/mlの基底値に、基底値の数倍から数10倍の濃度に達する1日に5回程度出現するパルス状分泌が伴っていること、一方IGF-I濃度は定常的で、そのレベルはGH分泌パルスの大きさと頻度によりほぼ一義的に決められていることを見い出している。IGF-I濃度は、出生2週間で最低の値となり、その後1歳まで上昇を続け、以後プラトーとなるが、出生直後の低下は栄養摂取の一時的低下を、その後の上昇は体成長とよく一致し、摂取した栄養が一義的に体成長に利用されている状況を反映していると考察している。成熟泌乳牛IGF-I濃度は育成牛に比較して低く、特に分娩直後および泌乳最盛期には低値を示し、このような時期の摂取栄養が、体成長に利用されないことを保証していると考察している。これらから、逆にIGF-I濃度の高低により、個体の栄養摂取と体成長のバランスが評価できると思われる。

 また、IGF-I遺伝子は肝臓において発現量が多く、GHにより増加すること、一方骨格筋における遺伝子の発現量は極めて少ないだけでなく、GHによる増加も観察されなかったことから、GHが制御している骨格筋が関与する体成長には、肝臓が合成して血中に放出されるIGF-Iが重要であると考察している。

2.血漿IGF-I濃度を変化させる要因

 まず、ウシの血漿GH、IGF-I濃度の観察により、血漿IGF-I濃度は5-9時間前のGH濃度を反映していると推定し、これがGHの投与により、ウシでは5時間後に、ブタでは4時間後にIGF-I濃度の有意な上昇がもたらされるという結果と良く一致することから、GHが末梢へのIGF-I分泌の主たる制御因子であると結論している。

 栄養条件によるIGF-I濃度の変化を、高用量GHの投与条件下で検討すると、IGF-I濃度の上昇は給餌量に依存して高まること、しかし絶食条件下でもGHに対する反応が全く失われることはないことを、ブタを用いて明らかにしている。環境温度もまた血漿IGF-I濃度に影響することが明らかにされ、低温環境下では血漿IGF-I濃度は低値となった。この場合には血漿遊離脂肪酸の上昇が特徴的で、カテコラミンの関与を考え、カテコラミンの2作動薬であるクロニジンの影響を検討したところ、予想通りGH投与時のIGF-I濃度の上昇が抑制されることを見い出し、交感神経緊張状態ではGHのIGF-I分泌促進効果が抑制されると結論している。

3.泌乳とIGF-I

 徐放性ウシGH製剤を乳牛に投与してGHの血中レベルを持続的に上昇させた場合は、その結果上昇する血中IGF-I濃度と乳量の間に極めて高い相関が観察され、GHの増乳効果がIGF-Iの作用によって仲介されていることが示されている。しかし、乳量の増加と共に、血中インスリン、甲状腺ホルモン濃度の上昇や、遊離脂肪酸、グルコース濃度の著しい上昇も観察され、必ずしもIGF-Iを介さないと考えられるGHの多面的な作用によってGHの増乳効果がもたらされていると考察している。

 ヤギの肝臓と乳腺組織におけるGH受容体とIGF-ImRNAの存在を検討したところ、乳腺にもGH受容体mRNAが存在したが、GH投与によってそれは減少し、さらにGHによるIGF-I遺伝子の発現量増加も証明されなかった。この結果に基づき、IGF-Iに仲介されるGHによる増乳効果は、主として血中IGF-Iが関係している可能性が高いと考察している。

 以上の如く、申請者はウシ、ブタ、ヤギの家畜種を用い、GHとIGF-Iの関係を広範囲に検索することにより、これまでに明らかでなかった様々な重要な知見を得ており、本研究は家畜の生産性向上という実用的見地はもとより、比較内分泌学の側面からも高く評価された。よって審査委員一同は本論文が博士(獣医学)の学位論文として価値あるものと認めた。

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