学位論文要旨



No 213328
著者(漢字) 横井,睦己
著者(英字)
著者(カナ) ヨコイ,ムツミ
標題(和) 模型実験並びにCFDによるアトリウム空間内の熱・空気流動性状に関する研究
標題(洋)
報告番号 213328
報告番号 乙13328
学位授与日 1997.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13328号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 村上,周三
 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 小林,敏雄
 東京大学 助教授 坂本,雄三
 東京大学 助教授 加藤,信介
内容要旨

 近年、大規模な建物に付随してアトリウムが設けられる事例が多くなっている。一般の居室(いわゆる事務室空間)と比較し、アトリウム空間の建築的・温熱環境的な特徴を列記すると、(1)一般に大空間である。(2)ガラスが周壁の多くの部分を占める。(3)そのため、日射の影響(吸収及び透過日射熱)を強く受け、(4)貫流熱負荷も膨大となる。(5)したがって、温熱環境要素の分布は時間的・空間的に大きくなりがちである。(6)一般に人の居住するエリアは限定されたエリア(多くは空間底部)である。などである。

 アトリウムは上記の様な特徴を有しているため、夏期の局所的なオーバーヒート、大きな上下温度分布、冬期のコールドドラフトの発生など一般の居室空間とは異なる温熱環境上の問題が生じやすく、その環境設計においては設計段階における十分な温熱環境に対する配慮が必要となる。すなわち、アトリウム空間内の温熱・空気環境の分布性状を的確に予測し、熱・空気流動の構造的な理解をふまえた上での空調計画、制御計画を行うことが望まれる。これらの計画・設計に当たっては従来の経験、設計手法の延長では対処できないことが多く、これまで、大空間・アトリウム建築の個別事例に関しては模型実験・数値解析を用いたいくつかの予測・検討がなされている。また、大空間の上下温度分布、空調熱負荷を実務レベルで簡易に予測する手法についても提案されている。しかしながら、室内流入熱流、空調吹出気流といった要因がそれぞれ空間内部の熱・空気流動性状に及ぼす影響について系統的に検討を行い、温熱・空気環境形成の構造的解明を目指した研究は少ない。

 この様な状況に鑑み、本研究では模型実験並びにCFD(Computational Fluid Dynamics:計算流体力学)を用いて、空間内に流出入する壁面熱流、空調吹出・吸込方式などをパラメータとした系統的な解析により、冷房及び暖房時のアトリウム空間内の熱・空気流動性状の構造的な解明を行うとともに、その結果を空調設計へ応用する手法を開発するための基礎的な検討を行う。

 本研究ではまず、従来個別に検討を行っているアトリウム空間の設計に対し、設計者の同空間内の基本的な熱・空気流動の構造的な理解を助け、有益な示唆を与えるデータを取得することを目的に模型実験を用いて系統的な検討を行う。主要なパラメータとして壁面熱流(侵入熱負荷)の大きさ、位置を取りあげ、これら要因が内部の温熱環境に与える影響を系統的に解析する。また、壁面間の放射熱授受も実験結果に基づき詳細に評価し、空間内の対流・放射熱伝達特性、及びその結果としての内部環境の形成の構造の解明を行う。

 次に、吹出・吸込方式、空間形状についても影響要因として取りあげ、CFDを用いて熱・空気流動の系統的な検討を行う。これにより各要因が内部環境に与える影響がどの程度であるか、要因間の相対比較が可能となり、温熱環境の概ねの予測において有用な判断材料が提供される。

 また、CFDは流体の支配方程式を解くミクロシミュレーションであり、実験、実測では得ることの困難な空間全体にわたる速度場、温度場の詳細な分布を知ることができる。しかしながら、その情報量は莫大であり、ミクロシミュレーション結果のみからでは空間内の巨視的な熱・空気流動について理解することは必ずしも容易ではない。熱・空気流動の巨視的な性状を明かにすることが出来れば、空間内の基本的な輸送の構造を直感的に把握することが可能となり、空調設計において極めて有用な手法となる。そこでミクロシミュレーションにより解析された流れ場、温度場を巨視的に理解する「マクロ解析手法」について説明する。検討は本研究で行う模型実験に対応する数値シミュレーション結果に基づき熱、流量、総運動エネルギー輸送についてマクロ的な視点から行う。

 本論文は以下の8章より成る。

 第1章では、まず序論として本研究の目的と概要が述べられる。

 第2章では、天井面もしくは鉛直壁一面をガラス面としたモデルアトリウム空間を対象として、夏期の居住域のみの冷房時において、室内侵入熱流が上下温度分布、空調居住域高さ(居住域の吸込口温度とほぼ等温となる領域高さ)、吹出気流の拡散性状に与える影響に関して1/20模型実験により系統的に検討する。

