学位論文要旨



No 213337
著者(漢字) 山野,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ヤマノ,ナオキ
標題(和) 核データ評価における積分テスト手法の研究
標題(洋)
報告番号 213337
報告番号 乙13337
学位授与日 1997.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13337号
研究科 工学系研究科
専攻 システム量子工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中沢,正治
 東京大学 教授 岡,芳明
 東京大学 教授 岩田,修一
 東京大学 助教授 吉田,一雄
 東京大学 助教授 高橋,浩之
内容要旨

 中性子と物質との種々の相互作用に対する微分測定データを基に,計算コードを組合せてその断面積を定量的に評価し,多様な応用に利用可能な形式に纏めたデータが評価済核データである。この核データは,核分裂炉,核融合炉および加速器等の設計計算や放射線安全評価の基礎となるデータであるため,高精度かつ高い信頼性が要求される。そのため,重要な核種においては多くの断面積の微分測定が行われ,また測定値を良く再現する断面積計算模型も開発されている。しかしながら微分測定は十分とは言い難く,現実には測定データが完備していない核種も存在する。中性子のような核子と物質を構成する核子間の相互作用はその影響の及ぶ範囲が広く,その本質を統一的に表現する原理は未だ解明されてはいない。そのため,核子間の相互作用の相関を近似的に取扱うことで種々の模型が考えられ,それによって現象を理解する方法が採られている。従って,これらの模型による計算では既知の測定データを良く再現できても,その後の新たな実験方法に基づく詳細な測定データを再現できない場合があり,その都度計算模型を修正する等の対応が必要となる。

 核データの評価は,測定データと良く評価された断面積計算コードにより行われることが基本であるが,現実的にはこれらの組合せのみでは利用者が要求する精度を満足しないことがある。特殊な目的のためには断面積調整も有効であるが,広い範囲での利用を目的とした一般目的ファイルでは,データの信頼性の範囲を記述した共分散等の誤差評価がなされていない限り調整は難しい。

 他方,核データ自身を積分的に検証する目的のためのベンチマーク実験,および実際の利用を想定した積分実験も数多く行われている。そのため,これらのベンチマークを対象として積分テストが行われ,その結果より核データの精度に対する多くの議論がなされている。しかしながら積分テストを行う際には,核データを輸送計算法に用いる形式に変換する断面積処理があり,その処理方法に依存した誤差と輸送計算自身の誤差は核データに起因する誤差と区別して取扱う必要がある。これらの誤差を分離していない従来の積分テストの結果では,核データの精度や問題点を明確に指摘することはできない。

 本研究では,これらの積分実験の中で物質中を透過したエネルギースペクトルを精度良く測定しているものに着目して,このエネルギースペクトルから微分測定を補う情報が得られることを示した。さらに従来の問題点を除く解析手法を採用し,その結果を活用して核データ評価の精度向上を目的とする積分テスト手法を開発した。本手法は幾つかの過程より構成されており,その手順ならびに各過程での検討項目および検討方法を述べた。本手法の特徴は以下の通りである。

 1. エネルギースペクトルを検討対象とする。

 2. ベンチマークとして異なった情報が得られる複数の問題を選定する。

 3. 二種類の解析手法を選択し,補完性と冗長性を持たせる。

 4. 系統性を重視したシステム分析的手法により信頼性の高い結果を得る。

 本手法を評価済核データライブラリJapanese Evaluated Nuclear Data Library(JENDL)の第3.1版に格納された鉄データに適用した例を示し,従来の手法では得られなかった核データの問題点を複数項目において具体的に指摘することにより本手法の有効性を実証した。さらに,本手法により指摘された問題点に対する核データの再評価の過程を示し,その改訂版であるJENDL-3.2において改善された核データの精度を定量的に述べた。また,核データ評価における残された問題を議論し今後の課題について考察した。

審査要旨

 中性子と原子核の反応は、核反応断面積、いわゆる核データとして定量的に表現されている。レーザーやX線、ガンマ線など、光子と原子の反応確率については、量子電磁気学に基いて理論的に求められている。本来、中性子の核データについても、理論的に求められるべきであるが、現在のところ原子核についての知識は、このような理論計算が可能なレベルに到達していない状況にある。原子核自身の構成についても、原理的な理解ではなく、実験事実を説明する経験的モデル型理解の段階にあるためである。

 一方で、現実に核データは、核分裂炉、核融合炉および加速器の設計や安全性評価の基礎となる数値データであるため、工学的に極めて重要で高精度かつ信頼性の高い値が要求されている。このため、従来より、中性子の核反応に関する核データについては、実験的データの収集と評価、不充分とは言えモデル的計算による内挿や外挿など、可能な手段を駆使して推定評価してきたという経緯がある。これが、入射中性子エネルギー、反応の核種、核反応の種類毎にまとめられて、核データライブラリーとして、欧、米、日本でまとめられファイル化されている。日本の評価済核データファイルJENDL-3は、米国のデータENDF/B-VIと並んで、高い水準を示している。

 本論文は、この核データ評価結果を積分実験によりテストする手法を開発し、実際に適用して成果を挙げた結果をまとめたもので、論文は7章から構成されている。

 第1章は、序であり、核データの目的と意義についてまとめ、積分実験を再現できるかどうかのテストが実用的に極めて重要であることを述べている。

 第2章は、評価手法の紹介で、核データ自身の評価の手順と、核データファイルの構成についてまとめ、次に積分実験によるテストに使用可能な実験の条件、性格についてまとめている。これらは、従来よりベンチマーク実験と呼ばれており、この積分テストはベンチマークテストと言われ、既に多くの独立なテストがなされているところであるが、ベンチマークテストの計算手順によく適合したベンチマーク実験を選択する基準を、実際的な観点より具体的に示していることが、本論文の独創的な点である。

 第3章は、ベンチマークテストを進める計算手順について、詳細に説明したものであり、核データから、積分実験結果に対応する量を算出する過程に含まれる数多くの、仮定や近似とその及ぼす誤差について、個々に検討している。その結果、この計算手順により生ずる誤差は、核データの誤差より少なくなるようなベンチマークテストになることを示している。

 第4章は、JENDL-3における鉄の中性子核反応データについて、具体的にベンチマークテストをした結果をまとめたものである。まず、条件に適合するベンチマーク実験を取捨選択し、核データのどの部分の検証に適しているのかを検討している。次に、ベンチマークテストの結果より、核データ自身の再検討を要する部分を5項目ピックアップし、再度、原データの評価作成プロセスに戻って議論している。この再評価においては、現在の核データライブラリー自身のデータ格納形式の制約に伴う部分の修正や、原データに採用した実験値のエネルギー分解能の修正、鉄の原子核内励起準位のQ値の変更など、極めて広範囲な対策によりベンチマークテストへの適合性を確保している。これらの修正は、従来のベンチマークテストによる線形論的な感度解析では、到達し得ない部分であり、知識工学的な、あるいはシステム工学的な核データの修正法として、極めて独創的なものである。なお、今回示された鉄の再評価の結果は、核データの国際会議等にて極めて高い評価を得ており、実験再現性の点で、抜群の水準を示すものである。

 第5章は、まとめと今後の課題について述べたものであり、改良された鉄の核データは最新のJENDL3・2版に収納されていること、今後、これらの核データの不確定性を定量的に算出することが課題としている。なお、第6章は、謝辞、第7章は、膨大な文献をまとめている。

 本論文は、核データの今後の改良の方法について多くの独創的な提案と成果を具体的に示しており、原子力工学とシステム量子工学に寄与するところが少なくないと判断される。

 従って本論文は、博士(工学)として合格と認められる。

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