都市部において、新しく線路上空間を創出するため、駅を中心として旅客利便施設や人工地盤等を配置し、列車を運行したまま、線路を跨いで上空に高層建築物を建設する事例が増加している。この線路上空利用建築物は、軽量化し施工性を高めるため、一般に、鉄骨構造が用いられ、耐火性能の確保が課題となる。下層部(途中階の場合もある。)にはホームや線路を有する線路階が設置されるが、この線路階の耐火性に関連して一般の建築物と異なる以下の特徴が指摘できる。第1に、線路階は列車が運行することから、線路出入口の2面以上が開放される。第2に、天井の高さ等空間形状が列車運行のため建築限界の制約を受ける。第3に、主要火源はキオスクと車両(不燃化されていない場合)に限定される。一方、線路階の柱、梁等構造体への通常の耐火被覆は、列車走行に伴う振動に起因する剥落・落下、ホーム柱の被覆によるホーム有効幅員の減少(旅客の流動阻害)、線路間の柱の被覆による建築限界支障等の安全に関わる問題を生じるため、鉄骨無被覆構造や、耐火被覆軽減が求められる。一般建築物の区画火災を対象としては、実火災性状に基づく火災性状予測、部材温度予測、熱変形解析により建築物の耐火安全性を確認する耐火設計法が示されているが、線路上空利用建築物については、線路階の火災性状が解明されておらず、その耐火設計法も提示されていない。 本論文は、この線路上空利用建築物を対象とし、線路階の実火災性状に基づく火災性状予測手法、および部材温度予測手法を主体とする、性能的視野に立った合理的な耐火設計法を提案する。 本論文は、第1章序論を含め7章で構成される。各章の要旨を以下に示す。 第2章では、線路階の主要可燃物を特定しその可燃物量を把握するため、鉄道駅における可燃物調査、車両の可燃物の検討を行った。線路階における最大の可燃物はキオスクで、その積載火災荷重は最大約100kg/m2、固定火災荷重は積載火災荷重とほぼ等量で、面積は6〜8m2と小規模のものが多く大半が15m2程度以下である。車両については、旅客車の火災荷重は通勤用車両が約20kg/m2、寝台車両が約30kg/m2であり、不燃化されている場合はフラッシュオーバーに至らない。貨物車両は大半が鋼製の有蓋車であり、また、石油タンク車は列車運行が旅客列車を含む総列車本数の0.6%(JR貨物関東支社管内)と僅少で、タンク車の構造安全基準は逐次整備されてきている。以上から線路階火災の主要火源としてキオスクと旅客車(不燃化・難燃化されていない場合)を対象とすることとした。 第3章では、キオスクの自由空間燃焼実験による基本性状把握を踏まえ、キオスクを火源とする模擬線路階実大火災実験を行い、線路階火災性状を支配する諸元に関する以下の知見を得た。 (1)火災経過はいずれも、フラッシュオーバーを開始点とする火盛り期、その後の冷却期と推移し鎮火に至る。燃焼速度は、それぞれの期間でほぼ一定で火盛り期が約40kg/min、冷却期はその1/2〜1/3と評価される。 (2)線路階空間は雰囲気温度分布から、火炎領域、天井近傍領域、その他領域に分かれる。 (3)開口部下端より開口部高さの1/3上方から噴出する連続火炎高さは、基準高さ(カウンター位置)から2.0〜2.5m、左右の幅はキオスク端部から0.5〜0.7mと観測される。 (4)輻射は、キオスク正面3m位置で火盛り期平均9.6〜14.8KW/m2に達し、木材の着火が問題となる10KW/m2を超える。 (5)火炎軸上温度は、既往の実験データに基づいた、Seigelの評価式にほぼ対応する。 (6)天井下面気流温度は火源からの水平距離に応じて減衰するが、その性状はAlpertの評価法により、補正の必要はあるものの実用上説明できる。 (7)鉄骨部材温度は、火盛り期において急上昇するが、冷却期で温度の停滞、低下が見られ、火盛り期開始から30分経過するとほぼ全部材が最高温度、および最大変形量を経験する。 (8)梁は、火源から離れた場合ウェブ、火源直上の場合下フランジとウェブが最高温度を示す。柱は、火源に面するフランジが最高温度を示す。梁、柱とも火源に近い程、部材断面内の熱の不均一が大きい(部材断面内の温度差は梁で約90℃、柱で約110℃)。 