学位論文要旨



No 213339
著者(漢字) 久保田,稔
著者(英字)
著者(カナ) クボタ,ミノル
標題(和) 交換プログラムの記述の高度化とその制御方式の研究
標題(洋)
報告番号 213339
報告番号 乙13339
学位授与日 1997.04.17
学位種別 論文博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 第13339号
研究科 工学系研究科
専攻 情報工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 武市,正人
 東京大学 教授 田中,英彦
 東京大学 教授 井上,博允
 東京大学 教授 近山,隆
 東京大学 助教授 相田,仁
内容要旨

 本論文では,交換プログラムの記述性を向上させ,これを効率的に開発し,実行させる手法について述べる.交換プログラムは,大規模,超多重処理,実時間性,連続運転,継続的な機能追加,といった要求条件を満たさなければならない.このため,記述性・保守性の向上,機能拡張が容易なプログラム構造,効率的な実行制御方式,及び高度なプログラム開発環境,が求められる.さらにサービスの高度化,所要処理能力の増大に伴い,分散処理の活用も求められている.

 記述性・保守性の向上には,高水準プログラミング言語の適用が有効である.特に,多重処理の記述には,並列処理の適用が必須である.また,記述性・保守性の向上に加えて,機能拡張が容易なプログラム構造とするために,オブジェクト指向技術の適用が有効である.オブジェクト指向型交換プログラムは,オブジェクトの独立性により分散処理システムへの適用も容易である.

 実時間性を満たし,かつ経済化要求にこたえるために,上記交換プログラムの実行を制御するプログラムには,高い処理効率と容易な機能拡張をサポートする機構が求められる.さらに交換プログラムの高度な開発環境が求められる.

 本論文は,言語レベルでの並列処理機能とオブジェクト指向の交換プログラムへの適用,及びその交換プログラムを効率的に実行させる制御プログラムを提供することにより,交換プログラムの記述性・保守性を向上させるとともに,前述した要求条件を満たして交換プログラムを実行できる,という観点から行った研究をまとめたものである.なお,本論文の後半では「交換プログラム」の代わりの用語として「通信ソフトウェア」を用いる.交換プログラムは狭義の通信ソフトウェアとみなすことができる.

 第2章で交換プログラムの一般論を述べる.ついで第3章で交換プログラムに関する内外の技術動向を紹介する.

 第4章では,分散オブジェクト指向交換プログラムについて述べる.オブジェクト指向モデルについては,並列処理の適用の観点から,能動オブジェクトと受動オブジェクトに基づく処理モデルを提案し,このオブジェクト間のメッセージ通信方式,オブジェクトの動的拡張についても述べる.次にこれらのオブジェクトを用いた交換プログラムの構成(サービス,リソース,実行制御の3階層からなる),階層化インタフェース,呼処理の実行について述べる.またオブジェクト指向プログラミングの分散処理環境への適用と分散オブジェクト指向モデルに基づくアプリケーションについて述べる.

 第5章と第6章は,交換プログラムの実行制御手法に関するものである.第5章は交換プログラム用プログラミング言語CHILLの並列処理機能を用いて交換プログラムを記述する手法について述べる.次にこの呼処理の実行を制御するプログラムの実現手法とその評価について述べる.CHILLがサポートするプロセスにより,前章で述べた能動オブジェクトを実現することができる.本プログラムは分散オブジェクト指向交換プログラムのモデルにおける実行制御階層に相当する.

 第6章は上記実行制御階層のソフトウェアの適用範囲を分散処理環境に拡大した通信網分散処理プラットフォームPLATINAの設計方針,実現手法と適用例について述べる.PLATINAは,分散オブジェクト指向モデルに基づき,分散通信処理ノードにおける通信ソフトウェアの移植性,拡張性を向上させる.また信頼性を損ねずに,高い実行効率を実現している.通信網の高速広帯域化と通信サービスへの多様な要求に対応する高機能サービスは,PLATINAを具備したノード上に分散配置するオブジェクトの協調動作により容易に実現できる.また,PLATINAは分散して実行されるオブジェクトに適した試験機能を組み込んでおり,高機能通信サービスソフトウェアの試験を容易に行うことができる.

 第7章で,分散オブジェクト指向交換プログラムを含む分散型通信ソフトウェアの開発環境について述べる.通信網分散処理プラットフォームが具備すべき試験機能に対する要求条件を述べ,(1)通信ソフトウェアのプロトタイプシステムを実行するための通信網模擬システム,(2)一つの機能に着目してオブジェクト間のメッセージをトレースする手法(メッセージトレース),(3)あらかじめ定められた実行順序関係に基づいて分散した通信ソフトウェアの実行を制御する手法(自動実行機能),についてその機能と実現法について述べる.

 第8章で,全体のまとめを述べる.本研究においては,プログラミング言語CHILLの並列処理と分散オブジェクト指向モデルの交換プログラムへの適用により,記述性の向上を図った.上記並列処理をサポートする実時間OSと分散オブジェクト指向モデルをサポートする通信網分散処理プラットフォームの研究開発により,効率的な実行制御を可能にしている.また,上記分散処理プラットフォームの機能を活用してプログラム試験の高度化/自動化を図るとともに,交換プログラムの開発環境と運用環境の連携・統合を可能にすることにより,分散型通信ソフトウェアの開発を効率化している.これらの技術により,交換プログラムの記述性を向上させ,開発を容易にするとともに,これを効率的に実行させることができる.本研究により,交換プログラムに対する要求条件;大規模,超多重処理,実時間性,連続運転,継続的な機能追加,を満たす技術を開発することができた.本研究は交換プログラムを対象として行ったものであるが,その成果である技術は,広く一般の実時間多重処理システムや分散処理システムに適用できるものである.

