学位論文要旨



No 213322
著者(漢字) ニノン,コマラ
著者(英字) Ninong,Komala
著者(カナ) ニノン,コマラ
標題(和) インドネシア、ジャワ島で観測された対流圏オゾンの気候学的研究
標題(洋) Climatology of Tropospheric Ozone Observed in Java Island,Indonesia
報告番号 213322
報告番号 乙13322
学位授与日 1997.04.14
学位種別 論文博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 第13322号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小川,利紘
 東京大学 教授 秋元,肇
 東京大学 助教授 岩上,直幹
 東京大学 教授 木村,竜治
 東京大学 教授 中島,映至
 東京大学 教授 新田,勍
内容要旨

 熱帯アジア地域は対流圏オゾンの供給源のひとつであると考えられるため、この地域におけるオゾンをはじめとする大気微量成分観測は極めて重要である。強力な太陽入射紫外光線と、活発な生命活動および増加傾向にある人間活動に伴って放出される大量のオゾン前駆気体とにより、オゾンの光化学生成が生じる条件が整っているからである。しかしながら、この地域においてはこれまで系統立った観測はほとんど行なわれてこなかった。

 インドネシア航空宇宙庁(LAPAN)の大気研究開発センターと東京大学との協力により、1986年12月にインドネシア共和国ジャワ島のバンドン観測所(6.9°S,107.5°E)とワトコセ観測所(7.5°S,112.6°E)において紫外吸光法による地上オゾン量の観測が開始された。1994年の10月にはチアトル観測所(6.7°S,107.7°E)においても観測が開始され、上記の3観測所における地上オゾン観測は現在まで継続されている。また、ワトコセ観測所においてはオゾンゾンデを用いたオゾン高度分布分布の定常観測も行なわれている。本論文では、これらの観測結果をもとにこの地域の対流圏オゾン変動の、日変動、季節変動、年々変動の各時間スケールの変動について記述し、さらにその変動原因を光化学生成消滅と輸送の観点から論じる。

 大都市に位置するバンドン観測所における地上オゾン量の日変動は、窒素酸化物が高濃度であるということから、主に光化学生成消滅に支配されていると解釈できた。都市近郊に位置するワトコセ観測所においても光化学反応の影響が見受けられるが、同時に海陸風に伴うオゾンが低濃度である海上大気の輸送の効果も影響していることがわかった(図1a、1b)。一方、農村部に位置するチアトル観測所では光化学反応の影響はそれほど重要ではなく、むしろ風向の変動に伴うオゾン低濃度大気と高濃度大気の輸送量変動に大きく支配されていた(図2a、2b)。さらに重要な結果として、3ヶ所の地上オゾン濃度はどれも、乾季(6-9月)に徐々に増加し雨季(12-3月)に急激に減少するという季節変動を示した(図3)。

図1a:1995年のワトコセ観測所における地上オゾン濃度の日変化図。雨季(DJFM:Dec.-Mar.)、遷移季(AM:Apr.-MayおよびON:Oct.-Nov.)、乾季(JJAS:Jun.-Sep.)のそれぞれの平均値を図示した。 図1b:ワトコセにおける各季節の東西風の日変化図。正値は東風を示す。この観測では、東風は海からの風である。図2a:図1aと同様、ただしチアトルの結果。 図2b:図1bと同様、ただしチアトルにおける南北風の日変化図。正値は北風を示す。この観測所では、北風は平野からの上昇風であり、南風は山からの下降風である。図3:1993年〜1996年の期間のバンドン、ワトコセ両観測所における地上オゾン混合比の月平均値の変動図。乾季に増加し雨季に減少するという一年周期が共通して見られる。

 オゾンゾンデによるオゾン高度分布観測の結果から、高度別の季節変動の様子が明らかになった(図4、5)。雨季と乾季の前半には対流圏内一様に低濃度オゾンが観測された(図4のType1)。また、乾季前半には上部対流圏においてオゾン増大が散見された(図4のType2)。一方、乾季後半には中部下部対流圏において、オゾン増大が見られた。

図4:ワトコセ観測所におけるオゾンゾンデ観測により得られた3つの典型的な対流圏オゾン混合比の高度分布図。1995年1月15日(Type1)、1994年5月31日(Type2)、1994年9月27日(Type3)の例。説明本文参照。図5:自由対流圏オゾン混合比の季節変動図。各オゾンゾンデ観測における上部対流圏(12-16km)、中部対流圏(8-12km)、下部対流圏(4-8km)の平均値を示す。

