学位論文要旨



No 213352
著者(漢字) 安藤,秀彦
著者(英字)
著者(カナ) アンドウ,ヒデヒコ
標題(和) DNA Image Analysisを用いた大腸癌の悪性度評価とその臨床応用に関する研究
標題(洋)
報告番号 213352
報告番号 乙13352
学位授与日 1997.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 第13352号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,茂郎
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 石川,隆俊
 東京大学 講師 保坂,義雄
 東京大学 講師 倉本,秋
内容要旨 I.緒 言

 近年急速な進歩を遂げつつある分子生物学的手法による解析の結果,癌は遺伝子異常の蓄積による疾患であるという概念が受け入れられつつある.大腸癌においてもAPC,p53,DCC,K-ras等の遺伝子異常が指摘されている.しかしこれらの遺伝子変化はまだ氷山の一角と考えられ,大腸癌の発育や浸潤・転移のすべてが説明されたわけではない.またこれらの遺伝子異常を臨床に応用することに関しては未だ実用には程遠いのが現状である.

 一方,複雑なあるいは多段階の遺伝子変化の結果として,癌は秩序を失った分裂と増殖を繰り返し浸潤・転移という性格を獲得する際に,異常な核DNA量を示すことが以前より明らかにされている.この事実を利用して,癌のいわゆる悪性度評価に核DNA量を用いることが試みられてきた.しかし,(1)測定方法が煩雑であり,(2)悪性度評価に用いるには感度・特異度がやや不良である,等の理由から臨床において繁用されるには至っていない.

 最近新しく開発された細胞イメージ分析装置(image cytometry,以下ICM)は,測定技術の改良によって核DNA量測定を簡便かつ迅速に行うことができるようになった.そこでこのICMを用いた核DNA量測定-DNA Image Analysis-の臨床応用の可能性を探ることを目的として,以下の検討をおこなった.

 1.DNA Image Analysisと顕微蛍光測光法(cytophotofluorometry,以下CPM)との比較,さらにフローサイトメトリー(flowcytometry,以下FCM)との比較を重ねて,ICMの優位性を確かめること.またタッチ標本とICMを用いた核DNA量測定の有用性について検討すること.

 2.DNA Image Analysisが大腸癌の悪性度評価に有用か否かを検討するために,核DNA量が大腸早期(sm)癌のリンパ節転移の有用なリスクファクターとなるかどうかを検討すること.

 3.DNA Image Analysisという方法論を実際に臨床応用するために,タッチ標本を用いて大腸癌の肝転移予知に関するprospective studyを行い,その有用性についての検討を行うこと.

II. DNA Image Analysisの有用性に関する基礎的検討1.材料と方法

 (1)ICMがFCM,CPMによる測定と相関するかどうかを判定するために,外科切除された大腸癌を材料として,各々の測定法から得られた核DNA量のデータ(DNA ploidyパターン,DI(DNA index)値)の相関性について比較検討した.(2)タッチ標本の有用性の検討のために,大腸癌の新鮮標本から腫瘍表面と割面のタッチ標本を作製し,表面と割面の核DNA量の差について比較した.また腫瘍表面のタッチ標本を複数個作製し,核DNA量のheterogeneityについて検討した.細胞単離塗沫標本及び細胞浮遊液はHedleyらの方法に準じて作製し,染色法はFCMについてはPI(propidium iodide)染色を,ICM及びCPMについてはFeulgen染色を施行した.DI値についてはp-DI(腫瘍細胞のG0/G1ピークのモード値とコントロール細胞のG0/G1ピークのモード値の比)の他に,m-DI(測定した全腫瘍細胞の核DNA量の平均)を解析に用いた.また,正常細胞では出現しない4C以上の細胞群の割合を%>4Cとして評価を試みた.

2.結果(1)ICMとFCM,CPMの相関

 ICMとFCMのploidyパターンの一致率は90.9%(10/11)であった.DI値においても良好な相関が得られた(r=0.873,p<0.04).また,同一の細胞単離塗沫標本をICMとCPMの両法で測定したところ,9例中8例(88.9%)で同様のploidyパターンが得られた.p-DIについてはr=0.979(p<0.01),m-DIについてもr=0.980(p<0.01)でいずれも良好の相関を示した.

