ヘテロサイクリックアミン(HCA)は、ヒト食品中から同定された発がん物質であるが、ヒト発がんにおける役割は未だ不明である。本研究は、(1)HCAにより誘発された腫瘍での遺伝子変化を解明すること、(2)HCAに特異的な突然変異を解明し、mutational fingerprintとして利用することで、HCAのヒト発がんにおける役割を推定することを目的とし、下記の結果を得ている。 1. 2-Amino-1-methyl-6-phenylimidazo[4,5-b]pyridine(PhIP)の経口投与により雌F344ラットに誘発された乳癌の解析により、17個の乳癌のうち3個でHa-rasの突然変異を、10個の乳癌のうち1個でp53遺伝子の突然変異を同定した。 2. 400ppmのPhIPの経口投与により雄F344ラットに誘発された大腸癌9個、300ppmの2-amino-3-methylimidazo[4;5-f]quinoline(IQ)の経口投与により誘発された大腸癌11個と大腸腺腫2個、500ppmの2-amino-6-methyldipyrido[1,2-a:3’,2’-d]imidazole(Glu-P-1)の経口投与により誘発された大腸癌7個について、ras遺伝子及びp53遺伝子の突然変異を解析した。Glu-P-1により誘発された大腸癌1例で、Ki-rasの変異を認めるのみで、ras群遺伝子及びp53遺伝子の突然変異は、これらの大腸癌の発生にはほとんど関与していないことを示した。 3. 300ppmのIQの経口投与により雄F344ラットに誘発したZymbal腺の乳頭腫2個、扁平上皮癌13個について、ras群遺伝子の突然変異を解析した。Ha-rasのexon1と2に7個と4個、Ki-rasのexon1に2個の突然変異を認めた。合計すると、乳頭腫2/2、扁平上皮癌11/13であり、IQによるラットZymbal腺腫瘍には、ras群遺伝子の関与が大きいことを示した。 4. 2-Amino-3,4-dimethylimidazo[4,5-f]quinoline(MeIQ)により雌雄のCDF1マウスに誘発した前胃腫瘍4個と、この4個とは別の前胃腫瘍から樹立した培養細胞株4個についてp53遺伝子の突然変異を検索した。前胃腫瘍2個(loss of heterozygosity(LOH)あり1個、なし1個)と、細胞株4個全部(LOHあり2個)で、突然変異を証明した。LOHを認めなかった細胞株では、両方のalleleに突然変異を認めた。 以上、本論文は、ヘテロサイクリックアミンにより誘発された腫瘍でのras群及びp53遺伝子の変化を解析し、乳癌・大腸癌などの腺癌ではこれらの遺伝子の関与が少なく、Zymbal腺・前胃など扁平上皮癌では多いことを明らかにした。また、本論文の成果に基づき進めた研究により、申請者らは、PhIPにより誘発された大腸癌8個のうち4個で、5個のApc遺伝子の突然変異を同定した。5個の突然変異全てが5’-GGGA-3’配列でのGの欠失であり、PhIPのmutational fingerprintとして、ヒト腫瘍でのPhIPの関与の推定に有用であることを示した。さらに、本論文の成果は、その後の、乳癌・大腸癌でのmicrosatellie instabilityの発見や、乳癌での染色体10番(BRCA1近傍)のLOHの発見に繋がっている。 本研究の成果が、ヘテロサイクリックアミンによる腫瘍の遺伝子変化の解明と、mutational fingerprintの導入・実用化に果たした役割は重要であり、学位の授与に値するものと考えられる。 |