学位論文要旨



No 213319
著者(漢字) 宮増,美里
著者(英字)
著者(カナ) ミヤマス,ミサト
標題(和) 好酸球によるケモカインの産生誘導機構とアレルギー性炎症における重要性
標題(洋) Regulatory Mechanisms of Human Eosinophil Chemokine Generation
報告番号 213319
報告番号 乙13319
学位授与日 1997.04.09
学位種別 論文博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 第13319号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 井上,圭三
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
 東京大学 助教授 辻,勉
 東京大学 助教授 松木,則夫
内容要旨 緒言

 アレルギー反応のうちI型アレルギー反応はIgE抗体を介した免疫反応であり、抗原曝露後1時間以内に消失する即時相と、5〜8時間後に出現する遅発相の二相性反応のあることが知られている。遅発相の組織像は、好酸球、好塩基球などのアレルギー性炎症細胞の炎症局所への集積をその特徴とし、炎症細胞は様々なメディエーターを遊離してアレルギー性炎症の病態形成に関与している。

 一方、炎症局所においては種々のサイトカインの増加が認められ、アレルギー性炎症にサイトカインの果たす役割も明らかになってきた。サイトカインはIgE産生を調節すると共に炎症細胞の炎症局所への動員や、様々な生物学的機能の調節も担っている。また、サイトカインの中でも白血球の走化性能を持つケモカイン(chemotactic cytokine)もin vitroで好酸球、好塩基球に作用することが知られており、また生体内においてもケモカインがこれらの細胞の遊走、活性化に深く関与している可能性が示唆されている。

 局所のサイトカイン産生細胞として、従来よりCD4+ヘルパーT細胞、マクロファージ、上皮細胞等が知られていたが、近年、好酸球自身にサイトカイン産生能があることが判明し好酸球がautocrine/paracrineの機序をもってアレルギー性炎症を統御している可能性が示された。好酸球はアレルギー性炎症局所に最も早期に出現する細胞であり、また最も著明な浸潤細胞であるため、好酸球の産生するサイトカインは量的に局所のサイトカインの重要な部分を占めるとともに、アレルギー性炎症の遷延化、重症化に関与していると考えられる。好酸球が産生しうるサイトカインは多種に及んでいるが、その機構、特に産生を誘導する生理的な刺激については殆ど知られていない。

 好酸球サイトカイン産生を誘導する生理的な刺激を明らかにする目的で、アレルギー性炎症の局所で形成されると考えられる種々の走化性因子の作用を、ケモカインであるIL(interleukin)-8、MCP(monocyte chemotactic protein)-1産生を主要なパラメーターとして、蛋白level、message levelで種々の走化性因子を用い検討した。さらに、好酸球選択的な活性化因子であるIL-5、及びアレルギー性炎症に強力な抗炎症作用を示すgulucocorticoid(GCC)の影響についても検討を加えた。

図1 走化性因子刺激による好酸球IL-8産生好酸球は、健常人末血より、Percoll密度遠沈法及びmagnet-activated cell sorter(MACS)と抗CD16beadsを用いたnegative selectionを併用して純度95%以上に精製した。96穴平底プレートを用い、精製好酸球(1-4×105/200l)をcytochalasin B(CB、5g/ml)の非存在下(open symbols)、存在下(closed symbols)にて各種濃度のC5a(●、n=7、○、n=4)、FMLP(■、n=6、□、n=4)、PAF(▲、n=7、△、n=5)で37℃、5%CO2の条件下18時間刺激した。培養終了後上清を回収し、IL-8蛋白をELISAにて測定した。好酸球は無刺激下においてもわずかにIL-8を産生したが、図中には無刺激下18時間培養後のCB非存在下、存在下のIL-8産生量(38.7±19.6、154.8±21.2pg/106)を減じて表示した。
走化性因子によるケモカイン産生