 第3章では、第2章同様夏期冷房時のモデルアトリウム空間を対象とするが、内壁面を全て放射率が既知の黒色面とした模型実験並びに放射熱伝達解析により対流と放射の両熱伝達量の特性を詳細に分析する。すなわち、前章では室内に対流熱伝達される熱流を既知として室内の気流・温度分布がどのように形成されるかを検討するものであるのに対し、本章では室内壁面から室内への流入熱を既知とし、この流入熱が放射及び対流によりどのように分配され熱伝達されるかを解析し、さらにその結果としての壁面対流熱伝達が室内の温熱環境形成にどう影響するかを解析・検討する。

 第4章では、冬期、ガラス面からの貫流熱損失のある温風吹出暖房を行うモデルアトリウムを対象として、冷熱侵入位置、吹出温風が室内壁面での放射・対流伝達特性及び室内温熱環境に及ぼす影響に関して模型実験、放射解析により検討する。ここでは、冷却面でのコールドドラフトの発生状況を詳細に検討すると共に、対流熱伝達率を温度境界層の測定から計測し、その性状に関しても考察する。

 第5章では、CDFを用いて、アトリウムの空調設計における設計データ集を整備する目的で、夏期冷房時のアトリウム空間を対象に、吹出・吸込方式、空間アスペクト比についても影響要因として取りあげ、各要因の気流・温度分布に与える影響に関して系統的に検討する。

 第6章では、冬期温風吹出暖房時のアトリウム空間を対象に、CDFを用いて吹出・吸込方式、冷却面位置、空間アスペクト比などの要因の違いが、気流・温度分布に与える影響に関して系統的に検討する。

 第7章では、モデルアトリウム空間を流れ場に応じて幾つかの特徴的なブロック(居住域、ペリメータ域など)に分割し、ブロック間のマクロな空気流動、熱輸送を前章までのCFD結果に基づいて評価する手法について説明する。従来のCFD結果のみからだけでは得られない空間内のマクロな空気流動、熱輸送の構造といった環境計画、空調設計上有益な情報が得られることを説明する。

 第8章では、各章で得られた知見をまとめ、総括的な結論を述べる。

審査要旨

 本論文は模型実験並びにCFD(Computational Fluid Dynamics:計算流体力学)により、大きなガラス壁で特徴づけられるアトリウム空間内の気流並びに熱流動性状を解析し、その室内環境設計のための基礎資料を整備したものである。

 従来、アトリウムの個別事例に関しては模型実験・数値解析を用いたいくつかの温熱環境の予測・検討がなされている。しかしながら、室内流入出熱流、空調吹出気流等の要因が空間内部の熱・空気流動性状に及ぼす影響について系統的に検討を行った事例は極めて少ない。本論文では模型実験並びにCFDを用いて、アトリウム空間内に流出入する壁面熱流、空調吹出・吸込方式、空間形状などをパラメータとした系統的な解析により、冷房及び暖房時のアトリウム空間内の熱・空気流動性状の構造的な解明を行うとともに、その結果を空調設計へ応用する手法を提案し、今後のアトリウム空間の環境設計のための基礎資料を整備したものである。

 本論文の構成は第1章の序論を含め、全8章より成る。

 第2章では、天井面もしくは鉛直壁一面をガラス面としたモデルアトリウム空間を対象として、夏期居住域冷房時において、壁面対流熱伝達量が上下温度分布、吹出気流の拡散性状に与える影響に関して1/20縮尺模型実験により系統的に検討している。特に、居住域冷房時における空調居住域高さ(居住域の吸込口温度とほぼ等温となる領域高さ)の概念を定義・導入し、その高さと壁面からの対流熱伝達量の関係を明らかにしている。すなわち、天井面、壁面からの対流熱伝達は空調居住域高さを低く、床面対流熱伝達は空調居住域高さを高くすることを明らかにしている。