 乾季におけるオゾン増大は、地上観測にも中部下部対流圏の観測結果にも見られた。従って、この増大現象は狭い地域に限定されたものではなく、人間活動やバイオマス燃焼に伴って放出されるオゾン前駆気体(窒素酸化物、一酸化炭素、炭化水素類)の累積効果による、広範囲に渡るものであると思われる。1994年の乾季には、インドネシア海洋大陸領域において、大規模な森林火災に引き続き特異的なオゾン増大が観測された。熱帯アフリカやアマゾン領域と同様に、この地域においてもバイオマス燃焼が対流圏オゾン量を支配する重要な要素であることを示唆する。

審査要旨

 本論文は、論文提出者自身も参加して行われているジャワ島における対流圏オゾンの系統的な観測によって得られたデータを解析し、日周変動、年周変動、年々の変動などを気候学的に記載し、その変動要因について、光化学反応による生成・消滅過程と海陸風や積雲対流などの力学的輸送過程をもとに論じたものである。

 第1〜4章は本研究の導入部にあたる記述であり、(1)対流圏オゾンの大気物理・化学上の意義、(2)熱帯域における対流圏オゾンの研究について、主としてこれまで行われてきた南アメリカとアフリカにおける研究の概観、(3)論文提出者らがジャワ島で実施している対流圏オゾンの測定方式の測定原理および測定点の気象学的特徴、(4)1986年以降得られた観測データについての概観、などが述べられている。

 第5章においては、対流圏オゾン濃度の変動をもたらす諸要因について、オゾン前駆気体の光化学反応によるオゾンの生成過程と酸化水素によるオゾンの消滅過程を記述し、人間活動による酸化窒素の排出量に応じて、オゾンの生成・消滅過程のバランスが変化することを指摘している。さらに、光化学反応を規定する日射量と、海陸風・山谷風などの局地風系による水平輸送、および積雲対流による鉛直混合の役割について観測データを例示して議論している。

 第6章においては、地表オゾン濃度の日周変動について、大気汚染度の異なる3地点の測定データを比較しながら議論している。都市の汚染大気では午前中にオゾンの光化学生成が進んでオゾン濃度は上昇するが、積雲が発達するにつれ、日射の減少と積雲対流の活発化による混合・希釈により、正午以前に減少に向かうことを示し、その原因について考察を加えている。また夜間においては、高濃度の酸化窒素によってオゾンの破壊が進むので、オゾン濃度はほとんどゼロになることを示した。都市近郊の測定点では、日周変化のパターンは都市域のそれに似かよっているが、測定点が海陸風の影響を受けることから、海風の発達する正午より前に日中の最大値が現れること、また夜間の濃度レベルはゼロには低下しないことを示した。農村域の測定点においては、1日を通じて濃度変動の幅は小さく、午後遅くに最大値が現れることが明らかにされた。これは、海風ないしは斜面風(谷風)によって長距離輸送された汚染気塊の影響を受けたものであると論じている。ジャワ島の気候を特徴づけるのは雨期と乾期であり、雨期における日射量の低下と積雲対流による鉛直混合の活発化、自動車等による人為的発生源に加え、乾期においてはバイオマス燃焼によるオゾン前駆気体の発生が増大することなどにより、日周変動の様相が季節により変化することを論じている。

 第7章においては、2測定点における年周変動と長期変動について論じている。約10年間にわたるデータにもとづいて、対流圏オゾン濃度は雨期に比べ乾期の方が高いことを明らかにした。その原因として、日射量の差、雨期における積雲対流の活発化、乾期におけるバイオマス燃焼の増加をあげて論じている。また、都市近郊測定点において夜間のオゾン濃度は1980年代後半より1990年代前半の方が低下していることを指摘し、これは自動車等よる酸化窒素の排出量が増加したことによると推論している。

 第8章においては、対流圏オゾンの高度分布を調べた結果、季節により顕著な特徴があることを述べている。高度によらずほぼ一定濃度を示す、雨期に特徴的な高度分布の型があり、これは乾期においてもバックグラウンドを形成していると考えられる。これに加えて乾期の終わりには、中部対流圏でオゾン濃度がほぼ倍増する事例がしばしば観測され、これはバイオマス燃焼に起因するものとして解釈される。雨期から乾期への遷移期には上部対流圏でのオゾン濃度増が現れる事例があるが、この原因についてはまだ未確定である。さらに、1994年9〜10月にオゾン全量が異常に増加した事例について、オゾン全量増加の地域的拡がりを人工衛星観測データによって調べ、また同地点で中部対流圏オゾンの増加が観測された事実を引用し、スマトラとカリマンタンにおける大規模森林火災によって対流圏オゾンが増加したことを示した。

 第9章においては、本研究全体のまとめを述べている。なお、本論文の一部はすでに共同研究の形に公表されているが、その内容は論文提出者が主体となって解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 本論文は熱帯アジアにおける対流圏オゾンの挙動について初めて系統的な科学的知見をもたらしたものである。よって本論文は学位論文に値するものであり、論文提出者は博士(理学)を授与できるものと認められる。

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