[目的] 胎児が母親の子宮内に生着し、9ヵ月もの間発育を続けて分娩に至る事実は、免疫学的に見ると大変不思議な現象である。胎児は父親と母親の遺伝子を有し両者の組織適合抗原を発現しているため、母体にとっては半同種移植片であるといえる。胎児が、母体から拒絶をうけずに生育するメカニズムは、従来より免疫抑制などによって説明されてきたが、いまだ解明されていない。むしろ最近では母体の免疫担当細胞は、積極的に胎児抗原を認識し、なんらかの免疫応答を作動させていると考えられているが、この妊娠維持機構の破綻によって習慣性流産、不育症、子宮内胎児発育遅延、妊娠中毒症などの妊娠異常がひきおこされる可能性がある。すなわち、胎児の拒絶が妊娠初期におこる場合には習慣性流産が、妊娠後期におこる場合には子宮内胎児発育遅延、妊娠中毒症などが発症するのではないかと考えられる。 そこで、周産期学的に胎児新生児の予後が悪く重要な課題となっている原因不明の子宮内胎児発育遅延(IUGR)に関して、母親の免疫担当細胞の夫抗原および胎児抗原に対する免疫応答を調べ、その免疫学的病因について検討することを目的とした。 [対象と方法] 妊娠27週から39週までの間に日本産婦人科学会の定義により超音波測定した児の予想体重が仁志田の発育曲線上で-3/2SD以下で、胎児奇形、先天異常、感染、胎児付属物の異常などの既知のIUGRの原因を認めなかった18例を対象とした。18例中14例に純型妊娠中毒症の合併を認めた。対照として、18例の正常妊娠症例を用いた。 ヘパリン採血し、Ficoll-Hypaque比重遠沈法によって分離し、液体窒素中に凍結保存しておいた夫婦の末梢血単核球を用い、母親の単核球をresponder、放射線照射したその夫および無作為に選んだ無関係の男性の単核球をstimulatorとしてOne-way MLR(リンパ球混合培養試験)を施行した。5日間培養後細胞の増殖反応を3H-thymidineの取り込みによって測定した。 また、IUGR症例について、MLRの結果と夫婦間のHLAclassII抗原の相同性との関係をみるために、10例のIUGR症例の夫婦のHLAを調べ、HLA-DQ,およびDRの夫婦間での相同性とMLRの結果との関係について検討した。 IUGRと正常妊娠母親の末梢血単核球の、K562細胞に対するキラー活性すなわちNK活性を測定した。 つぎに、IUGR児と正常児の臍帯静脈から採取、樹立した血管内皮細胞を標的細胞(target cell=T)とし、IUGRおよび正常妊娠母親の末梢血から分離した単核球をIL-2を添加して7日間培養し誘導したLAK細胞(Lymphokine-Activated-Killer細胞)を攻撃細胞(effecter cell=E)として、細胞障害試験を行った。細胞障害活性は、20:1、10:1、5:1のET比において、51Crの放出量をガンマカウンターで測定した結果を百分率で表わした。 測定結果を、IUGR症例と正常妊娠症例の二群間の差についてWilcoxon testを用いて検定した。 [結果] IUGR症例と正常妊娠症例のそれぞれの夫に対するMLRを比較した。正常妊娠症例では、夫に対するMLRと無関係の男性に対するMLRに差が認められなかったのに対し、IUGR症例では、夫に対するMLRは、無関係な男性に対するMLRに比較して特異的に低下していた。(p<0.01)この際、IUGR症例と正常妊娠症例で、無関係の男性に対するMLRの値には、差が認められなかった。(図1) また、妊娠中毒症の合併の有無によってMLRの低下の度合に差は認められなかった。 IUGR夫婦のHLAclassII抗原を調べたところ、夫婦間のHLAclassII抗原の相同性とMLRの低下の度合には、関係は認められなかった。 