第4章では、実験結果に基づき耐火設計用の線路階火災モデルを提案した。予備検討の1として、12の事例分析により、線路階空間は気積3,600〜65,000m2で2面以上が開放され、充分換気能力があり、また階高は間口によらず4.0〜5.9mと一定で、局所的な火災モデルが線路階の任意場所で適用可能であると判断した。予備検討の2として、キオスク火災と車両火災との模型実験(1/10、1/6縮尺)による比較を行い、前者が架構の温度上昇に対しより大きな影響をもつことを示した。 つづいて線路階キオスク火災を以下のようにモデル化した。 (1)燃焼重量-時間関係は、火盛り期1で燃焼速度R1一定、冷却期2で燃焼速度R2一定のバイリニア型として与え、1は全可燃物量の1/3が燃焼する時間、有効火災時間 (=1+2)は全可燃物量の1/2が燃焼する時間とする。燃焼速度R1は、実験で確認されたキオスク面積(7.2m2)までは40kg/minで一定とみなす。 (2)線路階空間を火炎領域、天井近傍領域、その他領域に3区分する。 (3)火炎モデルは、ビデオ画像解析から連続火炎域を包絡する形状とし、高さはSeigelの評価式により火炎軸状温度973K(700℃)以上の範囲とする。 (4)天井下面の雰囲気温度(気流温度)は、同じ高さにおける火炎軸上温度に水平距離に応じて実験結果から定めた評価式による低減率を乗じて求める。また、より精度の高い予測には熱流体解析汎用プログラムによる3次元定常解析が有効であることを示した。 第5章では、部材温度予測法について、予測解析のフロー、輻射の扱い、熱平衡解析における部材断面モデル、熱平衡方程式、およびその簡略化についての提案を行い、予測プログラムの概要を示した。ついで解析結果と実験結果を比較しこの手法の妥当性を検証し、また、代表的部材について熱収支上の輻射や対流の寄与量の時刻歴変化を明らかにした。さらに、部材断面内の熱伝導を考慮した有限要素法解析と比較し、本予測手法の有効性を示した。本予測手法では、部材内の熱伝導は無視し、輻射熱伝達と対流熱伝達について実況に対応するそれぞれの熱伝達周長を反映したモデル化を行い、線路階の区分された3領域において非定常熱平衡方程式を考える。方程式においては、天井近傍領域の形態係数と火炎輻射率に関する簡略化を示し、その評価が安全側になることを確認した。上記手法に基づき開発した、任意位置のキオスク火源、架構部材に対する温度予測プログラムの概要、および実験ケースを対象とする解析結果を示した。部材最高温度は、いずれも実験結果と良く対応するが、部材内熱伝導を無視した影響により全体にやや高い値を与える。部材温度-時間関係は、実験の温度上昇傾向をよく再現する。解析時の熱収支については、火盛り期は部材入熱量が多く全収支(差引入熱量)は部材温度の上昇とともに漸減し、冷却期では全熱収支は0に近づき部材温度の上昇は緩慢となる。対象部材が火源から遠距離にある場合、柱、梁とも対流による入熱量が輻射によるそれを上回り、火源に近接した場合、逆の結果となる。有限要素法解析は、部材断面内熱伝導の影響で最高温度が本解析に較べ低くなるが、比較例では、両解析値の最高温度の差は梁の場合約20℃、柱の場合約15〜40℃にとどまり、実験値は1例を除いて両者の中間に位置した。両解析値による温度上昇性状はほぼ等しい。 第6章では、前章までに提案した線路上空利用建築物の線路階火災性状予測法、部材温度予測法を組込んだ耐火設計法をとりまとめてその骨子を述べ、また、線路上空の事務所ビルを具体例として設計法を適用した。耐火設計法では、目標と評価基準、設計の手順を示し、キオスク火災の他、車両火災の性状予測法について述べた。また設計用の定数として、キオスク火災について火災荷重、燃焼速度、火災時間、火炎輻射率を定め、これによる部材最高温度の設計解析値が実験結果をほぼ上回ることを確認した。適用例においては、火災性状解析、部材温度予測に基づき、火源に近接し火災加熱の影響が大きい局部架構の弾塑性熱変形解析を行い、架構や部材が座屈破壊や降伏に至らないこと、変形が制約値を大きく下回ることを示し、対象とした無被覆の鉄骨架構の耐火安全性を確認した。 第7章では、本研究で得られた結論を各章ごとに総括した。 |