学位論文要旨



No 213355
著者(漢字) 外口,玉子
著者(英字)
著者(カナ) トグチ,タマコ
標題(和) 精神保健活動におけるコンサルテーションに関する研究 : 地域ケア展開のための方法論
標題(洋)
報告番号 213355
報告番号 乙13355
学位授与日 1997.04.25
学位種別 論文博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 第13355号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 松下,正明
 東京大学 教授 金川,克子
 東京大学 教授 矢野,正子
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 中安,信夫
内容要旨 1.目的

 本研究の目的は、地域ケアの担い手である保健婦の援助能力を高めるとともに、その援助を必要とする人々に対し、より良いサポートを提供するための方法論としての精神保健看護コンサルテーションの機能、役割、位置づけを明らかにすることである。

2.対象と方法

 研究対象は、東京都下のK地域において、1976年〜1986年の10年間に筆者が、コンサルタントとしてかかわった保健婦20名とそれら保健婦の精神保健相談事例である。データの収集ならびに分析は、以下の方法で行った。

 1)筆者が、コンサルテーションを行った143事例について、コンサルティである保健婦が介入の過程で直面した困難さとその影響要因を分析し、問題とされている人(a person in Question、以下、PQと略記)のおかれている状況を、もちこまれた問題の周囲への波及のレベル、PQの日常生活維持能力、家族関係ならびに家族の支えの力量を分析し、類型化した。すなわち、I.家族・周囲から孤立化群、II.親子の葛藤・対立群III.家族内の支え手の交代群、IV.単身化による生活基盤の弱体群、V.逸脱行動への緊急対処要請群の5類型が把握されたので、典型事例をそれぞれ1例ずつ抽出し、地域ケアの展開過程を分析した。

 2)「来所相談面接」におけるコンサルテーションが有効に機能した事例10例、ならびに「家庭訪問」におけるコンサルテーションが有効に機能した事例10例をとりあげそれぞれの場において、保健婦が直面した困難さを構造化した。

 3)1)、2)によって得られた問題状況別の典型事例5例、来所相談面接事例10例、家庭訪問事例10例の25事例について、(1)相談をもちこんだ人(クライエント)と生活状況、(2)もちこまれた相談内容、(3)保健婦(コンサルティ)が直面した困難さ、(4)コンサルタントの判断、(5)コンサルテーションが行われた時点と場、(6)コンサルテーションの内容について分析した。また、地域ケアの展開過程において、コンサルテーションによって、もたらされたケアの方向性の転換点を明らかにするとともに、必要とされたコンサルテーションの技術的要素を抽出した。

3.結果

 1)各典型事例について分析した結果、コンサルテーションによって生みだされたケアの方向性の転換としては、[I群]では、周囲の人々との緊張・不安が高まる中で、PQの問題行動を特定する方向から、「母子ケアとして展開」する方向へときりかえることによって、対立・葛藤状況にあるクライエント、PQ、コンサルティとが共通に取り組める当面の課題を提示することができた。それによって互いに自己対処能力を発揮する場と機会が得られた。[II群]では、PQの逸脱行動への対処ではなく「青年期の自立の問題として展開」することによって、家族内コミュニケーションの問題としてとりくむ方向づけが必要とされた。[III群]では、老齢化した親からの入院要請をそのまま受けるのではなく、「支え手の世代交代の問題として展開」することによって、サポートシステムの立て直しをする方向づけが求められた。具体的には、PQの生活のなかの"困りごと"の解決に向け、PQ、クライエント、コンサルティとが行動を共にする場面と機会を提示することが必要とされた。[IV群]ではPQの示す迷惑行動への対処に焦点をあてるのではなく、単身化による日常生活の維持能力の低下をくいとめ、生活の基盤づくりのための社会経済的サポートを補強する方向づけが必要とされた。[V群]では、PQの逸脱行動によって引き起こされた周囲の人々の不安と恐れを軽減することによって、PQの地域からの排除を防ぐとともに、PQへの具体的ケアを通して、不信と拒否を軽減し、「居場所の確保」に向けての方向づけが必要とされた。

 2)来所相談事例について分析した結果、コンサルティがコンサルテーションを求めた主な要因は、取り組み課題の明確化、PQにとっての援助の必要性の判断、生活上の困りごとへの対応から、精神の健康問題への介入方法、関係機関からの事態収拾の要請による不利益からクライエントやPQを守る方法、コンサルティに早期の問題処理を求める組織内の圧力やコンサルティの不安の軽減などであった。

