学位論文要旨



No 213335
著者(漢字) 岡本,明
著者(英字)
著者(カナ) オカモト,アキラ
標題(和) 重度肢体不自由の人のための情報機器インタフェースにおける操作性改善の研究
標題(洋)
報告番号 213335
報告番号 乙13335
学位授与日 1997.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13335号
研究科 工学系研究科
専攻 電子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高木,幹雄
 東京大学 教授 羽鳥,光俊
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 教授 石塚,満
 東京大学 教授 廣瀬,啓吉
 東京大学 助教授 佐々木,正人
内容要旨 1.障害を持つ人のための情報機器の研究開発

 重度の障害を持つ人が情報機器を使うときには特殊な追加装置を用いるが、これらは障害を補うために機械主導型にならざるを得ず、ユーザーの意志を反映しにくい。障害を持つ人の機器を使い易くするためには認知工学的研究が重要である。例えば佐伯の二重接面理論やJ.J.Gisonのアフォーダンス理論などはそのためにも有用であるが、工学への展開と応用はまだ充分ではない。本研究は障害を持つ人の情報機器操作の認知的面に焦点をあて、障害を持つ人により使い易いインタフェース(以下I/F)を提供することを目的とする。

 本研究で対象とするのは、四肢マヒと不随意運動があり、スイッチ(以下SW)を随意に押せる部位が1つで、SW操作時間のコントロールが困難な重度脳性マヒの人である。キーボードを操作できないので、文字を自動的にスキャンしていくキー画面(従来のものは後述の図1で⇔列のないもの)と呼気SWなどで入力する。オートスキャンはまず列単位で横に進み、入力したい文字のある列でSWを吹くと列が確定され、今度はその列を上から順に文字ごとにスキャンしていく。入力したい文字でまた吹くと文字が入力される。

 さて、佐伯によれば、どのような人工システムも二つの接面を持つ。第1接面は人とシステムの接面(ユーザーI/F)、第2接面はシステムと操作対象とする外界との面である。これはI/Fを詳細に見るのに優れたモデルであるが、情報機器の場合への展開や実際の応用展開がまだなされていない。

 Gibsonはアフォーダンスとは「環境が生体に提供する価値で、その環境をどう使うことができるかを決定する最も基礎的な特徴」であるとし、環境の中にはすべての情報が潜在している、アフォーダンス知覚には心的プロセスを必要としない、アフォーダンスは生体の行動をコントロールしたり規制したりはするが行動そのものを引き起こすものではない、などと主張した。

 アフォーダンス理論はI/Fに自然な使い易さを取り入れるのに適しているが、工学の分野の人には理解しにくく、具体的にI/F設計に応用するには、実例に即した解釈を加え工学的利用ができるようにすることが必要である。

2.TB接面の提案とオートスキャン方式の問題点の抽出

 二重接面理論を障害を持つ人の情報機器へ展開するには、人と機器の橋渡しをする追加装置(ブリッジ装置)も含めて見ることが必要であり、そこには人とブリッジ装置との接面=TB(Technical Bridge)接面が存在する。

 TB接面を設定することによってI/Fに新たな視点を導入できる。オートスキャン方式のTB接面を観察すると以下の2点が主な問題点として抽出される。

 (1)スキャン待ちがじれったい。:機械主導型による「制御感」の欠如(常に機械にコントロールされている感覚)および正しい「アフォーダンス」の欠如が要因となっている。

 (2)確定すべき時にタイミングを合わせにくい。:好ましくない「アフォーダンス」が知覚されることが要因となっていると考えられる。

3.制御感の欠如の改善:「戻キー」

 図1のように従来の配列に戻りキー(⇔)を追加し、ユーザーがスキャン方向を変えられるようにした。次の文字へは左右どちら方向が早いか判断して切り替えられるので、自分で機械にインタラプトをかけられるという制御感、確定を逃してもすぐ戻ればよいという安心感が得られることを狙ったものである。

(図1)HA3XB(矢印は説明のために加筆)

 脳性マヒ1級の被験者でかな80〜100文字の例文を用いて戻キーなし(HA3XA)と戻キーつき(HA3XB)の操作時間(入力時間10〜12分)とエラーを比較した結果、次のような効果が確認された。入力時間は約30秒短縮された。エラーは18回から13回に減少し、1回の所要時間も約1秒減少した。またエラー時の発話が減少した(失敗を気にしなくなった)。

4.I/Fにおけるアフォーダンス試論

 現在のオートスキャン方式では次のキーの位置は分っているのにそこにすぐに到達できない。例えば「うめ」と入力する場合、図1の→のように次への道のりは四辺形の3辺を遠回りし、直接向かうことをアフォードしないので「スキャン待ち」が長く感じられる。改善案として⇒で示すように矢印が回転して直接次に入力したい文字へ向かう「矢印回転方式」を考案した。これはキーを直接指示するアフォーダンスが知覚されることを狙ったものである。

 また、確定する時にタイミングを合わせにくい問題は、刻々と近づいてくるスキャンが脳性マヒ特有の緊張をますます強くすることをアフォードすると言える。さらに、一定間隔でのスキャンリズムがユーザーに植え付けられ、そのリズムで呼気SWを吹いてしまいタイミングミスする。これはスキャンのリズムがそれと同一タイミングでSWを吹くことをアフォードすると考えられる。これらのアフォーダンスは行為を引き起こしていると言える。