審査要旨

 本論文は、交換プログラムの記述性を向上させ、これを効率的に開発し、実行させる手法について論じたもので、7章よりなる。

 交換プログラムの設計においては、大規模システム設計・超多重処理・実時間性・連続運転・継続的な機能追加といった種々の要求条件を考慮する必要がある。このため、記述性・保守性の向上、機能拡張が容易なプログラム構造、効率的な実行制御方式、および高度なプログラム開発環境が求められている。さらにサービスの高度化や所要処理能力の増大に伴って、分散処理の活用も重要な課題となってきている。本論文は、交換プログラムの記述に関するこのような課題を言語レベルでの並列処理機能とオブジェクト指向の交換プログラムへの適用,及びその交換プログラムを効率的に実行させる制御プログラムを提供することにより実証的に解決する方向を論じたものである。

 第1章「序論」では、本論文で対象とする交換プログラムの性質を明らかにし、プログラムの記述性に関する問題点を指摘している。

 第2章「交換プログラム」では、交換プログラムに関するこれまでの研究成果と技術動向をまとめて、本論文の研究の位置づけを明確にしている。

 第3章「分散オブジェクト指向交換プログラム」では、並列処理の適用の観点から、能動オブジェクトと受動オブジェクトに基づくオブジェクト指向処理モデルを提案し、オブジェクト間のメッセージ通信方式、オブジェクトの動的拡張について述べている。さらに、これらのオブジェクトを用いた交換プログラムの構成、階層化インタフェース、呼処理の実行についてくわしく扱っている。また、オブジェクト指向プログラミングの分散処理環境への適用と分散オブジェクト指向モデルに基づくアプリケーションについて論じている。

 第4章「高水準言語の並行プロセスをサポートする実時間OS」では、交換プログラムの実行制御手法を扱っている。ここでは、交換プログラム用プログラミング言語CHILLの並列処理機能を用いて交換プログラムを記述する手法を述べている。とくに、呼処理の実行を制御するプログラムの実現手法とその評価を考察し、CHILLがサポートするプロセスにより、前章で提案している能動オブジェクトの実現可能性を示している。

 第5章「通信網分散処理プラットフォーム」では、前章の実行制御階層のソフトウェアの適用範囲を分散処理環境に拡大した通信網分散処理プラットフォームPLATINAの設計方針と実現手法を扱い、その適用例を述べている。PLATINAは分散オブジェクト指向モデルに基づき、分散通信処理ノードにおける通信ソフトウェアの移植性・拡張性を向上させることを目指したものであり、信頼性を損ねずに高い実行効率を実現しようとしたものであると述べている。通信網の高速広帯域化と通信サービスへの多様な要求に対応する高機能サービスがPLATINAを具備したノード上に分散配置するオブジェクトの協調動作により容易に効率よく実現できることが示され、これらの目標が達成されたことを実証している。また、PLATINAは分散して実行されるオブジェクトに適した試験機能を組み込んでおり、高機能通信サービスソフトウェアの試験を容易に行うことができることを主張している。

 第6章「分散型通信ソフトウェアの開発手法」では、分散オブジェクト指向交換プログラムを含む分散型通信ソフトウェアの開発環境について論じている。通信網分散処理プラットフォームが具備すべき試験機能に対する要求条件を述べ、通信ソフトウェアのプロトタイプを実行するための通信網模擬システム、オブジェクト間のメッセージをトレースする手法(メッセージトレース)、および実行順序関係に基づく分散通信ソフトウェアの実行制御手法(自動実行機能)について、その機能と実現法を示している。これによって、従来の通信網模擬システムでは考慮されていない実システムと同様な環境下の模擬実行、実時間性を損ねないメッセージトレースなどの実現して、より効果的な開発環境が提供できることを実証している。

 第7章「結言」では本研究の成果をまとめ、今後の発展について論じている。本研究では、プログラミング言語CHILLの並列処理と分散オブジェクト指向モデルの交換プログラムへの適用により記述性の向上を図っているが、並列処理をサポートする実時間OSと分散オブジェクト指向モデルをサポートする通信網分散処理プラットフォームの研究開発により、効率的な実行制御が可能になったと主張している。また、分散処理プラットフォームの機能を活用してプログラム試験の高度化・自動化を図るとともに、交換プログラムの開発環境と運用環境の連携・統合を可能にすることにより、分散型通信ソフトウェアの開発が効率的に行なえることを示している。これらのことから、本論文で扱った技術により、交換プログラムの記述性を向上させ、開発を容易にするとともに、これを効率的に実行させることができると結論づけている。

 以上を要するに、本論文は交換プログラムに対する要求条件である大規模・超多重処理・実時間性・連続運転・継続的な機能追加等の諸課題を解決する技術開発について実証的に論じたもので、その成果である技術は交換プログラムだけではなく、一般の実時間多重処理システムや分散処理システムに適用できるものであり、情報工学の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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