 これらに対するコンサルテーションとしては、クライエントとPQとの関係性に注目し、(1)PQ自身が出向いてきた場合、(2)家族がPQに内緒で(あるいは伝えて)出向いてきた場合、(3)第三者が相談をもちこんできた場合とに分けて、顕在化してきた"問題行動"を通して、PQのおかれている"問題状況"を把握し、PQにとっての援助の必要性を判断する方向づけをすることができた。

 そのため、コンサルタントは、コンサルティ、クライエント、PQ、その他の関与している人々との間に生じている"ズレ"を明らかにし、相互理解に役立てる「自己活用の技術」が求められた。また、一般市民相談や生活支援サービスに関する情報提供など地域社会資源へのつなぎ手としての役割を果たした。

 3)家庭訪問事例については、いずれも、PQの周囲に対する不信や拒否が強くアプローチが困難なため、コンサルタントの同行訪問が必要とされた。コンサルティが家庭訪問においてコンサルテーションを求めた主な要因は、周囲からの早急な対処要請によるコンサルティのとまどいやためらい、ひきこもり状態にあるPQを脅かさずにアプローチする方法、PQとの直接的なコミュニケーションの必要性、PQの孤立感や疎外感の高まりによる"行動化"の防止、地域住民のPQ排除の動きの阻止、などであった。

 家庭訪問におけるコンサルテーションは、とくに、(1)家庭訪問の必要性の判断、(2)生活の場に参与する際の配慮点やルールの提示、(3)具体的ケアの提供方法とその見届け方の各局面において効果的に機能した。そのため、コンサルタントは、家庭訪問の合意形成の過程でクライエントを支えながら、PQに訪問の意図を伝えていく方法の提示を求められた。緊張や葛藤の強い対人状況に参与する過程では、コンサルタントの「参与技術」とともに、ケア提供者としての力量を発揮することが求められた。

 4)精神保健看護コンサルテーションによって、(1)保健婦の健康保持・増進活動の一環として母子ケア、老人ケアなどの家族ケアを提供することを通して、周囲の人々から"問題視されているPQの言動"にとらわれない包括的な精神保健的アプローチを可能にした。(2)不登校、暴力、家出などの逸脱行動を青年期における自立・成長過程における"つまずき"としてとらえる視点を提供するとともに、PQが新しい人との出会いを通して、脅かされない領分の獲得、束縛された価値からの解放、行動のセルフコントロール、依存対象の転換などの学習体験の積み重ねを可能にした。(3)地域生活の定着を支える社会経済的サポートの提供と具体的なケアの提供によって、安心感を高め、PQの居場所の確保や行動範囲の拡大を可能にした。

4.考察

 筆者の行ったコンサルテーションの中核をなす技術的要素を抽出し、概念化を図り、既存のコンサルテーションとの比較検討を行った。その結果、地域ケアにおける精神保健看護コンサルテーションの機能としては次の5つに集約された。

 1)「場の力学(磁場)」を変える:同じ場に居合わせて共に動く、居合わせる場を転換することにより、問題状況を異なった視点でとらえる。

 2)「手だて」を示す:居心地の良さを生みだす生活ケアを提供するケアの提供方法のモデル提示を行なう。

 3)「気づき」を促す:気がかりから新たな関心の寄せ方を生みだす、異和感を手がかりにしてかかわりの姿勢を立て直す。

 4)「もちこたえの力」を高める:当面の行動指針を設定して手ごたえを得られやすくする、とりくみやすい課題を提示して学習の積み重ねを支える。

 5)「人と場」をつなぐ:場づくりによって自己対処能力の発揮を促す、信頼関係を軸に人との交流の機会と場をひろげる。

 コンサルタントは、コンサルティ、クライエント、PQのおかれている状況を把握しながら、これらの技術的要素を組み合わせて介入していることが明らかとなった。

 こうした精神保健看護の技術を用いてのコンサルテーションは、状況への参与のしかた、対人関係の展開のしかた、社会資源の活用のしかたなどから、(1)ケアモデルとしてのコンサルテーション、(2)援助者を支えるコンサルテーション、(3)グループダイナミズムを使ってのコンサルテーション、(4)地域ケアシステムづくりのためのネットワーキング・コンサルテーションの4つのタイプに分けることができた。