 障害を持つ人のための情報機器インタフェースへの応用の立場では、判りやすくするために上記の知見などからアフォーダンスの新たな定義を試みる。

 まず、アフォーダンスとは「その機器をどう使うことができるかを決定する最も基礎的な特徴のことであり、ユーザーと機器とのインタラクションによって抽出されユーザーごとに固有に知覚される」ものとする。そして、先に述べたGibsonの主張には以下のような再定義を提案する。

 (1) 「機器にはユーザーとの組み合わせで抽出される固有のアフォーダンスを特定する情報が潜在する」:I/Fは設計するものであり、利用環境はある範囲に限定することができる。そこではすべての有益な情報が潜在するようには設計できないし、I/Fにとって悪い情報として何が潜在しているか分らないのでは困る。また、ユーザー個々から見れば、自分に固有なアフォーダンスが機器から知覚されることになる。従って、すべての情報が存在するのではなくこのようにした方が理解しやすい。

 (2) 「意図を達成するための心的活動によってユーザーの意図に依存したアフォーダンスが知覚される」:情報機器のユーザーは必ず何らかの意図をもって操作しているから、生体側に何らかの受け皿が働くであろう。従って心的活動を必要とすると考え、これを考慮してI/F設計をする必要がある。

 (3) 「アフォーダンスには行為を引き起こすものもある」:前述のように行為を引き起こすものもあり、「操作誘引型アフォーダンス」と名付ける。

5.まとめと今後の展望

 本研究では障害をもつ人の情報機器I/Fの認知的な面に焦点をあて、より使い易くするための提案を行うことを目的とした。まず、TB接面の概念を提案し、その観点から障害を持つ人のためのI/Fを観察し、オートスキャンタイプ入力装置の「制御感」の欠如、正しい「アフォーダンス」の抽出されにくさを指摘した。そして改善案として「戻りキー」を考案し効果を確認した。次に、I/Fへの応用のためにアフォーダンスの再定義を試み、Gibsonの定義に対する新たな見方を示した。

 今後さらに障害を持つ人の認知特性などの基礎データを捉え、実地に即した研究開発を進めて行く必要がある。これは「福祉認知工学」とも言うべき認知工学における新しい一分野を形成することも可能であると考える。

審査要旨

 本論文は,「重度肢体不自由の人のための情報機器インタフェースにおける操作性改善の研究」と題し,障害を持つ人の情報機器操作の認知的面に焦点をあて,障害を持つ人により使い易いインタフェースを提供することを目的として行った一連の研究を纏めたもので,5章よりなっている。

 第1章は「序論」で,本研究の背景について述べ,本研究の目的を明らかにすると共に,本論文の構成について述べている。

 第2章「重度肢体不自由の人の情報機器インタフェースモデル-TB接面モデルの提案-」では,インタフェースに関する二重接面理論を障害を持つ人の情報機器へ展開するには,人と機器の橋渡しをする追加装置(ブリッジ装置)も含めて見る必要があり,人とブリッジ装置との接面であるTB(Technical Bridge)接面を設定することによって,インタフェースに新たな視点を導入できることを提案している。重度脳性マヒの人を対象としたオートスキャン方式の入力装置のTB接面を観察し,「制御感」と正しい「アフォーダンス」が欠如していることを指摘している。

 第3章「重度肢体不自由の人の情報機器と制御感」では,制御感の欠如を改善するために「戻りキー」を追加し,ユーザーがスキャン方向を変えられるようにした装置を開発している。「戻りキー」により次の文字へは左右どちら方向が早いか判断して切替えられるので,自分で機械を操作するという制御感,確定を逃してもすぐ戻ればよいという安心感が得られることを狙っており,脳性マヒ1級の被験者でかな80〜100文字の例文を用いて,「戻りキー」なしと「戻りキー」つきの操作時間(入力時間10〜12分)とエラーを比較した結果,入力時間は約30秒短縮され,エラーは18回から13回に減少し,1回の所要時間も約1秒減少し,エラー時の発話が減少して失敗を気にしなくなったという成果が得られたことを報告している。

 第4章「インタフェースにおけるアフォーダンス試論-障害を持つ人の情報機器インタフェースへの応用の見地から-」では,障害を持つ人のための情報機器インタフェースへの応用の立場から,従来のアフォーダンスの定義に対してアフォーダンスとは「その機器をどう使うことができるかを決定する最も基礎的な特徴のことであり,ユーザーと機器とのインタラクションによって抽出されユーザーごとに固有に知覚される」ものとして,「機器にはユーザーとの組み合わせで抽出される固有のアフォーダンスを特定する情報が潜在する」,「意図を達成するための心的活動によってユーザーの意図に依存したアフォーダンスが知覚される」,「アフォーダンスには行為を引き起こすものもある(操作誘引型アフォーダンス)」という新たな定義を試みている。

 第5章は,「結論」であって本研究の成果を纏めている。

 以上これを要するに,本論文は障害をもつ人の情報機器インタフェースの認知的な面に焦点をあて,人と機器の橋渡しをする追加装置も含めて見るためのTB接面の概念を提案し,その観点から障害を持つ人のためのインタフェースを観察し,オートスキャンタイプ入力装置の「制御感」の欠如,正しい「アフォーダンス」の抽出されにくさを指摘し,改善案として「戻りキー」を考案して効果を確認し,インタフェースへの応用のためにアフォーダンスの再定義を試みる等,インタフェース技術の進展に寄与するところが多大であり,電気・電子工学に貢献するところが少なくない。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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