学位論文要旨



No 213348
著者(漢字) 長田,信洋
著者(英字)
著者(カナ) ナガタ,ノブヒロ
標題(和) 完全大血管転位症III型に対する新しいnon-conduit repairの臨床的研究
標題(洋)
報告番号 213348
報告番号 乙13348
学位授与日 1997.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13348号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柳澤,正義
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 助教授 田上,恵
 東京大学 講師 重松,宏
内容要旨 研究目的、研究の背景

 完全大血管転位症(transposition of the great arteries:TGA)のうち心室中隔欠損および肺動脈狭窄を伴う病型すなわちIII型に対しては、心外導管を用いたRastelli手術が標準術式としてこれまで広く行われてきた。しかし術後遠隔期における心外導管の相対的狭小化および偽性内膜増生による内腔閉塞は避けられず、ほぼ全症例において再手術が運命づけられている。また再手術にいたるまでの期間中、持続的に進行する心外導管の閉塞は心機能に不可逆性の変化をもたらすこともあり、突然死の危険性等も指摘されている。著者はRastelli手術の問題点を解決すべく、心外導管を用いない(non-conduit)新しい術式を考案し、TGAIII型の臨床例に応用した。本術式は自己の主肺動脈を授動して右室流出路の再建を行うもので、遠隔期にも右室流出路の成長が期待できる点を特長とする。本研究の目的は臨床応用例の術後経過および術後中期遠隔期における右室流出路の成長を評価し、Rastelli手術に対する本術式の優位性を検討することにある。

手術術式1、肺動脈の剥離、授動(図1)

 本術式の要点は肺動脈の授動にあり、特に主肺動脈の長さを最大限に確保することが重要である。主肺動脈は肺動脈弁下の心筋付着基部まで剥離した後、肺動脈洞ごと持ち上げ弁下位で切離する。左室側断端は補強付き縫合糸をかけ閉鎖するが、冠動脈の走行に注意しながら行う。左肺動脈の剥離授動は心嚢内の部分のみで十分であるが、右肺動脈は主肺動脈を左前方へ移動する際伸展されるので、上葉枝の出る肺門部まで剥離しておく。

図1
2、右室切開および心内トンネル作成(図2)

 大動脈の左斜め前に石室切開をおく。ただしTGAではFallot四徴症に視られるようなある程度の幅をもった流出路は存在せず、切開のみでは同部がoutletとして開かないため菱形の心筋切除を加える。心内トンネルの作成は、パッチの長軸先端部を心室中隔欠損(VSD)の前下縁部におき、右斜め上方に向かって延びるようにすると右室流出路に張り出さず、なおかつ必要最小限の容積で収めることが出来る。パッチの横径はVSDの下縁2/3週をまわる長さ、すなわち(VSDの直径x2)とする。パッチの縦径は実測して決める。

図2
3、単弁付き右室流出路パッチの作製(図3)

 流出路パッチはGore-Tex人工血管を切り開いて使用し、単弁はグルタールアルデヒド処理の豚心膜を用いて作製する。より機能的な単弁を作製するための要点は2つあり、弁に肺動脈洞様のふくらみをもたせることと、弁の遊離縁の中央部に自然弁のArantius結節に相当する結節を付けることである。単弁をパッチに縫着する際、4〜5時と7〜8時の部分にヒダをいれて縫着すると弁に洞状のふくらみが形成される。このままでは弁の遊離縁がふらついているが、中央部に縫合糸を1針かけてArantius結節を作成すると、遊離縁の開きが左右対称となり弁の復元力が向上する。単弁の直径は目標とする主肺動脈内径と一致するようにする。

図3
4、右室流出路再建(図4)

 切離した主肺動脈を大動脈の背側から左側をまわって右室切開創まで引き寄せてくる。自己肺動脈弁は通常、弁としての機能をなさないので切除する。主肺動脈の前壁を縦切開して開き、右室切開創に吸収糸を用いて縫着し、流出路後壁を作成する。右室流出路の前壁は単弁付きパッチで形成するが、単弁の位置は、主肺動脈が円筒状を呈する範囲内にくるようにする。流出路再建後の主肺動脈の内径は、これまでの経験からRowlattの標準値より1〜2mm大きくなるようにした方が術後有意の圧較差を生じない。