(2)ICMを使ったタッチ標本の核DNA量測定(heterogeneityに関する検討)

 腫瘍の表面と割面でploidyパターンの一致したものは16例中13例(81.3%)であった.p-DIについてはr=0.714(p<0.01),m-DIはr=0.844(p<0.01)でいずれも強い相関を示した.また8例の新鮮標本における腫瘍の表面から,各々3〜6ヶ所のタッチ標本を作製し,その核DNA量を測定したところ,同一症例の検体の中でploidyパターンがひとつでも異なる症例が3例(37.5%)にみとめられた.

III.DNA Image Analysisを用いた大腸早期癌(sm癌)の悪性度評価1.研究背景

 どのsm癌にリンパ節転移のリスクが高いかを判定することは,sm癌の治療法を選択する上で極めて重要である.大腸癌と核DNA量に関する文献の中で,sm癌の再発・転移のリスクファクターとして核DNA量が有用か否かを論じたものはみられない.そこでsm癌の治療選択上有用な予後指標の設定が核DNA量によって可能かどうかについて検討をおこなった.

2.対象と方法

 大腸sm癌61例のパラフィン包埋標本から細胞単離塗沫標本を作製し,ICMによって核DNA量を測定した.またsm癌のリンパ節転移に関する予後規定因子についてその予後判定能を検討した.

3.結果

 術後最低2年以上経過しても再発・転移を認めなかった群(A群,50例),リンパ節転移または局所再発を認めた群(B群,9例),血行性転移を認めた群(C群,2例)のm-DIは,各々1.42±0.28,1.86±0.44,1.98±0.30であり,A群とB群,A群とC群との間には各々有意差を認めた(P<0.01,P<0.04;図).「m-DI>1.7」をリンパ節転移のハイリスクとして設定すると,その感度・特異度・陽性的中度はそれぞれ,66.7%,93.8%,54.5%であり,精度は86.4%で他のリスクファクターよりも良好な予後判定能を示した.また%>4Cは,B群が33.4±22.0でA群の12.0±14.4より有意に高値であり(P<0.01),m-DIに次いで良好な予後判定能を示した(陽性的中度46.7%).さらに,臨床病理学的予後因子について2検定を行ってみると,m-DI(P<0.01)・静脈侵襲(P<0.01)・H-inv(癌先進部組織型;P<0.04)が有意であり,%>4Cも両群間で有意差をみとめた(P<0.01).多変量解析では核DNA量のみが有意であった.

図表
IV.DNA Image Analysisによる大腸癌の肝転移予知に関するprospective study1.対象と方法

 1990年から1993年5月までに東京大学第1外科で外科的に切除を受けた40症例を対象として,その新鮮(凍結)標本からタッチ標本を作製し,ICMを用いてm-DIを測定した.

2.結果

 m-DIは肝転移群で平均1.94±0.46,非肝転移群で平均1.59±0.36と両群間で有意差をみとめた(p<0.01).大腸癌sm癌において設定した「m-DI>1.7」というcut off値を設定したところ,「m-DI>1.7」の16例中9例(56.3%)に異時性肝転移がみとめられた.異時性肝転移に関する「m-DI>1.7」の感度,特異度,陽性的中度はそれぞれ80.0%(4/5),72.0%(18/25),36.4%(4/11)であり,精度は73.3%であった.

V.考察

 DNA Image Analysisは,その基礎的検討から従来法とよく相関し,また簡便で迅速な測定が可能であることが判明した.核DNA量による悪性度評価はこれまでploidyパターンで表現する「定性」法であったが,著者はICMを用いて核DNA量を「定量」化し,特にm-DIに注目した.大腸sm癌において,リンパ節転移または局所再発症例のm-DIは対照群に比較して有意に高く,「m-DI>1.7」が病理組織所見とは異なる新しい観点からのリスクファクターとなることが証明された.

 またタッチ標本とICMを用いた測定は,サンプリングが容易で測定が簡便であり,術前評価が可能なことから,腫瘍のheterogeneityを考慮する必要はあるものの,核DNA量測定における煩雑さという問題点を飛躍的に解決し,十分に臨床応用が可能であると考えられた.

