本論文は、論文提出者自身も参加して行われているジャワ島における対流圏オゾンの系統的な観測によって得られたデータを解析し、日周変動、年周変動、年々の変動などを気候学的に記載し、その変動要因について、光化学反応による生成・消滅過程と海陸風や積雲対流などの力学的輸送過程をもとに論じたものである。 第1〜4章は本研究の導入部にあたる記述であり、(1)対流圏オゾンの大気物理・化学上の意義、(2)熱帯域における対流圏オゾンの研究について、主としてこれまで行われてきた南アメリカとアフリカにおける研究の概観、(3)論文提出者らがジャワ島で実施している対流圏オゾンの測定方式の測定原理および測定点の気象学的特徴、(4)1986年以降得られた観測データについての概観、などが述べられている。 第5章においては、対流圏オゾン濃度の変動をもたらす諸要因について、オゾン前駆気体の光化学反応によるオゾンの生成過程と酸化水素によるオゾンの消滅過程を記述し、人間活動による酸化窒素の排出量に応じて、オゾンの生成・消滅過程のバランスが変化することを指摘している。さらに、光化学反応を規定する日射量と、海陸風・山谷風などの局地風系による水平輸送、および積雲対流による鉛直混合の役割について観測データを例示して議論している。 第6章においては、地表オゾン濃度の日周変動について、大気汚染度の異なる3地点の測定データを比較しながら議論している。都市の汚染大気では午前中にオゾンの光化学生成が進んでオゾン濃度は上昇するが、積雲が発達するにつれ、日射の減少と積雲対流の活発化による混合・希釈により、正午以前に減少に向かうことを示し、その原因について考察を加えている。また夜間においては、高濃度の酸化窒素によってオゾンの破壊が進むので、オゾン濃度はほとんどゼロになることを示した。都市近郊の測定点では、日周変化のパターンは都市域のそれに似かよっているが、測定点が海陸風の影響を受けることから、海風の発達する正午より前に日中の最大値が現れること、また夜間の濃度レベルはゼロには低下しないことを示した。農村域の測定点においては、1日を通じて濃度変動の幅は小さく、午後遅くに最大値が現れることが明らかにされた。これは、海風ないしは斜面風(谷風)によって長距離輸送された汚染気塊の影響を受けたものであると論じている。ジャワ島の気候を特徴づけるのは雨期と乾期であり、雨期における日射量の低下と積雲対流による鉛直混合の活発化、自動車等による人為的発生源に加え、乾期においてはバイオマス燃焼によるオゾン前駆気体の発生が増大することなどにより、日周変動の様相が季節により変化することを論じている。 第7章においては、2測定点における年周変動と長期変動について論じている。約10年間にわたるデータにもとづいて、対流圏オゾン濃度は雨期に比べ乾期の方が高いことを明らかにした。その原因として、日射量の差、雨期における積雲対流の活発化、乾期におけるバイオマス燃焼の増加をあげて論じている。また、都市近郊測定点において夜間のオゾン濃度は1980年代後半より1990年代前半の方が低下していることを指摘し、これは自動車等よる酸化窒素の排出量が増加したことによると推論している。 第8章においては、対流圏オゾンの高度分布を調べた結果、季節により顕著な特徴があることを述べている。高度によらずほぼ一定濃度を示す、雨期に特徴的な高度分布の型があり、これは乾期においてもバックグラウンドを形成していると考えられる。これに加えて乾期の終わりには、中部対流圏でオゾン濃度がほぼ倍増する事例がしばしば観測され、これはバイオマス燃焼に起因するものとして解釈される。雨期から乾期への遷移期には上部対流圏でのオゾン濃度増が現れる事例があるが、この原因についてはまだ未確定である。さらに、1994年9〜10月にオゾン全量が異常に増加した事例について、オゾン全量増加の地域的拡がりを人工衛星観測データによって調べ、また同地点で中部対流圏オゾンの増加が観測された事実を引用し、スマトラとカリマンタンにおける大規模森林火災によって対流圏オゾンが増加したことを示した。 第9章においては、本研究全体のまとめを述べている。なお、本論文の一部はすでに共同研究の形に公表されているが、その内容は論文提出者が主体となって解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 本論文は熱帯アジアにおける対流圏オゾンの挙動について初めて系統的な科学的知見をもたらしたものである。よって本論文は学位論文に値するものであり、論文提出者は博士(理学)を授与できるものと認められる。 |