図4
対象

 1991年8月以来、TGAIII型連続3例に施行した。症例1は、肺動脈の発育が良好であったため先行姑息手術としての体肺動脈短絡術は行っておらず、年齢5歳8カ月、体重17.8kgで根治手術を行った。術前の心胸郭比(CTR)は53%、肺動脈指標(PA index)670mm2/BSA、room air下での動脈血酸素飽和度(SaO2)は83.8%であった。主肺動脈(MPA)は左室(LV)から、大動脈(Ao)は右室(RV)から起始し、MPAはAoの後方に位置していた。症例2は生後5カ月時に体肺動脈短絡術を行っており、年齢3歳7カ月、体重13.0kgで根治手術を行った。術前のCTRは53%、PA index 190mm2/BSA,SaO2は72.7%であった。MPAはAoの後方に位置していた。症例3は生後2カ月時に体肺動脈短絡術を行っており、年齢2歳2カ月、体重12.8kgで根治手術を行った。術前のCTRは57%、PA index 300mm2/BSA,SaO2 76.9%であった。MPAはAoの後方に位置していた。

結果

 症例1の術後経過は比較的良好で1日目に気管チューブを抜去。5日目に胸水貯留が認められたが強心利尿薬で改善し、術後1カ月弱で外泊が可能となった。1カ月半ばに行った心臓カテーテル検査(表1)では、RV-MPA間に20mmHgの収縮期圧較差(PG)が残存したものの、心機能は良好であった。心大血管造影像では、Fallot四徴症の術後に類似した右室流出路が形成されており、肺動脈造影で肺動脈弁逆流はほぼ完全に防止出来ていた。症例2の術後経過はすこぶる良好で、術後1日目に気管チューブを抜去。2週間後には外泊が可能となった。術後3週目に行った検査(表1)ではRV-MPA間のPGは7mmHgとほぼ問題ないことが確認された。心大血管造影では1例目同様Fallot四徴症に似た形の右室流出路が形成されていた。3例目の術後経過も極めて良好で、術後1日目に気管チューブを抜去。2週間後には外泊が可能となった。術後4週目に行った検査(表1)ではRV-MPA間のPGは4mmHgと低く、余裕をもって右室流出路が再建されていた。3症例の退院後3カ月時のCTRは1例目53%、2例目51%、3例目57%でいずれも術前と同じかそれ以下であった。中期遠隔期に施行した心臓カテーテル検査(表2)では、RV-MPAのPGは1例目22mmHg(1年8カ月後)、2例目8mmHg(3年0カ月後)、3例目12mmHg(2年1カ月後)であった。また全例において右室流出路の成長が認められた(1例目内径16mm→19mm,2例目内径14mm→18mm,3例目内径15mm→17mm)。

表1、術後早期心臓カテーテル検査RA:右房、RV:右室、PA:肺動脈、LV:左室、Ao:大動脈、PG:圧較差、EDP:拡張末期圧、RVOT ID:右室流出路内径表2、術後中期遠隔期心臓カテーテル検査RA:右房、RV:右室、PA:肺動脈、PG:圧較差、EDP:拡張末期圧、RVOT ID:右室流出路内径
考察

 心外導管を用いるRastelli手術に関してはその手術成績向上のため導管の材質や吻合手技の工夫等について数多くの研究報告がなされてきた。しかし遠隔期における心外導管の閉塞は避けられず、初めてRastelli手術を開始したMayo clinicの報告では術後平均5.4年で心外導管の交換術が行なわれている。また遠隔成績のよいRoyal Children’s Hospitalの報告でも術後5年目の予測再手術率は63%とされている。術後10年ではほぼ100%の症例が再手術の対象となるが、再手術までの期間中、右室流出路閉塞の進行が心機能に及ぼす影響や突然死の危険性などを考えたとき、Rastelli手術に代わる新たな術式の開発が望まれるところである。著者の提唱する新術式は大動脈の後方にある主肺動脈を自然なルートで右室流出路へ連結する方法であるが、これまでこの方法は両大血管の位置関係がside-by-sideに近い一部の症例を除いては到底不可能のように考えられてきた。しかし本論文で示した方法を用いて主肺動脈の長さをできるだけ長く確保し、授動をうまく行えば、ほとんどの症例でむりなく右室とは連結が可能になると思われる。TGAの右室流出路は本来前方にあり、大動脈の左側には存在しないはずであるが、術後の右室造影像をみると全例Fallot四徴症に類似した形態の流出路が左側に形成されている。これは右室肺動脈吻合部が術後背側へ牽引されるため円錐動脈幹部の時計方向回転が生じ、その結果形態的および血行動態的に自然な形の流出路が出来上がったものと考えられる。主肺動脈は心嚢内で最も圧迫を受けにくい部位に配置され、しかも円筒形の形態を保つことが可能であるため流出路パッチに縫着した単弁も非常によく機能することが確認されている。新術式を行った症例の術後経過はこれまでのRastelli手術後と比較すると隔世の感があると言えるほど良好であった。これは新術式の場合、術後の右室後負荷がRastelli手術に比して明らかに少ないためだと考えられる。諸家の報告をみると、Rastelli手術直後で大体20〜30mmHgの圧較差が右室-肺動脈間に認められているが新術式ではそれが平均10mmHgと低く、心外導管の死腔に相当する部分もないことからenergy lossも少なく、術後良好な血行動態が得られたのだと思われる。中期遠隔期の心臓カテーテル検査でもそれぞれ右室流出路の成長が確認され右室-肺動脈間の圧較差についても満足な結果が得られている。諸家の報告によるとRastelli手術の場合、術後1年につき約10mmHgづつ圧較差が上昇して行くことが知られているが、新術式では平均すると術後1年につき1.6mmHgしか上昇しておらず、流出路の成長を裏付ける結果と考えられた。今後も右室流出路の成長は期待できると思うが、その解答を得るにはなお数年の経過観察が必要である。

