T細胞、特にCD4陽性T細胞は免疫反応の調節に深く関与するが、近年本細胞に少なくとも2種類のサブセットの存在が知られている。すなわち、Th1タイプの細胞はインターフェロンガンマ(IFN-r)、インターロイキン2(IL-2)等を産生してマクロファージを活性化し、細胞性免疫を亢進させ、Th2タイプはIL-4,5,6,10等を産生してB細胞を活性化し、体液性免疫を亢進する。両者の細胞はその産生するサイトカインを介して互いに抑制しあうが、それらのバランスが崩れ、いずれかのタイプの細胞による極端に偏向した反応が起こることにより、種々の免疫・アレルギー疾患が引き起こされると考えられている。 リウマチは、関節を主たる病巣とする全身性の慢性炎症疾患であり、病因抗原は未だに特定されていないが自己免疫疾患の一つと考えられている。関節腔の閉塞、関節破壊が本疾患の特徴である。異常増殖する滑膜には、多数のT細胞の浸潤が認められ本疾患の発症及び慢性化における重要性が指摘されてきたが、T細胞由来のサイトカインが関節液中に量的に少ないこともあり、その重要性に疑問も残されていた。大田氏は早くから、このT細胞に着目し抗リウマチ剤への応用を考えてきた。特に、Th1細胞の選択的抑制を目指した薬剤の探索を続け、ついに世界で最初に本研究のTAK-603を見出した。現在では、リウマチ患者滑膜や末梢血由来T細胞においてもT細胞由来のサイトカインが検出感度の向上により確認され、しかもTh1タイプに偏向していることが最近相次いで報告されている。 リウマチの治療薬として十分なものはなく、病状の進展を阻害し関節破壊をくい止める薬剤が望まれているが、既存の薬剤では副作用のために使用が制限あるいは中止される場合が多い。TAK-603は、その作用点からも安全性が高く臨床での期待も高いという。 本剤の作用について明確に示したのが本研究の骨子である。まず大田氏は、in vitro系での作用を示した。抗原応答性T細胞ラインを複数樹立し、そのサイトカイン産生に対するTAK-603の作用を検討した。樹立したT細胞のTh1/Th2タイプは、抗原の種類、マウスの系統により決定されることが合わせて見出され免疫反応の方向を決める因子として注目される。そのいずれの細胞においても、TAK-603がその産生量に拘わらずTh1タイプのサイトカイン産生を選択的に抑制することが示された。 Th1・Th2細胞間の相互作用を考え、薬物の標的細胞をより明確にするためT細胞クローンを樹立し、そのサイトカイン産生へのTAK-603の影響を調べた。ここでも、Th1サイトカインに対する選択的抑制が支持された。Th1、Th2両方のサイトカインを産生するTh0タイプの細胞においてもやはりTh1サイトカインが抑制された。非常に労力のいる仕事であり、研究における熱意が感じられよう。 本剤のTh1選択性の機作についても興味ある提言がされている。上述のTh0クローンでもTh1サイトカインを選択的に抑制するという結果を基に、抗原刺激後のサイトカイン産生シグナル伝達系に作用するという仮説をたてた。大田氏は、軟骨細胞の細胞外マトリクスのIL-1刺激による減少作用をTAK-603が抑制することを見出しているが(この作用は、リウマチにおける軟骨破壊の抑制作用として期待されている)、本系ではIL-1刺激が細胞内ジアシルグリセロール量の増大により伝達され、TAK-603の誘導体がその基礎レベルを上げ脱感作的にIL-1作用を抑制するという。そこで、T細胞においてもTAK-603が同様の作用によりプロテインキナーゼCの活性化を抑制し、その結果これをシグナル伝達に用いるTh1タイプ細胞を抑制するのではないかと考えている。今後、シグナル伝達系、さらに細胞のTh1/Th2分化を研究していく上でさらに発展的な研究が期待できる。 次に大田氏は、TAK-603のin vivoでの作用を検討した。はじめに、細胞性免疫を介する遅延型過敏症と、液性免疫を介するアルザス反応での本剤の作用を比較し、前者のみを抑制する事を見出しin vivoレベルでもTAK-603がTh1タイプの反応を抑制することを示した。 次にリウマチのモデル動物であるアジュバント関節炎ラット(結核死菌をラットに感作し誘導)について本病態におけるT細胞サイトカインの関与を明らかにするために、罹患関節および脾臓においてサイトカイン産生をmRNAレベルで検討した。すなわち、摘出した部位より総RNAを抽出後、RT-PCR法を用いmRNAを増幅しその発現量を半定量的に測定した。関節炎発症と平行し、Th1サイトカインであるIFN-rの遺伝子の著明な発現が認められた。一方、IL-4の遺伝子発現は、実験期間中全く検出できなかった。さらに本関節炎ラットでは、末梢血中のリンパ球細胞を反映すると考えられる脾臓においてもIFN-r遺伝子が多量に発現しており、本関節炎モデルにおける病態の形成にTh1サイトカインが深く関与していることが明らかにされた。 本関節炎においてTAK-603の作用を検討した。薬剤投与により関節および脾臓で認められたTh1サイトカイン遺伝子発現が有意に抑制された。この時,関節炎に伴う浮腫も有意に抑制された。さらに、大田氏は、TAK-603を投与した本関節炎ラットより調製した脾臓細胞は、対照関節炎ラット由来の細胞と比較して関節炎誘導能が著明に低下している事を細胞移入系で明らかにし、さらに限界希釈法を用い病因抗原反応性T細胞の有意な減少を示している。いずれも、高い実験技術をもってはじめて出し得た成績と評価できる。 リウマチのモデルとしては、コラーゲン関節炎(軟骨の主成分であるタイプIIコラーゲンにより感作して誘起し、ラット、マウスとも発現させうる)も用いられる。本動物では、関節炎の腫れのピーク時でも炎症局所にIFN-r遺伝子発現は見られず、骨・軟骨破壊迩摩で進展した炎症後期にようやく発現したが、その量はアジュバント関節炎の場合より低かった。一方、IL-4の遺伝子の発現は、関節炎発症と平行しIFN-rに匹敵するレベルで観察された。本関節炎の発生においては、むしろTh2サイトカインの重要性が示唆された。さらに脾臓においても、Th1偏向したサイトカイン産生は認められなかった。本モデルにおいては、TAK-603の薬効は弱く、最小有効量はアジュバント関節炎の場合の20倍の高用量を要したという。 以上より、in vivoモデルでも細胞性免疫あるいはTh1サイトカインの関与の大きい系においてTAK-603がより有効であるとの結果が得られた。また、既存の動物モデルに新しい方向から検討を加え、モデルとしての有効性を再評価している事も注目できる。 以上大田氏の研究は、その問題設定、解決方法、解析結果のいずれにおいても優秀であり、博士(薬学)を授与するに値すると認定する。 |