 大腸癌の肝転移予知に関して,この方法論を用いてprospectiveな検討をおこなったところ,肝転移群は対照群に比較して明らかにm-DIが高く,異時性肝転移についても高い傾向がみられた.今後はm-DIによって選別された肝転移高危険群に対して,予防的動注化学療法等の治療法を付加して,全体として大腸癌治療成績の向上に貢献することが可能である.

VI.結 語

 1.イメージサイトメトリーによる核DNA量測定-DNA Image Analysis-は,核DNA量測定においてFCMやCPMなどの従来法と比較して極めて有用である.

 2.大腸早期癌(sm癌)の悪性度評価においては,特にリンパ節転移のハイリスク症例を核DNA量から選別することが可能であり,臨床上の治療法選択に有効である.

 3.タッチ標本とイメージサイトメトリーを用いたprospective studyの結果から,肝転移予知に関してハイリスク症例の選別が可能なことが示された.

 4.イメージサイトメトリーは,腫瘍の悪性度を簡単・迅速に定量的に判定できる新しい方法論として,今後の臨床応用が期待される.

審査要旨

 本研究は、近年新しく開発された細胞イメージ分析装置(image cytometry、以下ICM)による核DNA量測定-DNA Image Analysis-を用いて、大腸癌の悪性度評価とその臨床応用の可能性を探ることを目的として検討されたものであり、下記の結果を得ている。

 1.ICMによる測定は、DNA ploidyパターンやDNA index(DI)値において、従来法のフローサイトメトリー(FCM)や顕微蛍光測光法(CPM)とよく相関した。測定時間はFCMの方がより短時間で測定可能であるが、ICMでは生検標本等のFCMでは測定不可能な微小標本の測定や鏡検下での細胞測定が可能であった。ICMとCPMはDNA ploidyパターンやDI値においてほぼ相関した。測定に要する時間や再現性・保存性を考慮すると、その利便性においてICMはCPMよりも遥かに優れていた。以上の基礎的検討からICMによる測定の優位性が示された。

 2.ICMを使ったタッチ標本の核DNA量測定では、腫瘍の表面と割面でのploidyパターンが81.3%で一致し、p-DI・m-DIもよく相関していた。よって、腫瘍表面のタッチ標本から得た核DNA量により、その腫瘍全体をほぼ正確に評価することが可能であり、極めて有用な方法であることが示された。

 3.DNA Image Analysisを用いて、大腸早期癌(sm癌)の再発・転移症例について検討したところ、平均核DNA量(m-DI)と%>4Cが有意に高値であった。m-DIは、p53遺伝子産物及びKi-67による免疫組織化学的検討において、いずれとも有意な相関を示さなかった。大腸sm癌のリンパ節転移・局所再発に関する予後規定因子の中で、核DNA量(m-DI・%>4C)は最も精度の高い因子であり、リンパ節転移のリスクが高いsm癌をさらに絞り込むための有効なマーカーとなる可能性が示された。

 4.タッチ標本とDNA Image Analysisを用いた大腸癌の核DNA量測定について、prospective studyを行ったところ、大腸癌の肝転移予知に有用であった。「m-DI>1.7」を示す大腸癌は肝転移のハイリスクであると考えられた。タッチ標本を利用したICMによる核DNA量測定は、簡便かつ迅速に施行することができ、大腸癌肝転移の指標としての臨床応用可能なことが示された。

 以上、本論文は-DNA Image Analysis-という新しい方法論を用いて、核DNA量による腫瘍の悪性度評価をDNA ploidyパターンで表現する「定性」法からm-DIや%>4Cによる「定量」化へ発展させた。また、大腸早期癌に関する検討から、sm癌のリンパ節転移・局所再発に関するハイリスクを明らかにし、さらに肝転移予知に関するprospective studyから、m-DIによる肝転移高危険群を明らかにした。これまでの病理組織所見による悪性度評価とは異なる新しい観点からのリスクファクターであり、タッチ標本を使った簡便・迅速な実際的な臨床応用の可能性が示されたことから、臨床における内視鏡的治療や縮小手術の適応拡大に重要な貢献をなしうると考えられ、本論文は学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/51044