結論

 TGAIII型に対する、心外導管を使用しない新しい修復手術法を開発した。主肺動脈を弁下部まで剥離して切離すると、その最大限の長さが確保でき、自然な経路を通して右室へ連結することが可能であった。術後の右室流出路形態は、より正常心に近い形をしており、心機能の回復も良好であった。中期遠隔期における心臓カテーテル検査でも、再建した右室流出路の成長が確認され、右室-肺動脈間の圧較差も低く、満足できる結果が得られた。本法はこれまで標準術式とされてきたRastelli手術の問題点を解決できる優れた術式であると結論したい。

審査要旨

 完全大血管転位症のうち心室中隔欠損および肺動脈狭窄を伴う病型すなわちIII型に対しては、心外導管を用いて右室流出路を再建するRastelli手術が標準術式としてこれまで広く行われてきた。しかし術後遠隔期における心外導管の相対的狭小化および偽性内膜増生による内腔閉塞は避けられず、ほぼ全症例において再手術が運命づけられている。また再手術までの期間中、持続的に進行する心外導管の閉塞は心機能に不可逆性の変化をもたらすこともあり、突然死の危険性も指摘されている。

 本研究はRastelli手術の問題点を解決すべく心外導管を用いない術式を新しく考案し、その臨床応用例の術後早期および中期遠隔期の評価を行ったもので、下記の結果を得ている。

 1.上行大動脈の後方にある主肺動脈は、剥離をその基部まで行い肺動脈弁下で切離することによって十分な長さが確保でき、自然な通路を介して右室へ吻合することが可能であることが確認された。これにより後壁は自己主肺動脈組織を用い、前壁は単弁付きパッチをあてて右室流出路を再建した。これは従来、完全大血管転位症では心外導管を用いなければ右室-肺動脈間の連結が困難とされてきた考えを一新するものである。

 2.これまで連続5例に対し新術式を施行し、満足の行く結果が得られた。そのうち心臓カテーテル検査で術後早期および中期遠隔期成績の得られた3例について評価を行った。3例とも術後早期の造影所見でファロ-四徴症の術後に類似した形の右室流出路が形成されており、術後1年8カ月、3年0カ月、2年1カ月の遠隔期においても形態的にみて均整のとれた発育が確認された。側面像で計測した右室流出路内径は症例1が16mmから19mmへ、症例2が14mmから18mmへ、症例3が15mmから17mmへの大きさに成長しているのが確認された。

 3、諸家の報告をみると、Rastelli手術後の右室-肺動脈圧較差は大体20〜30mmHgで術後2〜3年で40〜50mmHgに上昇しているが、新術式を行った3症例の術後早期の右室-肺動脈圧較差は平均10mmHgで、中期遠隔期には平均14mmHgであった。右室収縮期圧は術後早期において平均46mmHgであったものが中期遠隔期には平均40mmHgに低下しており、再建した右室流出路の成長を裏付ける所見と考えられた。

 以上、本論文で述べられた完全大血管転位症III型に対する新しい術式は、自己組織を利用した、形態学的にもより自然なかたちの根治手術であり、遠隔期においても右室流出路の成長が確認された。これはこれまで標準術式とされてきた心外導管を用いるRastelli手術の問題点を解決できる優れた術式であり、同疾患群の治療に大きく貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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