 本研究において明らかになった精神保健看護コンサルタントの特質は、(1)その場に居合わせて、動きをともにする、(2)コンサルティの判断力を補強する、(3)ケアの方向性を具体的な形にして提示する、(4)コンサルティのケア能力を高め、その発揮を見届ける、(5)コンサルティが担っていることを意味づける、(6)変化のきざしを認め、それを成長過程として位置づける、(7)次へのかかわりに向けての動機づけを行なう、(8)地域生活を支える"人と場"のつながりをシステムとして機能させていく、などであった。それは、従来のコンサルテーションの枠組みをこえた「介入(Intervention)」として、また「疾患モデル」とは異なる「ケアモデル」に基づいた新たな介入の発展を示唆するものとなった。

 さらに、地域ケア展開の方法としてのコンサルテーションの成立要件として、(1)相談にきた人を支え、動きをつくるための相談面接の場づくり、(2)対人状況への参与方法と場のダイナミズム活用の技術、(3)サポートシステムの立て直しや確立に必要な地域社会資源の活性化とネットワーキングの技術が明らかとなった。

5.結論

 以上、精神保健看護コンサルテーションを地域ケア(Community care)展開のための不可欠なサービスとして位置づけ、地域ケアの担い手である保健婦のケア能力の向上に役立つ介入方法として、その機能を明確化することができた。

審査要旨

 本研究は、地域ケア展開の方法論としての精神保健看護コンサルテーションの機能、役割、位置づけを明らかにするため、保健婦が困難に直面した精神保健相談事例において、筆者がコンサルタントとして、介入した過程を分析したものであり、下記の結果を得ている。

 1.保健婦が直面した困難さに影響している要因を分析し、もちこまれた問題の周囲への波及のレベル、本人の日常生活維持能力、家族関係ならびに家族の支えの力量から、5つの類型を得た。すなわち、I:家族・周囲からの孤立化群、II:親子の葛藤・対立群、III:家族内の支え手の交代群、IV:単身化による生活基盤の弱体群、V:逸脱行動への緊急対処要請群が把握された。

 2.各類型別の典型事例をとりあげ、地域ケアの展開過程を分析することによって、「地域ケアの援助の枠組み」を得た。すなわち、第I期:相談をもちこんだ人を支え・動きをつくる、第II期:問題とされている人へのアプローチと関係づくり、第III期:サポートシステムの確立に向けての社会資源の活用の各時期にそって介入の重点を明らかにすることができた。

 3.コンサルテーションが効果的に行われた時点・場・方法について考察した結果、「来所相談」ならびに「家庭訪問」におけるコンサルテーションが、その後のケアの方向性を転換していることが明らかとなった。すなわち、(1)母子ケア、老人ケアなどの家族ケアの展開を通して、包括的なアプローチをする方向への転換、(2)不登校、暴力、家出などの逸脱行動を、青年期における自立・成長過程における"つまずき"としてとらえる視点の転換、(3)社会経済的サポートの提供と具体的なケアの提供によって、安心できる居場所の確保や行動範囲の拡大をはかる方向への転換によって、保健婦のケア能力の発揮が促進された。

 4.本研究におけるコンサルテーションの中核をなす技術的要素を抽出し、概念化をはかり、地域ケアにおける精神保健看護コンサルテーションの機能としては、(1)「場の力学(磁場)」を変える、(2)「手だて」を示す、(3)「気づき」を促す、(4)「もちこたえる力」を高める、(5)「人と場」をつなぐ、の5つに集約された。

 5.既存のコンサルテーションの概念との比較検討を行った結果、精神保健看護コンサルテーションは,(1)ケアモデルとしてのコンサルテーション、(2)援助者を支えるコンサルテーション,(3)グループダイナミズムを使ってのコンサルテーション、(4)地域ケアシステムづくりのためのネットワーキングコンサルテーションの4つのタイプに分けることができた。

 6.精神保健看護コンサルタントの特質として、(1)その場に居合わせて、動きをともにする、(2)コンサルティの判断力を補強する、(3)ケアの方向性を具体的な形にして提示する、(4)コンサルティのケア能力を高め、その発揮を見届ける、(5)コンサルティが担っていることを意味づける、(6)変化のきざしを認め、それを成長過程として位置づける、(7)次へのかかわりに向けての動機づけを行なう、(8)地域生活を支える"人と場"のつながりをシステムとして機能させていく、が明らかになった。

 以上、本論文は、精神保健看護コンサルテーションを、従来の枠組みをこえた介入として位置づけ、ケアの担い手であるコンサルタントの特質をいかし、地域ケアの方法論としての介入の発展の方向を明らかにした。本研究は、これまで理論化されてこなかった地域ケアにおける精神保健看護コンサルテーションの機能、役割、位置づけに関する概念化を行ない、地域ケア展開のための方法論の確立に重要な貢献をなすと考え、学位の授与に値するものと考えられる。

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