学位論文要旨



No 213318
著者(漢字) 大田,義一
著者(英字)
著者(カナ) オオタ,ヨシカズ
標題(和) 新規抗リウマチ剤TAK-603の免疫調節作用機作に関する研究
標題(洋)
報告番号 213318
報告番号 乙13318
学位授与日 1997.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13318号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 齋藤,洋
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨 (緒言)

 T細胞、特にCD4陽性T細胞は免疫反応の調節に深く関与するが、近年本細胞が少なくとも2種類のサブセットに分類されることが知られている。すなわち、Th1タイプの細胞はインターフェロンガンマ(IFN-r)、インターロイキン2(IL-2)等を産生してマクロファージを活性化し、細胞性免疫を亢進させ、Th2タイプはIL〜4,5,6,10等を産生してB細胞を活性化し、体液性免疫を亢進する。両者の細胞はその産生するサイトカインを介して互いに抑制しあうが、それらのバランスが崩れ、いずれかのタイプの細胞による極端に偏向した反応が起こることにより、種々の免疫疾患が引き起こされると考えられている。たとえば、ヒトの自己免疫疾患あるいはそのモデル動物においてはTh1タイプへの偏向が、一方、アレルギー反応、喘息やアトピー性皮膚炎においてはTh2タイプへの偏向が知られている。

 リウマチは、関節を主たる病巣とする全身性の慢性炎症疾患であり、病因抗原は未だに特定されていないが自己免疫疾患の一つと考えられている。関節腔がこれをおおう滑膜の増殖性の炎症により閉塞され、さらに骨、軟骨の破壊を伴った関節破壊が進行することが本疾患の最大の特徴である。増殖する滑膜には、多数のT細胞の浸潤が認められ本疾患の発症及び慢性化における重要性が指摘されてきたが、T細胞由来のサイトカインが関節液中に量的に少ないこともあり、その重要性に疑問も残されていた。むしろ関節腔に多量に産生される炎症性サイトカイン(IL-1,6,TNF等)が関節破壊の直接要因と考えられている。しかしながら、リウマチ患者滑膜においてもT細胞由来のサイトカインが検出感度の向上により確認され、しかもTh1タイプに偏向していることが最近相次いで報告されている。さらに、リウマチ患者末梢血由来T細胞のサイトカイン産生もTh1タイプに偏向しているという。

 リウマチの治療薬としては、病状の進展を阻害し関節破壊をくい止める薬剤(DMARD)が望まれているが、既存の薬剤では副作用のために使用が制限される場合が多い。また、強い免疫抑制剤ではさらに免疫不全に伴う弊害もある。私は、リウマチのTh1タイプに偏向した免疫反応に着目し、これを是正する薬剤をその治療に応用する事を試みた。TAK-603は、その課程で生み出され現在臨床試験中の薬剤である。本論文では、本剤のTh1選択的な抑制作用を明らかにし、その作用機序について考察する。

(本論)TAK-603のTh1選択的抑制作用(in vitroでの作用)

 抗原応答性T細胞ラインを樹立し、そのサイトカイン産生に対するTAK-603の作用を検討した。サイトカイン測定はELISA法によった。樹立したT細胞は、Balb/cマウス由来のアロ抗原反応性T細胞がIFN-rを主に産生するTh1タイプ、卵白アルブミン反応性T細胞がIL-4を主に産生するTh2タイプであった。また、C57BLマウス由来のダニ抗原反応性T細胞はTh1タイプとして樹立された。なお、ダニ抗原に対してBalb/cマウスではTh2タイプの細胞が樹立された。T細胞分化・増殖が抗原の種類、マウスの系統により決定されることが示され注目された。以上のいずれの細胞においても、TAK-603がその産生量に拘わらずTh1タイプのサイトカイン産生を選択的に抑制することが示された。

 Th1・Th2細胞間の相互作用を考え、薬物の標的細胞をより明確にするため上述の卵白アルブミン反応性T細胞よりT細胞クローンを樹立し、そのサイトカイン産生への影響を調べた。ここでも、Th1サイトカインに対する選択的抑制が支持された。Th1、Th2両方のサイトカインを産生するThタイプの細胞においてもやはりTh1サイトカインが抑制された。

