学位論文要旨



No 213327
著者(漢字) 石橋,輝樹
著者(英字)
著者(カナ) イシバシ,テルキ
標題(和) 線路上空利用建築物における耐火設計に関する研究
標題(洋)
報告番号 213327
報告番号 乙13327
学位授与日 1997.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13327号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 菅原,進一
 東京大学 教授 秋山,宏
 東京大学 教授 坂本,功
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 助教授 坂本,雄三
内容要旨

 都市部において、新しく線路上空間を創出するため、駅を中心として旅客利便施設や人工地盤等を配置し、列車を運行したまま、線路を跨いで上空に高層建築物を建設する事例が増加している。この線路上空利用建築物は、軽量化し施工性を高めるため、一般に、鉄骨構造が用いられ、耐火性能の確保が課題となる。下層部(途中階の場合もある。)にはホームや線路を有する線路階が設置されるが、この線路階の耐火性に関連して一般の建築物と異なる以下の特徴が指摘できる。第1に、線路階は列車が運行することから、線路出入口の2面以上が開放される。第2に、天井の高さ等空間形状が列車運行のため建築限界の制約を受ける。第3に、主要火源はキオスクと車両(不燃化されていない場合)に限定される。一方、線路階の柱、梁等構造体への通常の耐火被覆は、列車走行に伴う振動に起因する剥落・落下、ホーム柱の被覆によるホーム有効幅員の減少(旅客の流動阻害)、線路間の柱の被覆による建築限界支障等の安全に関わる問題を生じるため、鉄骨無被覆構造や、耐火被覆軽減が求められる。一般建築物の区画火災を対象としては、実火災性状に基づく火災性状予測、部材温度予測、熱変形解析により建築物の耐火安全性を確認する耐火設計法が示されているが、線路上空利用建築物については、線路階の火災性状が解明されておらず、その耐火設計法も提示されていない。

 本論文は、この線路上空利用建築物を対象とし、線路階の実火災性状に基づく火災性状予測手法、および部材温度予測手法を主体とする、性能的視野に立った合理的な耐火設計法を提案する。

 本論文は、第1章序論を含め7章で構成される。各章の要旨を以下に示す。

 第2章では、線路階の主要可燃物を特定しその可燃物量を把握するため、鉄道駅における可燃物調査、車両の可燃物の検討を行った。線路階における最大の可燃物はキオスクで、その積載火災荷重は最大約100kg/m2、固定火災荷重は積載火災荷重とほぼ等量で、面積は6〜8m2と小規模のものが多く大半が15m2程度以下である。車両については、旅客車の火災荷重は通勤用車両が約20kg/m2、寝台車両が約30kg/m2であり、不燃化されている場合はフラッシュオーバーに至らない。貨物車両は大半が鋼製の有蓋車であり、また、石油タンク車は列車運行が旅客列車を含む総列車本数の0.6%(JR貨物関東支社管内)と僅少で、タンク車の構造安全基準は逐次整備されてきている。以上から線路階火災の主要火源としてキオスクと旅客車(不燃化・難燃化されていない場合)を対象とすることとした。

 第3章では、キオスクの自由空間燃焼実験による基本性状把握を踏まえ、キオスクを火源とする模擬線路階実大火災実験を行い、線路階火災性状を支配する諸元に関する以下の知見を得た。

 (1)火災経過はいずれも、フラッシュオーバーを開始点とする火盛り期、その後の冷却期と推移し鎮火に至る。燃焼速度は、それぞれの期間でほぼ一定で火盛り期が約40kg/min、冷却期はその1/2〜1/3と評価される。

 (2)線路階空間は雰囲気温度分布から、火炎領域、天井近傍領域、その他領域に分かれる。

 (3)開口部下端より開口部高さの1/3上方から噴出する連続火炎高さは、基準高さ(カウンター位置)から2.0〜2.5m、左右の幅はキオスク端部から0.5〜0.7mと観測される。

 (4)輻射は、キオスク正面3m位置で火盛り期平均9.6〜14.8KW/m2に達し、木材の着火が問題となる10KW/m2を超える。

 (5)火炎軸上温度は、既往の実験データに基づいた、Seigelの評価式にほぼ対応する。

 (6)天井下面気流温度は火源からの水平距離に応じて減衰するが、その性状はAlpertの評価法により、補正の必要はあるものの実用上説明できる。

 (7)鉄骨部材温度は、火盛り期において急上昇するが、冷却期で温度の停滞、低下が見られ、火盛り期開始から30分経過するとほぼ全部材が最高温度、および最大変形量を経験する。

