1960年代以降の高度経済成長による急激な社会経済の変化の中で、農村地域においても土地・水利用の変化、混住社会化の進行、生活様式の都市化などによって、都市に比べ立ち遅れている生活環境整備へのニーズが高まっていた。また、1969年の新全総計画や1970年の総合農政の推進の決定などによって、新しい農村社会の建設が指向されていた。さらに、土地改良事業においても、増産メカニズムの一環としての農業基盤整備から農村空間開発の一環としての農業・農村基盤整備への転換が求められていた。このような歴史的背景の中で、1970年代に農業の生産基盤と農村の生活環境を一体的・総合的に整備する農村総合整備事業制度すなわち、総パ事業、農村モデル事業、ミニ総パ事業の3つの制度が確立された。 本論文は、この農村総合整備事業制度について、その歴史的背景、計画・事業実施の手法、及びその評価を分析、検証するとともに、今後の課題と展望を考察したものである。 本論文の成果は次のように要約される。 (1)農村総合整備事業制度の計画・事業実施の手法の主な特色を、次のように整理した。すなわち、第1に、農業の生産基盤整備と一体的な農村の生活環境整備(集落道、営農飲雑用水施設、集落排水施設、農村公園・緑地等)を総合的に実施するものであったこと、第2に、農地の集団化に留まらず非農地を含む地域の総合的な土地利用計画を実現するため、圃場整備等に伴う非農地を取り込んだ換地手法を用いることによって土地利用秩序の形成に資するように運営されたこと、第3に、農村の生活環境整備の実施に当って、その対象事業工種をメニュー方式とし、地域住民による選択制度-特に農村モデル事業においては集落住民参加による集落診断手法-が導入されたこと、である。 (2)農村総合整備事業地区のケーススタディを通じて、3つの事業制度を横断した3つの事業タイプに性格分けができた。すなわち、農村基盤総合整備型(農業基盤を主とし、生活環境を従とするもの)、生活環境総合整備型(農業基盤を従とし、生活環境を主とするもの)、生活環境集落排水型(生活環境の中でも特に集落排水を主とするもの)である。これらの事業タイプの選択は、地区毎の土地基盤整備の展開過程いわば土地改良投資の段階、及びそれに伴う農業生産・所得額という農家経済の水準との関連によっていることを明らかにした。このことは、地域のニーズに対応した適格な農村総合整備事業制度が用意されてきたということでもある。 (3)新たな農村総合整備事業の評価手法として、特に農村モデル事業の目的である安全性、保健性、利便性、快適性の向上を代表する4指標-集落道舗装率、し尿水洗処理率、飲用水施設普及率、夜間加療30分未満集落率-を選択し、この個別指標の総合得点化を「農村整備指数」とすることを提案した。この場合個別指標には偏差値得点を用いるとともに、住民アンケート調査結果による各項目に重みづけを行っている。これは客観的でかつ一元的な指標である。これにより、農村整備指数の伸びは、農村モデル事業を早期に実施したI期グループが顕著であること、地域類型毎の差が顕著であり、都市的地域を除く平地地域、中山間地域で大きく、特に中山間地域で顕著であることを明らかにした。このことによって、農村総合整備事業が、農村地域住民の生活環境整備に対するニーズに応えてきたことも併せて立証している。 (4)これまでの成果を踏まえて、今後の農村総合整備事業制度の展開に当っては、単なるルーラル・ミニマムではなくアメニティ・ミニマムという概念の確立、地域類型別の農村整備のビジョンの検討、農村計画制度の充実、中山間地域の活性化への貢献等が必要であることを示した。 以上要するに、本論文は、(1)農村総合整備事業制度の確立の歴史的背景、計画・事業実施の手法について、分析・考察し、体系的に取り纏めたこと、(2)土地改良投資の段階や農家経済の水準と農村総合整備事業との関係の検証したこと、(3)農村総合整備事業の新たな評価手法を開発し、その評価分析を行ったものである。その手法は大いに独創性があり、またその成果はきわめて具体的であり、学術上応用上寄与するところが少なくない。よって審査員一同は、本論文を博士(農学)の学位論文として価値あるものと認めた。 |