 本剤のTh1選択性の機作は、未だ不明であり今後の検討課題である。抗原刺激後のサイトカイン産生シグナル伝達系には、Th1、Th2タイプで差があることが報告されており、本剤もそのいずれかに作用している可能性がある。私は、軟骨細胞の細胞外マトリクスのIL-1刺激による減少作用をTAK-603が抑制することを見出しているが(この作用は、リウマチにおける軟骨破壊の抑制作用として期待されている)、本系ではIL-1刺激が細胞内ジアシルグリセロール(DAG)量の増大により伝達され、TAK-603の誘導体がその基礎レベルを上げ脱感作的にIL-1作用を抑制することが示唆されている。そこで、T細胞においてもTAK-603が同様の作用によりプロテインキナーゼの活性化を抑制し、その結果これをシグナル伝達に用いるTh1タイプ細胞を抑制するのではないかと考えている。なお、細胞内cAMPレベルを上昇させる薬剤にもTh1特異的なサイトカイン抑制が報告されているが、TAK-603にはこのような活性を認めていない。

TAK-603のTh1選択的抑制作用、in vivoでの作用

 遅延型過敏症(DTH)では細胞性免疫が、アルザス反応では液性免疫がそれぞれ炎症反応の誘起に重要と考えられている。TAK-603を投与したマウスでは、前者の反応は有意に抑制されたが、後者の反応は抑制されなかった。in vivoレベルでもTAK-603がTh1タイプの反応を抑制することが示唆された。

 次にリウマチのモデル動物であるアジュバント関節炎ラット(流動パラフィンに懸濁した結核死菌をラット後肢皮内に感作し誘導、本実験ではLewisラットを使用した)について本病態におけるT細胞サイトカインの関与を明らかにするために、罹患関節および脾臓においてサイトカイン産生をmRNAレベルで検討した。すなわち、摘出した部位より総RNAを抽出後、RT-PCR法を用いmRNAを増幅し電気泳動により得られるバンドの濃度を測定する事によりその発現量を半定量的に測定した。関節において、2次炎症の関節炎が起こり始める感作後10日め頃より、Th1サイトカインであるIFN-rの遺伝子の著明な発現が認められた。これは、感作後14日め頃をピークに減少したが、28日めでも依然強い発現を認めた。一方、IL-4の遺伝子発現は、実験期間中全く検出できなかった。さらに本関節炎ラットでは、末梢血中のリンパ球細胞を反映すると考えられる脾臓においてもIFN-r遺伝子が多量に発現していた。以上から、本関節炎モデルにおける病態の形成にTh1サイトカインが深く関与していることが示唆された。

 本関節炎においてTAK-603の作用を検討した。TAK-603投与により(6.25mg/kg/day,p.o.)、関節および脾臓で認められたTh1サイトカイン遺伝子発現が有意に抑制された。この時,関節炎に伴う浮腫も有意に抑制された。さらに、本関節炎ラット由来脾細胞を移入することにより、同系の正常動物にも関節炎を誘起することができるが、TAK-603を投与した本関節炎ラットより調製した脾臓細胞は、対照関節炎ラット由来の細胞と比較して関節炎誘導能が著明に低下していた。関節炎ラット由来脾細胞を移入後に薬物を投与した場合の関節炎抑制作用は弱かった。さらに限界希釈法を用い病因抗原反応性T細胞を算定したところ、TAK-603投与ラットにおいて有意に減少していることが示された。