 第3章では、内壁全面を放射率が既知の黒色面とした1/10縮尺模型実験並びに放射熱伝達解析により対流と放射の両熱伝達量の特性を詳細に分析している。すなわち、前章では壁面対流熱伝達量を既知としたのに対し、本章では壁面から室内への流入熱を既知とし、この流入熱が放射及び対流によりどのように分配され熱伝達されるかを詳細に解析し、さらにその結果としての壁面対流熱伝達が室内の温熱環境形成にどう影響するかを解析・検討している。その結果、(1)熱収支誤差が10%未満の精度の良い実験が実現され、各壁面の放射・対流伝達熱の出入りの構造を明らかにしている、(2)天井面流入熱のほとんどが放射熱伝達され、対流熱伝達される量は極めて少ないこと、ただし、このわずかな天井面対流熱により上下温度分布は極めて大きくなること、(3)床面発熱の7割以上が空気に対流熱伝達すること、また、発熱のない床面においても天井面、壁面上部からの放射熱(室内総流入熱量の4割弱)を受熱し空気に対流熱伝達すること、(4)鉛直壁面からの流入熱は、上部でほぼ2割が、下部では約8割弱が空気に対流熱伝達されること、を明らかにしている。

 第4章では、冬期、ガラス面からの貫流熱損失のある温風吹出暖房を行うアトリウムを対象として、冷熱侵入位置、吹出温風が室内壁面での放射・対流伝達特性及び室内温熱環境に及ぼす影響に関して模型実験、放射解析により検討している。特に、冷却面での冷気の下降流(コールドドラフト)の発生状況を詳細に検討している。その結果、(1)冷却面では放射・対流により熱が流入し、断熱面では対流により熱が流入、放射により熱が流出すること、ただし、冷気が流れる床面では対流により壁面から空気へ熱伝達すること、(2)鉛直冷却面を有するケースではコールドドラフトの発生により上下温度分布、壁面温度分布が大きくなること、(3)天井面のみ冷却し壁面、床がよく断熱されると室内温度は均一となることを明らかにしている。

 第5章では、CFDを用いて、アトリウムの空調設計における設計データ集を整備する目的で、夏期冷房時のアトリウム空間を対象に、吹出及び吸込方式を影響要因として取りあげ、各要因の気流・温度分布に与える影響に関して系統的に検討している。その結果、(1)冷風吹出高さは気流・温度分布に極めて大きな影響を与え、必要居住域高さ以下の吹出口設置が重要であること、(2)吹出気流による拡散混合領域が必要居住域高さに対応するような吹出アルキメデス数(吹出速度・温度、吹出口サイズ)の設定が重要であること、(3)上部高温空気の排気は省エネルギー的に居住域冷房を実現するのに有効であることを明らかにしている。

 第6章では、冬期温風吹出暖房時のアトリウム空間を対象に、CFDを用いて吹出・吸込方式、冷却ガラス面位置、空間アスペクト比などの要因の違いが、気流・温度分布に与える影響に関して系統的に検討している。その結果、居住域を効果的に暖房するには、(1)冷却面沿いに落下する冷気を吹出気流等により衝突拡散させること、(2)居住域に侵入した冷気を速やかに排出し居住域では拡散させないことが有効であることを明らかにしている。また、冷却面沿いの冷気の居住域侵入を温風水平噴流により遮断できるか否かの目安は、非等温噴流予測式により可能であることを示している。

 第7章では、アトリウム空間を流れ場の特徴に応じて幾つかのブロック(居住域、ペリメータ域など)に分割し、ブロック間のマクロな空気流動、熱輸送をCFD結果に基づいて評価する手法(マクロ評価手法)を提案している。この評価手法により従来のCFD結果のみからだけでは得られない空間内のマクロな熱・空気輸送の構造という環境計画、空調設計上有益な情報が得られることを説明している。すなわち、(1)冷房と暖房における熱・空気輸送の構造の違いを明確に示すことができること、(2)吹出噴流の通過するブロックでは空気輸送量が吹出空気量の10倍以上となること、また、壁面近傍の上昇流(あるいは下降流)による熱・空気輸送はかなり大きいこと、(3)空間全体にわたり移流による熱輸送の割合が大きいことを明らかにしている。

 第8章では、各章で得られた知見をまとめ、総括的な結論を述べている。

 以上を要約するに、本論文では、まず模型実験並びにCFDを用いて、アトリウムの空調設計上重要な代表的因子について系統的かつ定量的に検討している。ここで得られた知見、特に対流と放射の両熱伝達の特性、新たに提案した空調居住域高さと影響因子との関係は、今後のアトリウムの空調設計に資するところが極めて大きい。また、本実験結果は放射・対流連成シミュレーションの検証用データとして極めて重要かつ有効である。また、CFD結果に基づく熱・空気流動のマクロ評価法は、CFD結果から実務設計で有用な情報を得る従来にない独自の手法であり、今後の適用範囲も広く、建築環境工学に寄与するところ大である。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/54023