 (8)梁は、火源から離れた場合ウェブ、火源直上の場合下フランジとウェブが最高温度を示す。柱は、火源に面するフランジが最高温度を示す。梁、柱とも火源に近い程、部材断面内の熱の不均一が大きい(部材断面内の温度差は梁で約90℃、柱で約110℃)。

 第4章では、実験結果に基づき耐火設計用の線路階火災モデルを提案した。予備検討の1として、12の事例分析により、線路階空間は気積3,600〜65,000m2で2面以上が開放され、充分換気能力があり、また階高は間口によらず4.0〜5.9mと一定で、局所的な火災モデルが線路階の任意場所で適用可能であると判断した。予備検討の2として、キオスク火災と車両火災との模型実験(1/10、1/6縮尺)による比較を行い、前者が架構の温度上昇に対しより大きな影響をもつことを示した。

 つづいて線路階キオスク火災を以下のようにモデル化した。

 (1)燃焼重量-時間関係は、火盛り期1で燃焼速度R1一定、冷却期2で燃焼速度R2一定のバイリニア型として与え、1は全可燃物量の1/3が燃焼する時間、有効火災時間 (1+2)は全可燃物量の1/2が燃焼する時間とする。燃焼速度R1は、実験で確認されたキオスク面積(7.2m2)までは40kg/minで一定とみなす。

 (2)線路階空間を火炎領域、天井近傍領域、その他領域に3区分する。

 (3)火炎モデルは、ビデオ画像解析から連続火炎域を包絡する形状とし、高さはSeigelの評価式により火炎軸状温度973K(700℃)以上の範囲とする。

 (4)天井下面の雰囲気温度(気流温度)は、同じ高さにおける火炎軸上温度に水平距離に応じて実験結果から定めた評価式による低減率を乗じて求める。また、より精度の高い予測には熱流体解析汎用プログラムによる3次元定常解析が有効であることを示した。

 第5章では、部材温度予測法について、予測解析のフロー、輻射の扱い、熱平衡解析における部材断面モデル、熱平衡方程式、およびその簡略化についての提案を行い、予測プログラムの概要を示した。ついで解析結果と実験結果を比較しこの手法の妥当性を検証し、また、代表的部材について熱収支上の輻射や対流の寄与量の時刻歴変化を明らかにした。さらに、部材断面内の熱伝導を考慮した有限要素法解析と比較し、本予測手法の有効性を示した。本予測手法では、部材内の熱伝導は無視し、輻射熱伝達と対流熱伝達について実況に対応するそれぞれの熱伝達周長を反映したモデル化を行い、線路階の区分された3領域において非定常熱平衡方程式を考える。方程式においては、天井近傍領域の形態係数と火炎輻射率に関する簡略化を示し、その評価が安全側になることを確認した。上記手法に基づき開発した、任意位置のキオスク火源、架構部材に対する温度予測プログラムの概要、および実験ケースを対象とする解析結果を示した。部材最高温度は、いずれも実験結果と良く対応するが、部材内熱伝導を無視した影響により全体にやや高い値を与える。部材温度-時間関係は、実験の温度上昇傾向をよく再現する。解析時の熱収支については、火盛り期は部材入熱量が多く全収支(差引入熱量)は部材温度の上昇とともに漸減し、冷却期では全熱収支は0に近づき部材温度の上昇は緩慢となる。対象部材が火源から遠距離にある場合、柱、梁とも対流による入熱量が輻射によるそれを上回り、火源に近接した場合、逆の結果となる。有限要素法解析は、部材断面内熱伝導の影響で最高温度が本解析に較べ低くなるが、比較例では、両解析値の最高温度の差は梁の場合約20℃、柱の場合約15〜40℃にとどまり、実験値は1例を除いて両者の中間に位置した。両解析値による温度上昇性状はほぼ等しい。

 第6章では、前章までに提案した線路上空利用建築物の線路階火災性状予測法、部材温度予測法を組込んだ耐火設計法をとりまとめてその骨子を述べ、また、線路上空の事務所ビルを具体例として設計法を適用した。耐火設計法では、目標と評価基準、設計の手順を示し、キオスク火災の他、車両火災の性状予測法について述べた。また設計用の定数として、キオスク火災について火災荷重、燃焼速度、火災時間、火炎輻射率を定め、これによる部材最高温度の設計解析値が実験結果をほぼ上回ることを確認した。適用例においては、火災性状解析、部材温度予測に基づき、火源に近接し火災加熱の影響が大きい局部架構の弾塑性熱変形解析を行い、架構や部材が座屈破壊や降伏に至らないこと、変形が制約値を大きく下回ることを示し、対象とした無被覆の鉄骨架構の耐火安全性を確認した。