 リウマチのモデルとしては、コラーゲン関節炎(軟骨の主成分であるタイプIIコラーゲンを後肢皮内に不完全アジュバントとともに感作して誘起し、ラット、マウスとも発現させうる)も用いられる。本動物でも、アジュバント関節炎と同様の遺伝子発現を検討した。DAラットに牛由来のコラーゲンを感作して誘起した本実験の条件下では、関節炎の腫れがピークになる感作後18日めでも炎症局所にIFN-r遺伝子発現は見られず、25日頃ようやく認められた。その発現量は、アジュバント関節炎の場合ほど高くはなかった。一方、IL-4の遺伝子の発現は、感作18日めでもIFN-rに匹敵するレベルで観察された。本関節炎の発生においては、むしろTh2サイトカインの重要性が示唆された。さらに脾臓においても、Th1偏向したサイトカイン産生は認められなかった。また、この様なサイトカイン遺伝子発現の違いが、ラットの系統差によるものでないことを確認している。本モデルにおいては、TAK-603の薬効は弱く、最小有効量は100mg/kg/day、p.o.を要した。

 以上より、in vivoモデルでも細胞性免疫あるいはTh1サイトカインの関与の大きい系においてTAK-603がより有効であるとの結果が得られた。

(結論)

 TAK-603は、免疫調節作用を有すること、特にTh1タイプのサイトカイン産生の抑制を介し、細胞性免疫の関与の大きい病態モデルに有効であることが示された。骨、軟骨に対する保護作用と合わせ、新しいタイプの抗リウマチ剤として期待される。

審査要旨

 T細胞、特にCD4陽性T細胞は免疫反応の調節に深く関与するが、近年本細胞に少なくとも2種類のサブセットの存在が知られている。すなわち、Th1タイプの細胞はインターフェロンガンマ(IFN-r)、インターロイキン2(IL-2)等を産生してマクロファージを活性化し、細胞性免疫を亢進させ、Th2タイプはIL-4,5,6,10等を産生してB細胞を活性化し、体液性免疫を亢進する。両者の細胞はその産生するサイトカインを介して互いに抑制しあうが、それらのバランスが崩れ、いずれかのタイプの細胞による極端に偏向した反応が起こることにより、種々の免疫・アレルギー疾患が引き起こされると考えられている。

 リウマチは、関節を主たる病巣とする全身性の慢性炎症疾患であり、病因抗原は未だに特定されていないが自己免疫疾患の一つと考えられている。関節腔の閉塞、関節破壊が本疾患の特徴である。異常増殖する滑膜には、多数のT細胞の浸潤が認められ本疾患の発症及び慢性化における重要性が指摘されてきたが、T細胞由来のサイトカインが関節液中に量的に少ないこともあり、その重要性に疑問も残されていた。大田氏は早くから、このT細胞に着目し抗リウマチ剤への応用を考えてきた。特に、Th1細胞の選択的抑制を目指した薬剤の探索を続け、ついに世界で最初に本研究のTAK-603を見出した。現在では、リウマチ患者滑膜や末梢血由来T細胞においてもT細胞由来のサイトカインが検出感度の向上により確認され、しかもTh1タイプに偏向していることが最近相次いで報告されている。

 リウマチの治療薬として十分なものはなく、病状の進展を阻害し関節破壊をくい止める薬剤が望まれているが、既存の薬剤では副作用のために使用が制限あるいは中止される場合が多い。TAK-603は、その作用点からも安全性が高く臨床での期待も高いという。

 本剤の作用について明確に示したのが本研究の骨子である。まず大田氏は、in vitro系での作用を示した。抗原応答性T細胞ラインを複数樹立し、そのサイトカイン産生に対するTAK-603の作用を検討した。樹立したT細胞のTh1/Th2タイプは、抗原の種類、マウスの系統により決定されることが合わせて見出され免疫反応の方向を決める因子として注目される。そのいずれの細胞においても、TAK-603がその産生量に拘わらずTh1タイプのサイトカイン産生を選択的に抑制することが示された。

 Th1・Th2細胞間の相互作用を考え、薬物の標的細胞をより明確にするためT細胞クローンを樹立し、そのサイトカイン産生へのTAK-603の影響を調べた。ここでも、Th1サイトカインに対する選択的抑制が支持された。Th1、Th2両方のサイトカインを産生するTh0タイプの細胞においてもやはりTh1サイトカインが抑制された。非常に労力のいる仕事であり、研究における熱意が感じられよう。

