本研究は、炎症性腸疾患であるクローン病におけるn-3系多価不飽和脂肪酸の治療効果を明らかにする目的で、その動物モデルの一つとされているラットのTrinitrobenzene sulfonic acid惹起性大腸炎における治療効果を検討したものであり、以下の結果を得ている。 1.ベニバナ油(18炭素鎖からなるn-6系多価不飽和脂肪酸であるリノール酸72%含有、n-3/n-6系多価不飽和脂肪酸比=0)に比較して、エゴマ油(18炭素鎖からなるN-3系多価不飽和脂肪酸である -リノレン酸を56%含有、n-3/n-6系多価不飽和脂肪酸比=3.9)の2%添加成分栄養剤投与は、血清中n-3/n-6系多価不飽和脂肪酸比を有意に上昇させ、血漿中ロイコトリエンB4濃度を有意に低下させ、さらに大腸粘膜障害を有意に抑制した。この結果からは、エゴマ油投与は、炎症惹起性のロイコトリエンを介して大腸粘膜障害を抑制していることが示された。 2.このエゴマ油投与による血清中n-3/n-6系多価不飽和脂肪酸比の上昇は、炎症惹起性の血漿中ロイコトリエンB4濃度の低下と有意に相関し、さらに、この血漿中ロイコトリエンB4濃度低下は粘膜障害の抑制の程度と有意に相関した。すなわち、血漿中のロイコトリエンB4濃度は、大腸局所の粘膜障害の程度を反映することが示された。 3.内視鏡による経過観察では、この大腸粘膜の障害程度の両群間の差は、急性期粘膜障害によるものではなく、エゴマ油による大腸粘膜障害の慢性化抑制が主な作用であることが示された。 4.魚油(n-3系多価不飽和脂肪酸は20炭素鎖のエイコサペンタエン酸及び22炭素鎖のドコサヘキサエン酸中心に31.3%含有、n-3系多価不飽和脂肪酸=2.1)に比較して、エゴマ油中心の混合植物油(n-3系多価不飽和脂肪酸は18炭素鎖の -リノレン酸が主で31.1%含有、n-3/n-6系多価不飽和脂肪酸比=2.0)の重量比2%添加無脂肪成分栄養剤投与は、血漿中ロイコトリエンB4濃度を有意に低下させ、大腸重量を有意に低下させた。しかし、粘膜障害(肉眼的・組織学的)の程度に両群間の有意差はなかった。すなわち、 -リノレン酸の投与は、従来抗炎症作用を持つとされ使用されてきた魚油の投与と、少なくとも同等以上の治療効果をもつことが示された。 6.混合植物油投与群で血漿中ロイコトリエンB4濃度のみならず、ロイコトリエンB5濃度も有意に低かった。n-3系多価不飽和脂肪酸の抗炎症効果には、ロイコトリエンB5によるB4の競合的産生抑制以外の機序も関与している可能性が示唆された。 以上、本論文はラットの炎症性腸疾患モデルにおいて、n-3系多価不飽和脂肪酸( -リノレン酸)投与の粘膜障害抑制の機序について解明すると共に、投与されるn-3系多価不飽和脂肪酸の質による治療効果の差異について明らかにした。本研究は、これまで未知の部分が多かったn-3系多価不飽和脂肪酸の炎症性腸疾患における治療効果の理論的背景の構築に貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 |