本論は、東京の杉並区西荻窪駅と葛西橋南の荒川土手を結び、都心部を直線で縦断する巾50m長さ23125mの帯に含まれる約4366件の「表層」事例の形態を分析することにより、『見えがくれする都市』のなかの筆者の担当である第4章の「まちの表層」ならびにその後の研究のなかで提示した<表層>に関する仮説を検証し、さらにそれらを発展させて現代東京の<表層>の大方を覆えるような類型群の構築に向けての作業である。 事例数からも分かる通り、この研究は、現代都市におけるバナキュラー建築を対象とする、一種の民族学的調査である。 本論は、3編の部分から構成されている。 第1編では、<表層>論の理論的側面をあつかい、第2編では、東京を東西に縦断する巾50m長さ23125m(東京クロスセクション)の範囲の悉皆調査によって得られた資料を統計手法を用いて解析した。第3編には調査の結果得られた資料を収めた。 1-1では、<表層>論という問題構制が必用となる背景を分析した。特に、<表層>論が扱う、現代のバナキュラー建築を、記号論的考察と専門家の役割を通して論じた。20世紀後半には建築思想も変化し始めたが、構築環境の全体性を引き受けるには依然として近代主義の限界内にあり、その様な専門家の思考方法が一般化し、現代の都市景観として物象化しているとした。21世紀を目前にして、様々な社会的枠組みが大きく変化しようとしている現代にあっては構築環境の設計計画のために従来の思考的枠組みでは到底対処できない。<表層>論が新しい視点を提供することを主張した。 1-2では、<表層>に関る用語の定義をおこない、<表層>論が扱おうとしている範囲を、可能性も含めて述べた。具体的には、<表層>論は、建築プラニング論、公共空間論、建築集合論、記号論都市デザイン論、都市景観論に関ってくる。 1-3では、筆者がこれまでに提案した<表層>に関る仮説を整理、概観した。本論の大きな目的はこれらの、仮説群を現代東京のフィールドサーベイで得られた多量の資料で検証することにある。 仮説群は大きく、住宅系の<表層>に関する仮説、商店の<表層>に関する仮説、そして日本の空間概念に関する仮説群である。 1-4では、景観に関る既往研究を概観して本研究の位置付けを行った。あわせて、近代以降の首都圏で行われた景観に関連が深い都市計画、都市開発の歴史的展開の大きな流れを通観し、近年盛んになってきた景観研究の問題点を分析した。 第2編の冒頭には、第1編での考察に基づき、調査・分析の目的を具体的に整理しまとめた。続いて、調査の結果、仮説時の用語で不適当なものを改めて用語を再整理し、調査方法と分析手法についって述べている。 分析は、仮説の枠組みに従って、住宅系(<いえ>)の<表層>、商業系の(<みせ>)の<表層>、空間概念の順で進めている。 2-4-1では、<表層>論的立場から重要な指標から東京クロスセクション全体の傾向を把握した。 2-4-2では<いえ>の<表層>の分析である。最初に、<いえ>の<表層>の諸元を算出して、全体的な傾向を掴み、続いて、表層断面のタイプがどのような要因と関連があるかを都市的要因と敷地内の要因に分けて分析した。 次に路地の形態的特質としてゲシュタルト心理学で言う「地」的性格があるかを分析している。続いて、塀の無い住宅がどのような条件のもとで現れるかを、<表層>の指標のデータと写真から考察した。これらの分析は、町家や裏長屋がどのように現代東京に引き継がれているかを、主に統計手法を使って分析したものである。 最後に、<いえ>に最も多く現れる塀の持つ記号性を、隣地の塀との関係、および非<いえ>に塀がどのように用いられているかという二点から考察分析した。 2-4-3では、<みせ>の<表層>を2段階に分けて考察した。 最初に、仮説で提示した<市場型>の存在を都内の22の商店街で確認し、その中から<市場型>として阿佐谷パール街と<老舗型>として表参道ブティック街の二つを取り出し、形態的特質と業種の分析をおこない仮説の妥当性を検証した。 2-4-4で第二段階の東京クロシセクションの<みせ>についての分析ををおこなった。最初に、<みせ>の<表層>の諸元を算出して全体的な傾向を掴み、続いて、第一段階の分析成果を踏まえて、表層指標相互の関係および業種との関係について考察した。 2-4-5では現代東京の<表層>に伝統的な空間概念が現在も残っているかをやはり統計的に考察した。 2-5で以上の分析結果をまとめた。 本研究より明らかにされたことは以下の通りである。 1 表層総長、植物間口、表層断面、溢れだし間口、表層断面の型は、アイレベルでの地区性格の指標としての可能性が認められた。 2 溢れだしの分布には、固まって出現するという群落性が認められた。 3 塀付の<いえ>は、道路の形態などの条件や間口の広さなどと関りなく出現する。それは「選択されている」というよりは一種の社会的規範となって、実際的機能以上に象徴的な重要性を担っていることが窺える。 4 仮説として提示した<いえ>の表層類型の4つ目図式は、「町家型」と「裏長屋型」の2項を実質的に失い、お屋式型を唯一の極とする単純な図式に収斂しているように見られる。しかし、その後継の<いえ>の型は生まれていない。 5 隣地の塀との連続性の分析から、塀は、住居のアイデティティーを表現する媒体として考えられていることが明らかになった。 6 <いえ>以外の施設の表層にも塀は用いられている。伝統に依存している宗教建築や和風の象徴として用いられる料理屋でも用いれているが、公共建築や学校建築、そして大型開発による敷地の<表層>を形成していることも大きな特徴である。 7 <みせ>を弁別する表層要素としてマスクがあり8割の表層に用いられていることが明らかになった。 8 仮説で提示した、<市場型>と<老舗型>の類型は、性格が純化された商店街については、かなり説明力があることがわかった。また、因子分析によって得られた業種のカテゴリーとのあいだに有意な相関が存在することもあきらかになった。 9 伝統的建築から得られた空間概念、「薄い層の重ね合わせ」による空間分節、「仕切る」ことによる領域確定は、現代の東京の<表層>の形態構成の原理となっている。具体的には、門と玄関の軸をずらす、角を挟む塀を連続した面として考えず、独立した面の突合せで構成するという手法は現代の住宅でもなお一般的である。 |