 本剤のTh1選択性の機作についても興味ある提言がされている。上述のTh0クローンでもTh1サイトカインを選択的に抑制するという結果を基に、抗原刺激後のサイトカイン産生シグナル伝達系に作用するという仮説をたてた。大田氏は、軟骨細胞の細胞外マトリクスのIL-1刺激による減少作用をTAK-603が抑制することを見出しているが(この作用は、リウマチにおける軟骨破壊の抑制作用として期待されている)、本系ではIL-1刺激が細胞内ジアシルグリセロール量の増大により伝達され、TAK-603の誘導体がその基礎レベルを上げ脱感作的にIL-1作用を抑制するという。そこで、T細胞においてもTAK-603が同様の作用によりプロテインキナーゼCの活性化を抑制し、その結果これをシグナル伝達に用いるTh1タイプ細胞を抑制するのではないかと考えている。今後、シグナル伝達系、さらに細胞のTh1/Th2分化を研究していく上でさらに発展的な研究が期待できる。

 次に大田氏は、TAK-603のin vivoでの作用を検討した。はじめに、細胞性免疫を介する遅延型過敏症と、液性免疫を介するアルザス反応での本剤の作用を比較し、前者のみを抑制する事を見出しin vivoレベルでもTAK-603がTh1タイプの反応を抑制することを示した。

 次にリウマチのモデル動物であるアジュバント関節炎ラット(結核死菌をラットに感作し誘導)について本病態におけるT細胞サイトカインの関与を明らかにするために、罹患関節および脾臓においてサイトカイン産生をmRNAレベルで検討した。すなわち、摘出した部位より総RNAを抽出後、RT-PCR法を用いmRNAを増幅しその発現量を半定量的に測定した。関節炎発症と平行し、Th1サイトカインであるIFN-rの遺伝子の著明な発現が認められた。一方、IL-4の遺伝子発現は、実験期間中全く検出できなかった。さらに本関節炎ラットでは、末梢血中のリンパ球細胞を反映すると考えられる脾臓においてもIFN-r遺伝子が多量に発現しており、本関節炎モデルにおける病態の形成にTh1サイトカインが深く関与していることが明らかにされた。

 本関節炎においてTAK-603の作用を検討した。薬剤投与により関節および脾臓で認められたTh1サイトカイン遺伝子発現が有意に抑制された。この時,関節炎に伴う浮腫も有意に抑制された。さらに、大田氏は、TAK-603を投与した本関節炎ラットより調製した脾臓細胞は、対照関節炎ラット由来の細胞と比較して関節炎誘導能が著明に低下している事を細胞移入系で明らかにし、さらに限界希釈法を用い病因抗原反応性T細胞の有意な減少を示している。いずれも、高い実験技術をもってはじめて出し得た成績と評価できる。

 リウマチのモデルとしては、コラーゲン関節炎(軟骨の主成分であるタイプIIコラーゲンにより感作して誘起し、ラット、マウスとも発現させうる)も用いられる。本動物では、関節炎の腫れのピーク時でも炎症局所にIFN-r遺伝子発現は見られず、骨・軟骨破壊迩摩で進展した炎症後期にようやく発現したが、その量はアジュバント関節炎の場合より低かった。一方、IL-4の遺伝子の発現は、関節炎発症と平行しIFN-rに匹敵するレベルで観察された。本関節炎の発生においては、むしろTh2サイトカインの重要性が示唆された。さらに脾臓においても、Th1偏向したサイトカイン産生は認められなかった。本モデルにおいては、TAK-603の薬効は弱く、最小有効量はアジュバント関節炎の場合の20倍の高用量を要したという。

 以上より、in vivoモデルでも細胞性免疫あるいはTh1サイトカインの関与の大きい系においてTAK-603がより有効であるとの結果が得られた。また、既存の動物モデルに新しい方向から検討を加え、モデルとしての有効性を再評価している事も注目できる。

 以上大田氏の研究は、その問題設定、解決方法、解析結果のいずれにおいても優秀であり、博士(薬学)を授与するに値すると認定する。

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