 健常人末梢血からPercoll密度遠沈と抗CD16によるnegative selectionを併用し好酸球を純度95%以上に精製した。好酸球を走化性因子である補体成分由来のC5a、細菌由来のFMLP、脂質メディエーターのplatelet activating factor(PAF)で刺激し18時間培養後、上清中のIL-8蛋白をELISAで測定したが、上清中には無刺激下のそれに比べIL-8の有意な増加は認められなかった。走化性因子による好酸球脱顆粒にはcytochalasin B(CB)の前処理が必須であることが示されている。5分間CBで処理した好酸球を、走化性因子で刺激したところ、C5a、FMLPは濃度依存的にIL-8産生を誘導し、C5aはFMLPに比べ濃度的に約100倍強力であった(図1).個々の好酸球におけるIL-8蛋白の発現は免疫組織染色にて確認された。一方、PAFは有意なIL-8産生を誘導しなかった。また、C-C chemokineであるRANTES、MIP-1aは好酸球の遊走や活性化を惹起することが知られているが、これらもIL-8産生を誘導しなかった。

 走化性因子による好酸球IL-8産生のtime kineticsを検討したところ、上清中には3時間後IL-8蛋白が認められ、6時間以後ゆるやかな上昇が42時間後まで観察された。cell associated IL-8も上清とほぼ同様のkineticsを示し量的にも上清中と同程度であった。

 また、走化性因子によるIL-8産生の誘導はRNA polymerase IIの阻害剤であるactinomycin Dにより完全に抑制され、mRNAの転写が必須であると考えられた。また好酸球のIL-8mRNAの発現はin situ hybridizationによりsngle cell levelで確認された。

 走化性因子刺激はIL-8以外のケモカイン産生も誘導した。同様の系を用いてMCP-1産生を検討したところ、C5a、FMLPは好酸球よりCB存在下で濃度依存的にMCP-1産生を誘導した。

好酸球ケモカイン産生に及ぼすIL-5の影響

 IL-5は好酸球選択的な増殖因子であるとともに活性化因子でもあり、生存延長、メディエーターの遊離増強等の作用があることが知られており、in vivoにおいてもアレルギー性炎症局所の好酸球はIL-5により活性化を受けていることが数多く報告されている。

 IL-5自体はCB存在下、非存在下にかかわらずIL-8産生をほとんど誘導しなかった。しかしながら、IL-5で好酸球を短時間前処理することにより、C5a刺激によるIL-8産生は顕著に増強された(図2)。

図2 IL-5による好酸球IL-8産生の増強好酸球をIL-5(10nM)で37℃にて30分間処理した後、CB(5g/ml)存在下、非存在下に走化性因子で刺激した。18時間後、上清中(open column)及びcell lysate中(hatched column)のIL-8蛋白をELISAにて測定した(n=8)。

 IL-5及びその受容体の-chainが共通であるIL-3について、IL-8産生増強の濃度依存性を検討したところ、IL-5、IL-3ともほぼ同じ濃度依存的増強を示し、そのED50は約30pMであった。

 好酸球は末梢血中に少数(200/l)しか存在せず、また、強いRNase活性のためNorthern hybridizationは不適当であるとされてきた。そこで、mutant probeを用いたcompetitive RT-PCRとhybridization法のプレート上への応用によるmRNAの定量法を確立し、IL-5によるIL-8mRNAの発現に及ぼす影響を検討した。IL-5単独ではわずかなIL-8mRNA発現が確認されたのみであった。C5a刺激により1時間後にはmRNAの発現が認められ、6時間後まで急激な増加が観察された。IL-5で処理することにより、IL-8mRNAの更なる増加が認められた。

好酸球ケモカイン産生に及ぼすGCCの影響

 GCCは強力な抗炎症作用を持ち種々の細胞のサイトカイン産生を抑制することが知られている。GCCをin vivoで投与すると、好酸球性炎症を抑え、喘息症状を改善することが知られているが、好酸球サイトカイン産生に及ぼす影響は不明であった。

 C5a、FMLP、ionomycin刺激による好酸球IL-8産生はdexamethasone(DEX)により濃度依存的に抑制され、そのID50は刺激の種類にかかわらず10-9Mから10-8Mに認められた。またMCP-1産生もIL-8と同様にDEXにより濃度依存的に抑制された(図3)。