 第7章では、本研究で得られた結論を各章ごとに総括した。

審査要旨

 本論文は、線路を跨いで建設される旅客利便施設等の線路上空利用建築物を対象として、その下層部に設けられるホーム等の線路階における火災性状および鉄骨梁等の火災時における部材温度上昇の予測手法を中心とした耐火性能設計法を提示したもので、7章で構成されている。

 第1章は、「序論」であり、本研究の背景と既往の研究の到達点について触れ、本研究の目的と範囲について述べている。線路階は、その構造上、柱が長くかつ線路と直角の方向は充分な耐震性の確保が困難であるため駆体の軽量化が望まれ、また列車の運行に配慮した施工法の採用も不可欠であることから、架構は鉄骨造に限定される場合が大部分である。そのため耐火性能設計法の確立が緊要な意味を持つとしている。しかし、これまで、線路階架構の耐火性能を論じた研究は殆どなく、本研究では主要な火源であるキオスクを有する線路階特有の火災性状と、それによる架構部材の温度上昇を予測し、これを通して合理的耐火設計法を提示したいとしている。

 第2章は、「鉄道駅における可燃物量」と題し、駅における可燃物を調査して、線路階ではキオスクの火災荷重が積載・固定ほぼ半々で最大値は各々約100kg/m2、その面積は15m2までであること、また不燃化されていない旅客車の火災荷重は約30kg/m2であることを明らかにし、主要火源をこの両者に絞り込んだ理由について述べている。

 第3章は、「キオスクの火災実験」と題し、キオスクを火源とする実大火災実験を行い、火災性状を支配する諸元について検討して、燃焼速度は火盛り期が約40kg/min、減衰期がその1/2〜1/3であること、キオスクの開口部から噴出する火炎の高さはカウンター位置から2〜2.5m、開口部の左右への火炎の拡がりは端部から0.5〜0.7m、輻射能はキオスク正面から3m離れた位置で最大9.6〜14.8kW/m2、鉄骨部材は火盛り期開始から約30分で温度および変形量が最大値を示すこと、火源に近いほど部材内部の温度差は不均一となり梁で約90℃、柱で約110℃に達することなどを明らかにしている。

 第4章は、「線路階空間の特性と線路階火災のモデル化」と題し、実験結果に基づき耐火設計用の火災モデルを検討して、まず事例調査から線路階空間は、気積が3,600〜65,000m3で2面以上が開放され、高さは4.0〜5.9mであること、キオスク火災の方が旅客車のそれよりも鉄骨部材の温度上昇に大きく関わることを明らかにし、詳細には3次元熱流体解析が有効であるが、予測計算用の連続火炎域の高さは火炎軸上温度で700℃以上の部分を採用すること、天井面下の気流温度分布は火炎軸上温度に低減率を乗じて求めることなどにより実用的なモデル化が十分に可能であるとしている。

 第5章は、「部材温度の予測法」と題し、まず解析フローの検討を行い、輻射熱授受の取り扱い、部材断面での熱平衡解析などによる部材断面内の温度分布の予測法およびその簡略化を検討して予測プログラムを提案し、実験結果との比較からその妥当性を検証している。また、代表的部材については熱収支における放射熱および対流熱の寄与度合いを経時的温度変化から明らかにしている。さらに、本手法は総合熱伝達周長を反映させた非定常熱平衡方程式に基づくものであり部材内の熱伝導を考慮していないが、天井近傍領域における形態係数と火炎の輻射率を簡略化して組み込んであり、本手法による計算結果と部材内部の熱伝導を考慮した有限要素解析結果とを比べて、最高温度の差は梁で約20℃、柱で約15〜40℃上回り若干安全側となるため有効であると述べている。

 第6章は、「線路上空利用建築物の耐火設計法」と題し、線路上空利用建築物の火災性状予測に基づく部材温度の予測手法を組み込んだ耐火設計法の骨子について述べると共に、これを線路の上空を利用した事務所ビルに適用して、キオスクおよび車両火災の場合について検討し、部材温度の数値解析値が実験値を若干上回ることを確認している。さらに、火源が近接した領域について、耐火被覆を施していない鉄骨架構の局部的弾塑性熱変形解析を行い、架構や部材の変形量が制約値を大きく下回り、座屈破壊や降伏に到らないことを確認している。

 第7章は、「結論」であり、第1章から第6章までを総括し、得られた知見を整理すると同時に、今後の課題として都市部の新しい空間を創出するために、性能設計的視野で本予測手法をさらに活用する方向を探りたいとしている。

 以上要するに、本研究は、線路上空利用建築物の線路階における火災性状を支配する諸元を明らかにし、性能設計的視座で火災性状および部材温度の予測を主体とした合理的な耐火設計手法を提示したものである。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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