図1 IUGR症例と正常妊娠症例のMLR△cpmは、測定したcpmから自己のリンパ球に対するMLRのcpmを引いたもの *は有意差あり(p<0.01)NSは有意差なし2.細胞障害試験 IUGRと正常妊娠症例の末梢血リンパ球のK562細胞に対するキラー活性(NK活性)には差を認めなかった。 そこで細胞傷害活性を亢進させるために末梢血単核球から誘導したLAK細胞の、胎児血管内皮細胞に対する細胞傷害活性を測定したところ、それぞれの実子の血管内皮細胞に対する細胞傷害活性は、正常妊娠症例でほとんど反応がみられなかったのに対し、IUGR症例では、ET比20:1、10:1、5:1で35%、20%、9%と高い細胞傷害活性を示した。(表1) 次に、IUGR胎児の血管内皮細胞を標的細胞として用い、児に無関係のIUGR母親4例と、無関係の正常母親4例の細胞傷害活性を比較したところ、IUGR症例では、どのET比においても正常妊娠症例より細胞傷害活性が有意に高かった。(p<0.05)(図2) そこで、IUGR症例の細胞傷害活性が、IUGR胎児の抗原に対してのみ特異的に高いのかどうかを調べるために、正常胎児の血管内皮細胞を標的細胞として、無開係のIUGR母親5例と、無開係の正常母親5例の細胞傷害活性を比較したところ、正常児の血管内皮細胞に対しては、正常母親とIUGR母親の細胞障害活性に差は認められず、ともに低い値を示した。(p=0.28)(図3) 表1 実子の臍帯血管内皮細胞に対する母体末梢血単核球(LAK)の細胞傷害活性 図2 IUGR児の血管内皮細胞に対する細胞傷害活性 図3 正常児の血管内皮細胞に対する細胞傷害活性[考察] 実験1で、IUGR症例の夫に対するMLRが特異的に低下していた理由として次の3つが考えられた。ひとつには、IUGR夫婦間のHLAのclass IIの相同性が高いのではないかという考えである。MLRは、responderのT細胞がstimulator cellのHLAのclass II抗原を認識し増殖する反応であるため、夫婦間のHLAclass IIの相同性が高い場合、抗原の認識に問題を生じMLRが低下する可能性がある。しかし、われわれが調べたIUGR症例では、MLRの低下の度合と夫婦間の血清学的なHLAclass II抗原(DR、DQ)の相同性の間には関係が認められなかった。次に、MLRが低下する理由として、supressor cellの存在が考えられる。また、もうひとつの考え方として、killer cellの存在が考えられる。NK細胞などのkiller cellによって、stimulator cellが早期に傷害されてしまい、responder cellの増殖ができなくなってしまう可能性がある。 臨床的に問題となる原因不明のIUGR症例の多くで、胎児のみでなく胎盤組織も傷害を受けていることから、高い細胞傷害活性を有するkiller cellが胎盤絨毛を攻撃し、結果的にIUGRを引き起こすのではないかと考えた。 そこで、胎児側の細胞の代表として臍帯静脈血管内皮細胞を用いこれらに対する母親側の免疫担当細胞の細胞傷害活性について調べたところ、IUGR症例では、母親の免疫系は相手が自分の子であるか否かにかかわらずIUGRの児に対して高い細胞傷害活性を持つが、正常児に対しては攻撃しないことから、IUGRの母児免疫応答において母親の児に対する細胞傷害活性が高いばかりでなく、児の方にも免疫学的脆弱性が存在し、その病因・病態に関与している可能性が示唆された。 今後、子宮胎盤局所におけるIL-2の活性化や細胞傷害活性の賦活化、あるいは胎盤絨毛に存在するHLAであるHLA-Gを認識するキラー細胞などの検討によって、より詳細な母児免疫応答の解明が期待される。 今回の研究で原因不明のIUGRに免疫学的な病因論の関与を明らかにした。 |