図3 DEXによる好酸球IL-8,MCP-1産生の抑制好酸球を各種濃度のDEXで5分間処理した後、CB(5g/ml)存在下にてC5a(○、10-7M、n=4)、FMLP(●、10-6M、n=3)、もしくはionomycin(△、1M、n=5)にて刺激した。18時間後、0.5%Nonidet P-40を培養系に加え、上清及びcell lysate全体のIL-8(左図)、MCP-1(右図)をELISAにて測定した。DEX非存在下で誘導されたサイトカイン量を100%とし%表示した。

 この作用がGCC特異的であるのかを調べるためにC5aによるケモカイン産生抑制を、種々のsteroidについて検討したところ、methylpredonisolone(MP)、hydrocortisone(HC)はIL-8、MCP-1産生を濃度依存的に抑制し、そのID50はDEX>MP>HCの順であった。一方、sex steroidであるtestosterone、estradiol、progesteroneは何ら抑制を及ぼさなかった。

 IL-5は、in vitroにおいてGCCにより誘導される好酸球apoptosisに拮抗することがすでに報告されているが、GCCの好酸球ケモカイン産生抑制もまたIL-5により拮抗されるかを検討した。IL-5にて増強されたchemokine産生は、IL-5未処理のそれと同様にDEXで抑制され、IL-5にはGCCの拮抗作用は認められなかった。

 message levelでDEXの抑制効果を検討した。IL-8についてはcompetitive PCR-ELISAにて定量し、MCP-1は内部標準物質を用いたsemi-quantitative PCR-ELISAにて検討した。C5a、ionomycinによるIL-8、MCP-1mRNAの発現は、DEXにより濃度依存的に抑制され、DEXはpre-translationalに作用していると考えられた(図4)。

図4 DEXによる好酸球ケモカインmRNA発現の抑制99.5%以上に精製した好酸球を各種濃度のDEXで5分間処理した後、CB(5g/ml)存在下C5a(10-7M、n=4)、またはionomycin(1M、n=3)で刺激した。IL-8mRNAはcompetitive RT-PCRにて定量した。MCP-1mRNAは、cDNAをtemplateとし、MCP-1及び内部標準物質としてハウスキーピング遺伝子である-actinに対するプライマーを用いてPCRを行った。PCR-ELISAを行い、-actinに対するMCP-1の比を算出し、MCP-1mRNA量を半定量した。DEX非存在下でC5a刺激により誘導されたmRNA量を100%とし%表示した。
まとめ

 走化性因子は、白血球に作用してその遊走を誘導する他に、細胞を活性化する。好酸球に対してもO2産生や、メディエーター遊離を惹起する。本研究を通じ、アレルギー性炎症局所で形成されると考えられる走化性因子、特にC5aが好酸球よりケモカイン産生を誘導しうることが示された。走化性因子による産生誘導にはCBによる前処理が必須であった。

 アレルギー性炎症局所の好酸球は好酸球選択的な活性化因子であるIL-5により生体内で刺激された状態にあると考えられている。IL-5それ自体はIL-8産生をほとんど誘導しなかったが、C5aによるIL-8産生を増強することが判明した。また、IL-5のpriming効果はtranslation以前の段階で調節されていると考えられた。

 アレルギー性炎症の治療薬として頻用されているGCCは種々の細胞のサイトカイン産生を抑制することが知られているが、好酸球に対しては不明であった。本研究によりDEXが生理的な濃度で走化性因子による好酸球ケモカイン産生をmessage level、蛋白levelで抑制することが示された。MP、HCにも抑制作用を認めたがsex steroidは何ら抑制せず、GCC特異的作用であると考えられ、臨床的に重要とされる好酸球を主体としたアレルギー性炎症の遅発相に有効な抗炎症効果を示すものと考えられた。

審査要旨

 好酸球は、末梢血白血球の重要な一員である。I型アレルギー反応において、抗原曝露後5〜8時間後に出現する遅発相に関与することが予想されていた。この時期に好酸球のアレルギー性炎症局所への集積が見られることが、その様に考えられていた主な理由であったが、この細胞の免疫現象における機能には依然として謎の部分が多かった。学位申請者は、ヒト末梢血から好酸球を高純度に精製することに成功し、この細胞が、蛋白性の免疫調節分子であるサイトカインのうち、炎症のメディエイターとなることが予想されるケモカイン類を産生放出することを見出した。本論文は、ケモカイン類の中でも特に炎症性細胞の集積と活性化を制御する中心的な存在と考えられているIL-8に注目し、その産生誘導メカニズムや産生の調節機構を明らかにした結果を述べたものである。これらの結果から学位申請者は、喘息などで特に大きな問題となるI型アレルギー反応の遅発相の発症機構に、新たな視点を導入し、この視点に基づいてアレルギー反応を増強するサイトカインであるIL-5及び既知の抗炎症物質であるデキサメサゾンの作用機作をケモカイン産生制御という観点から捉え直すことに成功した。

 本論文は、三章と序論及び結論の章よりなる。最初の章は序論であり、本研究の背景が手際よく述べられている。

 第一章では、補体活性化の結果現れる生成産物であるC5aによる好酸球の活性化と各種ケモカインの産生誘導のメカニズムが検討されている。元々は、好酸球サイトカイン産生を誘導する生理的な刺激を明らかにする目的で、アレルギー性炎症の局所で形成されると考えられる種々の走化性因子の作用を、ケモカインであるIL-8、MCP-1の産生を主要なパラメーターとして、蛋白のレベルとmRNAのレベルで種々の走化性因子を用いて検討した結果を述べたものである。特に、活性化した補体系の中間生成物であるC5aによって好酸球を刺激すると、IL-8蛋白が、培養上清中には3時間後に認められ、6時間以後ゆるやかな上昇が42時間後まで観察された。細胞から検出されるIL-8も上清とほぼ同様の経時変化を示して上昇し、量的にも上清中と同程度であり明らかにIL-8の産生が増大していることが確実となった。

 第二章では、好酸球によるIL-8産生誘導がmRNA量の上昇の結果として捉えられること、また単独では誘導効果のないIL5にこれを増強する効果があることが明らかにされた経緯が述べられている。好酸球は末梢血中に比較的少数しか存在せず、また、含まれている強いRNA分解酵素活性のためノザンハイブリダイゼーションは不可能であった。そこで、競合RT-PCRとプレート上でのハイブリダイゼーションを併用してmRNAの定量法を確立し、IL-5によるIL-8mRNAの発現に及ぼす影響を検討した。IL-5単独ではわずかなIL-8mRNA発現が確認されたのみであった。C5a刺激により1時間後にはmRNAの発現が認められ、6時間後まで急激な増加が観察された。IL-5で処理することにより、IL-8mRNAの更なる増加が認められた。

 第三章では、グルココルチコイドのサイトカイン産生に対する効果を解析した結果が述べられている。種々の炎症惹起物質による刺激によって好酸球に誘導されたIL-8及びMCP-1の産生はデキサメサゾンにより濃度依存的に抑制され、そのID50は刺激の種類にかかわらず10-9Mから10-8Mであった。すなわちこの薬物の新たな作用点が解明された。

 最終章は、全体を通しての結論とそれに関する考察及び将来への展望であり、アレルギー性炎症における好酸球の重要性が強調されている。

 以上のように、学位申請者は、好酸球がケモカイン類を産生放出することを通して喘息などで大きな問題となるI型アレルギーの遅発相の発症に大きな調節因子として関与することを明らかにした。さらに、好酸球に選択的な活性化因子として知られているIL-5や、アレルギー性炎症の治療薬として頻用されているグルココルチコイドが、好酸球によるケモカイン産生を修飾することによって効果を現していることを解明した。本論文に記載されているこれらの内容は、アレルギーの発症に関する免疫学とその薬物による治療に関する学問の進歩に多大に貢献するものであり、博士(薬学)の学位に充分であると判断した。

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